***短編*** Precious. ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は一話完結です。社会人編設定の2人です。
               
        






***短編*** Precious. ***







マンションの下で路駐しながら待っていると、エントランスから瑠璃さんが出てきて、ぼくの車を見ると「おはよう!」と手を振りながら走り寄って来た。

助手席のドアを内側から開けてやると、瑠璃さんは慣れた仕草で車に乗り込み、その手には藤で出来た大きな籠を持っている。

「ごめんね、お待たせ」

「おはよう。今、来たところだよ」

「ほら。早起きして作ってきたわよ」

籠を叩きながら瑠璃さんは笑い

「瑠璃さんお手製の弁当だなんて楽しみだな」

ぼくも笑い返した。

「レジャーシートも持ったし、飲み物もポットに入れてきたし、お天気も良いし、完璧!」

瑠璃さんは上機嫌に言い、全開にした窓からは気持ちの良い風が車内に入り込んでくる。

そう。

6月の、まだ梅雨に入る前の爽やかな晴天の今日、ぼくたちはピクニックに行くのだ。

実はこの土日で、どうしても読んでおきたい仕事絡みの本があり、瑠璃さんとのデートは半ば諦めかけていたら、瑠璃さんの方から

「だったらピクニックに行きましょうよ。あたしも本持ってくから、その間に高彬は本を読めばいいわ」

と提案してきたのだった。

確かにこの季節は、屋外で過ごすのに一番快適と言える時期で、同じ本を読むにしても部屋の中で読むのとは、また違った趣がありそうである。

とんとん拍子で話はまとまり、瑠璃さん手製の弁当を持ち、芝生の敷き詰められている都心の大きな公園に向かっていると言うわけなのだ。

朝、まだ早いと言う事もあって公園は空いていた。

陽射しが強くなることを見越して、日中、木陰になりそうな大きな樹の下にレジャーシートを広げる。

ポットの紅茶を飲みながら少しおしゃべりをして、ぼくたちはそれぞれの本を読み始めた。

木漏れ日がチラチラとページに降り注ぎ、鳥の囀りが聞こえてくる。

まさしく絶好の読書環境と言えそうで、しばらく本に没頭していたぼくは、ふと隣の瑠璃さんを見た。

折り曲げた両膝の上に本を置き、相当、熱中しているみたいで、ぼくが見ているのも気が付かないみたいである。

瑠璃さんが熱心な読書家だとは聞いたことがなかったし、一体、何をそんなに夢中になって読んでいるのか、ふと興味が湧いてきて

「瑠璃さん、何読んでるの」

そう聞いてみると、瑠璃さんは顔を上げ

「あぁ、これ。これはね、あたしが好きな作家が、好きだって言ってた本なの」

ぼくに見せてくれた本は、かなりの年代ものに見えた。

「へぇ、瑠璃さんが好きな作家・・」

「が、好きだった本。後書きか何かに書いてあって、気になって読んでみたら面白くて。そう言うのってない?好きな作家が好きだって言う本を読んでみたくなっちゃうの」

「うん、良く分かるよ。その作家のルーツが分かるって言うか、そうか、こう言うのから影響を受けてるのか、とか」

「そうそう、まさしくそんな感じなのよ。あたしねぇ、その作家が本当に好きだったの。その人の本は全部読んだわ。発売日が待ち遠しくて、朝一で本屋さんに走ってたくらい」

瑠璃さんは栞を挟んで本を閉じると、懐かしそうな目で遠くを見た。

その時の自分を思い出しているのかも知れない。

「あたしね、その先生の本読んで、中学、高校と寄宿舎のある女子校を選んだの。それくらい好きだったのよ」

「へぇ」

「回りの子も皆、読んでたし、先生にファンレター書いたって子もいたし、登場人物になぞって『あの子って、誰それっぽいわよね』とか、何かことが起きると『これってナントカ事件と呼べるわよね』とか、そう言う、友だちの間でしか通じない言語って言うのかしら、そう言うのがあったのよ」

「うん」

いつの間にか<作家>から<先生>と呼び方が変わっていて、瑠璃さんがどれほど、その作家が好きかが分かると言うものだった。

「その作家は今でも新刊を出してるの?」

何気なく聞いた言葉に、ふいに瑠璃さんの顔が曇る。

「・・亡くなってしまったのよ」

「・・え」

「もう何年か前にね。まだうんと若かったのよ」

「そうなんだ・・」

「聞いた時はすごくショックでしばらく茫然としちゃったけど、こうやって先生の本や、先生が好きだと言っていた本を読み続けて行こうって思ったの」

「うん」

「そうしたら、先生はずっと生き続けてくれる気がして」

「うん、そうだね」

瑠璃さんは、また遠くを眺めて、その横顔に、ふと中学生くらいの瑠璃さんの顔が重なった。

「今度、読ませてもらおうかな、その本」

「え」

びっくりしたように瑠璃さんは振り返り

「大事な本だから、ダメかな」

「それはいいけど・・。ただ、大人の男の人にはちょっと厳しいかも。中学生の女の子が主人公だから」

「案外、いけるかも」

少し考えていた瑠璃さんは

「うん、わかった。読んでもらえるならあたしも嬉しい。今度、持ってくるわ」

はにかんだように笑い、やっぱりその顔は普段よりも幼く見え、もうしかしたら、本にはそういう力があるのかも知れないな、なんて思えた。

夢中になって読んでた頃に、その人を戻してしまうと言うか・・

結局、瑠璃さんをマンションに送り届けたその場で、本を借りることになった。

エントランスに消えた瑠璃さんはものの5分もしないで戻ってきて、手には本が入っているであろう袋を持っている。

「家帰って読んでね。表紙も高彬が読むには可愛い過ぎるから。人前で読んじゃだめよ」

何度も念を押し、両手で袋を持って差しだしてきた。

ぼくも両手で受け取り、瑠璃さんが座っていた助手席に丁寧に置く。

マンションに戻り、手を良く洗い、うがいも入念して、ソファに座ると袋から本を取り出した。

ぼくには可愛い過ぎる、と瑠璃さんが言った表紙は、確かに可愛いかった。

表紙の女の子がどことなく瑠璃さんにも見え、しばらく眺めてからページをめくる。

<大人の男の人にはちょっと厳しいかも>の心配は杞憂に終わり、ぼくはすぐにその世界に夢中になっていった。

途中、笑ったり、無性にドーナツが食べたくなったりしながら、気が付いたらあっと言う間に読み終えていた。

携帯を手に取り、電話を掛けると、すぐに瑠璃さんは出た。

「読んだよ」

『どうだった?』

「最高に面白かった」

『・・・』

「瑠璃さん?」

『・・・うん。良かった。嬉しい』

「ドーナツが食べたくなって困ったよ」

『分かるわ』

「一人、水無瀬に似た子がいただろ。ほら・・」

『ふふふ、マッキーね。鉈ふりのマッキー』

「それだ」

『煌が聞いたら怒るわよ。それを言ったら高彬はちょっと光太郎サンに似てるんじゃない?』

「ぼくはあんなに優しくないよ」

『そう?・・・ねぇ、良かったらだけど、続きも読む?』

「うん。ぜひ」

『他にもたくさん出てるのよ』

「うん。全部、読みたい」

ぼくの熱心さに瑠璃さんは笑い

『あんまり好きになっても、もう新刊は出ないのよ』

釘を刺すように言ってきた。

「本を読み続けたら、先生がずっと生き続けてくれる気がするって言ったのは瑠璃さんじゃないか」

『・・・うん、そうよね・・』

話してるうち、ふと暑さを感じ、ソファから立ちあがり窓を開けると、夜気を含んだ爽やかな風が一気に室内に流れ込みレースのカーテンを膨らませた。

ぼくたちはその後も携帯越しに、「あの人は誰それっぽい」だのと思い付くままに感想を言い合っては笑い合い、6月の夜は更けて行ったのだった。




~Fin~


今日、6月6日は氷室先生の命日です。氷室先生に感謝を込めて。


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コメントの投稿

Secre

maiさま

maiさん、こんにちは。

>中学生の私はこのお話中の瑠璃そのものでした。友人と「お葬式ごっこ」をしたり、オール公立の私は私立の寄宿舎や「お茶に呼ばれる」という事に憧れを抱いたり…。

おそらくあの時代の多くの中高生が「瑠璃そのもの」だったんじゃないかと思います。

>でも、こうして月日が経って、ネットという世界があるお蔭で瑞月さまと知り合うことができました。そして、同じ当時の思い出を共有できて、新たなジャパネスクのお話を紡いでいってくれるこの出会いに、ご縁に感謝しています。

本当にネットってすごいですよね。
色々と事件の温床にもなったりして怖い一面もありますが、でも、こうして普通に過ごしてたら絶対に訪れないような出会いがあるんですもんね。
私も皆さんとのご縁に感謝です。

宝物

6月だったなあ、と考えていたところでした。中学生の私はこのお話中の瑠璃そのものでした。友人と「お葬式ごっこ」をしたり、オール公立の私は私立の寄宿舎や「お茶に呼ばれる」という事に憧れを抱いたり…。亡くなったという記事を読んだ時は本当にショックでした。もう二度と先生の新しい物語を読む事が出来ないのだと…。でも、こうして月日が経って、ネットという世界があるお蔭で瑞月さまと知り合うことができました。そして、同じ当時の思い出を共有できて、新たなジャパネスクのお話を紡いでいってくれるこの出会いに、ご縁に感謝しています。

非公開さま(Pさま)

Pさん、こんにちは。

氷室先生のファンの方は、きっと皆、同じ気持ちですよね!
あの時代、どれだけ氷室先生の本に楽しませてもらったか。
多感な時期でしたし、思いはひとしおですよね。

ディズニーデートネタ、ありがとうございます~!
2人で並んで見たら可愛いですよね。使わせていただきますね。

珊瑚さま

珊瑚さん、こんにちは。

> 氷室先生の本に出会うことで同じ時代を過ごした元乙女の皆さんと、今度は瑞月さんのブログで出会い、また氷室先生を思い過ごすことができることに感謝です。

私の方こそ、ブログを通してたくさんのジャパネスクファンの方と出会えたことに、感謝の気持ちでいっぱいです。
氷室先生にも、皆さんにも、感謝の言葉しかありません。

> 大人の高彬、ジャパネスクを読んだらどうなるんでしょうね(笑) すごく気になります。

うわ~、どう思うんでしょうね。

「この主人公の姫君って、どことなく瑠璃さんに似てるね」
「そう?だったら、この筒井筒の公達は高彬に似てるんじゃない?」
「・・そうかな。だけど、良かったよ、ぼくは今の時代に生まれてさ」
「あたしだってそうよ。一夫多妻制とかありえない!冗談じゃないわよ!女を何だと思ってるのよ!」
「い、いや、ぼくに怒られても・・・」

とか、そんな感じでしょうかね??(笑)

非公開さま(nさま)

nさん、こんにちは。

氷室先生への感謝の気持ちで書きました。
瑠璃の姿は、きっと多くの氷室先生ファンの姿なんじゃないかと思います。

惜しい方ばかりですよね。淋しいです。

非公開さま(Mさま)

Mさん、こんにちは。

先生の作品は、私も思い出したように読んでしまいます。
そして何度読んでも面白く感じます。
これからもお互い、ずっと読み続けましょう!

ありちゃんさま

ありちゃんさん、こんにちは。

> 御命日というのは、本当にいろんな想いが溢れる日ですよね。

はい、本当に。
2008年に亡くなられたので、もう9年もたってしまいました。

> こんな風に、作中人物に代弁してもらう。
> 下手な文章よりも伝わる気がします。(あ、瑞月さんの文章は、下手だなんてことはないですよ!)

ありがとうございます。
ふっと浮かんだアイデアでした。
社会人編の瑠璃が氷室先生の作品を読んでいたら素敵だな、と。

> 高彬ではないけれど、「技巧に偏った」そんな言葉の羅列よりずっと素敵です。
> 瑞月さんの、氷室先生への尊敬と感謝、作品への深い愛情が伝わって来ました。

そう言っていただけて嬉しいです。
どの話にも思い入れはありますが、この話も忘れられない話になりそうです。

> 氷室先生も、ご自身が愛したであろう作品を愛してくれるファンがいて、作品が生き続けていることを喜んでくださっていると思います。

作品が残るってすごいことですよね。
これからも私派読み続けて行きます。

なかなかコメント残せていませんが、ありちゃんさんのブログにも毎日、訪問させていただいております!
まだ今度、コメントさせていただきますね。

ベリーさま

ベリーさん、こんにちは。

> 本当に若かったんですよね 氷室先生がなくらられたの。

51歳でしたからね。
何歳だったら亡くなってもいい、と言う年はありませんけど、でも若すぎますよ・・

>本を通してのたくさんの青春時代の思い出と、今大人になった元乙女(いや今も気持ちは!)の皆様との出会いと妄想に感謝です!

こうしてベリーさんや皆さんと出会えたのは、氷室先生のおかげですもんね。
先生には、何重にも楽しさを届けて頂きました。

非公開さま(Kさま)

Kさん、こんにちは。

クララ白書、アグネス白書、懐かしいですよね。
私が最初に読んだ氷室先生の作品でした。
こんなに面白い本があるのか、と夢中になったのを覚えています。
本当に、先生がご存命だったら・・と思わずにはいられません。

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出会いに感謝

瑞月様 こんばんは

今日にふさわしいお話をありがとうございます。
氷室先生の本に出会うことで同じ時代を過ごした元乙女の皆さんと、今度は瑞月さんのブログで出会い、また氷室先生を思い過ごすことができることに感謝です。

大人の高彬、ジャパネスクを読んだらどうなるんでしょうね(笑) すごく気になります。

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尽きぬ想いを

瑞月さん こんにちは。
こちらへのコメントはお久しぶりです。
(最近は、コメントの度にそう言ってますが・・・)

御命日というのは、本当にいろんな想いが溢れる日ですよね。
それらを言葉にしたくて、誰かと共有したくて、文章にしたくなります。
ですが、うまく伝わらないような気もして・・・

こんな風に、作中人物に代弁してもらう。
下手な文章よりも伝わる気がします。(あ、瑞月さんの文章は、下手だなんてことはないですよ!)
溢れる思いが作品になる。それはプロもアマも変わらない気がしています。
(もちろん、プロの作家さんは、やはり、プロ!と思いますけど・・・)
文字に託したいその気持ち、情熱は変わらないんじゃないかな。

瑞月さんの、氷室先生への尊敬と感謝、作品への深い愛情が伝わって来ました。
高彬ではないけれど、「技巧に偏った」そんな言葉の羅列よりずっと素敵です。
氷室先生も、ご自身が愛したであろう作品を愛してくれるファンがいて、作品が生き続けていることを喜んでくださっていると思います。

ありがとうございました。

本当に若かったんですよね 氷室先生がなくらられたの。本を通してのたくさんの青春時代の思い出と、今大人になった元乙女(いや今も気持ちは!)の皆様との出会いと妄想に感謝です!

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