***短編*** 「瑠璃さんのいない日」 ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は一話完結です。
               
        






***短編*** 「瑠璃さんのいない日」 ***







牛車の中がふいに翳った気がして、物見窓を開けた。

見上げるとさっきまでの晴天はどこへやら、にわかに湧いた雲が真夏の青空を凌駕し始めている。

右近衛府を出た時は雲一つない夏空だったのにな・・・

暗雲立ち込める───

脈絡もなく浮かんできた不吉な言葉に、ぎょっとして頭を振る。

どうもぼくは心配性が過ぎていけない。

雨雲を見て、すぐに(良くないことが起こるのでは?)などと思うのは、いくらなんでも考え過ぎというものだろう。

夏の夕立なんて、何も珍しいことじゃない。

いっそ涼しくなってありがたいくらいだ、ははは・・・

心の中でそう笑い飛ばすと、物見窓を閉めぼくは目を瞑った。



********



三条邸に付き、瑠璃さんの部屋に入って行くと

「おかえりなさい。暑かったでしょう。毎日、暑い中、大変ね。さ、座って」

瑠璃さんはにっこりと言い、立ち上がってぼくの手を取ると円座へと導いてきた。

「・・・・・・」

黙って腰を下ろしながら、密かに警戒態勢に入る。

ぼくが仕事から戻れば、むろん瑠璃さんは歓迎してくれるし、疲れた顔をしていれば労ってくれる。

だけど───

今日の瑠璃さんは一味違う。

機嫌が良すぎるのだ。

こう言うときは注意が必要だと言う事は、経験上イヤと言うほど判っている。

暗雲はやはり立ち込めていたのだ───

「瑠璃さん」

何かやましいことでもあるのかい?

そう言い掛けたところで

「少将さま、お勤めお疲れ様でございました。削り氷などお持ちいたしましょうか?」

これ以上はないと言うタイミングで横から小萩に愛想よく言われ、ぼくは首の後ろに手を当て、さも疲れてるから首を回していると言う振りをしながら目を瞑った。

さては小萩もグルか。

小萩は、瑠璃さんの突飛な行動を諌める方向を取りつつも、結局は瑠璃さんに言いくるめられてしまうことが多い。

小萩にも言い分はあるのだろうけど、ぼくの立場からしてみたら、日頃、瑠璃さんの近くにいるのは小萩なのだから、もう少し瑠璃さんに対して強く出てもらいたいと思ったりもするわけだ。

まぁ、それ以上に瑠璃さんが強いってこともあるんだけど・・・

削り氷の提案はやんわりと断り、瑠璃さんに向き直る。

「瑠璃さん。何かぼくに話があるんだろ」

単刀直入にそう切り出すと、瑠璃さんの視線が一瞬動き、小萩と目交ぜをした後にぼくの目線とかみ合った。

「わかる?」

「うん」

「やっぱりさすがは高彬ね。あんたが有能だと言う事は・・・」

「いいから、先を続けて」

瑠璃さんの褒め殺し作戦を軽くかわして先を促すと、瑠璃さんはちょっとだけ不満そうに唇を尖らせたものの、すぐに気を取り直したように、ズリ、と近づいてきた。

「今日ね、藤宮さまからお文をいただいたのよ」

「藤宮さま」

畏れ多いことながら、更に警戒が深まってしまう。

藤宮さまの御名が出てくるとなると、お忍びで後宮に行くとか、その辺りだろう。

「瑠璃さん。後宮はだめだ。前にも言ったと思うけど・・」

「やぁねぇ、後宮なんかじゃないわよ。後宮は遊びで行くようなところじゃない、でしょ。判ってるわよ」

瑠璃さんはまたしても唇を尖らせた。

「ふぅん、それならいいけど。じゃあ、二条堀川邸に遊びに行くとか?」

それくらいなら、まだ許容範囲かと思い聞いてみると

「違うわよ」

瑠璃さんは頭を振る。

後宮でもない、二条堀川邸でもない。

となると、何だろう。思いつかないな、降参だ。

「わかった、女同士で鷹狩りにでも行くんだろ」

どうせ当たりっこないんだからと、一番有り得なさそうなことを言ってみると

「近い!」

瑠璃さんが人差し指を立てた。

近い?!

ぎょっとして腰が浮いてしまう。

近い?近いだって?<鷹狩り>が近いのか?!

藤宮さまと二人、一体、どんな恐ろしいことを企てていると言うのだ・・・・

あまりのことに身震いしていると、瑠璃さんはそんなぼくの胸中を知ってか知らずか

「実はね、近江の石山詣でに誘われたのよ。一緒に如何ですか?って」

すっきりにこやかな顔で言った。

「石山詣で?」

「知ってるでしょう?大きな湖の近くにある石山寺」

「もちろん、知ってるけど・・・」

「大きな御堂を押さえられたから、藤宮さまのところの女房を入れても、まだ数名分の余裕があるんですって」

「・・・・」

「それで、あたしを思い出して下さったらしいのよ」

「・・・・」

思い出して下さらなくていいのに・・・

こう申してはなんだか、少しばかり藤宮さまは変わってらっしゃるのではないだろうか。

藤宮さまほどのご身分の方なら、他にいくらでもお誘いする姫がいるだろうに、何も寄りにもよって変わり者と評判の瑠璃さんを誘わなくても・・・

「それでね、あたしと小萩で行こうかな、と思って」

「小萩と」

ちらりと小萩を見ると、小萩は神妙な顔を作ってはいるものの、口の端辺りに抑えても抑えきれない喜びの色が浮かんでいるように見える。

なるほど、そう言うわけか。

これじゃあ、小萩が瑠璃さんを諌めるはずもない。

「でも、内大臣さまは何とおっしゃるかな」

最後の頼みの綱とばかりに慎重に切り出すと

「父さまは、藤宮さまのご厚意を無にしたらバチが当たるの一点張りでね、もう一も二もなく賛成だったわよ、もちろん母上もね」

「・・・・・・」

ぼくはがっくりと肩を落とした。

内大臣さまも北の方さまも小萩も賛成、となったらこれはもう決定事項じゃないか。

相談ではなく、文字通りの事後報告というわけだ。

やはり、あの雨雲は<暗雲>だったのだ。

「で、いつから行くんだい?」

投げやりな気持ちで聞くと

「善は急げと言うじゃない?」

「善だとは思えないけど・・・」

「三日後に発つわ」

ぼくの言葉なんかてんで無視して、瑠璃さんはにっこりと言った。



*******



瑠璃さんは今頃、どうしているだろうか・・・

瑠璃さんが石山寺に発ってから三日。

「石山詣で」と聞けば、観音堂に籠って、一晩中熱心に読経をしながら過ごすと思われがちだが、その実、舟遊びに興じたり、はたまた夜通しおしゃべりに夢中になったり・・・と案外と娯楽が多いのだ。

きっと瑠璃さんのことだから、ここぞとばかりに藤宮さまと遊び呆けているに違いない。

舟遊びの時に、はしゃぎ過ぎて扇で顔を隠し忘れちゃいないだろうか。

滅多に見ることの出来ない大きな湖に浮かれて、裸足で水遊びでもしてはいないだろうか・・

石山寺にはもちろん男だって詣でる。

まさかとは思うけど、不埒な男に目を付けられて・・・、なんて可能性だってないわけじゃない。

まぁ、藤宮さま付きの随身たちが目を光らせているだろうから、その点は大丈夫だろうとは思うけど。

右近衛府の一室で、回りに誰もいないのをいいことに瑠璃さんのことを考えていると、遠くから衣擦れの音が聞こえてきた。

慌てて顔を引き締め、書類に目を通している振りをすると

「高彬」

名前を呼ばれ顔を上げると、同僚の源重行が部屋に入ってきた。

「どうしたんだ、ぼんやりして」

「ぼんやりなんかしてないさ。この通り、書類の山と格闘してたところだ」

重行は、手元の数枚の書類を一瞥して肩をすくめると

「何も今のことを言ったわけじゃない。ここ数日、おまえさんがどうもぼんやりしてるように見えてね。どこか身体でも悪いのか?」

ぼくの前に腰を下ろした。

「いいや、別に」

「そうか。・・・ところで、おまえに朗報だ。右大将どのがな、おまえに一週間の休暇をくれるそうだ」

「え」

「最近、仕事が立て込んで、休みなんかまともに取ってなかっただろう。ここんとこ仕事も落ち着いてるし、その間に骨休めしろと仰せだ」

重行はぐっと近づいてきて、声を潜めた。

「新妻孝行でもしろってことだよ」

「・・・・」

「何だ、嬉しくないのか」

「いや、そういうわけではないけど・・・」

怪訝な顔で聞かれ、ぼくは言葉を濁した。

妻が石山詣で中だとは、何だか言い出しづらい話の流れである。

「今日ももう上がっていいそうだぞ。じゃあな」

重行の姿が完全に見えなくなったところで、ぼくは机に突っ伏した。

普段は三条邸に行くこともままならないほどの激務のくせに、こうして瑠璃さんが京を離れている時に限って、一週間の休暇が出ると言う。

こういう時にこそ、いっそ瑠璃さんのことを考える暇もないくらい激務で良いんだけどなぁ。

毎夜、宿直とか大歓迎だ。

自邸に戻り、楽な狩り衣に着替えて脇息に寄りかかれば、やはり浮かんで来るのは瑠璃さんの姿だった。

長期休暇ももらえたことだし、いっそ石山寺にぼくも行こうか・・・、と思わないでもないけれど、それは男の沽券に関わる、と言う気がして出来ない。

石山詣では、時にはワケありの女人が籠ることでも有名で、例えば恋人から逃れたいとか、夫と離縁したいとか、そういう場合だ。

逃げる女あれば追う男あり、で、縋り付くような思いで駆け付ける男も多いのが石山寺なのである。

つまり、今、ぼくがふいに石山寺に現れたら、世間の人は、瑠璃さんを引き留めたくてぼくがやってきた、と思う、ような気がする。

そういう誤解は受けたくないしなぁ・・・

「若君、ため息などつかれて如何なされましたか?」

気が付いたら政文がいた。

「おまえ、近江の方に行く用とかないか?」

「はぁ、近江ですか・・、いえ、別に」

「そうだよな」

「近江が何か」

「いや、何でもない」

政文が下がって行くと、入れ替わりに守弥がやってきた。

「おや、こんな時間に若君がいらっしゃるとは」

いることを知っててやってきたくせに、白々しいことこの上ない。

「ご公務は?」

「一週間の骨休めだ」

「ほう、それはそれは」

「上司の命令だ」

「なるほど」

「・・・・・」

「三条邸には行かれないのですか?」

「・・・・・」

情報通の守弥のことだ。瑠璃さんが石山寺に行っていると言う事だって、とうに知っているに違いないのだ。

くそっ、相変わらず憎らしい奴だ。

「瑠璃姫はあいにく石山詣で中だ」

「ほう」

驚いて見せる顔もわざとらしくて腹立だしい。

「ああ見えて瑠璃さんは信心深くてね、今頃、一心に観音さまに掌を合わせているだろうね」

我ながら嘘くさいが、虎視眈々と瑠璃さんの欠点を狙ってくる守弥に弱みを見せるわけには行かないのだ。

「たまには息抜きしてくるようにとぼくが勧めたんだ」

嘘が嘘を呼ぶ。

「なるほど。さすがは若君。寛大な御心ですね」

「うむ」

どこまでが本気か判らない守弥の言葉を、瞬きもせずにはったと受け止めて答えると、やがて守弥は下がっていった。

「・・・・・」

疲れる。

ぼくは何も悪いことなどしていない。仕事だって忙しくない。

なのに疲れる。

何だか調子が出ない。落ち着かない。

全ての調子が一拍狂ってるような違和感がある。

認めたくはないけど、やはり瑠璃さんがいないからなのだろう。

瑠璃さんが戻ってくるまで、まだ五日もあるのか・・・・

脇息を倒して寝ころび目を瞑る。

瑠璃さんが帰京した時、一体、どんな風に出迎えようか。

いきなり抱き寄せるか、それとも威厳に満ちた夫風を装って鷹揚に頷いて見せるか───

瑠璃さんのいない日々、悩みは深まるばかりのぼくなのだった。





<終>


瑞月です。

いつもご訪問ありがとうございます。

猛暑だったり台風直撃だったりといつになく大変な夏ですが、皆さん、ご無事にお過ごしでしょうか?

オリンピックも高校野球も終わり、何となく終わりゆく夏の寂しさを感じる今日この頃です。

さて、瑠璃を迎える高彬は一体、どうするのでしょう。

いきなり抱き寄せるのか、鷹揚に頷いて夫としての威厳を保つのか。

続編を考えておりますが、皆さんならどちらにしますか?

抱き寄せる→ピンクをクリック。
鷹揚に頷く→黄緑をクリック。

多かった方でお話を進めて行きます。
(もし思いつく方は、その時の高彬の「第一声」も)

どっちも高彬ならやりそうですよね。

よろしくお願いいたします。


(←お礼画像&SS付きです)

コメントの投稿

Secre

非公開さま(Nさま)

Nさん、こんばんは。

ほんと、どちらでも高彬ならやりそうな態度ですよね~。
変に照れる二人と言うのもいいですね!(^^)!
天気の話とか、あと急に難しい仕事の話しちゃったり。
瑠璃が帰ってくるまで、高彬には長~い五日間になりそうですね(笑)

非公開さま(Mさま)

Mさん、こんばんは!

<暗雲>をすばやく察知する我らが高彬。
これは仕事で鍛えられたというよりかは、瑠璃と一緒にいたことにより備わったような気がします(笑)
確かに吉野からの帰京を考えると、今回は抱きしめて欲しいですよね~。
朝早くからスタンバイ(笑)
高彬ならありえそうで笑いました。しかも一週間の休暇中ですしね。
なんなら前の晩からいそうな勢いですね。
やっぱりそのまま寝所にGO!なんでしょうかね?
あ、これぞ本当の「高彬GO!」だー!(笑)

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