***短編*** <続>蝶よ花よ、と。 ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』


※多少、セクシャルな表現がありますので苦手な方は閲覧ご注意ください。


注)このお話は『蝶よ花よ、と。』の続編です。






***短編*** <続>蝶よ花よ、と。 ***








蝶に蜜を吸われてる時の花って、もしかしたらこんな気持ちなのかも知れない───

高彬の愛撫を受けながら、頭の片隅でそんなことをぼんやりと思う。

高彬の柔らかい唇と舌先が、あたしの全身を、時に強く、時に優しく吸っていく。

「・・・あぁ・・」

思わずのように漏れた吐息を高彬は聞き逃さなかった。

その部分を丹念に重点的に吸われ、身震いするようにあたしの身体は勝手に動き出す。

片手だけでいとも簡単にあたしの身体を封じ込めると、高彬はまるであたしの反応を楽しむように舌を動かしてきた。

「・・あぁ、だめ・・高彬。やめ・・て・・」

うわ言のような言葉は、そのまま喘ぎ声に紛れて行ってしまう。

こんな時の高彬は、イジワルで、優しい。

「あぁ・・!いや・・・」

あたしを追い詰めて、とことんまで追い詰めたところで、ふいに優しくなる。

「瑠璃さん・・」

まるで心配しているかのような声であたしを呼んで、だけど、こんな目に合わせてるのは、高彬なのに・・・

イヤと言っても、ダメと言っても、やめてくれないくせに、どうしてそんなに優しい声で呼ぶの・・・

さっきからあたしは、高彬に脱がされたお衣裳の上に寝かされたままでいる。

鮮やかな色目のお衣裳は、ひんやりと滑らかにあたしの肌に纏わりついていて、その冷たさが気持ち良くて、あたしは自分の身体が熱くなっていることが分かった。

どんどん追い詰められて、身体は燃えるように熱くなってくる。

「・・あ・・!」

あっけなく舌でいかされたあたしに、容赦なく高彬は身体を沈めてきた。

「あぁっ・・・」

その圧迫感に、あたしは思わず指先でお衣裳を掴んでいた。

上も下も分からなくなるような浮遊感がじきにやってくるのはわかっているから、何かに掴まっていないと不安だった。

ふいに高彬があたしの手を掴み、指先がお衣裳から引き離されてしまう。

導かれたのは───

高彬の背中だった。

ここを掴め、と───

無言でそう言ってくる。

有無を言わせない仕草に、あたしは両手を高彬の背中に置いた。

高彬が動くたび、指先に力が入り、高彬の力強い動きに身体の奥の方から快感の波が押し寄せてくる。

あたしはギュッと目を瞑った。

あぁ、ダメ・・・、また飲み込まれてしまう・・

「瑠璃さん・・」

頭が真っ白になり、何も分からなくなる頃、高彬の声が聞こえてきた。

甘くて、せつなそうなかすれ声・・・

室内には肌のぶつかり合う音と、湿ったような音が響いていて、きっとあたしは今、ものすごく淫らな格好をしてるのに違いなくて・・・

「瑠璃さん」

脚を抱えられ、更に腰を密着させられて、狂ったようにあたしは頭を振った。

悲鳴のような声をあげていたかも知れなくて、慌てて口をつぐんだら高彬に接吻をされていた。

優しい接吻かと思っていたら、違ってた。

噛みつくような手加減なしの接吻。

まるで、あたしにとどめを刺そうとでもしてるような接吻・・・

こんな時の高彬は本当にイジワルに感じてしまう。

お願いだから、もう許して、と懇願したくなるくらいの激しさであたしを追い詰めてくる。

口内を舌で掻きまわされながら激しく突き上げられ、わけが分からなくなったあたしは、いつの間にか泣いていたみたいだった。

高彬に頬を拭われて、それであたしは自分が泣いていたんだ、と気が付いた。

「・・・大丈夫?」

ふいに優しい高彬に戻って聞かれ、あたしは力なく頭を横に振った。

「いやよ・・、もっと優しくして・・」

涙声で言ったら、高彬は困ったような顔になった。

「・・・ごめん。これでも優しくしてるつもりなんだけど・・」

「・・・・」

「瑠璃さんが可愛過ぎて・・・」

「・・・・」

「気持ち良すぎて・・・」

「・・・・」

「ごめん・・・」

優しい接吻をひとつして、まるでそれが免罪符だったみたいに、また高彬が動き出した。

すぐに大きな快感が押し寄せてくる。

「高彬・・!」

背中に腕を回したまま、あたしは顔のすぐそばにある、高彬の腕の辺りに顔を埋めた。

叫び声を出ないように、唇を強く押し当てる。

「瑠璃さん、いくよ・・!」

「・・・あたしも・・。・・・あぁ・・っ」

高彬の動きがさらに強まり、あたしが上り詰めたことを確認すると、高彬もすぐに果てた───



*****



息が整った後も、身体の浮遊感はまだ続いていた。

高彬の胸からはトクトクと言う規則正しい音が聞こえてきて、耳を寄せて静かにその音を聞きながら、まどろみの中であたしは一人密かに微笑んだ。

やっぱり今日も聞けたわ・・・

あたしが一番、高彬に言われて嬉しい言葉。

閨の中であたしを「瑠璃さん」と呼ぶ、あの高彬の声。

切なげで、少し掠れてて───

「どうしたの、瑠璃さん」

あたしの些細な表情の変化に気が付いたのか、上から高彬が顔を覗き込んできた。

「・・・ううん」

あたしはそっと頭を振った。

高彬にだって、こんなこと言えないわ。

あたしだけの秘密。一人だけの秘め事・・・

「何でもないわ・・」

そう返事して、あたしは蝶が花の蜜を吸うように、高彬の裸の胸に「チュっ」と小さい音を立てて、ひとつ接吻をしたのだった。





<終>


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***短編*** 蝶よ花よ、と。 ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は一話完結です。


『らぶらぶ万歳サークル』さまに出品した作品の再録です。
今回のお題は「蝶」でした。

<おまけの話>下にあります。
          
           





***短編*** 蝶よ花よ、と。 ***








「と言うわけで、瑠璃さん、くれぐれも・・」

「大丈夫よ、この瑠璃に任せなさいって」

後宮へと向かう牛車の中、瑠璃さんは元気いっぱいに自分の胸を叩いて見せた。

胸を叩かれて見たところで不安は払拭されず、それどころか増すばかり、いや、有り体に言って不安しかない。

「・・・・」

ぼくはもう何度目かも知れないため息を吐いた。

姉上、つまりは承香殿女御さまの呼び出しで瑠璃さんを後宮に連れて行く最中なのだけど、これはもうパターン化してると言っていいほどのお決まりコースなのだ。

遊び好きの姉上が瑠璃さんを呼び寄せ、それに瑠璃さんがホイホイと乗る───

そうして毎回毎回ぼくは反対し、そうすると、これまた毎回毎回、姉上は

「そんなに心配なら、高彬、あなたも見張り役として同行して来たらいいではありませんか」

と仰られ、こうして牛車で三条邸に向かえに行く・・・

とまぁ、大体、いつもこういうパターンを辿ることになるのだ。

久しぶりに着飾った瑠璃さんは「重い、苦しい」と言いつつも満更でもなさそうで、機嫌よく牛車に揺られている。

「瑠璃さん、とにかく、もし話すことになったとしても適当にはぐらかすんだよ。決して本当のことをペラペラと喋ったりしないようにね」

「分かってるわよぅ」

とうとう瑠璃さんは頬を膨らませてしまい、ぼくは慌てて口をつぐんだ。

何も怒らせようとか、ましてや喧嘩をしようと思っているわけじゃない。

ただ何と言うか、今回は目的が目的なだけに、ぼくもついつい繰り返し口うるさいことを言ってしまうのだ。

今回の目的───

なんて言うと仰々しいけれど、今回、姉上が瑠璃さんを呼んだ理由は

「春ですし、女同士で楽しい時間を過ごしましょう」

とのことで、姉上は瑠璃さんの他にも妹の由良や気心の知れた女官たちを呼び集めていると言う。

そこで何をするかと言うと、まずは賽の目を振って「お題」を決め、くじで当たった人はそのお題について打ち明け話をしていく・・・

と言うことをするらしいのだ。

本当かどうか知らないけど、宮廷の女房たちの間で流行っている遊びらしい。

もちろん「お題」が「昨日、食べたものは?」や「好きな動物は?」なんてことになるわけはなく、まぁ、要は恋愛絡みの話になる、と、つまりはそう言うことらしい。

一体、それのどこが「楽しい時間」を過ごすことになるのかさっぱりわからないけれど、女の人同士、えらく盛り上げるらしいのである。

しかも、通常だったら「当たった人」が話して行くところを、今回は当たった人以外は全員話して行く、と言うローカルルールを姉上は作ったらしいのだ。

と言う事は、5人いたら4人は話すと言う事で、これはもう話すも同然、と思っていた方がいいと言うわけだ。

姉上や由良、後宮の女官たちの前で、瑠璃さんがぼくとの恋のあれこれを話すだなんて、想像するだに怖ろしい・・というものである。

何が「楽しい時間」を過ごしましょう、だ。

ホラーじゃないか。

何度も来ている勝手知ったる後宮、と言う感じで、瑠璃さんが渡殿を歩く姿はすっかりサマになっており、ぼくの胸中は複雑である。

「お待ちしておりましたわ、瑠璃姫」

部屋に入って行くと、姉上以下、由良も女官たちも勢揃いしていた。

その数ざっと十数人・・・

この中で瑠璃さんが恋の暴露話をするのかと思うと、陽光溢れる春だと言うのに、寒さで身震いがしてくる。

姉上は瑠璃さんを部屋の中央に招き入れ、ぼくは邪魔者と言う事で、部屋の隅も隅、廂の端っこに追いやられてしまった。

さすが姉弟となると遠慮という物がない。

「さて、さっそくですが始めましょうか」

姉上がそう言うと、控えていた女房たちは心得顔で格子を下ろし、妻戸を閉め始めた。

なんだなんだ、と思っていたら、姉上は手元にあった小さな籠の蓋を開け───

次の瞬間、一匹の蝶が飛び立った。

ポカンと口を開けてるのはぼくだけで、どうやら皆にはとうに分かっていた段取りらしく、にこやかに蝶を目で追っている。

「蝶が留まった人が『当たり』だなんて、さすがはお姉さまですわ」

由良が尊敬のまなざしを姉上に向け、ここにきてようやくぼくにも理解が出来た。

つまりは今、由良が言った通り、蝶が留まった人が当たり、───話さなくても良い人、と言うことなのだろう。

「雅ですわぁ」

「本当、春にぴったり・・」

女官たちがため息混じりに感嘆の声をあげ、恋の暴露話をする時点で「雅」とは掛け離れてると思うんだけど、ここでそれを口にする勇気はさすがになかった。

多分、総攻撃を喰らって終わりだ。

姉上が賽を振りお題が決まる。

最初のお題は「初めての接吻」で───

クラクラと眩暈がしそうになる。

ここで瑠璃さんがぼくとの接吻のことを話すと言うのか?シチュエーションとやらを?

知らぬが仏とは良く言ったもので、今回ばかりは同行してきたことを悔やんでしまった。

部屋の中をヒラヒラと蝶が舞い飛び

(どうか瑠璃さんに留まってくれ!)

と心の底から念じてしまう。

瑠璃さんに悪い虫が付かないようにと願ったことはあったけど、まさか、虫──蝶が留まってくれと願う日がくるとは思いもしなかった。

蝶はやがて羽を休める場を定めたようで・・・

ぼくの願いが通じたのか、蝶は瑠璃さんの頭に留まった。

歓声が上がり、瑠璃さんも笑っている。

暴露話が一巡し、次のお題のために姉上が賽を振り、次のお題は「言われて一番嬉しかった言葉は?」に決まり、そうして蝶は籠から飛び立ち───

またしても瑠璃さんに留まった。

その後も百発百中で蝶は瑠璃さんに留まり、瑠璃さんは暴露話を披露することなく後宮を後にすることになった。

「本当に良かったよ、瑠璃さん。どうしてだか蝶が瑠璃さんを好いてくれて」

帰りの牛車の中、安堵のため息を漏らすと、瑠璃さんはクスクスと笑い出した。

「やぁねぇ、蝶に好かれてるなんてことがあるわけないじゃない」

「でも、毎回、蝶は瑠璃さんに留まったじゃないか」

「あれは蝶が留まるように、花の蜜を頭に付けていったのよ」

「え」

「だってイヤじゃない。いろいろ話すなんて・・」

瑠璃さんは小さく唇を尖らせると

「高彬はそれでいいの?皆に話して」

恨ずるような目をぼくに向けてきた。

「イヤだよ、そんなのは2人だけの・・・その、秘め事と言うか・・・さ」

「・・・そうでしょ?うん、・・そうよね・・」

小さな声でぶつぶつと呟き、薄っすらと頬を赤らめている。

「・・・」

うん、そうだよな。

瑠璃さんはそんな話を得々と皆の前で話すような人じゃない。

口が悪くてはねっ返りなようでいて、ここぞと言うところはしっかりと恥ずかしがり屋な女の子なのだ。

正装し頬を赤らめている瑠璃さんは、陳腐な言い回しだけど、どこからどう見ても可憐な一輪の花のようで───

そうして、これまた陳腐な言い回しだけど、ぼくは花の回りを飛び回る蝶のように身体を寄せて行くと、瑠璃さんが付けたと言う蜜の匂いを嗅ぐ振りをして、すばやく額に接吻をしたのだった。






<終>






<おまけの話>





カタンと音がして牛車が止まった。

どうやら三条邸に着いたみたいで、あたしは高彬の肩を押して身体を引きはがした。

「え、何・・」

「何って。着いたのよ、三条邸に」

「あぁ、そうか・・・、もう着いたのか・・」

ぼんやりしたように言う高彬をあたしは軽く睨み付けてやった。

高彬ったら牛車の中で、ずっと接吻してるんだもの。

牛車が止まったことにも気が付かないくらい集中してるってどうなのよ・・

少し開きかけた合わせを、急いで整える。

簾の向こうでは出迎えの女房たちの声がしているし、まさか急に簾を上げられるってことはないだろうけど、それでもドキドキしてしまう。

「お帰りなさいませ、少将さま、姫さま」

車から降りたあたしたちに向かって女房らが口々に言い、高彬は軽く頭を下げて合図なんかしている。

その姿はどこからどう見ても輝ける立派な貴公子で、ついさっきまで妻の唇をついばんでいた人とは思えない。

渡殿を歩きもうじき部屋に着くと言う直前、前を行く高彬がふいに振り返った。

何かを言いかけ、はっとしたように表情を止めると、そのまま瞬きをしないでゆっくりと近づいてきた。

どこか一点を凝視してるんだけど、あたしの目を見てるわけじゃなく、もう少し上の方。

「瑠璃さん、動かないで」

小声で鋭く言い、足音を立てないようにどこか緊張したようにそろそろと歩きながら、片手を前に差しだしている。

「え、何よ、何・・・」

高彬の様子が変で、あたしはあたしで瞬きをしないで高彬を凝視していると、急に鼻がムズムズしてきて

「くしゅんっ」

とくしゃみが出てしまった。

「あーあ」

その途端、高彬の身体から緊張が解け、さらに上の方に目が泳いだ。

「今のくしゃみのせいで蝶が飛んで行っちゃったよ」

「蝶?」

「とまってたんだ、瑠璃さんのここに」

あたしが蜜を付けていた辺りを指さし

「瑠璃さんが変なところで、くしゃみなんかするから」

横目で見ながら文句を言う。

「仕方ないじゃない、くしゃみなんだもの、我慢なんか出来ないわよ」

「まぁ、確かにね」

言い合いながら部屋に入り、それぞれの定位置に座った。

「それにしても今日は緊張したな」

「緊張?どうして?座ってただけじゃない」

「瑠璃さんに順番が当たって、何か言われんじゃないかとヒヤヒヤしたよ」

心底ヒヤヒヤしたような顔で胸を押さえながら言うので、吹きだしてしまう。

「大丈夫よ。例え当たったって本当のことなんか言う気なかったもの」

「そうか」

安心したように頷いて白湯を一口飲み

「ところでさ、瑠璃さん」

「なぁに」

「瑠璃さんが、ぼくに言われて一番嬉しかった言葉ってなんだったの?」

「・・・」

「まぁ、初めての接吻は、ぼくも当事者だから聞かなくてもわかるけど、言われて嬉しかった言葉って言うのは何なのか、興味あるなぁ」

「・・・」

「教えてよ」

「うーん、どうしよっかなぁ・・」

あたしは難しい顔を作って腕を組み、考える振りをした。

ま、教える気はないんだけどね。

「これはあたしだけの秘密にしておきたいのよねぇ」

勿体ぶって言うと、高彬はさらに身を乗り出してきた。

「後学のためにもさ、瑠璃さんを喜ばせたって言うぼくの言葉を教えてよ」

「・・ふふふ」

高彬の熱心さに思わず忍び笑いが漏れ、口元を袖口で押さえていると

「あ、瑠璃さん。動かないで」

さっきと同じように高彬がするどく言い、やっぱり同じ辺りを凝視している。

「え?何?蝶々?とまってるの?」

頷くと、高彬はゆっくりと一点を凝視しながら近づいてきて、今度こそは捕獲に協力しようと身動きせずに息さえ潜めていると

「捕まえた」

あたしは高彬に抱きしめられていた。

「へ?・・え・・、蝶は?」

「・・・」

「もしかして、あたしを捕まえたの?」

「そういう事」

ポカンとするあたしににっこりと笑い、すかさず唇を合わせてくる。

優しく、まるで花の蜜を吸うみたいな接吻───

これじゃあ、あたしが花で、高彬が蝶ね。

花びらを数えるみたいにお衣裳を脱がされながら、あたしは高彬に気付かれないように心の中だけでひっそりと笑った。

言われて嬉しかった言葉、もしかしたら今日も聞けるかも知れないわ・・・

あたしが一番、嬉しかった言葉。

それは、閨の中で高彬があたしを呼ぶ、あの声。

切なげで、少し掠れてて───

閨の中でしか聞けない高彬の声。高彬の言葉。

そんなこと、高彬にだって言えるわけないわよね・・・

花びらになったあたしは目を閉じて、蜜を吸う蝶に身体を委ねたのだった。





<おしまい>


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***短編*** <続>通り雨 ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は「通り雨」の続きものです。
               
        






***短編*** <続>通り雨 ***







「瑠璃さん、じゃあ、もう行くから」

「うん・・」

朝まだ明けきらぬ寝所には、それでも格子から薄明るい光が入ってきている。

単衣姿でうつぶせのままの瑠璃さんの髪を耳に掛けてやり、そっと耳元で言うと、瑠璃さんは目を閉じたままコクンと頷いた。

「雨・・・、まだ降ってるの?」

確かに昨夜、床に就いた時には屋根に当たる雨の音がしていて、その雨音と瑠璃さんの切なげな吐息が絡まりあってぼくの耳に届いていた。

「どうかな。今は雨の音は聞こえないけど、でも、少しは降っているかも知れないね」

「雨が上がってから行けばいいのに・・」

「今日は少し早くにいかなければならないんだ」

「・・そう」

「じゃあ、行ってくるよ」

最後に額に接吻をして立ち上がり、妻戸を開けると、心得顔の小萩が控えていた。

「早くに済まないね」

「いいえ」

小萩は笑顔を浮かべ頭を横に振ると、静かに渡殿を歩き始めた。

細い糸のような雨がまだ降っている。

昨夜来の雨が花散らしの雨になってしまったのか、地面には桜の花びらが落ちており、水溜りはさながら<花びら溜り>の様相を呈している。

庭に目をやりながら歩いていたぼくは(あれ)と首を捻った。

大きな桜の木の下に、ずいぶんと小さい桜の木がある。

小さいながらもいくつか桜の花を咲かせており、それがなかったら桜の木だなんて気付かないくらいの小さくて背の低い木だった。

「あんなところに、あんなに小さな桜なんて前からあったかな」

不思議に思って前を歩く小萩に聞くと、小萩は歩を止めぼくの指さす方に顔を向けた。

しばらく目を凝らすと

「あぁ、あれは・・、いつだったか、姫さまがお植えになった桜ですわ」

「瑠璃さんが?」

「はい。まだ少将さまとご結婚なさる前ですわ。姫さまが満開の桜の枝を、水差しに入れてお部屋に飾っていたことがあったのです」

「・・・」

「花も枯れたのでお捨てになるかと思っていたら『植えて見る』と仰られて・・」

「・・・」

「数日前に庭師が灌木の剪定に入ったので、きっとそれであの桜の木が少将さまのお目に留まったのだと思いますわ。今まではここからだとちょうど隠れて見えておりませんでしたもの。あ、少将さま・・・どちらへ・・・」

「悪いが出発が遅れると、従者たちに伝えてくれないか」

「少将さま・・」

瑠璃さんの部屋へと引き返すため歩き出しながら、背中越しに小萩に言う。

妻戸を開け部屋に入って行くと、さっきと同じ格好で瑠璃さんは眠っていた。

「瑠璃さん」

耳元で囁くと

「高彬・・・、どしたの、忘れ物?」

瑠璃さんは(うぅ・・ん)と寝返りを打つと、寝ぼけ眼で言ってきた。

「桜の木」

「・・・え。桜・・?桜が忘れ物?」

「いつかの桜の枝、植えてくれてたんだね。咲いてたよ」

「・・・」

何の話をしているのかようやく分かったのか、瑠璃さんの目の焦点が段々と合ってきた。

ゆっくりと起き上がり、ぼくと向かい合うと

「庭師に聞いたら、枝を土に差しておけば根が付くこともあるって言われたの。だから、一応、植えて見たの」

「・・・」

「ずぶ濡れになって届けたくれた桜だったから、何だか捨てられなかったのよ。大切な桜なのかな、なんて思って」

「・・うん」

「それにね、今だから言うけど・・・」

いったん言葉を切ると、瑠璃さんは恥ずかしそうに笑い

「あたし、あの桜をもらった時、一瞬、ドキッとしたの。もしかしたら、これってプロポーズ?なんて思って」

「え・・」

「ほら、あたし、童の頃、菫の花をもらったでしょ、吉野君に。だから花をもらう、イコール、プロポーズって勝手にイメージが出来ちゃってたみたいなの」

「・・・・」

「でも、あんたはずぶ濡れだし、しかもぶっきらぼうに差しだすだけだし、あぁ、これは違うなってすぐに思ったけど。こんな素っ気ないプロポーズなんてあるわけないわよね、って」

「・・・結婚の約束忘れてたくせに、よく言うよ」

言い返してやると

「ほんと、そうよね」

ふふふ、と瑠璃さんは小さく笑った。

だけど、こそばゆいような気持ちになる。

何だ、あの日のぼくの気持ちはちゃんと瑠璃さんに届いていたんだ・・・

「だけど、今、高彬に言われるまで、正直、桜を植えたことなんか忘れてたわ」

「うん、ぼくもあげたこと忘れてた」

目が合って、声を出さずに、2人で笑い合う。

思ってることは、瑠璃さんもぼくもきっと同じだ。

───それはきっと今が幸せだから・・・

抱き寄せると、瑠璃さんはすっぽりとぼくの胸に収まり、そうして背中に腕を回してきた。

「気を付けて行ってきてね・・」

「雨が上がってから行くことにしたよ」

「え」

「だから、もう少し時間がある」

「・・・」

そう。

雨はいつか上がる。

雨なんて全部、通り雨だ。

願わくば、今日のこの通り雨が少しでも長く降り続いてくれることを───

ぼくはそっと瑠璃さんを横たえたのだった。






<終>


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***短編*** 通り雨 ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は一話完結です。
               
        






***短編*** 通り雨 ***







「またおいでよね、高彬」

融に見送られながら三条邸の車寄せに向かう途中で、ふと足を止めた。

庭の桜が満開だったのだ。

春の空に向かい大ぶりの枝を伸ばし、折からのそよ風に花弁を揺らしている。

「綺麗だね」

「うん」

手を振る融に、軽く合図を返して牛車に乗り込むと

───ふぅ・・

知らずにため息が出た。

今日も瑠璃さんと喧嘩をしてしまった。

最初は融と3人で楽しく遊んでたはずなのに、また瑠璃さんが吉野君のお名を持ち出して───

そこからはいつものお決まりのパターンだった。

売り言葉に買い言葉、留めは「あんたと吉野君じゃ比べものにならないわ」だ。

はぁ・・

いつからこんな風になってしまったんだろう。

昔は良かった。

瑠璃さんはぼくの婚約者だと、信じて疑いもしなかった。

大納言さまの勧める結婚を片っぱしから断るのも、結婚する気なんかないと断言するのも、全部、ぼくの官位が上がるまでの時間稼ぎをしてくれているんだと単純に思っていた。

だけど、どうやらそうではないと分かったのはいつ頃だったろうか。

本当に瑠璃さんはぼくとの結婚の約束を忘れているみたいだし、それどころかこの頃では会えば喧嘩ばかりしている。

自室に戻っても気分は晴れなかった。

狩衣のまま行儀悪くゴロンと横になり、頭の後ろで手を組む。

外に目をやれば春の空はどこまでも晴れやかで、白い雲が浮かんでいる。

雲を見てるうち、ふと

───久し振りに疾風と遠乗りでもしようか。

と思い付いた。

まだ日も高いし、部屋でクサクサしてるよりはずっといいように思える。

よし、行こう。

弾みを付け起き上がると女房に出掛けることを告げ、厩舎に行くと、政文が立っていた。

「政文・・・」

「若君をお一人で行かせるわけにはいきません。お供致します」

「わかった」

門衛に見送られ出発する。

「どちらに向かわれますか」

「そうだな、南に行こうか」

羅生門を抜けた辺りから速度を上げ本格的に駆け出す。

走るに連れ徐々に回りから邸や家屋が減り、川を超えると鄙びた風景になって行った。

京中よりも草木も多くて、気のせいか空も高く見え、その中を疾風と走るのはいい気分だった。

父上がぼくのためにと特別に武蔵の方から取り寄せた疾風は名馬の誉れ高く、まるで心が通じ合っているかのようにぼくの指示通りに走ってくれる。

───もっと速く。

走れ、走れ、走れ───!

蹄と風の音しか聞こえなくなった頃、さっきまでの好天に翳りが出てきた。

黒い雲が湧き、これは一雨来るな、と思っていたら、案の定、ぽつりぽつりと落ちてきた。

ぽつりぽつりは、すぐにしっかりとした雨脚になり、あっという間に本降りになった。

「若君!あそこで雨宿りしましょう!」

後ろから政文が声を張り上げ、見ると行く手に小さな小屋があり、近づいて見るとそれなりにしっかりとした作りの小屋で、ありがたいことに軒がある。

疾風を降り、政文と二人で軒下に走り込むと、待っていたかのようにどしゃ降りになった。

「すごい雨ですねぇ」

「うん」

ザーザーと言う雨音に負けないよう大声で言い合う。

「女心と春の空とはよく言ったもんですよ。さっきまであんな良い天気だったのに」

見るとはなしに雨にけぶる風景をぼんやりと見ていると、向こうに人影が見え、だんだん近づいて来ると里の者だとわかった。

この雨の中、傘も差さずに歩いている。

くすんだ着物に、どうやら何かを背負っているみたいで、籠の形状から収穫した農作物だと思われた。

ぬかるんだ道を俯き加減に黙々と歩いており、足は泥だらけだった。

「少し・・、休んでいったらどうだい」

ぼくの前を通り過ぎる時、たまらず声を掛けていた。

驚いたように政文がぼくを振り返り、だけど、もっと驚いたのは声を掛けられた里の者のようだった。

ハッとしたように顔を上げ、ぼくを見て、疾風を見て、またぼくを見ると

「そんなとこで雨宿りしてる暇はないよ。歩いてたら雨は上がる」

と強い口調で言い放った。

思ってたより若くて・・・

若いなんてもんじゃない、ぼくと同い年くらいの女の子で、勝ち気そうな目がどことなく瑠璃さんを思わせた。

髪を雑にひとつにまとめ、顔にも泥が付いている。

女の子はそれだけ言うと、また俯き加減に黙々と歩き出し、雨の中に後姿がどんどん小さくなって行った。

この雨の中、どこまで歩くのだろう・・・

完全に姿が見えなくなり

「政文、行こう」

ぼくは声を上げていた。

「行こうって、若君。この雨の中・・」

「行こう」

軒下を飛び出し、疾風に飛び乗る。

慌てふためく政文を尻目に、疾風の腹を蹴ると、疾風は嘶きを上げ力強く走り始めた。

雨の中、走っちゃいけないなんて誰が決めた。

そんな決まりもなければ理由もないじゃないか。

走れ、走れ、走れ───!

疾風の躍動が直に身体に伝わってくる。

大粒の雨が顔に当たり目も開けていられないくらいで、袖口と言わず襟足と言わず、雨が身体に流れ込んでくるのがいっそ気持ちいいくらいだった。

───歩いていたら雨は上がる。

そうだ、雨はいつか上がる。

そう思えば、雨なんて全部、通り雨だ。

瑠璃さんと喧嘩して、クサクサしてた自分が馬鹿みたいに思えてくる。

約束を忘れられてるくらいなんだと言うんだ。

ぼくが覚えてるんだからいいじゃないか───



*****



川を超える頃には雨は小降りになっていた。

京に入る少し手前で、ちょうど目の高さに咲く桜の木があり、今の雨にも負けずに満開のままだった。

疾風を停め、馬上のまま枝を折り、手綱と一緒に握る。

「ちょっと寄りたいところがあるんだけどいいかな」

政文に断りを入れ、三条邸に寄った。

門の前で疾風を降り、徒歩で土間に入って行くと、融付きの見慣れた女房が驚いた顔でぼくを出迎え

「瑠璃姫を」

そう言うと、慌てふためいた様に瑠璃さんを呼びに行ってくれた。

瑠璃さんはすぐに現れた。

そうしてぼくを見ると、目をまん丸に見開いて

「・・・ちょっと、あんた、どうしたのよ、その恰好。ずぶ濡れじゃない。池にでも落ちたの?」

さっき喧嘩したことなんか丸きり忘れたように駆け寄って来た。

「雨の中を馬で走ってたんだ」

「雨の中を?なんでそんな・・」

「あげるよ」

瑠璃さんの言葉を遮り、桜の枝を差しだす。

「・・・」

「満開だよ」

「・・う、うん・・」

相変わらず、丸い目のまま、それでも瑠璃さんは受け取り、ぼくはちょっとだけ笑って踵を返した。

門を出て、疾風に跨る。

心底、心配してくれてる瑠璃さんの口調がこそばゆかった。

何より、瑠璃さんをあそこまで驚かせたと言うのが、たまらなくいい気分だった。

訳のわからないまま受け取った桜の枝を見て、瑠璃さんはぼくのことを考えてくれるだろうか。

例え一晩でもいい。

いや、数刻でも、半刻でもいい。

ずぶ濡れのまま現れて、桜を差し出したぼくのことを考えてくれたなら───

雨はすっかり上がっている。

見上げた空には、雲間から春の青空が広がっていた。






<終>


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*** 筒井筒のお約束をもう一度 <again and again -3/3->

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』

 

※このお話は初夜編(完結済み)のパラレルです。3話完結。
                        







***  筒井筒のお約束をもう一度<again and again -3/3-> ***  







「高彬・・・」

突然の高彬の登場にびっくりして立ち尽くしていると

「夜分に申し訳ない───」

少し掠れ気味の声で言い、そうして頭を下げた。

「無体なことをするつもりはないから」

あたしの驚きを別の意味に捉えたのか

「帰れと言うなら帰るから、そう言ってもらえたら・・・」

続けてそう言うので、あたしは慌てて

「帰れなんて言わないわ。急に現れたからびっくりしただけよ。とにかく・・・、中に入って」

妻戸の前に立ったままの高彬を部屋に招き入れた。

向かい合って座ると、高彬は幾分緊張したような面持ちで居住まいをただし、何かを言い掛けて唇を引き結び、その動作を何度か繰り返している。

何から言おうか思いあぐねているみたいだった。

「今日は二の姫との婚礼の日ではなかったの?」

あたしから切り出すと、高彬ははっとしたように顔を上げ小さく頷いた。

「大丈夫なの?こんなところにいて──」

「あの日から」

あたしの言葉を遮り、唐突に高彬は話し始めた。

「あの日から、どうしてだかあなたのことばかりを考えていた」

「・・・」

「全ての記憶を失くしてしまったから、ぼくにとっては全員が初対面の人なんだけど、でも、あなただけはそうは思わなかったんだ」

「・・・」

「初めて会ったようにはどうしても思えなくて・・・。婚約者だと言うし、もちろん初めて会ったわけじゃないのはわかってはいるんだけど」

「・・・」

「でも、いつの間にか兵部卿宮家の二の姫との結婚が決まっていて、それがぼくにとって最良の結婚であると母上に言われた。記憶を失くしたぼくに判断なんて出来なかったけど、でもずっと迷いがあったんだ」

「・・・」

「今夜、もうじき兵部卿宮家に出発すると言うギリギリの時も、ぼくは迷っていた。そうしたら家の者が『心に迷いがあるのなら、瑠璃姫のところに行かれて見たらいかがですか』と言ってきたんだ。ぼくは一言だってあなたのことは口にしてないのに、まるでぼくの心の中を見透かしてるかのようにね」

「・・・」

「『若君の思うとおりになさればいい』と」

「・・・」

「だから、こうして来た。どうしても、もう一度、あなたに会いたくて」

「・・・」

「・・どうして、泣いているの?何か失礼なことを言ったのなら・・・」

「ううん」

あたしは慌てて頭を横に振った。

「失礼なことなんか言ってないわ」

「記憶を失くしたぼくに向かい<自信を持っていい><笑って過ごせばいいことがある>なんて言ってくれたのは、あなただけだった」

「・・・・」

「もう少し、こうして・・・話をしていてもいいだろうか」

「・・・もちろんよ」

笑顔で答えたかったのに、涙で声が震える。

あたしたちは少しの間、見つめ合っていた。

「ぼくたちは童の頃から遊んでいたと言うけれど・・・」

高彬が口を開いたその時だった。

遠くから人の足音が聞こえ、どうやらこちらに近づいてくる。

ハッと目が合い

「こっちへ」

几帳を指さすと高彬は素早く几帳の後ろに回り込んだ。

誰かしら、こんな時間に・・。

足音はどんどん近づいてきたかと思ったら、バタン、とドアが開き、ズカズカと男が入って来て

(あ!)

と思った時には、男はあたしの目の前にいた。

「瑠璃姫」

男は憎々しげにあたしを睨み

「あなたは・・・、権少将!」

「右近少将が記憶喪失になったのなら怖いものはない。いつぞやの恨み、晴らしてやる・・!」

権少将があたしに飛びかかってきたのと、几帳の裏から高彬が飛び出してきたのが同時だった。

2人は揉みあいながら一発二発と殴り合って、吹き飛ばされた権少将が几帳にぶつかり、ものすごい音を立てて几帳が倒れた。

起き上がりしな高灯台をむんずと掴むと、怒り狂ったように権少将は高彬に突進し

「やめて!」

とっさに権少将の足にしがみつくと、権少将はたたらを踏む形で前のめりになり、あたし諸共、一緒に倒れ込んだ。

何かが倒れる大きな音と、呻き声が聞こえ、気が付いたら

「覚えてろよ!」

捨て台詞を残して権少将は妻戸を開け退散していくところだった。

ゆっくりと身体を起こし、辺りを見回すと───

部屋の隅に高彬が座り込み、こめかみの辺りを押さえている。

「高彬!大丈夫?!」

慌てて駆け寄ると

「あぁ・・、大丈夫だよ。───瑠璃さん」

「良かった・・」

何ともなくて・・・

──え?

瑠璃さん?

え?

えぇぇ?!

「高彬!」

「瑠璃さん!」

同時に目を見開いて叫んでしまった。

「思い出したよ!ぼくは藤原高彬で・・・、瑠璃さんだ。瑠璃さんだ!」

あたしの両手を取るとグッと握りしめ、そのまま自分の胸に引き寄せギュウギュウと絞めつけてくる。

「く、苦しい・・。高彬」

「あ、ごめん」

取りあえず手は緩めてくれたけど、高彬は感極まった感じであたしの背を撫ぜたり叩いたりした。

「良かった・・・、記憶が戻って」

少しすると、しみじみと言い、あたしも黙って大きく頷いた。

もし、あのまま記憶が戻らなかったら・・・

2人して夢から醒めたみたいに、しばらくはぼぅっとそのままでいたのだけど

「あれ」

ふいに高彬が声を上げた。

「瑠璃さん。今って何月だっけ」

「今?えぇと・・、卯月よ」

「卯月の何日?」

「朔日よ」

「卯月の朔日と言う事は・・・」

「4月1日よ」

「・・・」

「・・・」

え?

えぇぇ?

まさか!

「あんた、まさか今日が卯月の朔日だと知って、あたしを担いだんじゃ・・」

「とんでもないよ、瑠璃さん」

高彬は大きく頭を振った。

「こんな、タチの悪い嘘なんかつかないよ」

「・・そうよね」

「ただ・・」

「ただ?」

「ぼくはもう少しで自分で自分に嘘をつくところだったんだなと思って」

「・・・」

「記憶を失くしたとは言え、瑠璃さん以外の人と結婚するなんて、これ以上の嘘はないよ。そんなのに騙されるなんて馬鹿も馬鹿、大馬鹿者だよ」

「・・・」

「あのまま結婚してたら、ぼくは歴史に残る『4月馬鹿』になっていたんだな」

そう言って笑い、そんな高彬を見てるうち、ふつふつと笑いがこみあげてくる。

「ほんとよ、自分で自分の嘘に騙されるなんて」

「おかしいよな」

「そっか、今日は嘘ついて良い日だったわよね」

あたしは笑いながら高彬の手を取った。

「あたし、高彬のことが大嫌いよ」

「ぼくもだ。ぼくも瑠璃さんのことなんか大嫌いだ」

「顔も見たくないわ」

「あぁ、一生ね」

「もう二度と・・・会いたくない」

笑って言ってるはずが、だんだんと涙声になっていく。

「高彬のことなんか、本当に大嫌いよ・・・」

頬を伝った涙を高彬の指が拭い、あたしはまた高彬に抱きしめられたのだった。




~終~


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