<原作オマージュ>16~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は原作のあるシーンを高彬目線で書いていますのでネタバレとなっています。
原作未読の方はご注意ください。
今までのお話は<オマージュリスト>からどうぞ。
          
          





***<原作オマージュ>16~原作一巻より***








ぎしぎしと車輪の音をたて車が動き出すと、しばらくは車中に沈黙が流れた。

さすがの瑠璃さんも何事かを考える風に黙り込んでいる。

風の流れが変わったのか、途切れ途切れに管弦の音が聞こえてきて、おそらく宮邸はまだ宴の真っ最中なのだろう。

最初に口を開いたのは瑠璃さんだった。

「えぇ・・と、つまり、あんたは二の姫にお歌の作り方を教えてもらっていた、と。そういうわけよね」

一語一語、確認するように言い、ぼくの顔を覗き込んでくる。

「うん」

頷くと、瑠璃さんは(ふむ)と言う感じでまたしても黙り込み、そうして

「よりにもよってどうして二の姫に頼んだの?他にも歌の先生はごまんといるじゃない」

どこか疑わしそうな口ぶりで、どうやらまだ態度を決めかねている、と言った感じのようだった。

「そういう年取った方は技巧に走っていて心情的じゃないんだよ。やっぱり年の近い方に指導してもらった方がいいと思って」

「それはまぁ、わからなくもないけど・・」

瑠璃さんの態度の軟化を見て取り、この機を逃してなるものか、とここを先途と続ける。

「気丈な瑠璃さんが、歌も文ももらってないと、悔しそうに涙ぐんでいうんだから、よほど欲しいんだろうと思ってね。あの日は、まぁ、ぼくも悪かったと思い直したんだ。それで、服喪中だったけど、逆に習うなら今しかないと思って、二の姫に無理を言ってお願いしたんだよ。お悔やみでいただいた歌が、それは見事だったんだ」

「・・・・・」

「やっぱり即興でひとつやふたつ、歌を作る実力を養っておこうと思ってさ」

「・・・・・・」

ぼくの言葉を吟味するかのように瑠璃さんは考え込み、少ししてハッと顔を上げた。

「大尼君の遺言の話はどうなったのよ」

「遺言?お祖母さまは遺言を残す間もなくお亡くなりになったんだよ」

「そうなの?」

「今日だって、二の姫にご遺品を届けると言う名目でお訪ねしたんだけど、それだって嘘っぱちさ。文だけじゃどうしたって限界があるし、でも、服喪中でおいそれと外出もままならない。それで、何とかもっともらしい口実を考えたんだよ」

肩をすくめると

「んまぁ・・」

瑠璃さんの口から、感心とも感嘆とも取れる盛大なため息が漏れた。

本当に、ぼくがどれだけ瑠璃さんのため、瑠璃さんとの結婚のために心を砕いているのか、瑠璃さんにも判ってもらいたいものだよ。

「ぼくの苦労も少しはわかってほしいね」

ついついぼやきが口を付いて出る。

「そんなにまでして思い込まれる姫君は、さぞ素晴らしい方なんでしょうね、なんて言われて、何とか言い繕っていたのに、生霊さながらに邸内に現れて大騒ぎするなんて、ぼくの立場がないじゃないか」

そう言うと、瑠璃さんはぷっと吹きだした。

「ほんと、あの時のあんたの間抜け面ったらなかったわね。あははは」

「・・・・・」

何が、あはは、だよ。

じろりと睨んでやると、瑠璃さんは口をつぐみ、だけど、ぼくは本気で怒ったりは出来ないのだった。

それどころか「あはは」と聞いて、妙に安心した気持ちになっていた。

やっぱり「おほほ」より「あはは」だよな、なんて思っている。

ほんと、ぼくは瑠璃さんに甘い。

甘いと言うか、弱い。

「ぼくも意地になって、歌が上手くなるまでは瑠璃さんに文を書かないつもりでいたから、瑠璃さんも色々、不安だったのかも知れないけど・・」

喧嘩別れのままになっていたわけだしな。

「でも、ともかく喪が明けるまではおとなしくしていておくれよ。毎回、生霊さながらにあちこち出没されたんじゃ、おちおち歌も習ってられないよ」

第一、こんな夜に女の身で出歩くなんて危なっかしくて仕方がない。

いくらお忍びが得意な瑠璃さんでも、夜の京なんて危険すぎる・・・

そう思い、メッと怖い顔を作って見せると

「うん・・・」

瑠璃さんは肩を落とし俯いた。

視線を落としたそのままの恰好で車に揺られている瑠璃さんを、ぼくはじっと見つめた。

瑠璃さんの顔は恥ずかしそうでもあり、どこか穏やかそうでもある。

あんなに大騒ぎした気まずさもあるのだろうし、もしかしたら真相がわかって安心したところもあるのかも知れない。

「・・・・・」

瑠璃さんが現れて小刀を抜いた時は、それこそ腰を抜かすほど驚いたけど、でも、考えて見たら全てぼくのためなんだよな。

どうして瑠璃さんが宮邸にぼくがいると知ったかは解らないけど、とにもかくにも瑠璃さんはやって来た。

ぼくと二の姫の仲を疑って。

ぼくがふたまたを掛けていると思って。

「・・・・」

それって・・・

ふいに車のスピードが落ち、どうやら大納言邸に近づいたようだった。

物見窓を開け外を確認した瑠璃さんは

「あ、着いたみたい・・・」

なんて呟いている。

「大納言さまにばれないように、ちゃんと邸内に入れるかい?」

───怖いから、高彬も一緒に来て。

そんな言葉を期待していたのに、果たして

「大丈夫よ。いつもやってるもの」

返ってきた言葉は、何とも勇ましいものだった。

「それより、時々、こうやって夜のドライブしましょうよ。とても楽しかったわ」

瑠璃さんは屈託なく笑い、ぼくも釣られて笑い返しながら

───ほんと、ぼくは瑠璃さんに弱いよな。

なんて思っている。

弱いけど・・・・

だけど、それだけじゃないぞ。

そっと唇を合わせて離れると、まん丸い目でぼくを見上げる瑠璃さんの顔があった。

「・・・・・」

何が起きたのか判らないのか、瞬きもせずにぼくを見ている。

あの夜───

こうすれば良かったんだ。

ぼくは、好きと言う気持ちすら伝えず、手も握らず、なのに結婚することばかりを優先して・・・

そりゃあ、瑠璃さんじゃなくたって怒るよな。

「・・・ねぇねぇ、高彬」

こもごも思っていたら、甘えるような瑠璃さんの声がした。

「歌の勉強してたんでしょ?ここでひとつ、後朝の歌みたいなの、作ってよ」

「え、ここで?!」

思ってもみなかった提案にギョッとしつつ

「うん」

期待に満ち溢れた瑠璃さんの目に、断る言葉を失くす。

思案することしばし──


── 筒井筒 契りのかなふ今日なれば 逢い見し後は 絶えて惜しまん ──


そう口ずさみ、恐る恐る瑠璃さんの顔を見ると、瑠璃さんは目を閉じ、その眉間に皴を寄せている。

「・・・高彬、あんた、これからも二の姫にいろいろ教えていただいた方がいいわ」

目を開けた瑠璃さんは重々しく言い

「あたしの理想の後朝の歌には程遠いわよ。あたしの気に入る歌が出来るまで『契りのかなふ今日』は来ないんだからね」

続けて言われ、ぼくはがっくりと肩を落とした。

これだから、瑠璃さんにまだ歌を贈りたくなかったんだよ・・・

時期尚早とはこのことだ。

「会えないうちに歌才を磨いて、瑠璃さんを<あっ>と驚かせたかったんだけどなぁ・・・」

「反対に、あたしに<あっ>と驚かされちゃったってわけね」

「自分で言うなよ」

むくれて見せると、瑠璃さんは声を上げて笑い、ぼくも釣られて笑った。

「あの日、色々、言っちゃって、・・ごめんね」

ひとしきり笑った後、瑠璃さんは恥ずかしそうに目を逸らしながら呟いた。

「ううん。ぼくの方こそ、・・・ごめん」

「うん」

「うん」

えへへ、なんて照れくさそうに瑠璃さんは肩をすくめると

「えーと、もう帰るわ・・」

「・・・」

立ち上がろうとする瑠璃さんの手を取り、引き寄せる。

初めての接吻は、一度じゃなきゃダメなんてことは、ないよな・・・

軽く唇に触れ、目を合わせた後、もう一度、今度は少しだけ長めの接吻をして───

そうしてぼくは瑠璃さんをぎゅっと抱きしめたのだった。






<終>


また他のシーンを高彬目線で書くこともあるかも知れませんが、いったんはオマージュはこれで終わりにします。
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<原作オマージュ>15~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




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***<原作オマージュ>15~原作一巻より***








素早く振り返ると、侵入者は思った通りやはり盗賊で、小刀を手に突っ立っている。

蘇芳色の袿を羽織っているところを見ると、どうやら女盗賊のようで、女・・とうぞ・・く・・、と・・う・・

え・・・

え?

えぇぇ?!

「───る・・る・・・瑠璃さんっ?!」

ぼくは目を見開いた。

いや、何かの間違いだろう・・・、瑠璃さんである筈がない。

瑠璃さんそっくりの盗賊か、はたまた盗賊そっくりの瑠璃さんか・・・・

キっと睨み付けられ、目が合い───

観念する。

・・・この目は・・瑠璃さんだ・・。

「瑠璃さん・・・、どうして、ここに・・・こんな・・・」

何をどう聞いたらいいかも判らず、まとまらない頭でそれでも声を絞り出すと

「高彬、あんたの正体見たり、よ!」

女盗賊、もとい瑠璃さんは高らかに声を張り上げ

「よくもふたまたかけてくれたわね。生霊になって、子々孫々、あんたにとっついてやるわよっ!」

そう言うなり、小刀を鞘から引き抜いた。

何か思うより先に身体が動き、ぼくは瑠璃さんの腕を掴むと小刀を取りあげた。

わぁわぁと何事かを喚く瑠璃さんを力ずくで組み敷くと、瑠璃さんは自由にならない悔しさからなのか、今度は

「わぁぁ」

と泣きだした。

その泣き方たるや、とてものこと深窓の姫君とは思えない豪快さで、いやはや、変わり者だとは承知していたけど、よもやこんな突拍子もないことをするとは・・・

まだ何をするか判らない瑠璃さんの手首を掴んだまま

「瑠璃さん・・・二の姫君に失礼だと思わないの?」

御簾の中の二の姫の思惑が気になり、伏したままの瑠璃さんの耳元に向かい小声で言うと

「何を気取ってるのよっ!あたしを裏切っておいてよくもそんな口がきけたわね!」

キッと瑠璃さんが顔を上げ、噛みつかんばかりの勢いで言い募ってきた。

涙で顔はぐちゃぐちゃである。

「裏切る?」

「だいたいあんたは・・・」

「しっ!」

遠くから足音が聞こえた気がして、瑠璃さんの口をふさぐ。

「あたしには、文ひとつ、寄越さずに・・・」

口を塞がれても、それでももごもご言い続ける瑠璃さんを無視して、ぼくは耳に全神経を集中させた。

「・・・・」

確かに足音が近づいてくる!

「今の騒ぎで、女房がこちらに来るらしい。どうしよう・・・!」

独りごちると

「こちらに。御簾の中にどうぞ」

ふいに二の姫の声が聞こえた。

ほんの一瞬、瑠璃さんを二の姫に合わせることに対するためらいの気持ちが浮かんだけど、考えてる時間もなければ、他に方法もなかった。

無礼を承知で片手で御簾を持ち上げ、片手で瑠璃さんを御簾の中に放り込む。

「痛っ」

と言う声が聞こえた気がするけど、瑠璃さん、ぼくは胃が痛いよ!

瑠璃さんから取りあげた小刀を鞘に納め、すばやく袖にしまい込んだところで

「姫さま、何やら物音がしましたが、何かございましたか」

格子越しに女房の声がした。

格子からだと中が透けて見えるし、もしここに瑠璃さんの姿があったら・・と思うと冷汗が出る。

「ねずみが出たので叫び声をあげてしまったのです。もう大丈夫よ、お退がり」

二の姫の言葉で、女房は部屋に入ることなくそのまま下がって行き、ぼくは大息をついた。

助かった・・・

間一髪、セーフだ。

ぼくだってそもそもお忍びで来てるのに、そこに持って来ての盗賊騒動にでもなったら、衛門佐であるぼくがそれを看過するわけには行かず、まったくもって目も当てられない事態となる。

一体、瑠璃さんはどうしてぼくが宮邸にいることを突き止めたものか・・・

いや、まずはここから瑠璃さんを帰すのが先だ。

瑠璃さんのことだ、またいつ興奮して、襖を蹴飛ばし几帳をなぎ倒すか判らない。

「瑠璃さん、早く出ておいで」

御簾の中に声を掛けてみたものの、ぼくの声が聞こえていないのか、それどころか何だか話が弾んでいるような気配すらある。

「瑠璃さん、一刻も早くお邸から出るんだ」

焦れ焦れして言うと、ホホ、と言う笑い声が聞こえた。

この上品な声は、もちろん瑠璃さんのものじゃない。

「いいじゃありませんの、高彬さま」

上品な声は続いた。

「せっかくのお勉強の成果を、ここで見ていただいたら?」

「・・・」

さては、二の姫・・・・

さっきとは違う冷汗が流れてくる。

聞こえない振りをしてそっぽを向きつつ

(あぁ、そうか)

とひとつのことに思い当たった。

瑠璃さんとの顛末を聞いた二の姫は、ぼくじゃなく、きっと瑠璃さんに同情をしたんだ。

気のきいた歌を贈ってもらえない瑠璃さんに、同じ女性として同情した二の姫は、だからこそ歌の指導を快諾してくれたんだろう。

御簾の中の、何とも親密なムードからもそれが窺える。

いやはや・・・



*******



「ふいに胃にサシコミがきた」

と言う、半分は本当、半分は嘘の理由で宮邸からの辞退を告げると、やれお医師を呼ぶかだの、薬湯をお持ちするかだのと大騒ぎになった。

その隙に瑠璃さんを庭から逃がすと、ぼくは何食わぬ顔をして車寄せに向かい車に乗り込んだ。

宮邸から少し離れた大路の辻で、三条邸の牛車に乗っていた瑠璃さんと合流する。

瑠璃さんを乗せるとき、兼助がじっとぼくを見ていることに気が付き、声を潜め

「誰にも言うなよ」

念のため、釘を刺す。

供人は、牛飼い童を除けば兼助だけなのが幸いだった。

これが政文でも同行していたら、口の軽い政文のこと、すぐに女房たちの耳にでも入っていたかも知れない。

服喪中のことだし、褒められたことじゃないからな・・・

簾を下げ振り向くと瑠璃さんが座っており、狭い車内でぼくたちは向き合った。






<続>

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<原作オマージュ>14~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




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***<原作オマージュ>14~原作一巻より***








文机の前で、ぼくは(うーむ)と首を捻った。

二の姫に歌の指導をお願いしてから一か月とちょっと、ほぼ毎日のようにぼくは歌を作り送っているのだけど、上達したのかどうか、今一つ判らないでいる。

文を介しての添削じゃ、どうしたって限界があるのだ。

やはり、これは直にお伺いさせていただくしかないか・・・

服喪中で褒められたことじゃないし、気は進まないんだけど、背に腹は代えられない。

扇を鳴らすとすぐに鈍色の装束を身に着けた女房が現れ

「兼助を呼んでくれないか」

命じると、頭を下げ、音もなく退出して行った。



*********



やがて現れた兼助に

「今夜、お忍びでちょっと出掛ようかと思う。あまり目立たない牛車を準備してくれないか」

そう告げると、兼助はハッとしたように顔を上げた。

「お忍びと言いますと・・。若君」

「うん。兵部卿家だ」

「・・・・・」

二の姫への文は、全て兼助に頼んでいる。

喪中に文を出すことは普通は控えなければならないことだし、ましてや相手が姫君である。

守弥に知られれば口やかましいことを言うに決まっているし、政文に頼むには、どうにも政文の口の軽さが気にかかる。

もの静かで万事控えめな兼助が打ってつけのように思われ、こと、二の姫とのやり取りに関しては、ぼくと兼助だけの秘密となっているのだ。

もちろん兼助だって、まさかぼくが二の姫に歌の指導を仰いでいるとは思っていない。

歌の指導のことを口外すれば、いずれどこからともなく広がって、やがては瑠璃さんの耳に入ってしまう可能性もあるわけで、それはどうしても避けたい。

喪が明けてから、瑠璃さんを(あっ)と驚かせたいのだ。

敵を欺くにはまず味方から、じゃないけど、ぼくはこの計画を二の姫以外には誰にも話していないのだった。

「お祖母さまが二の姫にと、ご遺品を残されていてね、蓋に天ノ川を模した螺鈿細工の文箱なんだ。明日は七夕だし、その前に二の姫にお渡ししておこうと思ってさ」

前々から考えていた口実を口にすると

「・・・承知いたしました。ご用意いたします」

兼助は深々と頭を下げ、車の手配をすべく、部屋から出て行った。



*******



車が兵部卿家に門をくぐった途端、後悔の気持ちが湧いてくる。

客人の車は多いし、人の出入りの数やお邸中を包む喧噪からして、どうやら今日は宮様が宴でも開催されておられるようなのだ。

そうと判っていればご遠慮申し上げたのに・・・と思いつつ、でも、逆にお忍びで来るには、こういう日の方が紛れていいのかもな、とも思い直す。

忍びやかに来訪を告げると、これまた忍びやかな先導を受け、お忍びはどこまでも忍びやかなのである。

女房の案内で部屋の真ん中に設えられている席に腰を下ろした。

目の前には御簾が掛かっており、まだ中には誰もいないようだった。

寝殿の方から管弦の音が聞こえ、その音がちょうど途切れた頃に、しずしずと言う衣擦れの音がして二の姫が入室してきた。

「こたびの急のご訪問、申し訳もございません。祖母から仰せつかった文箱がございまして・・・」

まずは型通りのご挨拶を、と口を開くと(おほほ・・・)と言う忍び笑いが御簾の中から聞こえた。

瑠璃さんの「あはは」とも「えへへ」とも違う、何とも上品そうな笑い声である。

「高彬さま。ご安心なさって。女房は皆、下がらせておりますわ」

初めて聞く二の姫の声は、柔らかい中にも利発さを感じさせる伸びやかな声で、さすが才媛と呼ばれるだけのことはある。

「この間のお歌で、何かわからないことがございましたの?」

歌の指導の件をズバリと聞いてきた。

「はい。やはり文での添削ですと、どうしても理解出来ないことがありまして」

「まぁ、添削だなどと。そんな大層なものではありませんわ。お恥ずかしゅうございます」

「いえいえ、私も朝堂でたくさんの詩歌に触れておりますが、二の姫のような素晴らしい歌才の持ち主は見たことがありません。お年を召した方は技巧に走られ心を打つものがなく、かと言って若い者の歌はまだまだ荒削りで。もちろん、私などはその最たるもので、こうして恥を忍んで歌の指導をお願いしているわけですが・・・」

一気に言うと、少しの沈黙が流れ

「意中の姫さまとは、何かご連絡を取りましたの?」

笑いを含んだ声で二の姫が聞いてきた。

「いえ、まだ、あれっきりです」

答えながら、首筋がかぁっと熱くなる。

歌の指導をお願いする代わり、二の姫には瑠璃さんとの顛末を話してあるのだ。

いや、聞きだされた、と言うべきか。

いくら才媛であろうが、本朝三美人であろうが、やはり人の恋路には興味があられるらしく、案外、楽しそうに根掘り葉掘りと聞かれてしまった。

さすがに後朝の歌のことで揉めて初夜が流れたとは言わなかったけど、「恋人が気難しくて・・」とかなんとかそんな感じのことを言ったら、すっかり同情して応援してくれているのである。

「こんなにも高彬さまに思い込まれる瑠璃姫さまと言うお方は、さぞ素晴らしい姫君さまなのでしょうね」

「いえ、そんな・・・」

枕箱を投げられ、あわや命中しそうだったことを思い出して言葉を濁すと、ぼくの言葉を謙遜と受け取ったのか、二の姫は

「ふふ・・」

と意味ありげに笑った。

「でも、こんな風に直接伺うのは、文とは比べ物になりませんよ。これからもご迷惑でなければ、たびたび来させていただいてご指導を仰ぎたいですね」

「まぁ。わたくしはお文をいただくのが楽しみでなりませんのに、たびたび来られては楽しみがなくなってしまいますわ」

「意地悪だなぁ、あなたは。そんな風に言われるとからかわれてるみたいですよ。下手くそな歌ばかりなのに」

「あら、わたくし、誉めておりますのよ。これだけまめまめしく文をお書きになる殿方は都中に2人とおりませんわ」

「・・・・・」

お世辞だとは判っていても、誉められれば悪い気がしなくて、何だかこれなら瑠璃さんとの仲もうまくいくのではないか・・・と良い気分でいたところに

(シュッ)

と襖障子の開く音がして

───曲者闖入か?!

反射的に腰刀に手をやると、ぼくは素早く振り返った。







<続>


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<原作オマージュ>13~原作一巻より 

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***<原作オマージュ>13~原作一巻より***








「な、何するんだ、瑠璃さん。危ないじゃないか」

飛んできた枕箱をすんでのところでかわすと

「あんたがあんまり情けないことを言うからよっ」

鬼のような形相で瑠璃さんが怒鳴りつけてきた。

「よ、吉野君は間違ってもそんなことおっしゃらなかったわ」

よほど怒っているのか、瑠璃さんの声は震えており、だけど突然に出された<吉野君>の言葉にムッとくる。

「また吉野君か。もう一万回も聞かされたよ。新婚初夜に妻になる人の口から他の男の名が出るほど、惨めなことはないね」

「ありがたいことのまだ妻になってないわよ」

こうなると、もう売り言葉に買い言葉だった。

「高彬、あんた、考え直すなら、まだ間に合うわ。あたしも考え直した方がいいかも知れない。気のきいたセリフひとつ言えずに、そのくせ今から夫面する子どもっぽい人なんて、うんざりするわ」

吐き捨てるような口調に、カッと頭に血が上った。

いくらなんでも言い過ぎだろ、瑠璃さん。

口を開いたらぼくも瑠璃さんを怒鳴りつけそうで、いったん、息を整える。

「瑠璃さん」

努めて静かに切り出すと、瑠璃さんはじっとぼくを見返してきた。

「あなたは何かと言うと、ぼくのことを子どもっぽい子どもっぽいと言うけれど───」

じっと瑠璃さんを見返しながら、ぐっと腹に力を入れる。

「それはやめてくれないか。───不愉快だ」

出来れば、瑠璃さんに向かい<不愉快だ>なんて言いたくはなかった。

だけど、それくらいぼくも頭に来ていた。

気がきかないとか、子どもっぽいとか、うんざりとか、あんまりじゃないか。

ぼくだって何も好き好んで、こんないきなりの初夜にしたわけじゃない。

戸惑っているのはぼくだって一緒だよ・・・

だけど、もうこれしか方法がないと言われて───

「あ、あの、あたしは・・・」

ぼくのただならぬ怒りを少しは感じとったのか、どこか慌てたように瑠璃さんが口を開いた時

「ご無礼致します。高彬さま、お聞きでいらしゃいますか」

格子の向こうから、ぼくを呼びかける、小萩の声が聞こえた。



********



最悪だ───

急ぎ白梅院を目指す牛車の中で、ぼくは石のように固まり動かなかった。

こんな最悪なことってあるだろうか。

お祖母さまが亡くなったのはむろんのこと、この先、5か月間も会えないと言うのに瑠璃さんと喧嘩別れをしてきてしまった。

──大体、瑠璃さんが悪いんだ。

──いや、ぼくが悪かったんだ。

相反する二つの思いが交互に表れて、気が変になりそうになる。

慌ただしく部屋に入ると、大江がいて

「まぁ、高彬さま。どちらへ行ってらしたんですか?」

なじるような問い詰めるような口調に

「大江に関係ないだろ!」

怒鳴り返すと、びっくりしたように部屋を飛び出して行ってしまった。

「・・・・」

大江の後姿を見送り、そのままどっかと座り込む。

どうせすぐに守弥がやってくるんだ。

それで、この忌み月にどこに出歩いていたのかとか、あれこれ探りを入れてくるに違いないのだ。

そのうち母上もやってきて、お祖母さまご臨終に立ち会えなかったことを殊更に嘆いて見せるに違いなくて・・・

すでにたくさんの僧侶が来ているのか、母屋の方からは絶え間ない読経の声が聞こえてくる。

お祖母さまの最後にも立ち会えず、瑠璃さんとも喧嘩して───

本当に最悪だよ・・・



******



あれやこれやとバタバタと日が経つうち、怒りの気持ちはすっかり消えて、後悔ばかりの毎日となった。

服喪のため出仕することも出来ず、つれづれに部屋で漢詩を読んでいたぼくは、はぁと大きなため息をついた。

あれはどう考えても、ぼくが悪かったよな・・・

いきなり初夜と言われた瑠璃さんの驚きはぼくの比ではないはずで、やっぱりあの場ではどんなことを言われようと、ぼくが言い返すようなことをしてはいけなかったんじゃないかと思える。

あの日、瑠璃さんは何て言ってたっけ?

調度品のことと、文や歌のことと、それと・・・

「高彬さま」

気が付くと簀子縁に女房が控えていて、手には目立たないあしらいの文箱がある。

「兵部卿家の二の姫さまよりのお文でございます」

「・・・・」

受け取った文を、女房を下がらせてからゆっくりと開く。

そこにはお悔やみの歌が見事な手蹟でしたためられていて、ぼくは(うーむ)と唸った。

さすが当代に並ぶものなしと言われる才媛だけのことはある。

16歳でこんな歌が詠めるなんて、一体、どういう教育を受けたら・・・

と、そこまで思った途端、ふと閃くものがあった。

二の姫に歌の指導をしてもらうと言うのはどうだろうか?!

年だって近いし、技巧に走るばかりの年長者のそれとは違う、実践的なコツみたいなものを教えてもらえるんじゃないだろうか。

服喪が開けるまでにはまだ5か月もあり、つまりはどう転んだところでその期間は結婚が出来ないということなのだ。

だったら、その間に歌才を磨き、調度品だって徐々に揃えて行けば、瑠璃さんが望むような結婚が出来る・・・・

───これだ!

いても立ってもいられない気持ちですっくと立ち上がり、思い直してまた座る。

内々に瑠璃さんに文を書いて、この計画を伝えておけば・・・

とそこまで考えて、また思い直す。

いや、これは瑠璃さんには教えずに密かにぼくだけで進めよう。

そうして服喪が開けた時、瑠璃さんが(あっ)と驚くような歌を贈ってあげよう。

瑠璃さんだって喜ぶだろうし、ぼくだって名誉挽回をはかれるわけで、まさに一石二鳥だ。

まずは二の姫にお願いの文を書いて・・・

気が急いて、女房を呼ぶ時間も惜しまれるので、自分で硯の用意をする。

───待ってろよ!瑠璃さん。いい歌を贈ってあげるからさ!

ぼくは意気揚々と筆を取ったのだった。






<続>


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<原作オマージュ>12~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は原作のあるシーンを高彬目線で書いていますのでネタバレとなっています。
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***<原作オマージュ>12~原作一巻より***








「小萩なら、今さっき下がって行ったよ。明日の朝、御格子をあげに参りますって」

(姫さまをよろしく)と言われたことは、言わなくてもいいよな。

何をどう、よろしくされたかも解らないんだし。

赤い顔のまま、ぼんやりとぼくを見ていた瑠璃さんは、やがて、コホンと小さく咳払いをすると

「えぇと、もそっと、こっち来てもいいわよ・・・」

「う、うん」

かぁっと身体が熱くなったけど、でも、これから初夜を迎えると言うのに、いつまでも部屋の隅と隅にいたんじゃ、始まるものも始まらないわけだし・・・と、ぼくはずりずりと瑠璃さんに近づいて行った。

「えぇと」

「う、うん」

「よくフルわね」

「え?!」

フル?・・振る?

ここにきて、まさか瑠璃さん、ぼくを袖にするつもりなんじゃ───

と、ギョっとしたのと

「雨がよく降るわね、と言ったのよ」

瑠璃さんの言葉が発せられたのが同時だった。

「え、あぁ、そう・・・」

雨か。

良かった、と思うそばから(あーあ)と言う、何ともやりきれない思いが湧いてくる。

ほんと、何が悲しくて、こんな雨のそぼ降る忌み月に、瑠璃さんとの初めての日を迎えなければいけないんだろう。

瑠璃さんじゃないけど、あんまりだ。

出来れば、風薫る新緑の弥生や、秋の雲たなびく葉月にでも結婚したかったよ。

それに、忌み月といったら、本来なら男女の仲も慎まなければいけない月で、となるとここで結婚できたとしても、その後、大っぴらに三条邸に通うのも憚れるわけで・・・

そんな気持ちもあって

「本当に五月と言うのはうっとうしいね。早く五月が終わって六月になればいいのに」

とぼやくと、瑠璃さんは一拍ののち、これ見よがしに盛大にため息をつき

「あんたって本当に情緒を理解しないのね。まったく、半人前と言うか何と言うか・・・」

不機嫌を露わにして言ってきた。

はぁ?情緒を理解しないだって?

忌み月の結婚を悔やむ気持ちの、どこが<情緒を理解しない>ものか。

半人前と言う言葉にもムッとくる。

「どうせぼくは年下だからね」

仕方ないじゃないか、年下なのは。努力でどうにかなるものじゃないんだし。

ブスッとして言うと

「誰も年下なんて言ってないわよ。気のきいた歌のひとつも口ずさむわけじゃなく、こっちだって気分が出ないわよ」

「正直、歌才には自信がないんだよ。下手な歌贈って、瑠璃さんに馬鹿にされるのも嫌だし」

そっぽを向くと

「代作者、雇えばいいじゃない。あんたんちお金持ちでしょ」

「・・・」

今度はぼくがため息をつく番だった。

情緒がないのはどっちだよ。

「ぼくは代作なんて嫌だね。そういうのは心が籠らないんだよ」

そう言うと、瑠璃さんは(ふんっ)と鼻を鳴らした。

「そこが野暮なのよ。歌には自信がありません、代作を頼むつもりもありません。それで女が満足すると思ってるの?!」

言うほどに瑠璃さんの口調は熱を帯びてきて、しまいには

「大体、後朝の歌はどうすんのよっ!」

と、怒鳴りつけてきた。

「き、後朝の歌・・?」

瑠璃さんの口から飛び出した思っても見ない言葉に狼狽える。

後朝の歌と言うのは、男女が一夜を共にした後に男が贈る歌のことで・・・・

いや、それは十分ぼくにも分かっているんだけど、今の今まで思い出しもしなかった。

だって、普通そうだろ?!

まだ初夜どころか、手すら握ってないのに、いや、それどころかさっきから一発触発すれすれのキワドイ会話をしてるって言うのに、どうしてそんな事後のことまで頭が回るって言うんだよ。

「高彬、あんた、まさか歌才がないのを理由に後朝の歌まで贈らない気じゃないでしょうね」

「そ、そんなことは・・・」

じろりと睨まれ、その余りの迫力にたじろいだ。

いきなり言われたからびっくりしただけなのに、どうしてそれが<後朝の歌を贈る気がない>に繋がるんだろう。

大体、瑠璃さんはいつも飛躍し過ぎで───

「高彬、あんた今から後朝の歌をつくりなさい。でないと安心して結婚出来ないわ」

「今から?!」

びっくりして思わず大声が出てしまう。

「何もしないうちから後朝の歌を作れって言うのか?!」

「今作って置けば家に帰って書き写すだけで済むわ。そうすればあたしも安心だし」

「・・・・」

余りと言えば余りの提案にぼくは唖然とした。

何もする前から後朝の歌を作るなんて、それこそ野暮の極みじゃないか。

滋味ある物を食せば、あぁ美味いと思い、見事な屏風絵を見れば、美しいと思う。

それが自然な感情の発露なわけで、だから、後朝の歌だって、実際、一夜を共にした後に自然と心の底から湧いてくる気持ちを詠めばいい・・・・・

そういうものじゃないのか?!

それを、今ここで作れだなんて───

「馬鹿馬鹿しい。どこの世界に、ごちそうになる前に礼状を書く人間がいるんだよ」

そう言うと、見る見る瑠璃さんの形相が変わり

「ごちそう?!何よ、それ。女はごちそうで、後朝の歌はそのお礼状ってわけ?!馬鹿にしないでよっ」

怒鳴り声と一緒に、枕箱が飛んできた。






<続>


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