***短編*** <続々>三条、夏の陣~前編~ ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は「<続>三条、夏の陣」のさらに続編です。
               
        






***短編*** <続々>三条、夏の陣~前編~ ***







高彬が部屋に入って来たのは、もうじ子の刻になろうかと言う夜中だった。

今夜は来ないと聞いていたので、すでに横になっていたあたしは、びっくりして飛び起きてしまった。

「どうしたのよ、こんな時間に。今日は来ないって・・・」

先導の女房もいなくなり、2人きりになったところで聞くと

「うん、ちょっとね」

高彬は腰を下ろしながら、意味ありげに言葉を濁している。

「何よ。あんた、もしかしたら、・・・また我慢出来なくなったの?」

2人きりとは言え、大きな声で言うのは憚られて小声で聞いてみると

「え」

一瞬、ポカンとした後、あたしの言わんとしてることが分かったのか

「違うよ」

と吹きだした。

「じゃあ、何」

「これだよ」

言いながら高彬は袖をまさぐると、中からシャリ感のある布の塊を取りだした。

「あ。これって・・・」

「そう。単だ」

高彬は何でもないもののように片手であたしに差出し、両手で受け取りながらも、あたしは

(物のあげ方にも性格って出るものなのねぇ)

なんて変なところで感心していた。

母上は桐の衣裳盆に恭しく載せてきたのに対して、高彬は袖からポン、だもの。

まぁ、もちろん、お衣裳に対しての思い入れは、どうしたって女の人の方が強いから、その辺りの違いもあるのかも知れないけど。

でも、高彬は女の人を嬉しがらせるような、ドラマチィックな贈り物の仕方をするような人じゃないし、そう言うのって一歩間違えたらキザになるし、更に言うなら、贈り物をしてる自分に酔ってるって感じも仄見えるしで、あたしは高彬の「ポン」が好ましくはあるんだけどね。

それはともかく、手渡された単の素敵なことと言ったら!

広げて見ると、質感の良さもさることながら、その色合いが素晴らしかった。

「綺麗ねぇ・・・」

いつかの時、高彬がそうしてくれたように、自分の手の甲にあてがいながら言うと

「うん」

高彬は嬉しそうに頷いた。

母上からもらった単も綺麗だったけど、この単には敵わないような気がする。

やわやわとした灯台の火を受けて、動かすたびに微妙に違った色味を作っている。

「・・・羽織ってみようかしら」

「うん」

寝間用として着ていた単衣の上から羽織ってみる。

羽織ってみたんだけど───

単衣の上からだと、やっぱりその魅力が半減しているような気がして・・・

「・・・」

少し考えて、あたしはスクッと立ち上がった。

「ちょっと待ってて」

高彬にそれだけ言って、几帳を回り込む。

着ていた単衣を脱ぎ、衣桁に掛けてあった袴を身に付ける。

その上から、薄衣の単を羽織ると───

その肌触りの良さに、思わずため息が出た。

吸い付いてくるのに張りがあって、だけど、少しも暑さを感じさせずに、極上の布だと言う事が分かる。

薄衣の下に透けて見える自分の腕が、いつもより艶めいて見えるのは気にせいかしら?

「素敵・・」

吐息交じりの言葉が漏れ、それが高彬にも聞こえたのか

「どうだい?着心地は」

几帳の向こうから声が聞こえてきた。

「とてもいいわ」

薄衣の袖を灯にかざして見ながら、呟くように答えると

「そうか」

嬉しそうに高彬が言い、あたしは、ふと我に返った。

今の今まで、単のあまりの着心地の良さに心を奪われて気が回らなかったけど、高彬に見てもらった方がいいんじゃないかしら・・

ううん。

心の中で頭を振る。

正直に言えば、見てもらいたい。

高彬が誂えてくれたものだし、光を纏った薄衣はこんなに綺麗なんだもの。

「高彬」

「うん」

「見てくれる?」

「え」

身じろぎするような気配があり

「いいのかい?そんな無理に・・・」

「ううん、無理じゃないのよ。すごく素敵だから・・・。あ、単がよ。あたしじゃなくてね」

合わせをきちんと整えて、几帳に近づき、だけど、ちょっとそこで怖気づいてしまった。

こう言うのって一回、意識しちゃうとダメね。

うーん・・・、どうしようかしら。

一計を案じ、几帳の際に立ち

「ジャーン」

なんてふざけて言いながら腕だけ出してみると

「それじゃあ判らないよ」

笑いを含んだ声で高彬が言い

「あ、やっぱり?」

へへへ、と几帳から顔だけ覗かせると、その姿が可笑しかったのか、高彬は声を上げて笑った。

いったん顔を引っ込め、小さく息を整える。

よし、出て行こう。

恥ずかしいけど、高彬に見てもらおう。

高彬だものね。

それでも、やっぱり恥ずかしさは拭えず、あたしは髪をふたつに大きく分けると、両方を前に持ってきた。

こうすれば、かなりキワドいけど一応、胸は隠せるし。

髪が流れないように静かに高彬の前に出て行くと、高彬は何も言わずに立ち上がった。






<後編へ続く>


後編は「別館」に掲載します。
(それほどR度が高くならないと思いますが、別館に広告が出てるのがずっと気になっていて、それを消したいのです。1か月更新しないと、また出てきてしまうのですが)
別館更新は、明日か明後日になりそうです。
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***短編*** <続>三条、夏の陣~後編~ ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は、ただ今開催中の「らぶらぶ万歳サークル・夏の競作大会」に提出した「三条、夏の陣」の続編です。
               
        






***短編*** <続>三条、夏の陣~後編~ ***







2日経っても、高彬の訪れはなかった。

訪れどころか文ひとつ届かない。

「もし、今夜もいらっしゃらなかったら、もう10日ですわ。10日もお通いがないなんて・・・」

今にも泣き出しそうな声で小萩に言われ、あたしは持っていた扇で脇息を一つ叩くと、「えいっ」と勢いを付けて立ち上がった。

立ち上がった反動で脇息が倒れる。

「ひ、姫さま、何をなさるおつもりですか?!」

言いながら小萩は几帳をひしと掴み、どうやら、逆上したあたしが几帳を蹴飛ばすとでも思ったらしい。

「決めた!こうなったら、行くわ!」

「は?行くってどちらへ・・・」

「そして着るわ!」

「は?着るって何を・・・」

状況が分からず、重ねて質問をしてくる小萩を無視して、あたしは部屋の隅に置いてあった桐の衣裳盆に近づいた。

中には先日のままに、シャリ感のある藍色の単が綺麗に折りたたまれて入っている。

むんずと片手で掴み、少し考えて袂にしまいこんだ。

薄いものだから、いくらでも小さくなるのである。

「小萩、車の準備をお願い」

「え?!車とおっしゃりますと、まさか、姫さま、今からお出かけなさるおつもりでは・・」

「その、まさかのまさかよ」

「そんな姫さま!外はもう暗うございますわ」

小萩は悲鳴のような声を上げた。

「明日、明るくなってからお出かけ遊ばされたらよろしいではありませんか。何もこんな時刻から・・・。一体、どちらへ・・」

「白梅院にいざ乗り込まん!よ」

「白梅院って、乗り込まんって・・・、まさか、右大臣邸へ・・?」

「そうよ」

「姫さま、そんな・・・」

「嘆いてても何も始まらないものね」

「・・・」

「行ってくるわ」

「姫さまぁ・・」

いつまでも小萩が車の手配をしに行く気配がないので、あたしは直接、車宿りに行くことにした。

行けば誰かいるだろうから、そしたら脅してでも車を出させればいいわ。

気の弱い長行でもいてくれたら好都合なんだけどな、なんて思いながら渡殿を歩き、車宿りに着く。

何人かの使用人の姿が見え

「ひ、姫さま」

あたしの顔を見ると、ビクッと震え上がった。

やぁねぇ、人を物の怪みたいに。

その中に長行の姿があり、あたしはにっこりと笑いながら近づいて行った。

「悪いんだけどね、長行。今から、右大臣邸に行ってもらえない?」

「・・・それは無理な相談だな」

ふいに後ろから笑いを含んだ声が聞こえ、振り返ると高彬が立っていた。

「たっ・・・、高彬・・・!どうして、こんな所に・・・」

「どうしてって、別にいてもおかしくないだろう」

高彬はまだ牛が繋がれたままの車を指差し、言われて見てみたら、高彬の常用車だった。

「・・・」

「さ、瑠璃さん、部屋に戻ろうか。・・・時に長行」

あたしの背を押し、歩きかけた高彬は、思い出したように長行を振り返った。

「は、はいっ」

「今後、瑠璃姫のこう言う言い付けは、きっぱりと断っていいからね」

「ですが、若殿さま。姫さまはすぐに言う事を聞かないとクビにすると・・」

「大丈夫だ。その時はぼくが雇ってやるから」

「はぁ・・」

長行はあたしの顔を上目づかいでチラチラと見ながら歯切れ悪く頷き、あたしはそのまま高彬に背中を押される格好で歩き出す。

向こううから小萩がやってくるのが見え

「あ、姫さま。白梅院にいざ乗り込まん、だなんて、そんなことはお止め下さいまし」

小萩からはあたししか見えていないのか、懇願するように言いながら近づいてくる。

「もう止めたよ。瑠璃さんは気を取り直したそうだ」

後ろからひょっこりと顔を出して高彬が言うと

「少将さま!」

小萩は飛び上らんばかりに驚いている。

「んまぁ、少将さま。お待ち申しておりましたわ・・・!ゆうに10日ぶりのお渡りで・・・」

「うん。すっかり久しぶりになってしまったね。このまま小萩は下がっていいよ」

小萩の返事も待たずに高彬は歩き出し、勝手知ったるあたしの部屋、いつもの場所に腰を下ろした。

手を取られ、あたしも前に腰を下ろすと、高彬は改めてにっこりと笑い掛けてきた。

「瑠璃さん、白梅院に来るつもりだったんだね」

「・・・」

気まずくて黙っていると

「嬉しいな」

「え」

「だって、お見舞いに来てくれようとしてたんだろ?」

「お見舞い?何よ、高彬、あんた病気してたの?」

「あれ?融から聞いてない?言付けを頼んで置いたんだけど」

「聞いてないわよ。何よ、どうしてたの?」

「まぁ、病気と言っても夏風邪だけどね」

「・・・」

高彬はちらりとあたしの顔を見ると

「実はさ、前に瑠璃さんとこ来てから、3日目でもう我慢が出来なくなったんだ。で、こうなったら潔く敗北を認めようと三条邸に向かう途中で、やけに身体が熱くて、おかしいな、こんなに我慢出来ないもんかな、なんて思ってたら、何てことはない、熱だったんだよ」

「・・・」

「瑠璃さんにうつしても悪いと思って、そのまま引き返したんだけど、結局、そこから熱が下がったり上がったりで、やっと今日から出仕したんだ」

「・・・」

「ぼくが病気と言う事を知らずに、白梅院に来ようと思ったってことは、もしかして・・・」

顔を覗き込まれ、思わず目を逸らしてしまった。

「この勝負、おあいこってことかな?」

「・・・」

うぅ、早まったわ・・・

もうちょっと、部屋で待ってたら、あたしの完全勝利で終わってたのに。

「・・・あれ?」

何かに気が付いた様に、高彬が声を上げた。

高彬の目線の先には、あたしの袂があり、いくら薄手とは言え単一着分の布だから、明らかに片方の袂と比べて不自然に膨らんでいるのだ。

「何が入ってるのさ」

あたしが押さえるより早く、高彬はあたしの袂をまさぐり、中から単を取りだしてしまった。

「・・・」

しばらく単を見ていた高彬は、ふいにニヤニヤと笑いだし

「もしかしたら、ぼくの勝ちだった?」

「な、何よ、何でそうなるのよ」

「だって、白梅院に乗り込んでまで、これを着てくれるつもりだったんだろ?」

「・・・」

図星なので、返す言葉もなくむぅと黙り込む。

しばらくの間、からかいを含んだ目で見られ、耐えきれなくなったあたしは

「いいわよ。貸しなさいよ。着るわよ」

高彬の手から単をひったくって、立ち上がると

「いいよ、瑠璃さん、着ないで」

「え」

思ってもみない言葉が返って来た。

「まぁ、座って」

あたしの手を取り座らせると

「ぼくもさ、あの後、色々考えたんだけど、そりゃ、瑠璃さんの単袴姿は見たいけど、嫌がるのを無理に着させるのも良くないし、それに何よりも、お母君のお下がりと言うのは確かに微妙かな、と思ったんだよ」

「・・・」

「だって、つまりはこれを着て、お母君がってことだろ・・?」

「それよ!」

我が意を得たりとあたしは膝を打った。

そうなのよ。

結局ね、あたしがこれを着たくない気持ちの中には、恥ずかしさの他に、気まずさとか、妙な罪悪感みたいなものが入っていたのよ。

何て言うか、本当の母さまだったらこんなことしないだろうなぁ、とか、でも、きっと母上は母上なりに、あたしのことを思ってくれてたことには違いなく、でもそこは<なさぬ仲>だから、もしかしたら母上も距離感がわからずにグイグイ押してきたりで、ああ言う突拍子もない言動の裏に、ふと母上の哀愁を感じてしまったりとかで・・・

母上に単を差しだされた時の気持ちって、色々、複雑だったってことなのよ。

それを高彬が、見たい見たい、ぜひ着てくれ、なんて言うもんだから・・・

「それでね、瑠璃さん。実は・・・」

言いながら高彬は自分の袖の中をまさぐり、中から小布の束を差し出してきた。

見ると、全部、シャリ感のある薄手の布で、色見本みたいなものらしかった。

「ぼくが瑠璃さんに単を贈ってあげるよ」

「え。・・・それを高彬の前で着ろってこと?」

「違うよ」

恐る恐る聞くと、高彬は笑って

「それはもういいから。瑠璃さんが部屋着として寛ぐ時に着たらいいよ。まだ暑い日が続くからね。ほら、手を出してごらん」

言われたままに手を出すと、その上に布を一枚ずつ当て始めた。

どうやら色も自分で選んでくれるみたいで、光の加減とか、透け具合を見ながら

「うーん、一番、瑠璃さんの肌に映える色はどれかなぁ」

なんて言いながら、一枚一枚、丹念に合わせながら見ている。

あたしの肌に映える色・・。

それがいかにも、透け感のある布を連想させて、ドキドキしてしまった。

高彬の目に、あたしの肌はどんな風に映っているのかしら?

「うん、これがいいんじゃないかな」

やがて高彬が選んだのは、東雲色と呼ばれる、朝焼けを思わせるような温かみのある色合いの布だった。

「出来上がったら、持ってくるからさ」

にっこりと言われ、あたしはコクリ、と頷いた。

高彬が色味から選んでくれたのなんか初めてで、何か、嬉しいかも・・・

「ありがと」

小さく言うと

「どういたしまして」

高彬はあたしの頭に手を置き

「ぼくの方こそ、会いに来てくれようと思ってくれてありがとう」

優しく真面目な声で言い、髪なんか撫ぜている。

「・・・」

どうしよう。

三条、夏の陣。

もしかしたら、あたしの敗北かも・・・。

単が出来上がったら、頼まれなくても、高彬の前で着てしまいそうだわ。

どうしよう・・・






<終>


暑中お見舞い申し上げます。
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***短編*** <続>三条、夏の陣~前編~ ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は、ただ今開催中の「らぶらぶ万歳サークル・夏の競作大会」に提出した「三条、夏の陣」の続編です。
               
        






***短編*** <続>三条、夏の陣~前編~ ***







「少将さまは、如何なされたんでございましょうね、姫さま」

かっと照り付ける日射しに庭の葉が白く反射し、まるで庭自体が発光してるかと思うほどで、じっと目を開けて見ていられないくらいだった。

昼を回ったばかり、そよとも風は吹かないし、きっと1日で一番暑い時刻に違いないわ。

そんな暑い昼下がり、脇息に寄りかかりながら、片手で扇を扇ぎつつ、あたしは

(うーむ)

と心の中で唸った。

高彬が最後に来てから一週間が過ぎている。

宿直や物忌みとは聞いてないし、何も予定がない時に一週間も来ないことは今までにないことで、それを受けての、小萩の

『少将さまは、如何なされたんでございましょうね』

なんではある。

如何なされたか───

の説明は簡単なんだけど、でも、それを正直に言う事には抵抗を感じてしまう。

花形有能公達が、妻の単袴姿を見たいがために意地張って来ないだなんて、ねぇ。

そんな恥ずかしいこと、言えますかって。

つまりね、高彬はあたしの単袴姿を見たいがために、こうして<夜離れもどき>を実践してみせてるってわけなのよ。

あの後、着るの着ないので、散々揉めて、しばらく膠着状態が続いたと思ったら、ふいに高彬に抱きすくめられていた。

それで、あれよあれよと言う間に寝所に横たえられて、気が付いたらすっかり仲良しフルコースが終わってて

(やれやれ、何とか単袴のことはうやむやになったわね)

なんてほくそえんでたら

「で、単袴のことなんだけど・・」

と、またしても話が再開してしまい、あたしは心の中で盛大にずっこけてしまった。

なんで、振りだしに戻るのよ!

今のフルコースは何だったわけ?!

って感じでさ。

だけど、ずっこけつつも心のどこかでは

(そんなに見たいんなら、着てやってもいいかなぁ)

なんて思ったりもしていた。

そんな大したものでもないし、見せても減るもんじゃないし、一回見れば高彬も満足してくれるなら、まぁいいかな・・・

半分以上、着る方向に気持ちが傾いていた時、高彬が思わぬ提案をしてきた。

「ぼくが折れるのが先か、瑠璃さんが折れるのが先か、競争しよう」

「競争?」

「そう。ぼくが我慢出来なくなって三条邸に来てしまうか、それれも瑠璃さんが我慢出来なくなって単袴を着るか、の競争」

「・・・」

その時はね、正直

(女のあたしが何を我慢することがあると言うのよ。何、バカなこと言ってるのかしら?)

と思ってたんだけど。

だけどねぇ、それがそうでもなかったのよ。

理由が分かってるとは言え、一週間も訪れがないと、不安と言うか落ち着かないと言うか。

まさか高彬に限って、浮気とかを疑ってるわけじゃないんだけど、何て言うか、ほんと、夜が長いっていうかさぁ・・

あーあ、単袴くらい、ちゃっちゃと着ちゃえばよかったかなぁ・・・






<後編に続く>

瑞月です。
いつもご訪問いただきありがとうございます。
「社会人編」、当初考えていた内容を、ちょっと見直してみようかなと思い始めています。
復習を兼ねて、昨日、一気に83話まで読んでみました。(疲れました…)
連載再開はもうしばらくお待ちくださいませ。


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***短編*** 夏は夜<教師編・高彬 ver.> ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は一話完結です。教師編設定の2人です。
               
        






***短編*** 夏は夜<教師編・高彬 ver.> ***







「えー、明日から夏休みが始まります」

午後の職員会議は、校長のそんな言葉で始まった。

体育館での修了式を終え、各クラスで通知表を渡された子どもたちは昼には下校し、今、校舎にいるのは教職員だけである。

エアコンを効かせ締め切った職員室の窓の向こうでは、白く光った校庭と、学校のシンボルツリーである巨大なクスノキが作るくっきりとした黒い影が、鮮やかなコントラストを作っている。

青い空には、これまたくっきりとした輪郭を持つ真っ白な雲が浮かび、一昨日の梅雨明け宣言を受け、夏本番の景色ではある。

「明後日には町会と我が校のPTA主催の納涼祭があり、えー、毎年、先生方には地域の夜間パトロールをお願いしてますが・・・」

手元に配られたプリントには、地域を区分けされた簡易的な地図と担当教員とパトロール時間が記載されている。

なかなかに見やすい表で、ざっと目を通すと、ぼくの名前の横には瑠璃さんの名があった。

瑠璃さんとペア、か。

そう思って顔を上げた途端、向かいに座る瑠璃さんと目が合った。

瑠璃さんは慌てて視線を逸らし、難しい顔をして校長の話を聞いてる振りを装っている。

「・・・」

判りやす過ぎるんだよなぁ、瑠璃さんは。

わざとらし過ぎると言うのか。

学校で、付き合ってることがバレないように「藤原先生」「瑠璃先生」と呼び合おうと提案して来たのは瑠璃さんだけど、この態度を見ていると、いくら「先生」と呼び合ったところで、バレるのも時間の問題のような気がするんだけど・・

まぁ、ぼくはバレても一向に構わないんだけど、でも、聞くところによると、教員同士の恋愛はひた隠しに隠すのが、あるべき態度と言う事らしい。

噂では恋愛関係がバレると、翌年にはどちらかの教員が異動させられる、なんてこともあるらしい。

瑠璃さんは産休を取っている教員の代わりに入ってるだけだけど、出来れば長く同じ学校にいられたらベストではある。

「・・では、以上です」

職員会議は終わり、解散となった。



********



「あ・・」

2日後の納涼祭開始直前に校庭に現れた瑠璃さんを見て、ぼくは棒立ちになってしまった。

瑠璃さんは浴衣姿だったのだ。

紺地に紫陽花が描かれたもので、色の白い瑠璃さんに良く映えている。

「他の先生方が、皆、浴衣で来るって言うから」

「・・・」

言い訳するように瑠璃さんが言い、言われて見てみたら、確かに女性教職員は皆、浴衣姿である。

「パトロールがあるから動きやすい格好の方が良いんじゃないですか、って言ったんだけど、パトロールと言っても、実際は見回りで歩くだけだからって言われて・・」

ぼくが黙っているのを、何と勘違いしたのか、瑠璃さんは決まり悪そうに袖の辺りを弄っている。

「いや、すごく似合ってると思って・・」

「・・・」

「瑠璃先生、可愛いー」

目敏く瑠璃さんを見つけたクラスの女子が駆け寄ってきて、皆も浴衣を着ている。

自分の彼女を褒められて悪い気がするわけもなく

(そうだろう、そうだろう、可愛いだろ)

と言う気持ちと、せっかくの褒め言葉だったのに

(邪魔しやがって)

と言う気持ちの半々だった。

「瑠璃先生、一緒に屋台回ろうー」

校庭の中央には朝早くに設営したやぐらがあり、回りには納涼祭担当のPTA保護者が立つ<屋台>があり、かき氷や冷うどん、焼き鳥に焼きそばなどが売られている。

ヨーヨー釣りやストラックアウトのゲームもあり、この納涼祭のために早いうちから準備を進めてくれていた保護者には、本当に頭が下がる。

瑠璃さんは女子に手を引っ張られて行ってしまった。

暗くなるにつれ、やぐらの回りに吊るされているボンボリが目立ち始め、普段の雰囲気から校庭は一変し、いかにも、の風情が出てきた。

やぐらの回りでは、町会婦人部のご婦人が、揃いの浴衣で率先して踊り始め、夏祭り気分を盛り上げてくれている。

釣られて踊り始める人も増え、良く見ると、その中に瑠璃さんもいた。

子どもたちと笑いながら、婦人部の人の踊りを見よう見まねで真似しながら踊っている。

「東京音頭」から「炭坑節」に変わったところで

「あー!」

後ろから声がして振り向くと、クラスの女子の中心的存在、梶原がニヤニヤしながら立っていた。

「藤原先生、今、瑠璃先生のこと見てたでしょー。やらしー」

「なっ・・」

梶原と言えば、忘れもしない、運動会の借り物競争でデタラメなアナウンスを流した子である。

「何を言ってるんだ」

精一杯、教師の威厳を醸し出したと言うのに、梶原は

(ふふん)

と鼻を鳴らしただけだった。

「案外、付き合ってたりして」

「えっ」

「なーんてね」

それだけ言って梶原は踊りの輪に入って行く。

「・・・」

何で判ったんだろう・・・

うーむ、末恐ろしい子だ・・・



******



「そろそろ、当番の時間よね」

8時からの担当時間か近づくと、子どもたちから解放された瑠璃さんがやって来た。

「うん、行こうか」

普段とは違って、駅とは反対方向に歩き出す。

学校から少し離れただけで、納涼祭の喧騒は消え、辺りは静かになった。

最近、建ったばかりのマンションに植えられた樹々を、吹き抜ける夜風が揺らしている。

「あー、涼しい・・・。やっぱり、夏は夜よねぇ」

首元に風でも当てたいのか、気持ち顔を上げるようにして瑠璃さんは独り言のように言い

「子どもたち、浴衣を着ると、ぐっと雰囲気が変わるわよね」

カランカランと下駄の音が静かな住宅街に響く。

「瑠璃先生もね」

「・・・」

「瑠璃先生、この後、うちに来ない?」

「え」

「明日、休みだし」

そう言うと、瑠璃さんは浴衣の袖を少しめくり腕時計を見て

「まだ仕事中なんですけど」

ぼくに時計をぐいっと近づけて見せた。

「大丈夫だよ、話すくらいは。ちゃんと目ではしっかり見てるから」

実際、さすがに小学生くらいだと夜遊びするような子はいないし、いたとしても親同伴である。

だから、夜間パトロールと言っても、ある程度、形式的な面があることは否めないのだ。

「どうかな?」

「・・今日」

「うん」

「見たいドラマがあるんだけど」

「・・・」

───来た!

「帰れると思って予約して来てないし」

「大丈夫。この間、買い替えたばかりの60インチのテレビがある。4Kだ」

こう言う時のために用意していた言葉を言う。

経験は人を賢くするのだ。

「・・・」

「冷えたスイカもあるし」

「・・・」

「ホットドックも作ってあげるよ。もちろん、ケチャップ掛けて」

「・・・」

「どうする?瑠璃先生」

「・・・行きます」

何に釣られたのかは定かではなかったけど、瑠璃さんは陥落した。

「よし、じゃあ、あと30分、真面目にパトロールしよう」

「あたしは最初から真面目ですけど」

ツンと瑠璃さんが言い、残り30分は真面目にパトロールに専念した。

と言っても、浴衣姿の彼女と夕涼みの散歩をしてただけなので、これを仕事と呼ぶには、いささか無理があるけれど。

パトロールを終え、学校に戻った頃には、もう納涼祭は終わっていた。

当番表に「済」のチェックを入れ、学校を後にすると、そのままマンションに直行する。

瑠璃さんを招き入れるのは、今日で3回目である。

すぐにエアコンを入れ、涼しくなってきたリビングで向かい合って座っていると

「あ・・」

瑠璃さんが、ふいに耳をそばだて、立ち上がった。

締め切った窓を開け、ベランダに出ようとしている。

「何。どうしたのさ、瑠璃さん」

後に付いてベランダに出た瞬間、その理由が分かった。

遠くに、打ち上げ花火が見えていたのだ。

「そうか、今日は河川敷の花火大会か・・。今からでも行ってみる?」

「ううん、ここからで十分。人混みも疲れるし」

「うん、そうだね」

しばらくは二人黙って、手の平サイズの花火を見ていた。

そっと瑠璃さんの横顔を盗み見る。

むき出しになった白いうなじに、風に揺れるほつれ髪・・・

「もう入ろうか」

「ううん、もうちょっと」

「・・・」

ぼくの気持ちを知ってか知らずか、瑠璃さんはニベもなく言い、手すりに肘を付いて熱心に花火に見入っている。

花火の打ち上げが早く終わって欲しいなんて思っているのは、この花火を見てる人の中で、ぼくだけかも知れないな。

「あー、終わっちゃった・・」

花火が終わり、涼しい室内へと戻ってきた。

「そう言えばさ、瑠璃先生。浴衣って自分で着たの?」

「そうよ」

「ふぅん、すごいね」

「浴衣は簡単なのよ。帯も前でリボン作って、クルクルって後ろに回せばいいだけだし」

「じゃあ、脱いでも大丈夫だね」

「え」

ニコニコと話していた瑠璃さんの顔が固まり

「あー、ダメダメ。自分で着たなんてウソ。脱ぐわけにはいかないわ」

「わかった」

「・・・」

「じゃあ、脱がなくても良い方法を考えよう。いくらでもありそうだ」

「藤原先生!」

瑠璃さんは、真っ赤になって、近くにあったクッションを投げつけてきた。

「何だよ」

クッションを受け止め、瑠璃さんの顔を覗き込む。

「そんな顔を赤くして。瑠璃先生、どんな方法を思い浮かべたのさ」

「なっ」

「興味あるなぁ」

「藤原先生!」

「どっちがいい?脱ぐのと、脱がなくていい方法と」

「・・・」

真っ赤な顔で悔しそうに上目づかいでぼくを見ていた瑠璃さんは、やがて

「・・・脱ぎます」

ぼそり、と呟いた。

「うん」

笑いながら近づき、瑠璃さんの項にキスをし、舌を這わせる。

「ひゃっ」

びっくりしたような声を上げる瑠璃さんに

「今日、会った時から、こうしたくして仕方なかったんだ」

そう言うと、瑠璃さんは、もう「藤原先生!」とは怒らなかった。

浴衣を脱がし、熱めのシャワーで一緒に汗を流すと、瑠璃さんの白い身体がほんのりとピンク色に染まった。

その晩、ぼくは何度も瑠璃さんを求め、時々は瑠璃さんの意に沿わない要求をして、そのたび

「藤原先生!」

と、瑠璃さんは顔を赤くして怒ったけど、でも、優しい瑠璃先生は、結局はぼくの要求を聞き入れてくれ───

『やっぱり夏は夜よねぇ』

パトロール中に瑠璃さんが言った言葉に、まったくもって、ぼくも同感なのだった。

宵闇のボンボリ、吹き抜ける夜風。

花火にスイカ、彼女の浴衣姿に、ほつれ髪───

ほんと、夏は夜に限る、と言うものである。





~Fin~




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***短編*** 夏は夜<社会人編・高彬 ver.> ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』






注)このお話は一話完結です。社会人編設定の2人です。
               
        






***短編*** 夏は夜<社会人編・高彬 ver.> ***







「あー、暑い」

社用車から下りた途端、瑠璃さんは顔の上に自分の手の平を広げ、影を作った。

もう4時半を回ったと言うのに、陽射しは昼間のような強さで、ギラギラと辺り一面を白く照らしている。

エアコンの効いた車内にいたから、尚のこと、この暑さは堪えた。

駐車場からオフィスに向かうまでの短い距離を歩いただけなのに、汗が噴き出してくる。

「ほんとに最近の夏は暑いわよねぇ」

「うん」

暑い、暑いと言い合いながらビルまでたどり着き、エレベーターに乗り込む。

エレベーターはぐんぐんと上昇を続け、涼しい箱の中から見える東京は、不思議なことに全く暑さを感じさせず、この景色だけ見せられて「今は冬で、これは冬の強い西日だ」と言われればそう信じてしまいそうなくらいだった。

結局、人は体感でしか暑さを感じないものなのかも知れない。

以前、どこかで、脳は簡単に騙されるものだと聞いたことがあるけれど・・・

「ねぇ、高彬。帰りに行ってみたいところがあるんだけど」

五感についてこもごも思いを巡らせていると、瑠璃さんがツンツン、とYシャツを引っ張って来た。

他に乗り合わせている人がいないので、若干のプライベートモードの声である。

「今日は残業する?」

「しても1時間くらいかな。どこに行きたいのさ、瑠璃さん」

瑠璃さんが口を開きかけたところで、エレベーターが止まり、人が乗り込んできた。

会話はそこで中断されてしまい、ぼくたちはそのままオフィスに戻った。

定時のチャイムが鳴り、チラリと瑠璃さんを見ると、回りに気付かれないように、口だけ動かし

(カフェで)

と言ってきた。

いつものカフェで待ち合わせということだろう。

頷くと

「お先に失礼します」

瑠璃さんは席を立ち、部屋を出て行った。

1時間弱の残業で残務を終わらせ、ぼくも席を立つ。

「藤原さん」

エレベーターを待っていると、後ろから声を掛けられ、振り向くと第3マーケティング部の女性が立っていた。

一つ年下の後輩である。

「あの・・・」

「うん」

「今日・・、お時間ありますか」

「え」

「ちょっと藤原さんに相談に乗っていただきたいことがあって、もしお時間があったら・・」

「今日・・」

「はい」

「ごめん。ちょっと今日は予定が入ってて」

「そうですか・・」

そのまま立ち去るかと思いきや、ずっと立っているので

「急ぎだった?」

「あ、いえ。大丈夫です。あの・・、今度、またお誘いしてもいいですか?」

「うん、時間の取れる時なら構わないよ」

そう言ってやると、後輩はペコンと頭を下げ立ち去り、やってきたエレベーターに一人で乗り込むと、ドアが閉まる瞬間、サッと乗り込んできた人がいて、良くみたら水無瀬だった。

「水無瀬、ギリギリに乗り込むのは危ないぞ」

「バッカじゃないの、藤原くん」

ぼくの注意はまるっきり無視して、動きだした箱の中で、水無瀬はフンっと鼻を鳴らした。

「は?」

「は、じゃないわよ。ちゃんと断りなさいよ」

「断るって何を」

「今の子よ。田村さん」

「・・・」

「期待持たせちゃって」

「期待?相談があるって言うから、時間のある時に聞いてやるって答えただけじゃないか」

そう言うと、水無瀬はほとほと呆れたとでも言うように頭を振り

「絶望的に鈍いのね、藤原くんって。あんな風にわざわざ時間を作って相談するなんて、藤原くんに気がある証拠じゃない。ただの相談なら仕事中に声を掛けるわよ。それに3マケのあの子が、1マケの藤原くんに仕事の相談って、そもそも何があるって言うのよ」

「・・・」

「瑠璃、カワイソー」

一階でドアが開いた瞬間、水無瀬は捨て台詞よろしく前を向いたまま言うと、そのまま振り向きもせずに歩いて行ってしまった。

カフェに向かいながら、胸中は複雑で、水無瀬に対し

(何、言ってるんだ、考え過ぎなんだよ)

と言う気持ちと、いや、やっぱりぼくが絶望的に鈍いのだろうか、と言う気持ちの半々だった。

何よりも瑠璃さんのことを(可哀想)と言われたことが気になっていた。

「何よ、浮かない顔して。・・・何か、あったの?」

カフェの目立たない席で向かい合って座ったとたん、瑠璃さんが顔を覗き込んできた。

話していいものかどうか迷ったけど、結局、一部始終を話すと

「ふぅん、田村さんがねぇ・・」

と瑠璃さんは呟いた。

「瑠璃さん、田村のこと判るの?」

「判るわよ。いつも綺麗に髪をセットしてる子でしょ。クルンって」

「・・・」

「爪も綺麗にネイルアートして」

「爪・・・」

ぼくは曖昧に首を捻った。

田村の髪や爪なんて気にしたこともなかったし、いや、田村に限らず、女性の格好なんか気にして見たことがないかも知れない。

「・・・行きたいところなんだけどね」

唐突に瑠璃さんが話題を変えてきた。

「うん」

「ビアガーデン」

「ビアガーデン?!」

思ってもみない場所だったのでびっくりして聞き返すと

「帰りの車の中から看板が見えたのよ。さっき、前を通ったホテルの屋上でやってるみたいなの」

「へぇ」

「だめ?あたし、行ったことないのよ」

「いいよ、行こうか」

カフェを出てビアガーデンに向かう。

都心にあるホテルのビアガーデンは盛況で、まだ完全に日が暮れていないと言うのに、ほぼ満席状態だった。

随所にミストが設置され、遮るもののない屋上には、気持ちの良い風が吹き抜けている。

遥か遠くには低い場所に山並みがシルエットを作っている。

「あー、気持ちいいわね」

暮れなずむ都会の街並みを見ながら瑠璃さんが言い

「うん」

ぼくは頷いた。

「瑠璃さん、何飲む?・・・スパークリングワインもあるけど」

物は試しで言ってみたら、じろりと睨まれてしまった。

「ビアガーデンにはビールでしょ」

とのことで、普段は苦味がありあまり好きではないビールを飲むと言う。

「乾杯」

カチッとジョッキを合わせると、瑠璃さんは3分の1くらいをゴクゴクと飲み

「美味しい!」

と笑った。

「髭」

「へ?」

「泡が付いてる」

唇の上を指差すと、瑠璃さんは慌てたように拭い、照れ隠しなのか

「へへ」

と肩を揺らす。

瑠璃さんは、枝豆、焼き鳥、ジャーマンポテトと、注文したものを美味しそうに食べ、ビールもジョッキ2杯を飲んだ。

アルコールに強くないのに大丈夫かな、と思いつつ、ぼくと一緒なんだからいくら酔ってもいいか、と思い直す。

ビアガーデンを後にする頃には、案の定、瑠璃さんはかなり上気した顔をしていた。

「大丈夫?瑠璃さん。電車乗れる?タクシーで帰る?」

「大丈夫、大丈夫」

ちょっと怪しげな口調で瑠璃さんは上機嫌に言い、とりあえずは電車に乗り込んだ。

電車の中で瑠璃さんはポワンとした顔でぼくの腕を掴み、若干、寄りかかり気味に体重を預けてくる。

何も言わずに瑠璃さんはぼくと同じ駅で下り、改札を出て少し歩いたところで、ふいに立ち止まると

「もう歩けない・・」

棒立ちのまま、言った。

目が閉じられかけていて、半分、眠っているようにも見える。

電車の揺れで、かなり酔いが回ったのかも知れない。

「タクシー呼ぶから待ってて、瑠璃さん。・・・うわっ」

突然、瑠璃さんが背中に飛び付いてきた。

「これがいい。歩いて」

「・・・」

「しゅっぱーつ!」

どうやら瑠璃さんは右手を勇ましく振り上げたみたいで、「しゅっぱーつ!」と言われたからには出発しないわけにはいかず、ぼくは瑠璃さんをおぶって歩き始めた。

いくら夜で涼しくなったと言え、まだかなりの高温だし、ぼくもビールを飲んでるから、小柄で軽いとは言え、瑠璃さんをおぶって歩くのはかなりの重労働で、ひいたはずの汗がまた噴き出してくる。

なのに瑠璃さんと来たら

「わーい、楽ちんだー」

などとはしゃいだ声を上げ、挙句に

「走れー」

なんて言って、身体を揺すって笑っている。

くそー、この酔っ払いめ!

部屋に戻ったら、きっちりとこの<タクシー代>の見返りは求めてやるぞ。

一体、どう支払ってもらおうか、と考えていたら、ふいに瑠璃さんが、後ろからぎゅうっと抱き付いてきた。

ぼくの肩に顔を埋め、静かにしている。

寝たのかな?と思っていたら

「・・田村さんの相談乗るの、・・ヤダ」

小さな声で言った。

「うん。・・・乗らないよ」

よいしょ、っとぼくは瑠璃さんをおぶい直した。

意地っ張りな瑠璃さんは、滅多にこんな風に素直に自分の気持ちを言ってこない。

瑠璃さんを素直にさせたのは、この夏の<宵>なのか、はたまた<酔い>なのか───

街灯が前からぼくたちを照らし、目を落とすと、ぼくの前で交差された瑠璃さんの指が目に入ってきた。

切り揃えられた、桜色の瑠璃さんの爪。

女性の格好なんか気にして見たことがないぼくだけど、瑠璃さんのことは見てるから知っている。

瑠璃さんの爪はいつも綺麗に切り揃えられてることも、マニキュアなんて滅多にしないことも。

そうして、瑠璃さんの身体には、爪以外にも桜色のところが何か所かあることも────

「高彬が優しいのは、あたしだけがいい・・」

「うん。ぼくもそれがいい」

夏は夜───

夜の暗さに紛れて、ぼくたちはいつもよりも少しだけ、正直に、素直になる。

マンションに着く頃には、汗だくになっていた。

瑠璃さんを丸裸にして2人でシャワーを浴び、そのままベッドに倒れ込む。

その夜───

ぼくたちは、エアコンを十分に効かせた中でもじっとりと汗ばむくらいに、正直に、素直に、お互いを堪能し合ったのだった。





~Fin~




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