社会人編<最終話>

そっと身体を離し一旦横になってから瑠璃さんを抱きしめる。

身体中に満足感とも充足感とも言えない思いが広がって行く。

瑠璃さんの様子はと言えば、身体に力が入っていないのかくったりとぼくに身体を預け、顔に掛かる髪を払う気もないようだった。

「大丈夫?」

髪を耳に掛けてやりながら耳元で聞くと、返事の代わりに瑠璃さんはコクンと頷いた。






─Up to you !─<最終話>






頷いた瑠璃さんの目はトロンとしていて今にも閉じそうで───と思ったら、案の上、閉じてしまった。

瑠璃さん、と声を掛けようとして思いとどまる。

瑠璃さんの頬にはカーテンの隙間から入る光が当たっており、何て言うか、極上に綺麗だったのだ。

薄く開かれた形の良い唇に、柔らかそうな頬・・・・

その顔をまじまじと見ているうち、ふと浮かんだ自分の考えにギョッとして慌てふためいてしまった。

ぼくは今まで、何かと言うとすぐにスマホを取り出してはパシャパシャと写真を撮っている連中のことをずっと快く思っていなかった。

動物園でパンダを見たのなら判る。

海でイルカと遭遇したのなら判る。

だけど連中は何てことない街中で写真を撮りまくるのだ。

大の大人が、しかも男が、喫茶店で前に座る彼女がパフェを食べる姿など写真に撮ってどうするんだ、と思っていた。

正直、気が知れない、とすら思っていた。

人知れず、日本の将来を憂いていたりもした。

だけど───

今、ぼくは、瑠璃さんの寝顔を見て

(写真に収めたいな)

と思ってしまったのだ。

寝姿なんて撮るのはマズイだろうし、いや、そもそも瑠璃さんの写真なんか撮り始めたら、歯止めが効かなくなりそうでこわい。

「瑠璃さん」と言うタイトルのフォルダをいくつも作ってしまいそうだ。

これじゃあ、街中で写真を撮り合ってるカップルをまったく笑えない。

いや、だけど、恋人なんだし写真の一枚や二枚、撮り合ったって・・・

「・・・寝ちゃったみたい」

あれこれ思いを巡らせていると、瑠璃さんがふいに目を開けたので、またしても慌ててしまう。

「少し寝たらいいよ。疲れた・・・だろうし」

「ううん、大丈夫よ」

言いながら瑠璃さんはシーツを引き上げ恥ずかしそうに顔を隠したりしている。

シーツごと瑠璃さんを抱きしめ

「あのさ、瑠璃さん。さっきの話・・」

と話しかけた途端、グゥと何かの音がして、どうやら瑠璃さんの腹の虫が鳴いたようだった。

「・・・・・・」

目が合って、瑠璃さんの顔がみるみる赤くなる。

「もう!3度目よ、3度目。高彬の前でお腹が鳴ったの」

開き直ったように瑠璃さんはぷぅと頬を膨らませ、ぼくは笑いを噛み殺しながらも、それでも瑠璃さんがはっきりと「3度目」と覚えていたことに密かに感動を覚えてしまった。

ぼくとのささやかな、思い出とすら呼べないような出来事が、ちゃんと瑠璃さんの中に残っているということなのだろうか。

「・・・・・」

じんわりと幸せが胸に広がって行く。

「向こうで準備してるから、ゆっくり着替えておいで」

瑠璃さんの頭を軽く叩き、すばやく服を着てリビングへと向かう。

リビングは何事もなかったかのようにさっきのままだった。

テーブルにはおいしそうな料理が並んでいるし、ソファの横にはギターが置いてある。

冷蔵庫を開け、瑠璃さんは何を飲むだろうか、ジュースでいいのか、それともシャンパンくらいは口にするのか・・・と迷っていたら、洗面所の方で物音が聞こえた。

すぐにリビングに来るだろうと思っていたのに、なかなかやって来ない。

「瑠璃さん?入るよ」

ノックをして開けると、洗面台で何かを洗う瑠璃さんの姿があった。

水音で気付かなかったのか、ぼくを見てびっくりしたように身を縮め、慌てて手に持っているものを隠そうとして───

だけど、大きすぎて隠せすに、瑠璃さんは途方に暮れたような顔をしている。

「・・・シーツ、汚しちゃったみたいで・・・」

瑠璃さんが落とそうとしていたのは赤いシミだった。

「ごめんなさい・・・」

ムキになってゴシゴシと洗う瑠璃さんの手を止めた。

「何で謝るのさ、瑠璃さん。シーツなんていいよ」

瑠璃さんが付けたシミなら、それすら嬉しいなんて言ったら、瑠璃さんに気味悪がられるだろうか。

「でも、これ新品でしょ」

確かに今日のために新調したものだったけど、だけど、そんなのはどうでもいいことだった。

「弁償するわ」

「いいって」

「ねぇ、じゃあ高彬の誕生日っていつ?誕生日にシーツを贈るわ」

誕生日プレゼントにシーツを贈る、なんてあまりに真面目に言うので吹きだしてしまう。

「だからいいって。そういう瑠璃さんこそ、誕生日はいつなのさ」

質問に質問で答え、瑠璃さんとパッと目が合った。

「・・・・」

そうだ。

ぼくたちは知らないことが多すぎるんだ。

誕生日はおろか、好きな食べ物や音楽、感動した映画や本、好きな場所、好きな色、得意なこと、苦手なこと、どんな子ども時代を送ったのか、どんな毎日を過ごしたいのか、どんな未来を描いているのか───

まだお互いに何も知らないじゃないか。

話したいこと、聞きたいことが多すぎる。

本当に、シーツのシミを気にしてる場合じゃないんだ──

ぼくは笑って瑠璃さんの手からシーツを取りあげた。

「記念にぼくの宝物にする」

何の記念、とは瑠璃さんは聞いてこなかった。

テーブルに向かい合い、ぼくたちはどちらからともなく頭を下げた。

「えーと、手始めに。出身はどこかな」

笑いを堪えながら聞くと

「京都よ」

芝居っ気たっぷりに瑠璃さんが言い

「奇遇だね。ぼくもだ」

ぼくも大げさに驚いて見せた。

「誕生日は?」

「好きな色は?」

思いつくままに一問一答式で問いかけ合い、ぼくはその間、何度も瑠璃さんを写真に収めたい誘惑と闘うことになった。

クルクルと表情を変え、思いっきり笑ったり驚いたりする瑠璃さんの顔は、どれも驚異的な可愛さで、ぼくが今までスマホで写真を撮ることに否定的だったのは、どうやらただ単に撮りたい被写体がいなかっただけ、と言う事のようだった。

どうやって写真を撮ることを切り出そうかなぁ、と考えていると、瑠璃さんがぼくの了解を得てからテレビを付け、ふいに聞き覚えのある地名がスピーカーから流れてきた。

同時にテレビに注目すると、画面には人で賑わう京都随一の繁華街、四条河原町が映し出されている。

「いつ見てもすごい人ねぇ・・・」

何気なさを装ってはいるものの、その顔はどこか引きつっているようにも見え、何あろう映像で写っている場所は、瑠璃さんがぼくに向かい、公衆の面前で「好きだ」と叫んだ場所なのだった。

ちらりと瑠璃さんに目をやると、視線に気が付いた瑠璃さんはコホンと小さく咳払いをし「やぁねぇ、こんなタイミングで」なんてぶつぶつと呟き、パチンとテレビを消した。

そうしてぼくに向かい直すと、改まった口調で

「えーとね、高彬。あのことはもう忘れて欲しいの」

「そりゃ無理だよ」

間髪入れずに言うと、瑠璃さんはむぅと膨れて見せた。

その顔がまた可愛くて、ぼくは立ち上がってキスをしてしまう。

「あの出来事は永久保存版だ。世界広しと言えども、あそこまで派手に告白してもらえた男なんてそういないだろうからね」

「もうっ。高彬、楽しんでるでしょ」

「うん。楽しんでる」

ますます瑠璃さんがむくれたので、声を上げて笑うと、瑠璃さんも釣られたように笑いだし、ぼくたちはしばらく笑い続けていた。

だけど、この時のぼくたちは知らなかったのだ。

永久保存版のこの派手な告白劇が、まさかあんな出来事に発展するなんて───

もうすでにこの時から、ひたひたと<魔の手>が忍び寄っていただなんて───

そんなこととは露知らず、この時のぼくたちは美味しい料理を食べながら、ただ上機嫌に笑い合っていたのだった。







*** Fin ***<恋人編へ続く>




守弥はこのまま引っ込むのか、鷹男は瑠璃とのデートを諦めたのか・・・。

果たして、忍び寄る<魔の手>とは?

そしてオトコ高彬の経験の有無は───?!

様々な波乱を含みつつ<出会い編>はこれにて終了です。

長らくのお付き合いありがとうございました。

「おまけの話」、下の拍手お礼に置いてあります。


(←お礼画像&SS付きです)

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Secre

非公開さま(yさま)

yさん、こんばんは。

社会人編、楽しんでいただけたようで嬉しいです^^
平安時代よりも行動的な瑠璃が書けるので、私も楽しんで書いてます。
しかも身分もないから、鷹男(今上先輩)にだって強気で行けますしね!
高彬に過去に経験があったかどうかは、実はまだ「保留」なんですよ。
瑠璃は初めてであることを高彬に告白していますが、高彬がどうだったかは、社会人編2で明らかになって行く予定です。
(あ、別館の「ifバージョン」の話は、あれはパラレルで、社会人編の設定とはかぶってませんので^^;)

教師編は「拍手ページ」に掲載してるのですが、拍手ページは随時、入れ替えているんです。
次回の更新時に3話をまとめて黄緑のボタンの「拍手ページ」に掲載しておきますね。


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非公開さま(Rさま)

Rさん、おはようございます。

出会い編にお付き合いいただきありがとうございました(#^^#)
恋人編では、晴れて恋人になった二人に苦難(笑)の数々が降りかかります。
ぜひ、またお付き合いくださいませ。

父は先週、一回目のステント手術をしました。
2回に分けてやるので、2回目は7月の一週目にやることになりそうです。
今は自宅で普通に暮らしています。
気に掛けていただきありがとうございます<m(__)m>

急に暑くなってきましたし、Rさんもお身体に気を付けてお過ごしくださいね。

あさぎさま

あさぎさん、おはようございます。

> 「出会い編」連載、お疲れさまでした!

あいがとうございます!

> のはずなのに、早くも<魔の手>だなんて、何だか物騒ではありませんか!

<魔の手>と言っても、まぁ、たいした<魔の手>ではないのですが~(笑)

> でも守弥も鷹男も、このまますんなりひっこむとも思えないし、恋人になったからって、それで安心してられないって感じなんでしょうか(笑)

もちろん引っ込みません。
でもですねえぇ、<魔の手>は思わぬところから忍び寄ります。(の予定です)

> 訳アリとはいえ、彼女ができたばっかりで合コンだなんて、彼女さんは許してくれなさそうですよね(笑)

これだから男は!鴨川に飛び込んでやるっ!・・・って感じなんでしょうかね(笑)

> という事は、高彬は今、パンダを見ながら写真を我慢してるようなもの・・・(ちょっと違いますか(笑))

そうそう、まさしくそんな感じですよ。
「可愛いな~。あ、でも撮影禁止かぁ」みたいなもんです。

> まだまだ気になる社会人編、これからも楽しみにしていま~す!

ありがとうございます(#^^#)

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お疲れさまでした~!

瑞月さん、こんばんは~。

「出会い編」連載、お疲れさまでした!
幼なじみじゃない二人がようやく結ばれて、幸せオーラ満開ですね~vv
のはずなのに、早くも<魔の手>だなんて、何だか物騒ではありませんか!

でも守弥も鷹男も、このまますんなりひっこむとも思えないし、恋人になったからって、それで安心してられないって感じなんでしょうか(笑)
個人的には、高彬の合コンがどうなるのかも気になるところです。
訳アリとはいえ、彼女ができたばっかりで合コンだなんて、彼女さんは許してくれなさそうですよね(笑)

高彬が写真第一主義に否定的なのは何だか分かる気がしますが、「動物園のパンダレベル?」に魅力的な被写体に出会えてよかったですね~v
という事は、高彬は今、パンダを見ながら写真を我慢してるようなもの・・・(ちょっと違いますか(笑))
頑張るのよ、高彬~(涙)!

まだまだ気になる社会人編、これからも楽しみにしていま~す!

非公開さま(Rさま)

Rさん、こんにちは。

社会人編、いったん終了です。
いつも応援のコメントをありがとうございました。
とても励まされました(#^^#)

高彬は、私は「B派」だと思います(笑)

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