***短編*** 春の日に ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






             注)このお話は一話完結です。
               
        






***短編*** 春の日に ***









光のどけき 春の日に・・・・

そんな歌が思わず口にのぼってしまうような、うららかな昼下がり。

格子をすべて上げ、気持ちの良い春の風が入ってくる部屋には、童の元気いっぱいの良く通る声が響いている。

女房たちの笑いさざめく声や、時おりドッと湧き起こる歓声のような笑い声。

そんなのどかさを絵に描いたような風景に、全くそぐわない不機嫌そうな顔がひとつある。

あたしはチラチラと、我が夫、高彬の顔を盗み見た。









**************************************************








「ねぇ、いったいどうしたっていうの?」

夜になり、寝所を整えた女房たちはすでに下がっており、部屋にはあたしと高彬の二人きりである。

あたしはさっきから言いたくてしょうがなかった言葉を口にした。

「昼間からずっとムスっとしちゃって。何を怒ってるの?」

「別に・・・」

詰め寄ると、高彬はすっと目をそらしてもごもごと言った。

「別にってことはないでしょ。今日は遠縁の子が遊びに来るって前から話してあったじゃない」

そうなのだ。

今日は父さま方の遠縁にあたる、五歳になる男の子、友輔が、我が三条邸に来ていたのだ。

あたしは特別に子どもが好きってわけではないんだけど、それでもやっぱり小さい子どもは面白いし、何よりも友輔のことは生まれたばかりの頃に、一度、見たことがあったので、どれくらい成長したのか見てみたい・・と言う好奇心もあり、あたしは会えるのを楽しみにしていた。

それを高彬に話したら、興をそそられたみたいで、午後からの仕事の休みを取る算段を取り付けてきた。

それで、友輔が来たら弓を教えてやろうか、蹴鞠をやろうかと、二人して楽しい計画をたてていたのだ。

実際、友輔が来てすぐは、楽しい時間を過ごしていたんだけど、どうした加減か、高彬の機嫌がみるみる悪くなってしまった。

今日は融も同席していたのだけど、あの鈍感な融までもが高彬の不機嫌に気付いて、あれこれと気を使ってくれるほどの機嫌の悪さだったのだ。

「あたし、何か変なことでも言っちゃった?」

「いや、そういうわけでは・・・」

「じゃあ、融?」

「違う」

「じゃあ、何?」

高彬はそっぽを向いたまま口をつぐんでいる。

ラチの開かない会話に、あたしは小さくため息をついた。

「ねぇ、高彬。はっきり言ってくれない?あたしが悪いのなら謝るから」

強い口調で言うと、少しの沈黙のあと、高彬は

「呼び捨て・・・」

そっぽを向いたままぼそぼそと言った。

「は?何?」

「・・・・呼び捨てだよ、呼び捨て」

向き直った高彬は、あたしの顔を見ながらはっきりと言った。

「呼び捨てって・・・あの、名前の呼び捨て?」

意味がわからないままに確認すると

「うん」

高彬は大きく頷いた。

「瑠璃さんを呼び捨てにしてたんだ、友輔は」

「・・・・・・」

「夫であるぼくだって、瑠璃さんを呼び捨てにしたことがないのに・・・あいつは・・・」

「あいつって・・・」

五歳の童相手に、何言ってんのかしら、この人。

顔を強ばらせたままの高彬を前に、あたしはがっくりと肩を落としてしまった。

確かに友輔は、あたしの名を呼び捨てにはしてた。それは認める。

だけど、それは高彬が言うような呼び捨てではなくて

「るーりるーり、るりるりるり・・・」

と言う感じの、言葉遊びみたいな呼び方だったのよ。

多分「瑠璃」と言う語感が面白かったんじゃないかしら。言い易いし。

「いいじゃない、それくらい。子どもの言うことなんだもの。高彬、たったそれだけのことで、ずっと怒ってたの?あんた、ちょっとおかしいわよ」

思わず結婚前の姉気分で説教すると、そこは自分でも自覚があるのか、高彬は言い返しもせずに黙り込んでいる。

「ねぇ、高彬。だったら高彬もあたしを呼び捨てにしたらいいじゃない」

「え」

高彬はぎょっとしたように顔を上げた。

「え、じゃないわよ。子どもがあたしを呼び捨てにしたくらいで怒るなら、高彬も呼び捨てにすればいいだけのことじゃないの」

「え、そ、それは・・・」

もっともな提案をしただけなのに、高彬はみっともないくらいに動揺している。

「そもそも、あたしは一度だって、あんたに「さん付け」で呼んでくれなんてお願いしたことないんですからね」

そうよ、お互い、童の頃からの習慣でそう呼び合ってるだけだもの。

確かに、高彬があたしを呼び捨てにしたっていいわけよね。

「いいわよ、呼び捨てで呼んでくれて」

「いや、しかし・・・」

「別に怒ったりしないから。さ、どうぞ」

「さ、どうぞって言われても・・・」

もごもごと赤い顔で言ったかと思うと、ふぅっと大きく息を吐いて、すっと背筋を伸ばした。

その顔は真剣そのもので、と思ったら、ふいに思い切ったように口を開き

「る、る、る・・・・」

そこまで言いかけ、高彬はため息をついた。

そうして思い直したようにもう一度、大きく息を吸い込むと

「る、る、る・・・」

同じ所でつかえている。

つかえるって言っても、二文字だけなんだけど。

「頑張るのよ」

別に励ます筋合いでもないんだけど、真剣な高彬の顔を見たら、つい言っちゃった。

片言の言葉で一生懸命に話そうと頑張る我が子を見守る母親って、こんな気持ちなのかしら。

「・・・だめだ。やっぱり、言えない・・・」

高彬はがっくりと肩を落とし、疲れきったように脇息にもたれかかっている。

だけど、がっくりと肩を落としたいのは、あたしの方よ。

「・・・・高彬、悪いけど、先に休ませてもらうわね。練習して言えるようになったら、声をかけてちょうだい」

あほらしいやら、くだらないやらで、あたしはそう声をかけると、さっさと寝所に向かい横になった。

几帳の向うからは、高彬のぶつぶつ言う声や、ため息が聞こえてくる。

ほんと、真面目と言うか勉強熱心と言うか・・・。

だけど。

あたしは高彬に聞こえないように小さく笑った。

あんなことで怒っちゃって、高彬ったら。ふふふ。

あたしは呼び方なんて気にしたこともなかったけど、高彬はそんなこと気にしてたのね。

しかも五歳の童相手にあんなにムキになるなんて、ほんと、殿方ってわからない。

高彬に呼び捨てで呼ばれるのかぁ・・・

それも悪かないわねぇ・・・

そんなことを思いながら、うとうとしていたら、高彬がするりと夜具にもぐりこんできて、当たり前のように単の合わせに手を入れてきた。

「・・・慣れない子どもの相手したから、なんだか疲れちゃった・・・。今日はやーよ」

身をよじって逃げると、高彬は

「慣れてる夫の相手なら、疲れないさ」

すばやく抱き寄せるなり、耳元でそんな言葉を囁いて手を這わせてくる。

「・・・呼び捨てはどうなったの?もういいの?」

高彬を押しやりながら言ってやると

「まぁ・・・考えてみたら呼び捨てに出来ない代わりに・・・・こんなことが出来るからね」

こんなこと、をしながらの、笑いの含んだくぐもった声が聞こえてきた。

「もうっ・・・!さっきまであんなに怒ってた人が!」

文句を言うと、高彬はくっくと笑い、それでも<こんなこと>をやめなかった。

高彬の動きがエスカレートするにつれ、あたしの口数は減り、やがて春の日の夜の部屋には、静かな、だけど熱のこもった音だけが響きだした。

その最中に「瑠璃」と呼ぶ優しい声を何度か聞いたような気がしたけれど、夢中になりすぎたあたしには、それが現実のことなのか夢の中のことかわからずに、ただただ朦朧とした甘い意識の中で、慣れ親しんだ夫に抱かれ続けていたのだった。






                        <終>
(←お礼画像&SS付きです)

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maiさま

> 「る、る、る」って。二文字だよっ、て瑠璃でなくてもつっこみたくなります。

ですよね~。

>寝所ではすっかり主導権を握ってるんですけどね!

ふふふ・・・そうですね(笑)
高彬の七不思議ですね。

るり…って

五歳の童に…って呆れるやら、妙に納得するやら…さすが高彬(笑)「る、る、る」って。二文字だよっ、て瑠璃でなくてもつっこみたくなります。童の頃からの習慣ですもの、なかなか変えられないないのもわかります。寝所ではすっかり主導権を握ってるんですけどね!

ヨッシーさま

> 高彬かわいい(*≧∀≦*) 童に嫉妬しちゃって。

誰にでも嫉妬しそうな気がしますよね。
愛情の裏返し・・・ですね。














No title

高彬かわいい(*≧∀≦*) 童に嫉妬しちゃって。クスクスと笑いました。融君が気づくくらい不機嫌になっちゃって、瑠璃さんの事になると嫉妬深い殿方になるのね。瑠璃さんは大変だけど愛されててうらやましいな(///∇///)

アルシュさま

> 幼い頃からの慣れもあって、急に「瑠璃」とは言いにくいっていうのもすごくわかります。

そうですよね。
瑠璃も今更「高彬さん」なんて呼ばないでしょうしね(笑)

高彬かわいいですv

瑞月さん、こんにちはv

子どもにやきもち焼く高彬がすっごくツボでした!!!
そう言われれば、高彬は瑠璃のことはずっと「瑠璃さん」ですものね。
幼い頃からの慣れもあって、急に「瑠璃」とは言いにくいっていうのもすごくわかります。

そしてどこか母の気持ちのように応援する瑠璃さんがまたかわいくって、二人のらぶらぶってやっぱりいいなvvvって思いましたv

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ももさま

aftarは特には考えてません・・。浮かんできたら書くかも、です。

みみたびさま

いえいえ、気にせずに・・・。今まで気付いてませんでしたし・・・。

No title

高彬、五歳の子供にやきもちなんて、可愛いですね^^
このお話しはaftarもでてくるのかなぁ~なんて楽しみにしています♡

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お詫び

ほほえましい高彬でしたね。お詫びがあります。別館のほうのコメントでお名前の漢字を間違えてしまいました。本当に申し訳ないです。ごめんなさい。
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