***短編*** 夕暮れに ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




         注)このお話は一話完結です。

        






***短編*** 夕暮れに ***









川原の風に吹かれながら、あたしはまたひとつため息をついた。

今日で、ううん、この十日ばかりで、あたしは何回のため息をついただろう。

気持ちが晴れない。

どうにも浮上するきっかけがつかめなくて、浮かない気分が続いているのだ。

そもそものきっかけは、父さまの浮気が発覚したことだった。

ある日、暑さのため何もやる気が起きなくて、部屋でぼんやりとしていたあたしのところに、先導もなしに母上が突然やってきた。

母上の顔は上気し、多少、荒々しい身のこなしから、何かあったな、とピンときた。

聞けば、最近、父さまは身分の低い女の元に足繁く通っているのだと言う。

父さまの浮気なんて、今に始まったことではないし、そもそも現代は男が何人もの愛人を持つのが当たり前なわけで、あたしとしては(自分の主義主張は別として)「ふ~ん」くらいの感想しか持たなかった。

こう言っちゃなんだけど、母上だって、元は父さまの浮気相手だったわけだしさ。

お祖母さまは死ぬ間際まで、父さまの女癖の悪さの文句を並べていたくらいだし、亡くなった母さまだって父さまの浮気には泣かされていたに違いないのよ。

その浮気相手は、他ならぬ母上だったんだから、世の中、と言うか人の縁や運命の不可思議さを感じずにはいられない。

それにしても・・・。

母さまは、いったいどんな思いで旅立っていったのかしら。

権門の正妻と言う立場は得ていたにしても、でも、人は好いけど浮気者の夫と、まだまだ手のかかる子ども二人を残してさ。

あたしは母さまとは離れて暮らしてた期間が長いし、何よりもまだ子どもだったから、そんな話、母さまとしたこともなかったけれど。

母さまは幸せ・・・だったのかしら?

そんなことをぼんやりと考え始めたあたりから、気持ちが沈んでいくのが自分でもわかった。

別にね、父さまの元浮気相手として、母上を恨んでるとかではないのよ。

母上だって、こうして父さまの浮気に苦しめられているわけだし。

結局は男に振り回される女の人生のもろさと言うか、幸せの危うさというか・・・

幸せの絶頂の人でも、不幸のどん底の人でも、でも、最後は皆、死んじゃうわけだし。

世の中って、平等なのか不平等なのかわからない。

多分あたしは、まだ、母さまの死を受け入れられてないのかも知れないな。

自分で思っていた以上に、母さまの死はショックだったのかも知れない。

気持ちが落ち込んでしまうのって、決まって母さまのことを深く考えた時だもの。

それに時期も悪かった。

高彬の訪れも途絶えがちだったことも要因だったんだと思う。

別に夜離れってわけではなく、ただ単に仕事が忙しかったり方違えが重なっただけなんだけど、やっぱり長く会えていないと、なんとなく・・・寂しいしさ。

それに季節も関係していたのかも。

夏の終わり頃って、妙に寂しくなったりするものだし。

・・・・と、いろいろと冷静に分析してみたところで、やっぱり気持ちは晴れてこなくて、あたしは自分のこんな感情を少し持てあましてしまった。

ちょうどその頃、実に十日ぶりに高彬がやってきて、あたしの様子がおかしいことに気付いたのか、それとも小萩あたりから何か聞いていたのか「鴛鴦殿に行こう」と言ってきた。

「ここのことろさすがに忙しすぎた。二人でゆっくり過ごそうよ」

とのことで、場所も変われば、きっとこの落ち込んだ気分から開放されると思い、あたしは一も二にもなく同意した。

だけど、出立の朝になって、急ぎの仕事が入ったとかで高彬が来れなくなってしまった。

出発の手はずを整えていたあたしは、せめてもの気分転換にと、ひとり鴛鴦殿に来てみたのだけど、あたしはここに来たことをすぐに後悔した。

気分転換どころか、ますます気持ちが沈んでしまったのよ。

鴛鴦殿といえば、反射的に思い出してしまう。聡子姫のことや小姫のこと。

そして・・・・夏のこと。

ますますややこしい感情に囚われてしまった。

こういう気持ちはやっかいだわ。

目の前で盆が割れて水がこぼれていれば、拭けばいい。

だけど、盆には水が入ったまま、ただ自分の心だけがじめじめと濡れていく。

何も起こっていない、何も失っていないのに、この不安感はいったいどこからくるのかしら。

あたしは健康だし、高彬が浮気してるわけでもないのに。

顔を上げると、いつのまに時間がたっていたのか、陽が傾きかけ、川面を吹く風もいくぶん涼しくなってきていた。

風に、ほんの少し秋の気配があるみたい。

暑い夏も終わるのね。

夏が終われば秋が来るように、季節は確実に移ろっていく。

秋が深まって冬になり、待ち望んだ春がきて、夏になる。

通り過ぎた季節はまた必ずやってくる。

だけど、人はそうじゃない。移ろったら戻ってこない。

心も、命も。

あたしが生きてることも<今>だけのこと。

もしかしたら、高彬が浮気しないのも<今>だけ、のこと・・・・?

「瑠璃さん」

ふいに声をかけられて、びっくりして振り向くと高彬が立っていた。

「うまく隠れたね。遠目からでは全く見えなかったよ」

笑いながらあたしの隣に腰をおろした。

「・・・隠れてたわけじゃないわよ。それより、高彬、仕事だったんじゃないの?」

すぐには終わりそうもないほどの仕事量だと言っていたことを思い出して言うと

「少し人にお願いしてきたよ」

「・・・・・」

責任感の塊みたいな高彬が?

にわかには信じられなくてチラリと見ると

「たまにはいいさ」

そう言って小さく肩をすくめてみせた。

あたしたちはしばらくの間、川の流れをただ黙って見ていた。

少しずつ空が色を変えて行く。夏の終わりの風が吹く。雲が流れる。

「何か・・・考え事してる?」

ふいに聞かれて、あたしは顔を上げた。

「別に・・・」

もごもごと答えると

「そうか。黙り込んでいるから、ぼくはまたてっきり瑠璃さんが夕餉のことでも考えているのかと思ったよ」

少し笑いを含んだ声音で言った。

「童の頃から瑠璃さんは食いしん坊だからね」

からかうような、それでいて優しい声に、ふいに泣きたくなってしまってあたしは困った。

さっきチラリと見た高彬の横顔の額に、汗がにじんでいたのをあたしは知っている。

そして、それをあたしに気付かれないようにぬぐったことも。

きっと、邸にいないあたしを探して走り回ったに違いない。

本当に、あんたって人は・・・。

「瑠璃さん。考えてもどうしようもないことで思い悩むのはやめなさい」

前を向いたまま、穏やかな静かな声で言った。

「・・・・・」

何も言わないあたしの手を取り、そっと指を握る。

「瑠璃さんは時々、目に見えないものに囚われることがあるね。そういう時は、見えるものだけを見ていたらいい。例えばこの空とか。・・・手とか」

そう言って、つないだ手を掲げて見せた。

黙ってつないだ手を見ていると、高彬の指に少し力が入った。

あたしよりもずいぶんと大きくなってしまった手。

童の頃、指切りしたり、おやつを分け合ったりした時は、同じくらいの大きさだったのに。

見えるものだけ見ていたらいい・・・か。

あたしは心の中で小さく笑った。

高彬の手を見てるうちに気が付いたら人生が終わってた、なんて言うのも悪くない人生かも知れないと思えたから。

案外、母さまもそうだったのかも知れない。

今更、わかりようがないことだけど、でも、そう思ってもいいわよね。

だってそう思ったほうが幸せだもの。あたしも、そしてきっと母さまも。

「さっきまで明るかったのに、もうじき陽が暮れるわ」

空を見上げて言うと、高彬もつられたように顔をあげた。

「そうだね」

「あたしはこの、夏の夕暮れが好きよ。だんだん夜になっていく感じが。もっと夜がゆっくり来たらいいのに。あっと言う間に陽が沈んでしまうのはつまらないわ」

呟くと

「そうかな。ぼくは・・・早く陽が沈んで欲しいよ」

「え」

「夜が待ち遠しい」

「・・・・・」

高彬の指に、更に力が入った。

「瑠璃さんは?」

「・・・・・・」

「返事は?」

「・・・うん」

小さく頷くと、高彬は童の頃そのままの、人懐こい顔で笑った。







                <終>



(←お礼画像&SS付きです)

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Secre

さりいさま

私は漫画の中だと、一巻の扉絵の高彬が何かに寄りかかっているようなポーズを取ってるのが好きなんです。(瑠璃が膝に頬を乗せてるような感じの)

火傷の時の高彬の腕について、山内先生もブログの中で触れていましたよね。
帥の宮を気絶させるくらいの腕っぷしなんだから、ただただ細いだけじゃ無理ですもんね。

最初に漫画の高彬を見たとき(可愛い~)と思いました!
でも最後は本当に素敵な殿方になってましたよね。

そういえば、この話、続編を書こうかと思って、書き出しだけあることを思いだしました!
もしアップしたら、また読んでくださいね。

手と腕

瑞月さんの書くお話、甘甘もコメディタッチも大好きですが、この話みたいに、しっとりとした話も本当に素敵です。短編も好きな話が多すぎて、どれから感想をお伝えすればいいのやら(嬉しい悲鳴)

『盆には水が入ったまま、ただ自分の心だけがじめじめと濡れていく』
っていう瑠璃の気持ち、すごくよく分かります。浮上できない時って、ありますよね。
それを救ってくれる高彬・・・もう、どこまでもヒーローでカッコよすぎます!瑠璃にかける言葉が、キッパリしているのに優しくて。

『考えてもどうしようもないことで思い悩むのはやめなさい』
この台詞、自分のためにも、脳内インプットしておきます(笑)そんな時は、見えるものだけ見てればいいんだね、高彬!

余談ですが、私は漫画版のジャパネスクも好きなんですが、あちらですと、登場した頃の高彬って、ほんと少年で可愛かったのが、どんどん素敵な殿方になっていて、ある時、瑠璃を抱きしめてる高彬の手がとても大きいのに気付いたんですよ!それ以来、私も「高彬の」すらりとした手が大好きで(笑)ちなみに、漫画繋がりでお話すると、帥の宮編で大火傷した高彬が、瀕死の状態で包帯グルグル巻きで寝ている絵を見て、高彬の「腕」にときめいた方が続出らしいです(笑)

すみません、結局〆は、高彬はどこもかしこもカッコいい、ということで(汗)

maiさま

> 京都でインスピレーションを感じましたか?

そりゃあ、もう。苦しいくらいに(笑)
三条とか堀川とか馴染みの(?)地名がそこかしこにあるんですもん。

No title

お帰りなさい! 京都でインスピレーションを感じましたか? しみじみと高彬の誠実さが沁みて来るお話ですね。

霧氷さま

そう!男は手です!(笑)

> ほどよく男らしく骨ばってて、でもどこか雅にほっそりもした、色気のあるおおきな手、というイメージです。

全く同感です~。
武官ですしね、たくさん鍛錬もしてるでしょうし。
(でも字は汚いってところもツボだったりします)

高彬の手、なんだか分かる気がします!
ほどよく男らしく骨ばってて、でもどこか雅にほっそりもした、色気のあるおおきな手、というイメージです。
顔の幼さ(確か童顔って描写があったような)とのギャップで余計にドキドキしてしまうような・・・

この時代、手ってよほど親しくならないと間近に見る機会はないと思うので、その魅力の奥深さがよけい高彬っぽい気がして。
私も手って割と好きなので、再度コメントさせて頂きました。
連続で失礼致しました。。

霧氷さま

こんにちは!

> しかもそれが高彬の手だなんて、瑠璃さん、やっぱり羨ましいです(笑)

高彬の手って、すんなりしてて、でも少し骨ばっているイメージです。
結構、<手>って好きなんです・・・。

No title

久しぶりのお話、とても嬉しく読ませていただきました!
ほんとうに、端月さまの書かれる高彬のセリフは心に沁みます・・・
「目に見えないものに囚われてしまうときは、目に見えるものを見ていればいい」って、忘れてしまいがちだけど、とても大切なことですよね。
しかもそれが高彬の手だなんて、瑠璃さん、やっぱり羨ましいです(笑)

No title

久しぶりに平安ワールドに浸ってしまいました(*^^*)最後の殺し文句最高ですね(^o^)あのあと素敵な夜になったのかな(*^^*)

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ももさま

ももさん、こんにちは~!
毎日、暑いですね。
久しぶりのお話、お楽しみいただけたでしょうか。
コメントありがとうございました♪
またお立ち寄りくださいね。

No title

まってました~^^更新うれしいです!!
瑠璃のちょっとした変化も気が付いてくれる高彬。
年下だけど、すごく大人に見えますね~。カッコいい♪
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