***新婚編<番外編>*** 高彬のジャパネスク・サスピション ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説*新婚編<番外編>







***新婚編<番外編>*** 高彬のジャパネスク・サスピション ***






「やあ、高彬」

三条邸の瑠璃さんの部屋、二人で寛いでいるところに融が片手を上げながら入ってきた。

自邸と言う事もあってか、かなり着崩れた狩衣姿である。

まぁ、ぼくだってほぼ寝起きで、融のことを言えた義理じゃないけど。

「邪魔しちゃったかな。へへ」

隣の瑠璃さんを見ながら言い、瑠璃さんが「別に」なんて肩をすくめてみせると、融はぼくの前に腰を下ろした。

「高彬、聞いてよ。昨日さ・・・」

白湯を口に含みながら融の話を聞いていると、ふと廂に手を付く女房の姿が目に入った。

何だか落ち着かない様子で、主人である瑠璃さんの様子を窺っている。

「なに」

瑠璃さんの言葉に、女房はおずおずと文を差し出した。

良くある光景で気に掛けることでもないはずなのに、なぜだかこの時はやけに気になった。

何しろ、つい最近、帥の宮どのに

『瑠璃姫のこと、少しばかり興味を持ってしまいましたよ』

なんて言われたばかりなのだ。

昨夜、瑠璃さんは「殿方から文なんてもらってない」と言っていたし、まぁ、ぼくもそれを信じているのだけど、でも、いくら瑠璃さんを信じたところで、相手があのプレイボーイとして名高い帥の宮なのだ。

そこに持って来ての瑠璃さん宛ての文である。

ぼくが疑い深くなってしまうのも、むべなるかな、だろう。

融と話しながらもさりげなく様子を窺っていると、文に手を伸ばした瑠璃さんの動きがぎこちなく止まった。

ひったくるように文を手にしたかと思うと、まるでぼくの目を避けるかのように文を袖下に持ち、不自然極まりない動作で立ち上がる。

そのまま部屋の隅に行き、戻って来た時に瑠璃さんの手に文がなかったところを見ると、どうやらどこかへしまい込んだようだった。

───隠した?

「・・・・・」

融の話に半ば上の空で相槌を打ちながら、ぼくの胸はざわついた。



*********



見せたいものがあると言う融に誘われ、西の対屋に出向きながらも、ぼくの心中は穏やかではなかった。

「文なんかもらってない」と瑠璃さんが言ったのは、昨日の今日である。

どうして、文を隠したりしたのだろう。

やはり瑠璃さんは、男から──いや、はっきり言おう、帥の宮から文をもらっていたのだろうか。

融の部屋を辞し、あれこれ考えながら渡殿を歩いていると、遠目から瑠璃さんの姿が見えた。

どうやら瑠璃さんはぼくに気が付いていないようで、その手には文が握られ、食い入るように目は文字を追っている。

「あ、少将さま」

声を掛けられるまで前からくる小萩に気が付かなかったくらいなので、ぼくも相当、瑠璃さんに集中していたようだった。

「なんだい、小萩」

「実は姫さまのお顔の色が悪いようでございまして。姫さまは大丈夫だとおっしゃるのですが・・・」

「わかった。ぼくも部屋に戻るから、少し気を付けておくよ」

部屋の方を振り返り心配そうに眉根を寄せる小萩に言うと、小萩はホッとした表情で立ち去っていった。

部屋に近づく頃には、さすがに瑠璃さんもぼくに気が付いたようで、また文をしまったようだった。

『何だよ、瑠璃さん、文なんか隠して怪しいな。誰からの文だよ』

こんな風に、気軽に聞いてしまえば良かったんだと思う。

だけどぼくの取った行動と言ったら、文のことなんかおくびにも出さずに、いつも通りに振る舞っただけだった。

その後も瑠璃さんとおしゃべりをしながら過ごし、あの煌姫が物語を書くと言う話に笑いながら、ずっと心の中では文のことが気になっていた。

夜になり

「少し疲れてるようにも見えるね。今日は早めにゆっくり休もうか」

瑠璃さんを促して横になる。

日中、顔色が悪かったと言う瑠璃さんを気遣う気持ちもあったけど、でも、本音は他のところにあった。

いつも通り腕枕をしてやり、そうして目を閉じてみても、心のざわつきは収まらず

「高彬・・・」

身を寄せてくる瑠璃さんを、寝たふりをして敢えてやり過ごす。

どれくらい時間がたったのか、やがて瑠璃さんが規則正しい寝息をたて始めた。

「・・・・・」

そっと腕を抜き、立ち上がる。

自己嫌悪がなかったと言ったら嘘になる。

だけど、それよりも疑惑を晴らしたいと言う思いが勝っていた。

文を隠したのはこの辺りか───

部屋の隅の二階厨子に近づき、静かに経箱の蓋を取ると、案の定、文があった。

意を決し文を手に取り広げると

『瑠璃姫、いつかわたしが官位を授かることができたら、お迎えに行ってもいいですか』

料紙に書かれているのはこれだけで、てっきり、帥の宮からの恋文だとばかり思っていたぼくは拍子抜けしまったのだけど、でも、ふと、この文面が気になった。

どこかで聞いたことのある言葉だな・・・

首を捻っていたぼくは、すんでのところで声を上げそうになり、慌てて息を付いた。

この言葉は・・・、吉野君が瑠璃さんに言ったと言う言葉ではなかっただろうか。

幼い頃を吉野で過ごした瑠璃さんには、「吉野君」と瑠璃さんが呼ぶ幼馴染の童がいて、確かその童に求婚された時に言われた言葉だとか何とか聞いた覚えがある。

でも、と再度、ぼくは首を捻った。

吉野君は流行り病で亡くなったと聞いている。

「・・・・・」

ふと、寝る前に瑠璃さんと交わした会話が思いだされた。

瑠璃さんはしきりに左大弁のことを気にしていたようだけど・・・

いや、違うな。

育ちが変わってる人はいないか、と聞かれたんだ。

それでぼくが、左大弁の名を出して・・・

そうだ、瑠璃さんはこうも言っていたはずだ。

『たとえば、幼いときに京を離れて育ったとか』と。

京を離れ───吉野で育った?

「・・・・・」

混乱しそうになる頭を整理する。

もし、ぼくの推測が正しいとしたら、どうしてだか吉野君は生きており、今は左大弁となり、この文は左大弁どのからのものと言う事になる。

生きている?───吉野君が。

そうして瑠璃さんに文を贈っていると言うのか。

瑠璃さんはそれをぼくに言わずに・・・・

ぼくは息をすることも忘れ、その場に佇んでいた。



********



「・・・もう起きるの?まだ・・・、早いんじゃない?」

翌朝、身支度のため、そっと身体を起こしかけたぼくは、瑠璃さんの言葉にぎょっとして息をのんだ。

「・・・・ちょっと急ぎの仕事を思い出してね、気になるから早めに出仕するよ」

「そう・・」

頷く瑠璃さんの頭を撫ぜ、気付かれないように息をつく。

仕事があるなんて言うのは大嘘だったけど、とにかく早く出仕したかった。

出仕して左大弁の身辺を洗いたい。

左大弁どのは今上の異母弟にあたられる方だし、身辺を洗うだなんて無礼極まりない言い方だとは判っているけど、でも、それがまごうことなき気持ちだった。

左大弁どのが吉野君でなければそれで良し、もしそうだったら・・・・

もしそうだったら、ぼくはどうすると言うのだろう?

いや、ぼくじゃない。

瑠璃さんはどうするのだろう?

「・・・・」

頭を振り、雑念を追い払う。

それは今、ぼくが考えることじゃない。

まずは事実確認だ。

早くに参内をしてみたものの、いざ、左大弁どのに付いて調べると言ったところで、右から左に何かが判明するわけもなく、また、誰かれ構わずに聞き出せるようなことでもなく、結局、ぼくは内心の焦燥を感じながらも、通常任務をこなすしかないのだった。

翌日は宿直で、夜も更けた頃、詰め所で待機をしていると

「右近少将どのに」

との取次ぎが入った。

誰かと思い部屋を出てみると、そこに控えていたのは伊勢──、姉上付きの女房だった。

「伊勢。・・・どうした。姉上に何か・・?」

今日、日中に姉上のところにご機嫌伺いに行ったばかりである。

わざわざ伊勢が後宮を出てくるなんて、何か良からぬことでも起きたのかと思い心配して聞くと

「こちらへ、少将さま」

伊勢が物陰に手招きをした。

「高彬さまのお耳に入れてよいものかどうか随分と悩みましたが、思い切って申し上げることに致しました。どうか怒らないで聞いて下さいませ」

「うん、なんだい」

右大臣家の女房だと言う気安さもあり気軽に頷くと

「実は・・・」

「うん」

伊勢は声を潜めると

「実は今、瑠璃姫さまが後宮においでなのでございますわ」

「なっ、なんだって・・・・!」

「しっ。お声が大きゅうございますわ」

伊勢に制され

「なんだって、瑠璃さんが・・・」

小声で声を張り上げると言う、何とも器用な声の出し方になった。

「それが、実は公子姫さまが、またしても『遊びにいらっしゃい』とお文をお出しになり・・・」

「そうして瑠璃さんが来た、と・・・」

「はい・・」

「・・・」

この義姉にして、この義妹あり、だ。

眩暈がする。

「で、瑠璃さんは今、どこに」

「今夜はお泊りになると言う事でしたので、承香殿内の一部屋に・・・」

「・・・・」

「それで、実はお伝えしたかったのは、・・・少しばかり気になることがございますの」

伊勢は更に声を潜めた。

「少将さまは式部と言う女官を覚えていらっしゃいますか?あの、いつぞや少将さまを、その、お誘いと言いますか、誘惑と言いますか・・」

「・・・覚えてるさ」

ぼくは憮然と頷いた。

忘れようたって忘れられない。

式部に相談ごとがあると言われて話を聞きに言ったら、その場で衣裳を脱がれてしまい・・・・

伊勢が機転を利かせてくれたお蔭で事なきを得たけど。

瑠璃さんに浮気を疑われたり、と大変な目にあったのだ。

「その式部がどうした」

「今日、瑠璃姫さまが後宮にお泊りになることは、急に決まったことですし本当に内々のお話なのですが、さきほど式部さんがどなたかに文を書いていたのです」

「文を?」

「えぇ。書きさしで式部さんが席を立ったので、ついつい目に入って読んでしまったのですが、その文には瑠璃姫さまが今夜は後宮に泊まることが書いてありましたの。どなた宛ての文かは判りませんが、読みようによっては、まるで夜這いの手引きのようにも見受けられまして・・・」

「・・・・」

「こう申しては何ですが、式部さんはなかなかにお盛んな方ですし、そういう<情報>を、自分の情夫に売るようなことも平気でするんじゃないかと・・・、あ、少将さま」

伊勢の話が終わる前に、ぼくは駆け出していた。

──夜這いの手引きだって?

冗談じゃない。

式部は一体、誰に知らせたと言うのだ。

夜の大内裏を走り抜け、そのまま後宮の門をくぐり抜ける。

「あ、お待ちを。名を名乗られよ!止まられよ!」

門を警護していた衛士に後ろから叫ばれ

「上司の顔も判らないのか!」

走ったまま怒鳴り返す。

承香殿を目指し渡殿を走ると、やがて目当ての場所に辿り着いた。

暗闇の中、うごめくような人影がある。

近づくに連れ、それが戸口に立つ男のものだと判明した。

無言で近づくと───

ぼくは男の腕を取った。






<新婚編・第二十五話に続く>



新婚編の高彬サイドのお話です。

新婚編はちょっとあっちこっちに話が広がっていて、「これまでのお話」の中にも書いたのですが

<帥の宮が瑠璃に興味を持つ話>

高彬のジャパネスク・ブルース<前編>
高彬のジャパネスク・ブルース<後編>

<高彬が式部に誘惑される話>

高彬のジャパネスク・テンプテーション<前編>
高彬のジャパネスク・テンプテーション<後編>

となっています。

合わせてお読みいただいた方が、より新婚編がお楽しみいただけるのではないかと思いますので、未読の方はよろしかったらどうぞ。
(今度、新婚編リストにも、更新順序のまま追加しておきますね)


(←お礼画像&SS付きです)

***番外編*** 高彬のジャパネスク・テンプテーション <後編> ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説*番外編








***番外編*** 高彬のジャパネスク・テンプテーション <後編>***






「少将さま、夜は長うございますわ。どうか、この式部に情けをかけてやってくださいませ」

再びぼくの手を取り、両手で包み込むと、ぼくの指先に唇を押し付けてきた。

「い、いや、式部どの・・・。無粋を承知で申し上げます。わたしは風情を解さない男でして・・・・」

「式部と呼んでくださいな。少将さま」

「い、いや、式部どの。わたしには妻がおりまして・・・」

そこまで言うと、突然、式部がぼくの首に腕を回して、またしても抱きついてきた。

「・・・し、式部どの!」

なんとか式部を引きはがしてみたものの、女の身で、どこにそんな力があるのかと思うほどの馬鹿力でぼくの首に絡み付いてくる。

「式部どの!落ち着いて。落ち着いて話をしましょう・・・」

強引に腕をとり、身体を離す。

女人相手に手荒な真似はしたくないが、緊急事態だ。仕方ないだろう。

「ふふ、憎らしい方ね、少将さまは。そんなにわたくしには魅力がなくて?」

「い、いえ、ですから、わたしが風情を解さない朴念仁でして・・・」

「そんなところも慕わしく思っておりますのよ」

「・・・・・」

「奥さまがお怖い?」

「・・・・・」

「一夜の仮初めで良いのですわ。娘じみた泣き言は申しませんことよ。少将さま・・」

「・・・・・」

「忌み月で奥さまに会えずに、少将さまもご不便を感じていらっしゃるのではなくて・・・?」

式部は、ふふ・・・と笑うと、身に着けていた衣裳に手をかけた。

衣擦れの音をたて、一枚一枚、衣裳が解かれていくのを、半ば呆然と見ていたぼくは、式部の手が最後の単にかかったところで我に返った。

「式部どの!」

ぼくの言葉と、肩から単が滑り落ちるのが同時だった。

慌てて後ろを向くと、式部がどんっと背中にぶつかるように抱きついてきた。

「少将さま・・・」

式部はわざとのように、ぼくに裸の胸をぐいぐいと押し付けると

「抱いて・・・」

吐息交じりの声で言った。

「し、式部どの・・・。どうか、落ち着かれて・・・。これ以上は・・・」

その時、ドンドンと引き戸を叩く音がした。

「式部さん、式部さん、いる?わたしよ。三位中将さまや佐馬頭さまが、内々で宴をなさるそうで、勺をする女房を探しているわ。式部さんがいったら、きっと喜ばれるわよ」

どうやら、女房仲間が呼びに来たらしい。

式部は一瞬、ためらったものの、三位中将どのなどのお名に惹かれたのか(ぼくなどより、よっぽど官位が上であられる!)

「えぇ、すぐに伺うわ」

そう返事をし、さっさと衣裳を身につけると、じろりとぼくを一瞥して部屋を出て行った。

・・・・良かった・・・助かった・・・

大きくため息をつき、ともかく退出しようと引き戸を開けると、そこには伊勢が立っていた。

伊勢は、承香殿付きの女房で、つまりは右大臣家に仕えている女房である。

記憶を失った瑠璃さんを吉野に見舞ったとき、対面した女房だ。

「伊勢・・・」

「右近少将さま、お困りかと思い、出過ぎた真似をしてしまいましたが・・・」

「出過ぎたどころか、助かったよ・・・」

衣服の乱れを整えながら、しみじみと言うと

「式部さんが高彬さまの手を引いて、局に入っていくのを見たのですわ。こう申しては何ですけど、式部さんは、とっかえひっかけ殿方を自分の局に引き込んで・・・・」

さすがにそれ以上は口をつぐんだが、その先は言わずもがな、だろう。

「高彬さまは、女御さまの弟君であられるし、瑠璃姫さまのことは女御さまもたいそう、気に入られております。おふたりの仲に波風をたてるようなことは、許せませんわ」

きっぱりと言い、ふと表情を和ませ、簀子縁に手を付くと

「わたくしも、高彬さまと瑠璃姫さまのご結婚を陰ながらお祝いしておりました。どうぞ末永くお幸せに・・・」

深々と頭を下げた。





         
            **************************************





あわただしく宿直の部屋に向かったが、どうにも気持ちが落ち着かない。

相談などと言う言葉を真に受けて、うっかり局まで行ってしまった我が身が悔やまれる。

いや、そもそもは、今上のお声掛かりでの話だったのだ。

今上はどのような相談事だと思っていらしたのだろうか・・・。

それにしても、近頃の女ときたら、まったく・・・・!

これだから、内裏などに勤務している女房は、すれからしが多いなどと言われてしまうんだ。

もちろん、全部が全部、式部みたいなものではないし、実直に働いている者だって大勢いる。

だけど、この時代、庶民はともかく、ある程度の家柄の女は、親兄弟にだって顔を見せないのが普通で、顔を見せるのはお付きの女房と夫だけ、というのが普通なのだ。

まぁ、そういう意味では瑠璃さんも異例中の異例と言えるのだが・・・

だけど、はねっかえりと言われる瑠璃さんだって、式部みたいなはしたないことはしないぞ。

それどころか、男女のことについてとなると、とんでもない恥ずかしがり屋になる。

思えば、ぼくは瑠璃さんのそんなところも好きなのかも知れない。

瑠璃さんか・・・・

しばらく会えていないな。

忌み月だから仕方ないこととは言え・・・・今頃、どうしているだろうか。

なんだか、無性に瑠璃さんが懐かしい。

瑠璃さんに・・・会いたいな。

しばらくの間、逡巡したが、宿直の当番の者に適当な仮病を告げて、ぼくは宮中を後にした。







           ****************************************







牛車に揺られながら、ぼくの心はざわめいていた。

落ち着いて考えてみたら、ぼくは式部と、ふたりきりの部屋で抱擁をしたことになる。

し、しかも式部は胸もあらわな姿で・・・!

抱擁と言っても、あれは不可抗力で(男の身で不可抗力と言うのも情けないが)、単に式部がしがみついてきただけに過ぎない。

そう思うのだが、なんだか瑠璃さんを裏切ってしまったようで落ち着かない。

かと言って、瑠璃さんに話すわけにはいかない。

正直に話したところで、瑠璃さんは気分を害するだろうし、それに、下手したらあらぬ誤解をされて、どんな騒動になるかも知れない。

瑠璃さんのことだ、離婚すると言うかもしれないし、それだけならまだしも、出家して鴨川に飛び込むなんてことだって言い出しかねないのだ。

やっぱり、黙っているしかないのだが・・・。

ぼくには浮気する気も、愛人を作る気もさらさらないのだが、いったい、どうしてこんなことになってしまったのか。

式部も、男を誘惑するのなら、他を当たってくれればいいんだ。

すぐに意気投合する公達は、いくらでもいるだろうに。

浮かない気分で三条邸に着いたのは、すでに亥の刻を回った時分だった。

驚いたようにぼくを出迎えた小萩に案内されて、瑠璃さんのいる東の対屋に向かう途中、小萩が声をひそめるように

「少将さま、実は姫さまは、今日は早々に床についてしまわれていたのですわ。ですので、きちんとしたお支度でお迎えすることができませんの・・・」

申し訳なさそうに話しかけてきた。

「構わないよ。突然の訪問でこちらこそすまなかったね」

やがて部屋に入っていくと、単袴に袿を軽く羽織っただけの瑠璃さんが脇息に寄りかかるようにして座っていた。

なるほど、先ほどまで寝ていたのか、どこかぼんやりとした顔をしている。

「高彬・・・」

「瑠璃さん、休んでいたところを悪かったね」

瑠璃さんの近くに腰を下ろすと、ふわりと瑠璃さんの匂いがした。

「どうしたの、何かあったの」

「何かって」

「仕事で失敗したとか、嫌なことがあったとか・・・・」

忌み月にぼくが訪ねてきたことで、ぼくが宮中で何かをやらかしたと思ったらしい。

その勘は当たらずとも遠からず・・・で、ぼくは内心、冷や冷やした。

「何もないよ。ただ・・・瑠璃さんに・・・会いたくなってさ」

さすがに恥ずかしくて口ごもりながら言うと、瑠璃さんの顔がすぅっと赤くなった。

何か言いかけたが、ふいに言いにくそうに俯き、どうしたのだろう・・・と思っていると、控えていた小萩が

「・・・高彬さま・・・その、実は姫さまは・・・月の障りで・・・ございまして・・・」

これまた言いずらそうに顔を赤らめながら口をはさんできた。

月の障り・・・

なんとなく瑠璃さんと目が合い、その瞬間、ふたりして真っ赤になってしまった。

・・・忌み月に来たのは、それが目的と思われてしまったのか・・・小萩にも、瑠璃さんにも。

い、いや、全く違うと言ったら嘘になるけど、でも、本当に瑠璃さんに会いたいから来たいと思ったわけで・・・。

「瑠璃さんの顔が見たくて来たんだ。だから、べつに・・・いいんだ」

もごもご言うと、瑠璃さんは安心したように小さく笑った。

やがて小萩が下がっていき、ふたりきりになったところで、ぼくはゆっくりと瑠璃さんを抱き寄せた。

「・・・ほんとにどうしたの。高彬・・」

ぼくに身体を預けながら、瑠璃さんが独り言のようにつぶやく言葉は、ぼくを幸せな気持ちにさせた。

だって、そういう瑠璃さんの声は嬉しそうだったから。

瑠璃さんといるだけで、さっきまでの浮かない気分が晴れていくようで

「どうもしないさ、瑠璃さんに会いたくなっただけだよ」

明るい声でそう言うと、瑠璃さんは黙ってコクンと頷いた。







            *****************************************







直衣を脱ぎ、小袖姿になったぼくは、瑠璃さんと一緒に夜具に身体を横たえた。

当然のように腕枕をするぼくと、当然のように腕枕をされる瑠璃さん、こんなとき、瑠璃さんと夫婦になれたんだな、と感じる。

「ねぇ、高彬」

「なんだい」

「文にも書いたけど、一緒に住むようになっても、お忍びをしてもいいでしょ?」

それが気がかりだったようで、心配そうな声で言う。

「そうだなぁ・・・少し考えておくよ」

からかうように言うと

「お願いね・・・」

そう言いながら、瑠璃さんの目は早や閉じられている。

月のもののせいなのか、ただ眠いだけなのか、今日の瑠璃さんはなんだかいつもよりもおしとやかだ。

ぼくの腕に頭を預けたまま、片手をぼくの胸に回してきたので、瑠璃さんの柔らかい胸がぼくの胸に触れた。

ふと目を落とすと、そこには、目を閉じ、安心しきった瑠璃さんの顔がある。

ぼくは大きく息を吸った。

やっぱり瑠璃さんを見てると、ぐっとくる。

どんな色仕掛けよりも、瑠璃さんの飾らない表情に、ぼくは一番そそられる。

瑠璃さんにその気はないのだろうけど、瑠璃さんはいつだってぼくを誘惑しているんだ。

思い起こしてみれば、瑠璃さんに懸想をしていた頃からそうだった。

くったくなく笑う瑠璃さんを見ながら、ぼくは時々、不埒なことを考えていた。

もし、接吻が出来るのならば、どこにしようか・・・頬か、額か、まぶたか、唇か・・・。

こうして、結婚をして、ぼくは瑠璃さんのどこにでも接吻を出来る身になったし、実際、瑠璃さんの身体で接吻をしていないところはないはずだった。

そう思い至った瞬間、ぼくの身体に生々しい欲望が走った。

思わず、回していた腕に力が入ってしまったのだろう、瑠璃さんがわずかに身じろぎをした。

「瑠璃さん・・・・」

「なあに」

目を閉じたままの瑠璃さんが返事をし、そのまま、ふふ・・と小さく笑ったかと思うと

「忌み月が明けるまで高彬と会えないと思ってたから・・・・なんだか得しちゃった・・・」

ぼくの胸に顔をうずめたまま、くぐもった甘い声で呟いた。

「今日は・・・ごめんね・・・。せっかく来てくれたのに・・・」

「いいよ、別にそのために来たわけじゃないんだから、さ」

「うん・・・」

男は・・・辛いよな。

だけど、顔が見れただけで満足してるっていうのは嘘じゃない。

やがて、瑠璃さんの規則正しい寝息が聞こえてきて、ぼくは幸せな気持ちで眠りについた。









           ***************************************







早朝、三条邸を後にして着替えのために右大臣邸に戻った。

宿直してくると思っていた大江は驚いたようにぼくを迎えたが、すぐに着替えを整えてくれた。

「あら、高彬さま。直衣のお背中に・・・紅が付いていらっしゃいますわ」

直衣に手をかけた大江が声をあげた。

「紅・・・?」

何事かと思ったのは一瞬で、すぐに事情がわかった。

思い当たるのはあの時しかない。ちくしょう、式部め・・・・・!

ふと気付くと、大江が疑わしそうな目でぼくをじーっと見ているではないか。

な、何を誤解してるんだっ。

「昨夜・・・三条邸に寄った・・・」

ぼそっと言うと、大江は一瞬、きょとんとし、次いで「まぁ、高彬さまったら・・・」と含み笑いをした。

違う!この紅は瑠璃さんのものではない・・・昨夜はおとなしく寝ただけだ・・・

だけど、そう言うわけにはいかないんだよなぁ。

瑠璃さんのものじゃないと言ってしまえば、では、誰のものかと聞かれるに決まってるんだ。

今は誤解させておくしかないのが、口惜しい。

「・・・大江。三条邸に寄ったことは、母上と守弥には内密にしてくれ・・」

着替えのために動き回る大江に、ため息混じりに声をかけると

「心得ておりますわ。・・・ふふふ」

にんまりと笑う。

だから、違うんだよ!

何も悪いことをしていないのに、どうしてぼくが色んなところで取り繕わなきゃいけないんだ。

参内すれば、今上から「式部の相談には乗ってやったのか」くらいの御下問は当然あるだろう。

何とお答えしたら良いのだ。本当のことなど言えるわけがないではないか。

式部にだって、恨み言のひとつやふたつ言われるかも知れない。

いや、それだけならいいが、また、目の前で衣裳が解かれたらどうしたらいいんだ。

まさか、女人相手に本気で手をあげるわけにはいかないし・・・・。

ぼくは大きなため息をついた。

・・・・・いっそ、出家して鴨川にでも飛び込みたい気分だよ・・・瑠璃さん。





<終>


〜あとがき〜

こんにちは、瑞月です。



テンプテーション・・・・誘惑する。

堅物の高彬が誘惑されちゃうのは、唯一、瑠璃だけなのだと思います。今も昔もこれからも。

そんな瑠璃と結婚できたんだから、高彬は幸せ者ですよね。

平安時代、月の障りは「ケガレ」とされ、貴人はその期間、別の部屋に隔離されて過ごした・・・と前に本で読んだのですが、仲の良い夫婦ならこんな風に添い寝したりもしたんじゃないかなぁ・・と思い、こういう感じにしてしまいました。

高彬目線で瑠璃を書くと、なんだか可愛い瑠璃になるので、書いてても楽しいです。

高彬が瑠璃を見る目が、どこまでも優しくて肯定的だからなんだと思います。

読んでいただきありがとうございました。

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***番外編*** 高彬のジャパネスク・テンプテーション <前編> ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説*番外編』











***番外編*** 高彬のジャパネスク・テンプテーション <前編>***






『高彬、あたしは元気です。

高彬こそ、風邪などひいていませんか。

この雨で庭にも降りられないし、毎日、退屈しています。

小萩は、そんなに暇なら筝の琴の練習をしろと言ってくるの。

まるで誰かさんみたいね。

将来、高彬と住むのは楽しみだけど、お願いだからあまり叱らないでね。

お忍びもたまには許してほしいの。7

高彬と一緒ならいいでしょう?

お仕事、がんばってね。   瑠璃 』






今さっき、届いたばかりの瑠璃さんからの文を、ぼくは何度も読み返した。

この雨で瑠璃さんは、かなり退屈しているらしい。

雨の打ちつける庭を眺めながら、小萩相手にふくっれつらをしている瑠璃さんの顔が浮かんでくるようで、なんとも微苦笑を誘われる。

『高彬と住むのは楽しみだけど、お願いだからあまり叱らないでね』か・・・。

ぼくに釘を刺し、さらにはちゃっかりとお忍びの約束まで取り付けてくるんだから、やっぱり瑠璃さんにはかなわない。

一緒に暮らすようになったら、ぼくも相当、気を引き締めていかないと、瑠璃さんを甘やかしてしまいそうだな・・・。

「高彬さま、もうじき、北の方さまがこちらにご機嫌伺いに参るとのことですわ」

「母上が?」

瑠璃さんとの生活を思い描いて楽しい気分でいたところに、突然、大江に声をかけられて、ぼくは憮然と返事をした。

「はい、小半刻ほどしたら、参りますとのことでした」

「大江、なんか適当な理由をつけて断ってくれよ。頭痛がするとか、なんとかいってさ」

脇息に寄りかかりながら言うと

「いけませんわ、高彬さま。そのようなことを申されたら、また『三条邸での生活が身体に障ったのではないか』などと言われてしまいますわ」

・・・それもそうだ。

体調不良などを訴えたら、すべて結婚生活や瑠璃さんのせいにされて、ネチネチと嫌味を言われるに決まっているんだ。

ぼくはしぶしぶと脇息から身体を起こした。

「どうして母上は、いつまでたっても瑠璃さんとの結婚を認めてくれないんだろうな」

母上を迎えるために、部屋を整えている大江に声をかけると、ふと手をとめて

「それはやはり、高彬さまがお可愛いいのでございましょう」

にこっと笑いながら言う。

ぼくは首をすくめた。

「可愛いっていっても、ぼくだってもう十七で、結婚するのには充分な年齢なんだけどな」

「それに、北の方さまは、瑠璃姫さまをきっと誤解なさっておいでなのだと思いますわ。世間の評判どおりの変わった姫さまとしか見ていらっしゃらないのですもの」

大江はじれったそうに言った。

大江は瑠璃さんと直接会って、話もしているから、はっきりと瑠璃さんの理解者というかファンで、この右大臣家で、ぼくらの結婚を手放しに喜んでくれているのは、大江と乳母の按察使なのだ。

守弥は前ほどあからさまな反対の姿はとらないまでも、やっぱり言葉の端々には快く思っていないことを匂わせるし・・・。

なんだか、いまだに前途多難なんだよなぁ。






           
          *************************************************






「高彬さん、失礼しますわ」

やがて、ざわざわと人の渡ってくる気配がして、母上が部屋に現われた。

ぼくは我知らず、居住まいを正した。

ここからは迂闊なことは言えない。

「ほんとうによく降る雨ですわね」

母上はそう言いながら、ぼくの前に座った。

童の頃ならともかく、この歳になると母親と面と向かって話をするというのは妙に気まずいものだし、ましてや、どうせ最後は瑠璃さんとの結婚の愚痴になるのがわかっているだけに、気まずさを通り越して、いっそうっとおしい。

母上は、荘園から送られた布の染めの出来がどうの、承香殿女御のお里帰りが少ないのがどうの・・・と長々と話したかと思うと

「高彬さんは、心ここにあらずでいらっしゃいますのね。さきほどから、全然、この母の話を聞いていらっしゃらないではないですか」

ふいに攻撃をしかけてきた。

「い、いえ、そんなことは。きちんと、聞いております」

ぼくは慌てて、背を伸ばした。

「高彬さんは昔はこんな風ではありませんでしたわ。母の話を、それはそれは熱心に聞いていたものです。それが結婚をした途端、母をないがしろにするようになって・・・・ほんとうに哀しゅうございますわ」

母上に気づかれないように小さなため息をつく。やっぱりでたな、と言う感じだ。

童の頃と、今を比べられても困るし、第一、そもそも布の染めにしても、姉上のお里帰りにしても、ぼくにとっては大して興味のある話題ではないのだ。

それは結婚前からそうだったのだが、母上はすべてを「結婚したことによりぼくが変わった」と決め付けている。

母上は心なし、膝を進めた。

「高彬さん、前にも申しましたが、今一度、申し上げますわ。名のある貴族の公達が、妻ひとりということはございませんわ。権大納言、源実伴どのからは何度も、高彬さんを三の姫の婿君としてぜひお迎えしたいという、内々の打診をいただいておりますのよ。ぜひお考えなさいませ」

「母上。ですから、ぼくはもう結婚をする気はありませんて」

扇を弄びながらうんざりして言うと、母上は大げさにため息をついて見せた。

だけど、ため息をつきたいのはぼくのほうだ。

結婚するというのは、童の頃に一緒に野摘みに行くのとはわけが違う。

夫婦として、つまりは男と女の契りを持つということだ。

ぼくが瑠璃さん以外の女性を妻に持つ気がないということは、つまりは・・・そういうことなのだ。

ぼくは瑠璃さん以外の女性に魅力を感じないし、契りたいとも思わない。

さすがに母親にあからさまにそういうことは言えないし、でも、母上だって結婚しているのだし、どうしてわかってくださらないのだろう。

確かに現代では何人もの妻を持つことが認められているし、そういう中ではぼくは相当の変わり者といえるのだと思う。

だけど、こればかりはしょうがないではないか。

母上の話はまだまだ終わりそうになく、ぼくは扇に隠れて大きなため息をついた。







          **************************************





今日は宿直の日だ。

普段はあまり嬉しくない宿直も、忌み月で瑠璃さんのところにいけるわけじゃないし、かといってうちに帰れば母上の愚痴を聞かされるしで、こんな日の宿直は大歓迎というものだ。

近衛府の詰め所から宿直の部屋に向かおうとすると、女官がやってきて

「右近少将さまに申し上げます。主上が清涼殿でお呼びでございますわ」

伝言を伝えにきた。

「今上が?」

この時間、通常、政務は終わっているし何事だろう・・・と胸騒ぎを感じつつ、急ぎ、清涼殿に参り侍ると

「来たか、高彬。待っていたぞ」

今上のお声がかかった。

ぼくの心配をよそに、今上のお声は晴れやかで、何か問題やお悩みがあるようには感じられない。

「実はな、高彬。今日はおまえにちょっとした相談があるのだ」

「は」

ぼくごときにご相談とは・・・

「いや、そう堅くなるな。相談があるのはわたしではない」

「は・・・」

「こちらの女房が、おまえにぜひ相談したいことがあると申してな。相談に乗ってやってくれないか」

そのお声が合図だったかのように、几帳の陰からひとりの女房が現われた。

「式部どの・・・・」

現われた女房は式部と名乗るぼくも良く見知っている女房で、確かぼくよりも少し年上で、女官としての歴もそれなりにある中堅所だ。

その女官がぼくに相談とは、いったい何だろう。

わけがわからずにいると、今上はいつの間にか退出されていて、部屋には式部とぼくのふたりきりになっていた。

「少将さま、こんな風にふたりきりになれる機会を待っておりましたのよ」

式部がついと近寄りながら言う。

「はぁ・・いや、あの、わたしに相談とは・・・」

「えぇ、ちょっとしたご相談事がありますの。ここではなんですので、わたくしの局にお越しくださいませ」

「い、いえ、あの、わたしは今日は宿直でして・・・」

「そんなにお時間は取らせませんわ」

そういうと、ぼくの手を取るようにして立ち上がり、さっさと局へと連れて行かれてしまった。

式部が後ろ手に引き戸を閉めると、当然ながらそう広くない女房部屋には、ぼくと式部のふたりきりとなる。

それまで式部のペースだったぼくは、突然、我に返った。

「式部どの、このような場でふたりきりでいるのは、あらぬ噂の元となります。わたしはともかく、女の身のあなたに不名誉な噂が立てられるのは、あまり歓迎できることではありませんね。相談ならば他で聞きましょう」

「わたくし・・・好きな人がおりますの」

ぼくの話を聞いているのかいないのか、式部は突然、話し出した。

恋の相談か・・・。ぼくの最も苦手とする内容ではないか。

「ですから、他の場所で・・・」

「でも、その方はもう結婚されているのですわ」

ぼくの話など、てんで聞く気がないらしい。

「そうですか・・・あなたはまだ若くて美しいし、まだまだこれから他の殿方との出会いもありましょう」

「いいえ、わたくし、その方でないといやなのですわ」

「困りましたね」

半分、やけくそで答える。

「その方は幼き頃からひとりの姫を思い続け、ついにご結婚されたのですわ。それはそれは誠実なお方ですのよ」

「・・・・・」

「その方は主上の覚えもめでたい有能な武官で、わたくしずっとお慕い申し上げておりましたの」

つ、つまり、それは・・・

「少将さまっ・・・」

式部が突然、抱きついてきた。

「うわっ!し、式部どの・・」

反射的に両手を上げたぼくは、情けないことにうろたえてしまった。

「少将さま・・・」

式部はぼくの目をじっと見たまま、無理やりぼくの手をとると、そしてそのままその手を、あろうことか自分の胸元へとあてがった。

式部の目は妖しく光り、少し開かれた唇に塗られた紅が、灯台の明かりをうけてぬらりと輝いている。

そういえば、いつだったか、噂を聞いたことがある・・・式部どのは好色もので、あちらこちらの公達を渡り歩いていると・・・・

式部がふと笑ったかと思うと、ぼくの手を自分の単の合わせに滑り込ませた。

「し、式部どの!」

とっさに手を引き抜いたぼくを見て、式部は艶な笑みを口元に浮かべ

「少将さま、夜は長うございますわ。どうか、この式部に情けをかけてやってくださいませ」

再びぼくの手を取り、両手で包み込むと、ぼくの指先に唇を押し付けてきた。




                     <後編に続く>

〜あとがき〜

こんにちは、瑞月です。

高彬はきっと後宮で人気があったのではないかなぁ〜と思います。

近衛の少将と言ったら、花形ポストですからね。

内裏の女房は、現代に置き換えたら一流企業のOLさん。

その中でも、後宮で帝や女御に仕えている女房は、今で言う秘書みたいな立場だったのだと思います。

別にその人自体はえらくはないけど、えらい人とつながっているから、なんとなく皆が一目置いてしまう、とかそんな感じだったのではないでしょうか。

サラリーマン(公達)たちと、たくさんの恋模様があったと思います。

真面目な職場結婚もあったでしょうし、アバンチュールもあったのでしょう。

現代に置き換えて考えると、千年も前のことが、なんだかものすごく身近に感じてしまいます。

遊び人あり、堅物あり、お調子者あり・・・喜怒哀楽のある、みんな、同じ人間なんだよな〜という感じで。

読んでいただきありがとうございました。

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***番外編*** ジャパネスク・フェイバリット <後編> ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説*番外編』



        注)このお話は番外編ですので一話完結です。
           
          他のお話と合わせてお読みいただくと、よりわかりやすいと思います。
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        *******************************************************



***番外編*** ジャパネスク・フェイバリット <後編>***









あれ以来、どうも瑠璃姫のことが気になってならない。

政務も終わり、部屋でひとりぼんやりとしていると、気が付くと瑠璃姫のことを考えていて、はっとすることがある。

後宮で、しかもわたしの前に転がり出てきた姫など、前代未聞、言語道断・・・のはずなのだが、あの後、瑠璃姫は女御に促されて局に下がって行き、その時に一瞬だけ高彬と瑠璃姫の視線がからみあったのだ。(わたしは見逃さなかった)

高彬を見た時の瑠璃姫のあの瞳、あれはなかなかに色っぽいものであった。

何より気に食わないのは、わたしとは一度も目が合わなかったということだ。

誰もがわたしに気に入られようとするのに、あの姫は、まるでわたしがそこに存在していないかのような振る舞いであった。

そんなに高彬に執心なのか。

結婚を控えているのであるから、それも道理・・・とは思うものの、どうにも気が収まらない。

高彬もかなり惚れこんでいるようであったし、堅物とじゃじゃ馬・・・なかなかに興味深い組み合わせだ。

わたしはパチンと扇を鳴らした。

すぐに女房がやってきて、手を付いた。

「右近少将を、これへ」

女房が下がると、入れ替わるようにすぐに高彬がやってきた。

簀子縁に控え、どこまでも礼を失わずに平伏している。

近くにくるように合図をすると、わずかばかり膝を進めた。

「内大臣家の瑠璃姫は、元気か」

声をかけると、一瞬、高彬の表情が動いた。

まさか、瑠璃姫の名を出されるとは思っていなかったのだろう。

「は。恐れ入ります」

言葉少なに答えたが、その声音には警戒心がありありとただよっている。

わたしはかまわず続けた。

「今まで艶な噂ひとつなかった高彬が結婚するとは夢にも思わなかった。瑠璃姫との仲は長いのか」

「・・・・は。恐れ入ります」

質問に答えていないぞ、高彬。言いたくないというのか。

「長いのかと聞いている」

「・・・・・・」

「高彬」

少し不快そうな声を出してみる。高彬にはこれが効くのだ。

「その・・・姫とは・・・筒井筒でございまして・・・」

案の定、高彬は返答をした。

だが、よほど言いたくないのか、絞りだすような声だ。

「ほう。そんなに古くからか」

「・・・・・」

「しかし、なかなか活発で楽しい姫だそうじゃないか。わたしもゆっくりと話してみたかった」

「・・・恐れ入ります」

「入内してもらっても良かったものを・・・・。どうやら高彬に先を越されてしまったらしい」

「・・・面目ございません」

何を言っても「恐れ入ります」「面目ございません」でごまかすつもりらしい。

わたしは何をしても許される身。わたしが本気でそれを望めば、瑠璃姫を入内させることなどたやすいことと、わかっておるのか。

「もう良い。下がってくれ」

平伏すると、高彬は静かに下がって行った。

ひとりになり、またしても瑠璃姫のことを考える。

ふたりは筒井筒の仲であったのか。

高彬のことは、ずっと不思議な男だと思っていた。

家柄も良く、武官としての腕も立ち、若い公達共の中では一、二を争う出世頭だ。

見目だって悪くなく、後宮の中には、あいつに熱を上げている女官も多いという噂を聞いたことがある。

なのにあいつは、いつも宮中でどこまでも真面目に仕事をこなし、はめを外すことなく帰っていく。

宿直の夜などは、気の合った女房と一夜を過ごす公達もたくさんいるというのに。

もしや高彬は女に興味がなく、そっちの人間かと思った時もあるのだが、だが、そういうことは自然と噂になるもの。

高彬のその手の噂はついぞ聞いたことがない。

どうしたことか・・・と、思っていたのだが、そうか、筒井筒の姫がおったのか・・・。

幼き頃からその姫だけを想い、そして、その姫を掌中に収めたというわけか。

何とも、羨ましい・・・。

わたしは、はっとした。

羨ましい、などと、このわたしが。

さきほどの自分の思いがよみがえる。

『わたしは何をしても許される身』

そのわたしが、一臣下に向かって、羨ましいなどと。

・・・・・わたしは長いため息をついた。

承香殿は心映えもよく優しい人だ。淑景舎も御匣殿も良い女人だ。

だが、わたしが熱望して手に入れた女ではない。

すべてが政治的思惑によりあてがわれた相手だ。

何をしても許されると言う身分と引き換えに、わたしはたくさんの自由を手放したのだ・・・・。








        
          **********************************************








「まぁ、そんなことはおよしなさいませ、主上」

藤宮が呆れたような声をあげた。

「婚儀の日に文を届けるなど、それはあまりにもひどうございますわ。婚儀の日に、妻のところに主上から文などが届いたりしたら、それは大変なことになってしまいますわ。高彬の少将に、お恨まれますわよ」

藤宮はわたしの叔母宮に当たるのだが、叔母とは言っても、わたしと年も近く、幼少の頃、藤宮は後宮ですごしたこともあり、わたしとは姉弟のような気安い関係なのだ。

その気安さからか、はたまた女人としての正義感からなのか、わたしを咎めるような目で見ている。

「しかし、いろいろお話を伺って、わたくしも何やらその瑠璃姫に興味がわいて参りました。主上がちょっとした悪戯をなさりたくお気持ちも、判るような気がします」

「判ってくれるか、遠野宮」

わたしは嬉しくなって、思わず身を乗り出した。

遠野宮は、同じくわたしの叔父宮にあたり、今は帥の宮と呼ばれている。

先日、宮中で残菊の宴が催され、藤宮も参内させたのだが、明日には退出するということで、遠野宮を従えて訪ねてきたのである。

つれづれの話の中で、高彬と瑠璃姫の結婚が真近にせまってきている話しになり、そこで、わたしがある考えを、つまり、婚儀の日に瑠璃姫に向けて文を送ろうかという考えを話したところ、藤宮の大反対にあってしまったのである。

「悪戯だなどと、そのような可愛らしいものではないではありませんか」

藤宮が美しい顔をゆがめ、袖で口元を覆った。

「なに、ちょっとした悪戯ですよ。本気で邪魔する気なら、入内を望めば良い事。ただ承香殿もいますからね、さすがにそれはわたしも本意ではないので、そうではなく、あの少将がわたしに内緒で婚儀を進めていたことに対する、軽い仕返しがしたいのですよ」

「まぁ、主上。仕返しだなどと、そのように子どもじみたことを・・・。遠野宮もお止めくださいな」

藤宮に睨まれて、遠野宮は困ったような笑みを浮かべている。

「そうですね・・・わたくしは人妻も好きですからね。結婚してからも、悪戯はいくらでも出来るのではないでしょうか・・・」

「遠野宮!」

だんだん藤宮が本気で腹を立ててきているようだ。

やはり女人には、こういうシャレっ気がわからないのだろうか・・・。

ここで藤宮を怒らせてもしょうがない。

「わかりましたよ、藤宮。文はやめましょう」

そういうと、藤宮はようやく安堵したように微笑んだ。








**************************************************







結局、高彬と瑠璃姫の婚儀はつつがなく行なわれたようで、その意外とも言える組み合わせに宮中のみならず、都中が驚きの声をあげた。

わたしはおもしろくない。

何がおもしろくないと言って、結婚してから後宮での高彬の人気が急上昇し、半年ほど過ぎた今でもその人気は衰えることなく、いや、むしろさらに高まっているのだ。

もともと密かに人気があったところに持ってきて、筒井筒の姫を一途に想い続けていたと言う純情物語が多くの女の心をときめかせているらしい。

遠野宮も後宮で人気のある宮なのであるが、遠野宮は誰もが認める遊び人、色好みの宮として女房らに騒がれている。

一方、高彬はと言うと、これがまったくの堅物の朴念仁、どんなに女が流し目を送ろうが、意味ありげな態度に出ようと、まったくに意に介さず靡かないのだが、そこがかえって良いということらしいから、まったく女というのは欲張りなものだ。

確かに高彬はわたしの目から見ても、結婚してから変わったように見える。

今までは年若さゆえの清潔さや潔癖さが際立っていて、今でもそれは失っていないのだが、だが、最近では男としての色気が出てきたように思える。

おそらくは結婚して、男としての自信が出てきたのであろう。

それはとりもなおさず、寝所での自信でもある。

そういった雰囲気はおのずと出るもので、後宮の女たちは敏感に感じ取り、そこもあいつの人気につながっているらしい。

ついこの間のこと、政策会議を執り行っているとき、ふと簾中から高彬の姿が目に入った。

そのクソ真面目な顔を見ていたら、むくむくといたずら心が湧いてきて

「右近少将」

思わず声をかけた。

「は」

突然に声をかけられた高彬は、驚いたように顔をあげ、すぐさま平伏した。

「見たところ、先ほどから何やら眠そうにしておるが、睡眠時間は足りているのか」

意味ありげに言うと、居並ぶ公卿、公達たちはその意味するところを知り、どっと笑い声をあげ、高彬は見る見る顔を赤らめた。

当てずっぽうを言ったまでだが、どうやら図星だったらしい。

「恋しい新妻に、あまり無理をさせぬように」

たたみかけてやると、高彬は耳といわず首といわず真っ赤にさせて絶句し、回りの同僚たちにいいように小突かれている。

そういうウブなところも、あいつの人気の元となり、一夜の仮初めの恋でも・・・と願う女房もいるらしい。

それでも、あいつは新妻にぞっこん惚れこんでいるようで、全く風情を解さないのだ。

高彬をそこまで一途にさせるとは、それほどまでに瑠璃姫は魅力的な姫なのであろうか。

結局のところ、わたしの気持ちは振り出しに戻るのだが・・・。

季節は春である。

宮中ではこれからの季節、様々な宴が催される。

瑠璃姫を宴に呼ぶことも可能なのだが、わたしが一貴族の姫を、ましてや右大臣家の秘蔵っ子、右近少将高彬の妻を後宮に招くなどしたら、また回りが騒ぐであろう。

何をしても許される身・・・と言いながら、この閉塞感はなんだ。

わたしが一人こっそりと内裏を出るなどということは、まずあり得ない。

わたしが外出するとなると、占いによって日取りや方角が決定され、前もって綿密な予定がたてられる。

武官もぞろぞろとついて来るのだ。

気軽な貴族の身であれば、人妻との秘めた恋に身をやつすこともできようが、今のわたしには到底、無理な話なのだ。

だが、文句は言うまい。

あの日、即位式の日、三種の神器と剣と蠒から霊力を与えられるため、高御座に足を踏み入れた時、わたしは覚悟を決めたのだ。帝として生きていくことを。

・・・さて、可愛い義弟とつれづれなる世間話でもするか。

義弟からぞっこん惚れこんだ妻の話や、新婚生活のあれこれを聞くくらい、それくらいは許されるであろう。

なにしろ、わたしは何をしても許される身なのだから。

わたしは、おもむろに扇を鳴らした。

「右近少将を、これへ」





                   <終>


〜あとがき〜

こんにちは、瑞月です。

書きながら

(帝って大変なんだなぁ)

とか

(高彬って、やっぱり幸せ者かも)

なんて、やけにしみじみと思ってしまいました。

いつの世も、権力者は孤独なのかもしれませんね・・・。

でも、高彬は有能だし、暇つぶしにからかうにはもってこいだし、鷹男はいい部下を持ちましたよね。

鷹男は瑠璃のことを気に入ってしまったようですが、鷹男の本当のお気に入り(フェイバリット)は高彬なのでしょう。

次回は新婚編、第四話をアップする予定です。

読んでいただきありがとうございました。


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***番外編*** ジャパネスク・フェイバリット <前編> ***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説*番外編』



        注)このお話は番外編ですので一話完結です。
           
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***番外編*** ジャパネスク・フェイバリット <前編>***









吹く風に秋の気配が感じられる。

わたしが即位したのが、去年の十月だったから、あれから九ヶ月もたつのか。

時が過ぎるのは早いものだ。

脇息にもたれかかり、つれづれに庭を眺めていると、音もなく女房が現われて簀子縁に控えた。

扇を鳴らすと、女房はつつと膝をすすめ

「主上に申し上げます。もうじき御前会議にてございます」

ゆるゆると口上を述べる。

少し前、政務が一段落して、やっとくつろげると思っていたものを・・・

「皆、揃っているのか」

「はい。諸大臣方、みな、お揃いでお待ちになっております」

・・・仕方があるまい、行くか。

腰を浮かしかけると、ふと、遠くで笑い声が聞こえた。

あの声は・・・・承香殿・・・か?

もともと明るく活発な姫ではあるが、ここ清涼殿まで笑い声が響いたというのは初めてだ。

何か楽しいことでもあったのだろうか。

のぞいて行くくらいの時間はあるだろう。

「承香殿に立ち寄る」

立ち上がりそういうと、女房は狼狽したようだった。

「主上、御前会議は・・・・」

「少しの間、待たせて置くように」

女房は転がるように退出していった。







              ************************************************








「清涼殿の方にまで、笑い声が聞こえていましたよ。何か楽しいことでもありましたか」

笑いながら女御が迎えてくれるのはいつものことだが、今日はことのほか顔色も良く、機嫌も良いようだ。

「えぇ、ちょっとばかり、楽しいことがあったのですわ、主上」

そう答える女御の声はどこか弾んでいて、ほのかに上気した頬と言い、それは昨夜の御帳台での出来事に拠るところがあるのかと一瞬思ったのだが、そればかりでもなさそうだ。

どうやら、本当に楽しいことがあったらしい。

「そうですか。その楽しいことを少しばかりわたしにも分けていただきたいですね」

女御の前に座りながら言うと、ふふっと笑いをもらし女御が答えた。

「じつは主上・・・。高彬の結婚が決まったのですわ」

・・・高彬が結婚?あの堅物がか。

「ほう。右近少将が。それは初耳ですね。今日も少将には会いましたが、ついぞそんな話はしていなかったが」

今朝、高彬を伺候させ、少し公務の話をしたのだが、あいつ、一言もそんなことを言っていなかったではないか。

クソ真面目な顔して仕事の話をしながら、その実、結婚が決まっていたとは。

わたしに報告がないとはどういうことだ。うーむ、生意気な。

「いや、あの堅物の少将が結婚とは・・・。確かに楽しい話ではありますね」

女御は高彬の姉上にあたるわけだから、さすがに女御の前で高彬のことをそう悪しざまに言うことはできまい。

しかし、高彬が結婚とは。相手はどんな姫なのだろう。

俄然、興味が湧いてくるではないか。

「で、少将のお相手の姫はどちらの姫なのですか?あの少将の心を射抜いたのであれば、それはそれは心映えも豊かなお美しい姫なのでしょう」

身を乗り出して女御に問うと

「それが主上。内大臣家の瑠璃姫さまなのですわ。東宮さまを助けて下すった姫なのです」

「東宮を。それは奇遇ですね」

つい先日、東宮が迷子になり、あわや崖から落ちそうになるという、大変な事件があったのだ、

そこを救ってくれたのが内大臣家の瑠璃姫という姫で、確かに、わたしもその名は心に留めておいたのだが・・・

だが、以前にもその名をどこかで聞いたような・・・

瑠璃姫・・・内大臣家の瑠璃姫・・・

そうだ!

わたしは膝を打った。

「思い出しましたよ。以前、内大臣が姫のことで、手に負えないじゃじゃ馬だ・・・などとお漏らしになったことがあったのです。そのじゃじゃ馬な姫を、あの高彬が手なずけて我が者にしたなど・・・うーむ、高彬も隅に置けませんね」

堅物とじゃじゃ馬か・・・

接点はどこにもなさそうだが、案外、組み合わせの妙で、そういうほうがうまく行くのかも知れぬ。

いや、しかし、あの堅物がどうやって女を口説いているのか、見てみたいものだな。

そう思ったら、今すぐ、高彬に会いたくなってきたではないか。

よし、呼ぼう。

「何よりめでたい話には違いない。本人を呼びましょう。あなたも久しぶりに弟に会いたいのではないですか」

「まぁ、主上。高彬を?」

女御にかこつけて呼ぶというのが一番、良い。

「右近少将を参らせよ」

命じると、女房はするすると音もなく下っていった。

早く来い、高彬。





           *******************************************






「お召しにより、参りました」

さわさわという衣擦れの音がして、高彬がやってきた。

表情をひきしめて簀子縁に控えているその姿は、完全なるポーカーフェイスで、その表情からは結婚の「け」の字も読み取れはしない。

これだから、高彬は抜け目がないと言うのだ。

「右近少将、なにかわたしに報告することはないのか」

まずは小手調べだ。

「は」

わたしの言ってる意味が分からないのだろう。

高彬は言葉少なに答え、そのまま何事かを考えこんでいる様子である。

「では質問を変えましょう。少将、わたしに何か隠していることはないかね」

ひとことひとことに力を込めて、いつ高彬の表情が変わるのかをじっくり見てやろう・・・と言う気で見やるのだが、まだ、当の高彬は何のことだかわかっていないように怪訝な顔をしている。

いや、本当はわかっているのにとぼけているのかも知れぬ。

「は・・・。隠し事と申されますと・・・」

「結婚すると聞き及んでいるが」

ズバリ切り出してやると、見る見る高彬の顔が赤くなった。

くっくっく・・・面白い。

「恐れ入ります」

がばとひれ伏した。

平伏されたら、顔が見えぬではないか。

「頭を上げよ。どんな姫なのだ」

「どんなと申されましても・・・。その、ごく普通の姫でございます」

相変わらず赤い顔のままで高彬が言う。

「普通の姫か。内大臣家の瑠璃姫はかなりのじゃじゃ馬な姫だと聞き及んでいるが」

「恐れ入りますっ」

またしても高彬はひれ伏した。

「いったい、少将はどんな手を使って、そんなじゃじゃ馬な姫を手なづけたのか」

そう言ってやると、高彬はうっと詰まり、顔はと言うと茹蛸のように赤くなっている。

いや、茹蛸だって、ここまで赤くはなるまい。

いつもの、冷静で有能な公達の姿はそこにはない。

本当にからかいがいのある奴だ。

「まぁ、主上。これ以上、高彬をいじめるのはおやめくださいませ。瑠璃姫さまは、大層お可愛いらしく優しい姫君ですわ。じゃじゃ馬などといっては、高彬や瑠璃姫に失礼ではありませんか」

・・・そうだった。

高彬をいじめるのについ夢中になって、承香殿の前であることを忘れていた。

しかし・・・

瑠璃姫は可愛いくて優しいのか。

さらに高彬の結婚相手と言うのであれば、ぜひにも一度、見てみたいものだ。

何とかならないものであろうか・・・・

内大臣に言って、何かの宴の折りにでも、後宮に参内させるということも出来るのだが・・・。

あれこれ思い巡らせていると、女御が笑いを含んだ声で言った。

「瑠璃姫さまは、もう高彬と結婚が決まっておりますのよ。主上がご興味を持たれるには、ちょっと遅うございましたわね」

わたしの心のうちをすっかり見透かしているらしい。

しかし、それでも、なお笑いながら対応してくれる女御の気質がわたしには大層、好ましく思える。

さすがは、権門、右大臣家で大切に育てられた姫だ。

性格に陰りがない。

それはそれとしても、瑠璃姫が気になるな・・・。

「なんだか悔しいですね。でも、まだ結婚されてるわけではないのでしょう。わたしにも少しはチャンスはあるのではないですかね」

そう言いながら、ちらりと高彬を見ると、赤かった顔が見る見る青くなり、心持ち膝を進めて

「いえ、恐れながら、すでに結婚の日取りも決まっておりまして・・・」

と、強ばった声で言ってきた。

うーむ・・・と、わたしは内心うなった。

高彬のこの様子からして、かなり惚れこんでいるようだ。

それほどの美女なのか、はたまた風にも倒れてしまうような儚げな女人なのか・・・・

見たい、見たい、ぜひ見たいものだ・・・。

扇を開いたり閉めたりしながら、思案していると、突然「ひゃあぁぁ」と言う叫び声が聞こえ、はっと声のほうを振り向くと、何かが転がり出てきた。

曲者、闖入かっ、とぎょっとして腰を浮かしかけると、部屋の隅にいたのは、女房装束に身を包んだ若い女だった。

なにゆえ、ここに女が・・・。

いや、それよりも今までどこにいたというのだ。

女は年の頃なら十六、七というところか。取り立てて美人ではないが、どこか愛嬌がある顔立ちをしている。

かなり気は強そうだが、それが生意気な感じではなくて、はつらつとして生気に溢れた感じである。

着膨れてはいるが、おそらくは小柄で華奢な身体であろう。

抱き上げるのにちょうどよい頃合と言う感じだ。

まじまじと女を見ていると、隣の女御が扇を開き、しみじみと言う声が聞こえてきた。

「瑠璃姫さまは本当に楽しい方ですのねぇ・・・」

「瑠璃姫・・・?」

では、この女が瑠璃姫だと言うのか・・・?

にわかには信じがたいが・・・・

「・・・少将・・・、あの姫はまことに瑠璃姫なのか・・・内大臣家の・・・」

つぶやくと、それまで呆然としていた高彬は我に返ったように

「恐れ入ります。面目もございませんっ」

がば、とひれ伏した。

では、まことに、この女は内大臣家の瑠璃姫なのか・・・。

見たいと思っていた姫であったが、まさか、こんなに早くに願いが叶うとは・・・。

しかし・・・こんな姫には、いまだかつて遭遇したことがないぞ・・・。

高彬の意中の人というから、どんなゆかしい姫かと思ったのだが・・・

このような姫を妻にとは、高彬も奇特な・・・




                 <後編に続く>
  
 



〜あとがき〜

こんにちは、瑞月です。

今回は、鷹男目線の番外編を書いてみました。

「早く来い、高彬」「わんわん!」

やっぱり、鷹男にとって高彬って犬並みの扱いなんですね・・・

後編は明日、アップの予定です。

読んでいただきありがとうございました。

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プロフィール

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当ブログは「なんて素敵にジャパネスク」の二次小説を掲載しております。 二次小説と言う言葉を知らない方や苦手な方は閲覧ご注意ください。 また読後のクレームはお受けできません。 「ごあいさつ<最初にお読みください>」も合わせてご一読下さい。
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