謎・・・3<追記あり>

瑞月です。

久しぶりの考察をしたいと思います。

謎シリーズ「1」と「2」をやったのは、ブログを開設したばかりの頃でしたが、いまさらではありますが「3」です。

ちなみに「1」の時は、高彬が瑠璃の部屋に乗り込んだとき(愛染明王のときですね)守弥は逃げることができたのではないか?と言うことを取り上げ、「2」では、どうして帥の宮は生まれた子を我が子と思ったのか?を取り上げています。

(取り上げたと言いましても、ただ(謎だよねぇ。なんでだろうねぇ)と不思議がってるだけで、謎は少しも解明されてはいないのですが・・・)

そして「3」では趣向を変えて「瑠璃は何年間、吉野で過ごしたのか?」を考察し、さらにはそこから少しばかり仮説を組み立てていきたいと思います。

まずは「瑠璃は何年間、吉野で過ごしたのか?」です。

原作には、京に戻ってきたのは10歳と明記されていますが、何歳から吉野に行ったのかの明記はありません。

瑠璃たちの母親は、融を産んでから床に伏しがちになり、そのために瑠璃が吉野にいるお祖母さまのところに預けられた、となっていますので、一番、早かったとしても瑠璃が一歳を過ぎたあたりと考えることができます。

ですが、よく読んでみると「融を産んで以来」と書かれているので、出産後すぐにではなく、寝たり起きたりを繰り返すなかで、なかなか良くならないないので吉野に預けた、と言うニュアンスが伝わってきます。

そして、もうひとつのヒントとなるのは、瑠璃が夏姫を見たのが一度きりだと言うことです。

その一度と言うのは、吉野から帰った瑠璃が、高彬たちと庭で相撲を取っている時です。

夏は融の乳兄弟で、女童として三条邸に上がっていて、さらには高彬、融としょっちゅう遊んでいたわけですから、ずっと三条邸にいたと考えるのが妥当です。

その夏を、瑠璃は吉野から帰京した時に初めて見たと言うのですから、おそらく物心付く前の3歳あたりには瑠璃は吉野に行っていたのではないでしょうか。

そして、瑠璃と高彬の出会いはいつだったのか、と言うのも一緒に考察してみたいと思います。

実は原作のなかでは、そのことに言及されていません。

吉野から戻って泣いてばかりいる瑠璃をなぐさめた、と言うエピソードにより、何となくその辺りが初対面ではないかと・・・とほのめかされてはいますが、文章としては明確に「帰京した瑠璃と高彬は、その時が初対面だった」とは書かれてはいないのです。

融にお姉さんがいることを高彬が知っていてもおかしくはないですし、瑠璃だって吉野に行きっきりってことはないでしょうから(瑠璃父&瑠璃母だって、娘に会いたいでしょうし)、高彬は吉野から一時帰京した瑠璃の、気配なり顔なりを見ていた可能性は充分あると思います。

まぁ、言葉を交わした、という意味では帰京してからが「初対面」かも知れませんけど。

高彬にとっては、垣間見た瑠璃は何となく忘れられない存在だったのでは・・・なんてことも、あれこれ考えてみるのも楽しいことです。

さて、とりあえず瑠璃は3歳前後から10歳までの7年間を吉野で過ごしたと仮定した上で、ここからが実は本題の「謎」なのです。

一体、なぜ、瑠璃はそんなに長きに渡っての期間を吉野で過ごしたのでしょうか。

言い方を変えれば、なぜ瑠璃父はそんなに長く瑠璃を吉野にやっていたのでしょうか。

瑠璃母が病がちで・・・と言うのが理由のようですが、核家族で育児は母親が一手に引き受けてる今の家庭事情ならいざ知らず、基本、家族は別々に暮らしていて、乳母や女房が子育てをしていた時代の理由としては、7年と言う長さはどうにも不自然なのです。

また、もしも「家族に(邸内に)病気がちな人がいて、子が育つ環境としては不適切」と言うのであれば、融だって一緒に吉野に行かせているはずです。

つまり「瑠璃だけ」吉野に行かせているのです。

それはなぜか。

さて、ここからがおなじみの妄想タイムの始まりです。

(いつも以上にかなり妄想度が高いですので、閲覧ご注意ください)

瑠璃だけ吉野に行かせている理由─────

それは瑠璃に

『東宮妃としての婚約話が持ち上がったから』

ではないでしょうか?

当時の東宮、つまりは今の鷹男ですね。

瑠璃が3歳の頃、鷹男は5歳くらいで、東宮としての確かな後見が欲しくて、家柄が申し分なく、年も釣り合いの瑠璃に目を付けるというのは考えられる政策だと思います。
(もちろん鷹男自身が、でなく、回りの人間が、ですが)

娘を、後宮と言う窮屈で陰険な場所に入れたくなかった瑠璃父は、とりあえずの回避方法として瑠璃を京から遠ざけたのではないでしょうか。

もしかしたら、それこそ瑠璃が生まれるか生まれないかの辺りから、東宮サイドは大納言家の姫君を狙っていたのかもしれません。

それをのらりくらりとかわしてきたのだけれど、日に日に「ぜひ東宮妃に!」の声が強まってきて、いよいよと追い込まれたときに、瑠璃を吉野にやったのではないでしょうか。

表向きの理由を妻の病気と称して。

そしておそらく、瑠璃が帰京してしばらくは、東宮(鷹男)との婚約話(もしくは入内話)はしつこくあったと思います。

もちろん正式な話ではなく、根回し的なレベルで。

その時は、母や祖母の死により傷心していることや、京での生活に慣れていないこと、また実際、その時の瑠璃は十分にはねっかえりだったわけですから、それらを理由に瑠璃父は断り続けていたのでしょう。

後年、瑠璃の初夜めがけて鷹男が文を寄越したとき、瑠璃父は

「もし瑠璃が入内でもしたら我が家は安泰だ。ことは政治的な問題で、どうか高彬どのもわかってくだされ」

みたいなことを言って、いったん結婚を無期延期にしていますが、あれは本心ではなく、高彬の手前「常識人」としてポーズを作ったのではないかと思います。

あの時代の大貴族の「常識」と言ったら、娘を入内させて権力掌握をねらうこと、と言っても過言ではないことを考えると、瑠璃父はとりあえずは「他人」である高彬の前でそう振舞ったとしてもおかしくないと思うのです。

つまり「いかん、いかん、娘を後宮などにはやらん」と声を大にして言ったら、それこそ「変わり者」のレッテルを貼られる時代でしょうし、そういう意味では瑠璃父はかなりの「気にしい」だったのかもしれません。

実際、根回しレベルならのらりくらりとかわせても、東宮から直筆の求愛の文が来たら、それを無視して結婚するわけにはいかないのは事実でしょうし、そのあたりの混乱が瑠璃父の言葉から読み取れる気がします。

(それにしても鷹男、何も初夜めがけて文を贈らなくてもいいと思うんですけど。高彬はその文のせいで謹慎まで覚悟したんですからね。今で言うパワハラですよ・・・)

瑠璃父は「瑠璃の性格気質からして入内などは夢にも思っていないし、もししても自分の気苦労が増えるだけ」などとも言っていますが、そうではなく、実はそもそも「入内などさせたくなかった」んだと思います。

娘や孫を、出世や権力の道具にしたくなかったのではないでしょうか。

当時は、娘が子どもが生める年齢になったら、すぐに出産を急かす位なのに、18歳の瑠璃が(ウソの)懐妊祈願を申し出たときにも「まだ早い」などと言って渋っていますしね。

そんなところからも、自分の出世より、本当に瑠璃の幸せを考えている父親像が浮かんでくるのです。

そしてその瑠璃父の考え方は「地位や身分より純な心意気が大事」と言い切る瑠璃や、出世に無頓着な融にも引き継がれているようです。

その瑠璃が吉野になじみすぎて、少々規格外の姫に育ってしまったこと、吉野君と出会って初恋の思い出を引きづってしまったこと、さらにはそこに自分の浮気性の悪影響も加わって瑠璃が独身主義者になってしまったことなどは、おそらく想定外のことだったのでしょうけど。

なので、瑠璃父にとって高彬との結婚は本当に嬉しかったはずで、それは何も右大臣家の四男だからと言う理由ではなくて、高彬ならその性格から言って、瑠璃を大事にしてくれるはず・・・と思ったに違いないのです。

だからこそ「下にも置かぬ」もてなしをしたのでしょうし、あんなにも瑠璃たち夫婦仲に敏感なんだと思います。
(瑠璃が失踪騒ぎを起こしたときも「このままだと離縁ですぞ!」とまくしたててましたし)

と言うわけで

瑠璃が何年にも渡って吉野で過ごしていたのは、東宮妃の婚約話を回避するため。

瑠璃父は本当に瑠璃を愛しており、自分の出世よりも娘の幸せを誰よりも願っていること。

実にもう、瑠璃と高彬のラブロマンス成立の最大の立役者は、娘の入内を拒んだ瑠璃父であった────

と言う仮説はいかがでしょうか。

昨夜、寝ないで考えたんですけど。

ただの妄想だと一蹴されれば返す言葉もありませんが、高彬と瑠璃のラブストーリーの裏には、こんな瑠璃父の深い愛があったのだと考えると、ほのぼのと温かく、まさしく2人のプロローグにふさわしいと思うのです。

なので、どうか『何を馬鹿なこと言ってるんだ、瑞月さんは』などと、絶句しないでくださいね。




<追記>

コメントで「みそさま」「cookiemomさま」に素晴らしい仮説をいただいたので追記です。

瑠璃が何年にも渡って吉野で過ごしていたのは、東宮妃の婚約話を回避するため─────

それは娘のためであると同時に、右大臣(高彬父)との確執をさけるためだったのではないか、と言うコメントをいただきました。

本当にその通りだと思いました。

右大臣は、当時数人の娘がいて、いずれ入内を考えていたわけですよね。

それを察知していた瑠璃父は、波風をたてたくなくて、瑠璃の婚約を回避したのかも知れません。

なぜ東宮サイドが瑠璃に目をつけたのかと言うと、もしかしたら、当時から右大臣vs左大臣の勢力争いがひどくて、中立の大納言家の姫に白羽の矢がたったのかも知れませんね。

(右大臣家の姫を入内(婚約)させたら、左大臣が黙ってないでしょうし。どこの姫を入内させるかで、ぐらりと勢力が変わってしまいますからね)

娘を婚約させないどころか、遠く吉野の地に送った大納言に、右大臣は人柄の良さや<年少者としての可愛げ>を感じ、そのあたりから両者の交流が始まり、結果、高彬と融が親友になったというのは、とてもありえる話だと思います。

なので、後年、瑠璃が渦中の人となって評判ががた落ちになった時にも、右大臣が愛息子と瑠璃の結婚話をはねつけられなかったのは、内大臣に涙ながらの頼まれたからほだされた、と言う以外にも、このときに感じていた恩があったからかも知れませんね。

なんだか、すべてのピースがはまった感じがして嬉しいです。




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