***短編*** 「高彬のいない日」 ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は「瑠璃さんのいない日」の続編です。
               
        






***短編*** 「高彬のいない日」 ***







陽射しを受けて輝く湖面を、すぅっと涼しい風が吹き抜けて行く。

風には木々の匂いも含まれているようで、もしかしたらこの風は水面の遥か先にある深緑の山々から降りてくるものかもしれなかった。

「・・・・瑠璃さま。何か気になることでもございまして?」

ゆらゆらと湖(うみ)を漂う舟の上、藤宮さまに言われてあたしはハッと我に返った。

いけない、いけない、気が付くとぼんやりしてしまう。

「いいえ、藤宮さま。湖の綺麗さに見惚れていただけですわ」

にこりと言うと、藤宮さまはふいに目を細められ

「もしや昨日の菊野の話が気になっているのではなくて?」

疑わしそうな、どこか笑いを含んだ声で言い、あたしの顔を覗き込んでくる。

「そんな」

慌てて手を振り打ち消してみせたのに、藤宮さまは扇を広げて「ほほ」と優雅な笑い声を立てた。

「瑠璃さまは何でもお顔に出てしまいますものね」

「・・・・」

あたしは曖昧に笑ってそっと息を付いた。

あたしは今、藤宮さまと近江の石山寺に来ている。

石山寺と言ったら都人の憧れの参詣スポット、観音堂の予約は一年も前から埋まってしまうほどで、あたしは今回、特別に藤宮さまのお計らいで便乗させていただいちゃったのである。

その話を聞いた時は小萩と2人そりゃあ盛り上がって、楽しい参籠参詣計画を立て、実際に来て見たら想像以上に楽しい毎日だった。

観音さまは聞きしに勝る素晴らしさで、見上げれば自然に手を合わせたくなり、あたしはいつになく神妙な気持ちになってしまった。

舟遊びはもちろん、藤宮さまと境内をゆるゆると巡るのも楽しいし、夜は夜でおしゃべりに興じ、気が付いたら東の空が白々と明けていた・・・なんてこともあった。

だけど、そんな気持ちも昨日までで、今は・・・・

あたしは湖の水を掬い、その冷たさに驚いた振りをして今度こそは盛大にため息をついた。

実は昨日、藤宮さま付きの女房───菊野がちょっとした情報を持ってきた。

何でもお堂の中で知り合いの女房にあったらしく、どうやらその女房は普段は後宮勤めをしているらしく、昨日はたまたま休みをもらって参詣していたと言うのである。

まぁ、それだけなら「あら、偶然」ってだけの話なんだけど、それだけで終わらないのが女の常。

お堂を出てしばらくお互いの近況などを話すうち、何かの話から右近少将の名前が出た。

右近少将と言ったら何のことはない高彬なわけで、菊野も右近少将が瑠璃姫の夫であると判っているから、それとなく「右近少将高彬さま」の動向を聞いたらしい。

そうして判ったことは、どうやら高彬は一週間の休暇をもらい今は参内していない、と言う事だったのだ。

それで菊野はそのホヤホヤの新情報をあたしの耳に入れてくれた、と言うわけなんだけど。

もちろん菊野に悪気がなかったのも判ってるし、むしろ良かれと思って教えてくれたんだろうけど、でも、何だかあたしは落ち着かない気分になってしまった。

そっかー、高彬、今、休みなんだ・・・

もし、あたしが近江に来ていなかったら、今頃は二人で三条邸でゆっくりしてたんだ。

普段は出来ない朝寝坊をたっぷりしたり、そうして着替えもせずに朝餉をいただいたり・・・

もしかしたら頼めば鴛鴦殿くらいにだったら牛車で連れて行ってくれたりして。

高彬は今、どうしているのかしら?

急にもらった一週間の休日を、高彬はどう過ごしてるんだろう。

三条邸に来るとは思えないから右大臣邸で過ごしてるんだろうけど、でも、あれだけ普段は仕事に追われてる人だから、ふいの休日を楽しむどころか、かえって持て余しているのではないかしら?

「瑠璃さま、早めに京に戻られますか?」

気を使いそうおっしゃって下さる藤宮さまに向かい、あたしは首を横に振った。

「いいえ、藤宮さま」

高彬が重病とか大怪我とかならあたしも万難を排してでも戻るけど、ただ休暇をもらったってだけだもの。

あたしが一人で京に戻るとしたら、車の用意やら何やらで大事になってしまう。

せっかく誘ってもらったのに申し訳ないし、そんな迷惑はかけられない。

「あと数日、目一杯、近江を満喫しますわ」

元気良く言うと、藤宮さまは安心したように微笑んだ。



*******



と、大見得を切ってはみたものの、モチベーションの低下は著しかった。

夜になり、鏡面のように月を映す湖を見ても

「あ、そ。うん、綺麗ね」

と言う感じだったし、珍しい白馬を見ても

「ふーん、白いんだ」

としか思わなくて、何だかあたしも感動のないオンナだなー、なんて自分に呆れ返ってしまった。

夜、お堂に伏している時に馬の蹄の音が聞こえたりすると

(高彬かも?!)

なんてドキドキして、だけど一向に誰も呼びに来ないし、結局はどこかの文の遣いか何かだったらしくて一人落胆したりもした。

落胆が過ぎると、それが怒りに変わってくるのがあたしの不思議なところで、しまいには高彬に腹が立ってきてしまう。

「ねぇ、小萩。高彬も暇ならさ、迎えに来ればいいと思わない?馬でも何でもかっ飛ばして」

「はぁ、迎えに、ですか。でも、こう申しては何ですが、高彬さまのご意向なんかひとつも聞かずに出立されたのは姫さまですし、何よりも少将さまだってお暇かどうかも判りませんし」

「・・・・・」

「それはあまりに身勝手なお考えかと・・・」

「・・・・・」

あたしはむぅっと黙り込む。



********



石山寺を立つ日の朝───

「まぁまぁ、瑠璃さま。ここ数日で一番、お顔の色がよろしいのではなくて?」

藤宮さまにからかわれ、あたしは首をすくめた。

うーん、やっぱり顔に出てしまっているのね。

石山詣では楽しかった。これは本当。

でも、やっぱり今の一番の気持ちは京に帰れるのが嬉しいってことだった。

高彬に会える!

道中も順調で、予定通りに三条邸に着き、足早に部屋に向かったあたしは誰もいない室内に拍子抜けしてしまった。

てっきり高彬が出迎えてくれると思ってたんだけど・・・

「・・・ねぇ、小萩。高彬には今日戻るって言ってあったわよね」

低い声で言うと

「え、えぇ、確かご出立の日に、きちんとお伝えしてあったと・・」

あたしの半径3寸に暗雲が立ち込めているのを敏感に察知したのか、小萩は怯えたように言い

「仕事もせずに邸でブラブラしてる人間が、どうして長旅の妻を出迎えに来ないのよ?!」

「そ、そんな私に聞かれましても・・・」

「仕事もせずに邸でブラブラしてる、なんて、人聞きが悪いな、瑠璃さん」

ふいに笑いを含んだような声がして振り向くと、簀子縁には高彬が立っていた。

「・・・高彬!あんた、いつの間に・・」

「たった今だよ。瑠璃さんが今日帰ってくるってことをふいに思い出してさ。ちょっと遅れてしまったけど、こうして馳せ参じたというわけだ」

にこにこと言う。

「・・・・・」

「どうだったかい?石山詣では」

座るように促されながら聞かれ

「う、うん」

あたしは曖昧に返事をし、そっと高彬を盗み見た。

高彬に出迎えてもらえたのは嬉しいんだけど、その、何と言うかイメージと違うって言うかさ。

一週間以上も会えなかったんだから、もっとこう

「瑠璃さーん!」

「高彬ー!」

みたいな熱い盛り上がりが欲しいと言うか・・

淡々としている高彬の様子は、何だか少し、ううん、ものすごーく物足りなかった。

「ん?何かぼくの顔に付いてるかい?」

気が付けばまじまじと高彬の顔を見てしまっていたようで、顔を覗き込まれてしまう。

「・・・一週間、休みだったそうね」

「よく知ってるね、さすがは瑠璃さんだ」

言葉ほどには驚いた風でもなく言い

「休みの間はどうしていたの?」

慎重に聞くと

「ずっと自邸にいたよ。調べたいものもあったし、漢詩の勉強もしたかったからね」

「・・・そう」

ふーん、そっかぁ。

時間を持て余してるんじゃないか、なんてあたしの推測は見事に外れたってわけか。

結構、有意義に過ごしてたんだ・・・

すごく良かったはずなのに、それを喜べない気持ちもあったりして、うーん、あたしの方こそこういう気持ちを持て余してしまうわ。

あたしは石山詣でを後悔するくらいだったのになぁ。

そっかぁ、高彬はあたしのいない一週間、充実してたんだ・・・

「・・・あ、高彬」

またしてもふいに声がして振り向くと、融が部屋に入ってくるところだった。

「忘れ物」

そう言ってパサリと高彬の前に何かを置き

「あ、馬鹿・・」

慌てて拾おうとする高彬より早くに手に取ると、それは何かを書き散らしたような料紙の束だった。

まるで童が書いたみたいな文字だか絵だかわからないようなものばかりで、いかにも片肘を付きながら暇つぶしに書き殴ったというようなものばかりだった。

「・・・・・」

「あ、いや、その、それは・・・」

「融。久しぶりに高彬と過ごせて良かったわね」

「うん」

「近江のお土産があるから小萩に聞いてごらん」

「うん」

融を体よく下がらせて、あたしは高彬に向き直った。

バツが悪いのか、高彬はそっぽを向いている。

「これが調べもの?」

「・・・・・」

あたしの質問を意地悪と取ったのか、高彬は返事をしてくれなかった。

「ねぇ、こっち向いてよ。あたし、今、嬉しくて仕方ないんだから」

「え・・」

「こんなもの書いてたくらいだから、やることなかったってことなんでしょう?」

「・・・・」

「だったらあたしと一緒だなーって思って。高彬が休みと聞いて、いてもたってもいられなくなっちゃってたの」

「・・・・」

「いつから融の部屋にいたの?」

「・・・三日前かな。いつでも迎えに出れるようにさ。どうせ白梅院にいてもやることないし。だったら少しでも瑠璃さんの近くにいた方がいいと思って」

高彬がぼそぼそと言い、あたしはもう嬉しくって「高彬ー」なんて言いながら抱き付いてしまった。

「だったらそう言ってくれたら良かったのに。あんたがあんまり落ち着いて淡々としてるから不安になっちゃった」

高彬の首に腕を回しながら言うと

「夫たるもの、やっぱりこういう場面では余裕の対応をしなきゃと思ってさ」

なんて言うので、あたしは吹きだしてしまう。

でも吹きだしながらも(あー、高彬のこういうとこ好きだなぁ)なんて思っている。

肩肘張って「男なら」とか「夫たるもの」なんて言うくせに、そのくせ零れ落ちそうな程の愛嬌を隠し持っている。

「ねぇ、高彬、休みはいつまで?」

「今日まで・・・だったんだけど、一日延ばして明日までにしてもらった」

「じゃあ明日いっぱいは二人で過ごせるのね」

「正確には明後日の朝まで、だね」

片目を瞑りながら高彬が言い、二人して笑い合う。

笑って接吻をして、接吻をしてまた笑う。

二晩で、高彬のいなかった一週間の話を全部出来るのかしら───?

あたしはもう一度、高彬の首に腕を回し、そうしてぎゅうっと抱き付いたのだった。






<終>


(←お礼画像&SS付きです)

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Secre

非公開さま(Mさま)

Mさん、こんにちは。

やっぱり高彬も瑠璃も、お互いがいないとどうにも調子がでないのでしょうねぇ。
もちろん、残り2日は片時も離れずに過ごしていたはずです!

守弥、絶対に言いそうですね~。
高彬が帰宅するのを部屋の隅っこで待ってそう(笑)
「おかえりなさいませ、若君」「うわっ。・・・脅かすなよ。守弥・・」とか。

「おちくぼ物語」も面白いですよね!
右近少将もかっこいいし。私もまた読んでみたくなりました(*^-^*)

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非公開さま(Nさま)

Nさん、こんにちは。

三日前から三条邸にスタンバイしていた高彬。
>よっぽど白梅院には居づらかったのでしょうか(^_^;)
あの守弥がいて、あの母上がいて、そうしてミーハーな大江がいて・・・。
何か色々と強烈そうな実家ですもんね(笑)

ほんと、融がどう思っていたのか考えると面白いですよね。
さすがに三日もいたらちょっと邪魔かも(笑)
あの「忘れ物」は、ささやかな融の逆襲だったりして?
Nさんの書かれたやりとり本当にありそうで笑わせてもらいました(*^-^*)

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