***短編***  甘い生活 ~La Vie en rose~ *** 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






             注)このお話は一話完結です。
               
              






***短編*** 甘い生活 ~La Vie en rose~ ***










───ふぅ

車に乗り込み壁に寄りかかると知らずに大きなため息が出た。

首を左右にゆっくりと倒し、最後に眉間を揉みほぐす。

ここのところの激務がさすがに堪えているようで、身体のあちこちが強張ってきている気がする。

疾風と遠乗りをしたり、弓でも無心に引きたいところだけど、悲しいかなその時間も取れないでいる。

今日だって何とか算段をつけて、10日ぶりに三条邸に行けるくらいだし・・・。

日のあるうちに退出できたのは、実に一月ぶりかも知れない。

ぎしぎしと軋む車輪の音と牛車の揺れに、だんだんと瞼が重たくなってくる。

遠く烏の鳴き声と、すれ違う牛車の音や供人の掛け合う声を聞いたのを最後に、気付いたらぐっすりと眠りこんでいた。

車宿りに着いたところで政文に声を掛けられ、ひとつ大きく伸びをして車から降りる。

大内裏を出る時は秋の西日が眩しいほどだったのに、はや日は傾きかけ夕闇がせまってきている。

すっかり色付きはじめた三条邸の庭の木々が、夕空をバックにまるで影絵のように美しかった。

───10日ぶりに瑠璃さんに会える。

渡殿を歩きながら知らずに足が速くなってしまっていたのか、気付けば先導の女房を追い越しそうになっていて、慌てて速度を緩める。

焦る気持ちを落ちつけようと、小さく深呼吸をした。




*********************************




「・・・それが、少将さま。実は姫さまは藤宮さまのところに急遽、行かれてしまわれまして・・・。じきに戻ると思うのですが・・・」

部屋に入ると、小萩が薄縁に額を擦りつけるばかりに平伏しており、そのままの姿勢で恐る恐ると言った感じで話しだした。

「藤宮さまのところに?」

「はい。少将さまがいらっしゃることはもちろん姫さまもご存じで、昨日来、それはそれは楽しみにしていらしたのですが、今朝、藤宮さまからのお文をお読みになった途端、急に行くとおっしゃられて。お止めしたのですが、今日でなくてはいけないなどと申されて・・・」

主人である瑠璃さんを庇ってなのか、はたまた帰宅後に夫婦喧嘩でも始まって、そのとばっちりを食うのはご免だと思っているのか、聞いてもいないのに小萩は詳しい経緯を説明した。

「それで、あのぅ・・・、もし少将さまが先にお付きになったら、お忍びに行ってくるけどすぐ戻るから待ってて欲しい、とのご伝言でございます・・・」

上目遣いにチラチラとぼくの顔を見ながら言い

「伝言・・・」

ぼくが呟くと

「はぁ」

と小萩は力なく頷いた。

ぼくは小さく息を吐いた。

───まったく瑠璃さんは。

何が<お忍び>だ。何が<伝言>だ。

伝言残す時点で、ちっとも忍んでないじゃないか。

そこは小萩も気付いているのか、どこか奇妙な顔をしており、どうやら笑いたいのだけど、ぼくの手前、我慢しているようだった。

「──瑠璃さんに忍ぶ気なんか、これっぽちもなさそうだね」

試しに言ってみると、堪え切れなくなったのか小萩は吹き出し、そのまま袖で口元を隠しながら笑っている。

「まぁ、隠されるよりかはいいよ」

「はい。姫さまも『どうせバレるんだから』などとおっしゃられて」

あっけらかんと言う瑠璃さんの姿が目に浮かぶようだ。

「瑠璃さんはここのところどうしていた?おとなしく過ごすような人じゃないだろう」

少し瑠璃さんを待つことになるだろうと見越して、脇息を引き寄せながら小萩に尋ねると

「まぁ、少将さまったら。・・・姫さまにしてはおとなしくお過ごしでしたわ。お文のやりとりなどなさったり、早苗と碁をお打ちになったり・・・」

「文?」

「えぇ、春先に三条邸にいらした友輔さまですわ。少将さまもお会いになった、殿の遠縁の5歳の童です」

「あぁ」

あの、瑠璃さんを呼び捨てにした童か。

「へぇ、文なんてやりとりしてるんだ」

「やりとりと言うほどでは・・・。時々、友輔さまから姫さま宛てに来るのでそれに姫さまがお返事をお書きになるくらいで・・・」

「ふぅん」

「数日前に、お文が届きまして、また遊びに行きたいなどと書かれていたようで・・・あら?姫さまがお帰りのようですわ、少将さま」

小萩が東門あたりを窺う様に耳を澄ませ、言われてみれば少しざわついているような気がする。

ほどなくすると、ぱたぱたと威勢の良い足音が聞こえ、瑠璃さんが戻ってきた。




***************************************




「やっぱり高彬の方が早かったわね」

小萩と入れ替わりで部屋に入ってきた瑠璃さんは、ぼくの顔を見るとにっこりと笑った。

その様子はまったく悪びれておらず、そうなると怒るのもバカらしい気がしてきて、ぼくは「おかえり」と出迎えた。

実際、怒っていなかったし、それどころか元気いっぱいの瑠璃さんを見たら、やたらと嬉しくなってしまった。

「瑠璃さん、お忍びとは名ばかりで、忍ぶ気なんかないだろう」

前に座った瑠璃さんの顔を覗き込んで言うと、一瞬、気まり悪そうな顔にはなったものの、それどころではないとばかりに膝を進めて来た。

「高彬。見て」

瑠璃さんが手にしていたものは蓋つきの器で、ほら、と言いながら開けると、ふわりと良い匂いが立ち上った。

中には枯葉のようなものがたくさん入っている。

いや、枯葉にしては色が鮮やかな気もするし・・・。

何だろう、と思っていると

「これは薔薇(そうび)の花よ」

「薔薇・・?」

これが薔薇?確かに言われて見れば薔薇の花の匂いだけど、薔薇ってこんな花だったろうか?

そんな思いが顔に出たのか

「これはね、薔薇の花びらを乾燥させたものなんですって」

「へぇ・・」

「乾燥させてもこんなに匂いの残るものは薔薇の中でもごく僅からしくて、それを藤宮さまが下さるって言うからいただいてきたのよ。藤宮さまったら、今日来れなければ他の方に差し上げます、なんておっしゃるんだもの」

「急のお忍びにはやんごとない事情があったってわけだね」

からかうように言ってやると

「そういうこと。あたしも色々と忙しいですからね」

すました顔で瑠璃さんが言い、目が合って2人して吹き出した。

「でも・・・ほんとに良い匂いね」

言葉に釣られ器に顔を近づけ匂いをかごうとすると、同じように顔を近づけてきた瑠璃さんの額と額がぶつかってしまい

「イタっ」

「イテっ」

と2人同時に額をさする。

器に顔を近づけるタイミングが合わないと言うか、合いすぎると言うのか、何度かそんなことを繰り返しているうちに、2人して笑いだしてしまった。

「もうっ、順番で匂いをかぎましょうよ」

まずは瑠璃さんに譲ると、瑠璃さんは目を閉じ、深々と息を吸い込むとうっとりとした顔をしている。

「あぁ、いい匂い・・・」

確かに実際の薔薇の花よりも匂いが強いのか、わざわざ顔を近づけなくても十分にその匂いが立ち込めている。

「はい、次は高彬よ」

差し出された器を受け取り横に置くと、瑠璃さんを抱き寄せた。

疾風より、弓より、そして薔薇より、やっぱりぼくには瑠璃さんだ。

この部屋に瑠璃さんが入ってきてから、仕事の疲れなんかいつの間にか吹き飛んでいた。

顔を見て話して、ただ笑っただけなのに、それだけで元気になってくる。

「ぼくが来ない間、オトコと文のやり取りをしていたんだってね。小萩からの密告があったよ」

え、とびっくりした顔をした瑠璃さんと至近距離で目が合い、意味ありげに眉を上げてみせると、瑠璃さんもすぐにノッてきた。

「寂しかったのよ。高彬の訪れもないし・・」

袖で顔を覆いヨヨと泣くふりをして、そうして自分で吹き出している。

瑠璃さんの笑いが収まったところで、ひとつ接吻をする。

「友輔には文を書いたのに、ぼくにはこの10日間、文ひとつくれないなんて妬けるな」

わざと怨ずるように言ってやると

「何言ってるのよ。相手は5歳の童よ」

「でもオトコはオトコだ」

「高彬は忙しいだろうと思って遠慮したのよ。あんたのことだから、あたしが文書けば返事書くだろうし」

「それくらいの時間は作るさ」

「だって」

勢い込んで何かを言おうとした瑠璃さんが、ふいに口をつぐんだ。

「だって、何?」

「だって・・・。文なんかもらったら会いたくなっちゃうじゃない。高彬すぐ来て、って返事書いちゃいそうだもの」

「・・・・」

瑠璃さんの丸い目が見上げるようにぼくを見ている。

「あたし・・・あんまり我慢強くないのよ」

にっこりと言い、ぼくの胸にそっと頭を預けてきた。

うーむ、これは・・・。

「これって・・・ぼくは口説かれてると思っていいのかな」

「さぁ、どうかしらね」

胸のところでくぐもった声が聞こえ、小さく笑っているようだった。

顔を上げさせ、額、両頬、鼻の頭に小さく接吻をして、そのまま髪を上げて首に唇を這わせると、瑠璃さんはくすぐったそうに身をよじった。

そうして、もう一度接吻をしようとするぼくの唇に指を立て「まだ早いわ」なんて小さく首を振る。

瑠璃さんは一体・・・。

誘っているのか、諫めているのか───

有無を言わせず横たえ覆いかぶさると

「だめよ、そのうち白湯でも持って女房が来るわ」

瑠璃さんが両手で押しとどめるようにしてきた。

「大丈夫だよ。物音がすれば遠慮して入ってこないさ」

「物音なんかたてないわよ」

心外だ、とでも言いたげな瑠璃さんの頬をつつく。

「さぁ、どうかな。そう言っていられるのは今のうちだけかも知れないよ」

にやりと笑ってやると、瑠璃さんの目が一瞬見開かれ、何かを言いかけたけど、構わずに唇をふさいだ。

そうして、しばらくすると───

瑠璃さんが声を上げるたび、ぼくが動くたび、薔薇の花びらの甘美な匂いがふわりと立ち上り、甘い吐息とともにやがて部屋に充満していった。

「瑠璃さん、声が・・出てるよ・・」

そうからかっても瑠璃さんには軽口をたたく余裕はなさそうで、でも、そう言うぼくの方こそ、情けないことに言葉が途切れがちなのだった。

ぼくの下には、身を委ねるように目を閉じる瑠璃さんの顔がある。

瑠璃さんからは絶えず甘い香りがしており、ぼくは顔をうずめて目を閉じると深く息を吸いこんだ。

薔薇の匂いにも似た瑠璃さんとの甘い生活は、ぼくの心を捉えて離さないのだった。








<終>


(←お礼画像&SS付きです)

コメントの投稿

Secre

非公開さま(Rさま)

Rさん、こんばんは。

なるほど!
確かに「新床」と言うのがポイントですよね。
何かのカモフラージュって線もありですね。(どっちの方向でのカモフラージュかは、それこそ昨今の事情により・・・ってところでしょうか)

「チームF」はただいま、6名でございます。
永遠にあさぎリーダーと2人と思っていたのですが(笑)ありがたいことです。(しかも特典もないのに!)

非公開さま(Nさま)

Nさん、こんばんは。

牛車の中で疲れてる高彬は、今で言うと仕事が終わってネクタイを緩めてる・・って風情でしょうか。
なんか仕事で疲れてる姿ってかっこいいですよね。

器に顔を近づけて、でも嗅げなくて、瑠璃に譲ってあげた高彬でしたが、瑠璃がうっとりと匂いを嗅いでる顔に、きっとオトコスイッチが入ってしまったんだと思います。
だって10日ぶりですし~(笑)

何気に人気(?)の友輔くん。
確かに目の前で瑠璃にまとわりついたら高彬はどうするんでしょうね?
5歳児なら、ホッペにチューとかしそうですしね。
はたして自分の目の前で瑠璃にチューをされた高彬は、夫の余裕で適当にかわすのか、もしくはマジ切れするのか(笑)
どっちでもありえそうなところが高彬の面白いところですよね。(妄想しがいがありますよね)
これは近々、ぜひ友輔を三条邸に招待しなければ!(笑)

Nさんも風邪などにお気を付けくださいね。

ありちゃんさま

ありちゃんさん、こんばんは。

>薔薇って「そうび」って読むんですね。(言われてみれば、音読みするとそうなるのかな・・・。)

中国(唐)から入ってきた薔薇のことを「そうび」と呼んでいた・・・とGoogle先生が申しておりました(笑)

>要するにポプリですね。♪

はい、そうです^^
あ、でも平安時代にあったかどうかは定かではありません・・・。

> 幸せなお話をありがとうございました。

こちらこそ読んでいただきありがとうございました。

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へぇぇ~

瑞月さま

おはようございます。
薔薇って「そうび」って読むんですね。(言われてみれば、音読みするとそうなるのかな・・・。)
要するにポプリですね。♪
流石、藤宮さま!雅な物をお持ちですね!

それにしても・・・甘い高彬と瑠璃にデレデレしてしまいますよ。\(//∇//)\

幸せなお話をありがとうございました。

非公開さま(Rさま)

Rさん、おはようございます。

はい、今回は甘~いお話です^^
寒くなってくると甘い話が書きたくなるんです・・・、あ、夏には「どうせ暑いんだから、もっと暑くなりたい」とか言って、甘い話を書いていたような。
どっちみち甘い話が好きなんですね、私は(笑)
薔薇の花びらを新床に撒くなんて素敵ですね!

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非公開さま(Yさま)

Yさま、初めまして。
コメントありがとうございます。
ジャパネスクは何度読み返しても良いですよね。
パスワードは、後ほど改めてメールさせていただきますね。

非公開さま(Mさま)

高彬と小萩のコンビっていいですよね。
ほんと、共通項が多いですしね。
さらに小萩って、同性から見てもすごく安心して見ていられるキャラと言うか女性で、自分の彼氏とかも紹介出来そうな雰囲気ありますよね(笑)
この2人のコンビ、まだまだ書いてみたいです!
だんだん寒くなってきましたし、高彬に包まれたいですよねぇ・・・。順番に(笑)

> 瑠璃さんを呼び捨てにした勇気ある友輔君のお話もいつか読んでみたいです。

すでにご存じかも知れませんが、友輔は短編「春の日に」にチラリと出て来た童です。
幼心に瑠璃に恋心を抱いていたとしたら高彬はどうするのでしょうか?
本気でヤキモチやくのか、大人の余裕でかわすのか・・。
面白そうですね。
いつか機会があったら書いてみたいです。

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瑠璃さんを呼び捨てにした勇気ある友輔君のお話もいつか読んでみたいです。
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