***短編*** ほろほろと ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




         注)このお話は一話完結です。


         『らぶらぶ万歳サークル』さまに出品した作品の再録です。
         今回のお題は「藤」でした。

          <おまけの話>下にあります。
          
           





***短編*** ほろほろと ***








「小萩さん。もうじき少将さまがお見えになると、右大臣家からの先触れがありました」

「あら、そう。今日は少しお早いお越しなのね」

縫い物の手を止めて顔を上げると、鈴鹿が少し戸惑った顔で立ちつくしており

「わたくしがお迎えにあがるから、おまえはもうお下がり」

そう言ってやりますと、ほっとしたように下がって行きました。

お邸勤めにすっかり慣れたとはいえ、鈴鹿は少し引っ込み思案なところがあるのか、なかなか表に出たがらないのです。

そういえば鈴鹿はいくつになったのかしら・・・などと思いながら車宿りに向かいますと、ちょうど牛が外されるところで、ほどなくして轅(ながえ)が渡されるのと同時に少将さまがお降りになっていらっしゃいました。

「お帰りなさいませ、少将さま。いつもより早いお出ででさぞ姫さまもお喜びのことと思いますわ」

「今日は早くに仕事が片付いてね」

ゆったりと笑まれる少将さまを、わたくしはさりげなく、でも注意深く見てしまいました。

と言いますのも、実は先日来、わたくしには気がかりなことがあり、それは少将さまのご様子なのでした。

何と申しますか、憂いを秘めたと言いますか、お悩みの色が濃いと言いますか、まぁ、ありていに言いますと元気がないのです。

姫さまと喧嘩でもなさったのかと思えば、お泊りの翌朝は大層、晴れ晴れとしたお顔でお出掛けになっているご様子からそんな感じではなさそうで、では何かお仕事で大変な失敗でもされたのかと思えば、先日もお殿さまが

『我が婿君、高彬どのの仕事振りが今日も陣の座で評判になってのぅ。いやぁ、わしも鼻が高い』

などとあけすけに話されておりましたので、やはりそういうわけでもなさそうなのでございます。

今日の少将さまも渡殿を歩かれながら、口数も少なにふいにため息をつかれたりと、明らかにお元気のない様子でございます。

「少将さま、ご覧くださいませ。藤の花が今が見頃と咲き誇っておりますわ」

わたくしは立ちどまり、庭の一隅を指し示しました。

藤棚を覆いつくさんばかりの満開の薄紫の藤の花が、もったりと重たげにその花弁を茂らせており、初夏を思わせる風に時折り揺れております。

ちらりと目をやった少将さまは小さく頷かれるに留め、またため息をつかれるのでございます。

一体全体、少将さまはいかがされてしまったのでしょう。

喧嘩でもなく仕事の失敗でもなく、では何が少将さまの憂い顔の要因なのか、とつらつら考えてみて、わたくしははっと息を飲みました。

まさかとは思いますが、その・・・<女性問題>と言いますか<浮気>と言いますか、その辺りなのではないでしょうか。

何かのはずみと勢いで、女性とありうべからざる状態になり、それを姫さまに相談できるわけもなく、お一人でお悩みを抱え込んでいられるのでは・・・。

今日こそは姫さまに話そうと思いつつ、何も知らずに笑って自分を迎えてくれる姫さまを前にすると何も言えなくなってしまう少将さま・・・。

自分に向けられる、姫さまからの全幅の信頼と愛情を前に、己が過ちを激しく後悔される少将さま。

そうして姫さまはと言えば、少将さまからの告白にいかほどの衝撃を受けられるのでしょうか。

食欲も人並みに減り、几帳を蹴飛ばし、碁石を投げ飛ばし、後先考えずに出家してしまうやも知れません。

それを知った少将さまは呆然自失、後を追って出家され、お殿さまに至ってはお年もお年ですから、驚きと嘆きの余り、きっとそのまま御昇天。

主を失った内大臣家は一気に失墜し、融さまにそれらを立て直す気力も実力もございませんので、摂関家の流れを汲む名門内大臣家は没落・・・。

嗚呼!

わたくしは思わず顔を覆ってしまいました。

このような悲劇を一体、誰が止めることが出来ましょうか。

いえ、お止め出来るのは、この小萩しかいないのだ、長く姫さまにお仕えし、また少将さまをご幼少のみぎりより存じ上げている小萩しか、この事態を収拾できるものはいないのだと、天空に轟く落雷のように胸にぴたりとくるものがあったのでございます。

「高彬さま」

わたくしは少将さまに向き直りました。

少将さまもお顔をお上げになり、わたくしをご覧になっております。

「少将さま、この小萩めに何なりとお話くださいませ。決して、決して、姫さまと少将さまをご不幸になど致しませんわ。ですから、そのような憂い顔は、昨日に返してくださいませ・・・!」

震える声で申しますと、少将さまは

「小萩に・・・相談しちゃっていいのかな・・」

俯きながらぼそぼそと申されました。

「ええ、ええ。何なりと」

お2人のお幸せのため、また内大臣家没落を免れるためならば、何なりとお聞き致しましょう。

「実は・・・」

「ええ」

わたくしはごくりと唾を飲み込みました。

「瑠璃さんへの贈り物が決まらなくてね」

「・・・は?」

わたくしは目を瞬いてしまいました。

姫さまへの贈り物・・・?

浮気でもなく女性問題でもなく、贈り物?

わたくしの混乱と戸惑いなどお構いなしに、少将さまは続けられます。

「もうじき結婚して一年がたつだろう。同僚や家の者に、何か記念の贈り物をしたほうがいいって言われてしまってさ」

「はぁ・・」

「女の人が喜ぶような贈り物って何がいいかわからなくて。欲しいものは、だいたい瑠璃さん自分で手配してるだろうしね。趣味もあるしさ」

「・・えぇ」

確かに姫さまは、ああ見えてお衣裳などに凝っておられてて、色や柄などをお選びになる時にはかなりの時間を費やしておられるのです。

「珍しい水菓子とかも考えたんだけど、記念の品となるとやっぱり残るものがいいのかなぁ、とかさ」

本当に悩まれておられるようで、少将さまはうーむとお唸りになったかと思うと首を傾げておいでで、わたくしは先ほどまでの心配も忘れて、心の中がぽかぽかとしてくる心地でした。

なんてお優しい殿方なのでしょう。

このような方が姫さまの婿君だということが、お殿さまではありませんが、わたくしには誇らしくも、また嬉しくもあるのでした。

「そうでございますわねぇ・・・」

全てにおいて恵まれていらっしゃる姫さまに不足しているものなどないのですが、でもそうは言ってもやっぱり大切な方からの贈り物は、これは女性にとっては格別なもの。

何か姫さまがお喜びになりそうなもの・・・と考えて、ふとひらめくものがございました。

「少将さま。今、巷で流行っている<押し花>をご存知でいらっしゃいますか?」

「押し花?」

「えぇ。花を数日間、麻紙に挟んで作るものなのですが、そうすると盛りと咲いている花びらを、そのままの形で残しておけるのですわ」

「へぇ」

少将さまも興味をもたれたようで「押し花か・・・、押し花・・」などと呟かれておられます。

「えぇ、ただ簡単なようでいて、綺麗に仕上げるのにはこれがなかなか難しいそうなのですわ。最後にどんな配置で貼り付けるかなど、かなり手間がかかるものらしくて。その分、贈られた方の喜びもひとしお、と言ったところなのでしょうけれど・・」

「うーん、ぼくに出来るかな・・。でも、いいことを聞いたよ。ありがとう」

少将さまは嬉々としたご様子で歩き出され、そうして姫さまの部屋の前まで来ますと

「瑠璃さんにはくれごれも内緒にしておくれよ」

わたくしに向かい片目を瞑って見せ、そのまま部屋に入っていかれました。

「あら、早かったのね。・・・・・小萩、何かおやつを頂戴。少し多めにね」

最後の言葉はわたくしに向かって言う姫さまのお声が聞こえ、さっそくお2人の楽しそうなお語らいが始まるのでした。

姫さまの隣で寛いだご様子の少将さまは、脇息にもたれながらも、ぽんぽんと話される姫さまのお話を時折り頷いたり笑ったりしながら聞いていらっしゃいます。

ほんにお幸せそうだこと。

何不自由なくお暮らしで、その上、この上ない婿君を迎えられた姫さまの、輝くばかりのお幸せなご様子と言ったら!

一礼をして台盤所へと向かいながら、わたくしの顔もいつしかほころんでいるのでした。




*****************************************




「あのぅ、小萩さん。また右大臣家からの先触れがあって・・・」

「・・・・」

声を掛けられ、わたくしは小さくため息をつきました。

顔を上げなくたってわかっています。また鈴鹿です。

あの日から、もう数回は同じことを繰り返しているのです。

「おまえもねぇ、いい加減、少しは慣れなくてはだめよ。おまえは姫さま付きなのだから、少将さまにも顔を覚えていただかなければならないのだし」

「・・・・・」

「今日は鈴鹿、おまえがお迎えに上がりなさい。そうして姫さまのお部屋までご案内申し上げて」

わたくしは鈴鹿に少将さまのお迎えを言いつけました。

じっと恨めしい顔で見る鈴鹿を可哀相とは思いましたが、これも親心、いえ、姉心とでも言うのでしょうか。

言いつけてはみたもののやはり気がかりで、東の対屋の気配を窺っておりますと、少しするとパタパタと言う足音が聞こえてきました。

鈴鹿です。

「何ですの。女童じゃあるまいし・・・」

よくよく注意しておこうと口を開きますと

「小萩さん、姫さまがお呼びです」

「姫さまが?どうせ、おやつか白湯でも・・・」

「いえ、わたしも聞いてみたんですけど、違うみたいでした。小萩さんに用があるみたいなんです。姫さまがおっしゃったんです。小萩さんじゃなきゃダメだって」

「まぁまぁ、姫さまったら。一体、何でしょう。わたくしも忙しいと言うのに」

歩き出しながらも、つい笑みがこぼれてしまいました。

<小萩じゃなきゃダメだ>なんて・・・。

結婚し大人びたとは言え、まだまだ可愛い童のようなことをおっしゃって。ふふふ。

「姫さま、お呼びでしょうか」

部屋の隅で膝を折り手を添えて申し上げますと、姫さまと少将さま、お2人が同時のわたくしをご覧になりました。

「あぁ小萩。呼び立てて悪かったわね」

姫さまが身を乗り出され、と思いましたら、ふいに後ろ手に持っていた何かをわたくしに差し出してきました。

何が何やらわからないままに受け取ってみますと、それは綺麗にほどこされた藤の花の<押し花>なのでございました。

立派な詠草料紙に貼られた藤の花は、まるで咲き誇っているかのような薄紫や濃紫の色合いを保ち、よく見ると料紙には墨で「小萩へ」と書かれてあります。

「これは・・・」

わけが判らずにぼんやりと呟きますと

「あたしと高彬からよ」

「姫さまと少将さま・・から・・・」

「もうじき結婚して一年だねって瑠璃さんと話した時、無事、一年を迎えられたのはやっぱり小萩のお陰なんじゃないかってことになったんだよ。本当にぼくもよくしてもらってるし」

「結婚前から、いろいろおまえには苦労もかけてるしね。2人で作ったのよ。気に入ってもらえた?」

「押し花・・・・。少将さまが姫さまへ・・・贈り物だ・・・と・・・。大層、お悩みで・・・」

頭の中が混乱してしまい、言葉が上手に出てきません。

「実は瑠璃さんにね、小萩に探りを入れてくれって頼まれていたんだ」

わたくしの言わんとしてることがお判りになったのか、少将さまがおっしゃりました。

「あたしが小萩に<欲しいものある?>って聞くわけにはいかないしね」

「ぼくも何て聞き出したらいいかわからなくて困ってしまってね。瑠璃さんにはまだかまだかとせっつかれるし。それで少しばかり芝居を打ってみたんだよ」

少将さまが可笑しそうにおっしゃられました。

では、あの憂い顔もため息も、この小萩への贈り物を考えるためのものだったと言うのでしょうか・・。

そうしてお2人で<押し花>を作って下さったと言うのでしょうか・・・・。

わたくしのために・・・。

「やだ、小萩。泣かないでよ」

びっくりしたような姫さまのお声が頭の上から聞こえて参りました。

気付けばわたくしは身を屈め、手で顔を覆い、泣いているのでした。

泣きながら、わたくしはあることに気がつきました。

姫さまがこの上なくお幸せそうに見えるのは、色々なことに恵まれているからということだけではなくて、そのお優しさゆえなのだと言うことに。

姫さまのお優しさが、高彬さまと言う素晴らしい殿方を引き寄せ、回りの者をも幸せな気分にさせ、またその照り返しが姫さまをお幸せにしているのだと。

そんな姫さまにお仕えし、仲睦まじいお姿を間近で拝見しているわたくしは、なんて幸せ者なのでしょう。

「姫さま、少将さま。小萩は都一、幸せな女房ですわ・・・」

わたくしの目からはとめどなく涙が溢れ、まるで咲き誇る藤の花が風に揺られ舞うかのように、ほろほろと、ほろほろと、涙の花びらが流れ落ちたのではございました。





<終>


************************************************



<おまけの話>




「いってらっしゃい。気を付けてね」

小さく手を振る姫さまに、目で挨拶を返した少将さまは、お部屋を一歩出たところで日差しの強さに眩しそうに目を細められました。

新婚の頃は、夜も明け切らぬうちに邸を後にしていた少将さまも、最近では姫さまとお揃いで朝餉をお召し上がりになられたのちに出仕されるようになっております。

車宿りへとご案内しながら渡殿を歩いておりますと

「小萩、ちょっといいかな」

ふいに少将さまに声を掛けられました。

「はい、何でございましょう」

足を止め振り返りますと、少将さまは思案気なお顔でわたくしをご覧になっておられます。

「実は・・・。先日来、瑠璃さんへの贈り物を考えているのだけれどね。なかなかこれといったのが思い浮かばないんだ。小萩は何がいいと思う?」

「まぁ!少将さまったら」

立場もわきまえずに、わたくしは思わず少将さまを軽く睨んでしまいました。

先日もこの手にころりと騙されたばかりでございます。

今度は一体、何をお企みなのでしょう。

「少将さまのお芝居に、もう小萩は騙されませんわ」

笑いながら申し上げますと、少将さまは大きく頭をお振りになり

「小萩への贈り物とは別にね、本当に瑠璃さんにも何かあげたいと考えていたんだよ。ただ、この間も言ったと思うけど、瑠璃さんは大抵のものは自分で手配してるだろうし、何より瑠璃さんが喜んでくれるものって良く判らなくて。どうにもぼくはそういうことに疎くてね。瑠璃さんに押し花あげても、もう驚いてくれないだろうし・・・」

最後にはため息まじりにおっしゃられるのでした。

そのご様子は、とてものことお芝居をしているようには見えず(と言いましても、先日のご様子もお芝居には見えなかったのですが)

「そうでございますわねぇ・・・」

わたくしは、姫さまのお喜びになりそうなものを考え始めていました。

あれかこれかと素早く思い巡らせながら、ふと、閃くものがございました。

「少将さま。お櫛などはいかがでしょう」

「櫛?」

「えぇ」

数日前のこと、姫さまの御髪を梳いておりますと、櫛に目を留められた姫さまは「これも随分と古ぼけてしまったわねぇ」などとおっしゃっていたのです。

新しいものになさいますか?とお訊ねしますと、姫さまは「そのうちにね」と笑ってお答えになり───。

そう申し上げると少将さまは

「それなら櫛にしよう。そういうのはぼくなどには到底判らないからね。良かったよ、小萩に聞いて」

嬉しそうに頷かれました。

確かに姫さまの御髪を梳くのは少将さまがいらっしゃらない時ですし、我ながら良いことを思い出したと、わたくしも嬉しい気持ちになったのでございます。

そんな弾んだ気持ちが、さらに新たな閃きを呼び起こしました。

「少将さま。それならば良いお櫛がございますわ。南の外れに腕のいい櫛職人がいるらしく、今様の意匠で素晴らしい櫛を作るそうですわ。女房のみならず、やんごとない方々もこぞって手に入れたがっているらしく、大変な人気なんだそうです」

「今様の櫛か。いいね。新し物好きな瑠璃さんもそれなら喜んでくれそうだ」

「えぇ、きっとお喜びになりますわ」

「少しはぼくの株も上がるかな」

「まぁ!」

おどけたようにおっしゃる少将さまがおかしく、わたくしは吹き出してしまいました。

「わたくしはもちろん知らぬ振りでおりましょう。あくまで少将さまのお考えついたことと言うことで。存分と株をお上げになられたらよろしいですわ」

ついつい軽口が出てしまい、少将さまと笑いあったのでございます。

ツテを頼りに櫛職人に打診してみますと、そこはやはり少将さまのお名前が効いたのか、矢のような早さでそれはそれは見事な櫛が届いたのでございます。

少将さまがお越しの日、どうにも落ち着かない心地でわたくしは一夜を過ごしました。

少将さまは、もう姫さまにお櫛をお渡しになったのでしょうか・・・?

それとも別れ際にさりげなくお渡しになるのでしょうか・・・?

受け取った時の喜ぶ姫さまのお顔まで見える気がされて、知らずに口元が緩んできてしまいます。

翌朝、少将さまがお出掛けになられた後、さっそく姫さまのお部屋に伺いますと、姫さまは脇息に寄りかかりぼんやりとされておりました。

その横顔が憂いを含んでいるようにも見え、わたくしは密かに首をひねりました。

贈り物をされて喜んでいる風情には、到底見えないのです。

まだお渡しになっていないのかしら・・・と思ったのですが、近づいてみますと、姫さまの手にはまぎれもなく、あの櫛があるのでございます。

「あのぅ・・・姫さま」

お声をお掛けしますと

「・・・小萩」

やっとお気づきになったのか、姫さまがお顔を上げました。

「そのお櫛は・・・」

目で櫛を見ながらお訊ねしますと、姫さまも釣られたように櫛に目を落とし

「・・・くれたの。高彬が」

手の中で櫛を弄びながら呟くようなお声でおっしゃりました。

「まぁ!見事な細工の櫛ですこと。姫さま、新しい櫛を考えていらっしゃいましたでしょう。ようございましたねぇ。それにそれは・・・・今、流行りの櫛職人の櫛なのでは・・・?」

承知のこととは言え、知らぬ振りで気を引き立てるように言ってみましても、姫さまは「うん・・・そうね」と浮かない顔で頷かれるのです。

「あのぅ・・・姫さま。どこかお加減でもお悪いのですか?」

あまりの姫さまの元気のなさに、わたくしは膝を進めて聞いてしまいました。

首を振り、しばらく黙っていらした姫さまは

「前は・・・・こんなことする人じゃなかったんだけど・・・」

誰に言うともなく、ぽつりとおっしゃりました。

「は?」

意味がわからず思わず聞き返しますと、姫さまは今度こそはわたくしの顔をご覧になりました。

「だから高彬よ。前はね、こんな気の利いたものをくれるような人じゃなかったのよ。女心なんかちっとも判らなくてさ」

「はぁ・・・」

「だからあたしはいつも年下夫だの堅物の朴念仁だの、安心してバカにしてたのよ。それが・・・今様の櫛だなんて、いつのまにかこんなしゃれたことをさらっとこなす公達になっちゃって・・・」

ため息をつく姫さまを前に、わたくしは頭の中が混乱してしまいました。

確かに姫さまはことあるごとに少将さまのことを、堅物だ、年下だと言っており、その口振りからしててっきり、そういう少将さまをお嘆きになっているとばかり思っていたのですが、それはわたくしの勘違いだったのでしょうか。

女心のツボを押さえたものを贈られたことを不満に思うなど、どうにもわたくしには理解しがたく、ですが目の前の姫さまは気落ちしており───

混乱のままに一日が過ぎて行き、戌の刻を少し回った頃に少将さまがお着きになりました。

お迎えにあがると、明らかにお元気のないご様子の少将さまが車から降りたところでした。

今朝の姫さまのご様子から、わたくしが思い描いていたような「今様の意匠の櫛にお喜びになられる姫さま」のお顔が昨夜見られなかったことは容易に想像が出来、少将さまはご落胆なさっているのでしょう。

あの櫛をお勧めした責任を感じたわたくしは、少将さまに頭を下げました。

「少将さま。小萩の浅はかな考えが悪かったのですわ。もう少し時間をかけて、姫さまがお喜びになりそうなものをお調べすれば・・・」

「いや。小萩のせいではないよ」

少将さまはゆったりと手を振られました。

「ぼくの気持ちが何だか晴れないのはね。・・・・瑠璃さんが何も言ってくれないからなんだ」

「は?」

またしても意味がわからずに聞き返しますと

「昨夜、瑠璃さんに櫛を渡したら、その後、急に口数が少なくなってしまってね。何か思うことがあるなら言ってくれればいいんだ」

「はぁ・・・」

「前は文句でも何でもポンポン言ってくれてたのにな。気に食わないことがあると几帳を蹴飛ばしたり、碁石を投げたりさ。口より先に手が出るような人だったんだけど・・・」

ため息をつく少将さまを前に、わたくしは本日、二度目となる混乱を感じてしまいました。

少将さまはお殿さまほどではないにしても、姫さまのはねっかえり振りをお嘆きだったはずで、ですが今の言い方では、まるで、その頃の姫さまを懐かしんでいらっしゃるように聞こえるのでございます。

わたくしはすばやく頭の中を整理しました。

つまるところ───

姫さまと少将さまは、相手のためと思ってしていることが相手には寂しさを感じさせており、そうして「堅物」で「はねっかえり」のままの姿をお互いに求めているということで───。

「・・・・・」

わたくしは少将さまに気付かれないように大きく息を吐き出しました。

夫婦の機微とは、なんと複雑なものなのでしょう。

相手の「欠点」に文句を言いつつも、それが愛おしくも懐かしくもあるものなのでしょうか。

独り者のわたくしには到底、窺い知れない奥義があるのでございましょう。

ですが、よくよく考えて見ますと気落ちしている姫さまと少将さまには申し訳ないことながら、真面目に取り合うほどのことではないと思われるのでございます。

「少将さま」

わたくしは浮かないお顔の少将さまに向き直りました。

「姫さまに種明かしをしてくださいませ。『あの櫛は小萩に相談して用意したものなのだ』と」

「え」

「姫さまはきっとお喜びになりますわ」

「え、いや・・・しかし・・・」

腑に落ちない顔の少将さまを半ば強引に姫さまのお部屋にお連れし、わたくしは後ろ手に妻戸を閉めると、そそくさをその場を後にしたのでした。

翌朝、朝餉のお支度が整ったことをお伝えに部屋に向かいますと───

昨日までの憂い顔はどこへやら、晴れ晴れとしたお顔の姫さまと少将さまが仲良くお語らいの最中で、部屋の隅に控えたわたくしのことなど目に入らぬご様子なのでございます。

わざとらしく咳払いなど致しましても気付いてすらいただけません。

しばらく咳払いを続けたわたくしは、諦めて局に引き返すことにしました。

お腹がすいたら、姫さまからお声がかかることでしょう。

少将さまの「種明かし」ののち、お二人は一体全体、どんな一夜をお過ごしになったことやら───

ほんにまぁ、姫さまと少将さまのちょっとした行き違いなどは、仲の良さの裏返しのようなもので、微笑ましいと申しますか、ありていに言いますとバカバカしいと申しますか。

やれやれ、とばかりに、わたくしは己が肩をトントンと叩いたのでございました。






<おしまい>



瑞月です。

いつもご訪問いただきありがとうございます。

久しぶりの更新をすることが出来ました。

まだ実家に頻繁に顔を出していることもあり、不定期更新になってしまいますが、ぼちぼちと再開していきたいと思います。

そうして気付いたら、6月20日はブログ開設4周年でした。

皆さまの応援のお陰でここまで続けることが出来ました。ありがとうございます。

次の更新は「ほろほろと<番外編>」のタイトルで、小萩が言うところの「お二人は一体全体、どんな一夜をお過ごしになったことやら」の辺りを書いてみたいと思います。

5年目に突入しましたが、これからもよろしくお願いいたします。


(←お礼画像&SS付きです)

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Mさん、ご無沙汰しておりました。
こちらこそこれからもよろしくお願いします。
瑠璃と高彬を肴に(?)たくさん語り合いましょう!

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