<原作オマージュ>18~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は原作のあるシーンを高彬目線で書いていますのでネタバレとなっています。
原作未読の方はご注意ください。
今までのお話は<オマージュリスト>からどうぞ。
          
          





***<原作オマージュ>18~原作一巻より***








三条邸に向かう車の中で、逸る気持ちを抑えるように、ぼくはぐっと拳を作っていた。

やっと瑠璃さんから結婚の許しがもらえたんだ・・・

「高彬、急にどうしたの?ぼくに用って何?」

車寄せに付くと、融が不思議そうな顔で立っており、ぼくは車から下りると融に近づいて行った。

実は宮中を出る時、従者らには

「融の用があるから」

と言い、三条邸に向かわせたのである。

どうにも、まだ右大臣家の中には、結婚相手に兵部卿宮の二の姫を推す声が多く、あまりあからさまに瑠璃さんのところに行くと公言するのは、得策ではないように思ったからだ。

「まぁ、話は部屋に行ってからするよ」

融の肩を抱くようにして、西の対の屋の融の部屋に向かい歩き出し、従者の目の届かない場所に来たところで

「ごめん、融」

踵を返し、東の対の屋に方向転換をする。

「高彬、なんだよー。待ってよー」

後ろから融も付いてくる気配があり、角を曲がったところで、今度はばったりと大納言さまが現れた。

「おぉ、これは!高彬どの」

「大納言さま!」

「どうされたのじゃ、そんな赤い顔をして急がれて。もしや・・・、また瑠璃が何か突飛なことでもやらかして・・」

眉根がぐっと寄ったかと思うと

「高彬どの、許されてくだされ。どうにも我儘な姫じゃが、あぁ見えて実は・・」

「大納言さま。実はこれ」

大きな勘違いをされている大納言さまに、懐から出した文を差し出すと

「はて、これは・・」

怪訝な顔で読み始め、その顔に見る見る喜色が広がっていった。

「高彬どの、これは・・!」

「はい、今日、宮中にこれが届きまして、こうして駆け付けてきました」

大納言さまはせわしなく何度も文を読むと、文を持ったまま走り出してしまった。

そうして

「高彬どのは瑠璃の部屋に行ってくだされ!わしもすぐに行く!」

何度も振り返りながら言い、持っていかれた文が気にならないではなかったけど、とりあえずは瑠璃さんの部屋だと思い、ぼくも足早に部屋に向かう。

最後はほぼ小走りのようになりながら瑠璃さんの部屋に付くと、先触れを出してなかったから当然なんだけど、孫廂にも廂にも女房らの姿はなく、ぼくはそのまま部屋に走り込んだ。

ぼくに続き、融も走り込む。

女房相手に碁を打っていた瑠璃さんが振り返り

「どしたの、高彬・・・」

ポカンと言った。





<続>



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<原作オマージュ>17~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




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***<原作オマージュ>17~原作一巻より***








~心ざしあらば見ゆらむ わが宿の 花の盛りの春の宵夢~


「色っぽいなぁ」

ふいに後ろから声が聞こえ、ぼくは慌てて、手にしていた文を畳んだ。

「隠すな、隠すな」

「幸せは皆で分かち合おう」

同僚に口々に言われ、気が付いたら文を取りあげられていて、皆が覗き込んでいる。

「噂では、瑠璃姫は変人と聞いてるけど、こんな歌を詠みかけて誘うなんてなかなかのセンスだよな」

「まったくだ。年上の女性って言うのもいいもんだな」

ぼく宛てに届いた文を前に、皆、言いたい放題である。

「返してくれよ」

と言いつつも、一方では頬が緩んでくるのを抑えられない。

何あろう、この歌はぼくが瑠璃さんに送った歌───


~春立つと風に聞けども 花の香を 聞かぬ限りは あらじとぞ思ふ~


この歌への、返歌なのである。

お祖母さまが亡くなったのが五月。

五か月間の服喪も10月で開け、ぼくはその頃からせっせと瑠璃さんに求婚歌を送るようになっていた。

五か月間の猛勉強の成果なのか、自分で言うのも何だけど、それなりに見栄えのする歌を作れるようになった気でいたのだけど、なかなか瑠璃さんから色よい返事がもらえない。

それでも、過去の「今夜、これからいきなり初夜」の経緯や、それを発端とした瑠璃姫宮家襲来騒動を思えば、瑠璃さんからそう簡単に合格点をもらえるとは思えないので、これもオトコの定めと、ぼくはひたすら歌を送り続けてきた。

その甲斐あっての、今回、初めてもらった瑠璃さんからの返歌である。

これを機に、更なる求婚歌を送りつづければ、瑠璃さんから念願のOKを貰えるかも知れない───

歌を詠むと言うのはクセの問題なのか、習慣にしてみるとそれなりに面白いもので、案外、幼少の頃からずっと歌に馴染んでたら、ぼくだってそこそこの歌を詠めていたような気がしてくる。

もうちょっと歌が身近にあるような環境で育っていたら・・・

密かに我と我が身を振り返っていると

「良かったな、高彬。ようやく結婚の承諾が貰えて」

「え」

「こう言うのは畳みかけるのが大事だぞ。時間を開けると、気が変わってしまうのが女人の常。鉄は熱いうちに打て、だ」

結婚の承諾・・・

え、この歌ってそう言う意味なのか?

同僚の手からひったくるようにして文を取り戻し、もう一度、文字を目で追う。

心ざしあらば見ゆらむわが宿の・・・・

花の盛りの春の宵夢・・・

宵夢───

「宵夢?!」

宵夢ってことは、夜に花の香を感じながら、共寝の夢を見ましょうと言う事で・・・

返歌をもらえたことだけで舞い上がっていたけれど、そうか、これは合格点も合格点、結婚を承諾されたと言う歌だったんだ!

「宿直は俺たちに任せろ」

「え」

「早く行って来い」

「いや、でも・・」

「大丈夫、こう言うのはお互い様だ。何かの時は宿直を代わってもらうからな」

「・・・」

「早く行けって」

「わかった。そうさせてもらうよ」

同僚らのからかいの言葉や、拍手喝采やらを背中に聞きながら、ぼくは宿直部屋を飛び出した。






<続>


久しぶりのオマージュ編です。
以前、「三度目の初夜が鷹男からの文のせいで流れたシーン」「青蓮花寺でのキスシーン」を高彬目線で読みたいリクエストいただいていたので、その辺りを書いて行きたいと思っています。

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<原作オマージュ>16~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




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***<原作オマージュ>16~原作一巻より***








ぎしぎしと車輪の音をたて車が動き出すと、しばらくは車中に沈黙が流れた。

さすがの瑠璃さんも何事かを考える風に黙り込んでいる。

風の流れが変わったのか、途切れ途切れに管弦の音が聞こえてきて、おそらく宮邸はまだ宴の真っ最中なのだろう。

最初に口を開いたのは瑠璃さんだった。

「えぇ・・と、つまり、あんたは二の姫にお歌の作り方を教えてもらっていた、と。そういうわけよね」

一語一語、確認するように言い、ぼくの顔を覗き込んでくる。

「うん」

頷くと、瑠璃さんは(ふむ)と言う感じでまたしても黙り込み、そうして

「よりにもよってどうして二の姫に頼んだの?他にも歌の先生はごまんといるじゃない」

どこか疑わしそうな口ぶりで、どうやらまだ態度を決めかねている、と言った感じのようだった。

「そういう年取った方は技巧に走っていて心情的じゃないんだよ。やっぱり年の近い方に指導してもらった方がいいと思って」

「それはまぁ、わからなくもないけど・・」

瑠璃さんの態度の軟化を見て取り、この機を逃してなるものか、とここを先途と続ける。

「気丈な瑠璃さんが、歌も文ももらってないと、悔しそうに涙ぐんでいうんだから、よほど欲しいんだろうと思ってね。あの日は、まぁ、ぼくも悪かったと思い直したんだ。それで、服喪中だったけど、逆に習うなら今しかないと思って、二の姫に無理を言ってお願いしたんだよ。お悔やみでいただいた歌が、それは見事だったんだ」

「・・・・・」

「やっぱり即興でひとつやふたつ、歌を作る実力を養っておこうと思ってさ」

「・・・・・・」

ぼくの言葉を吟味するかのように瑠璃さんは考え込み、少ししてハッと顔を上げた。

「大尼君の遺言の話はどうなったのよ」

「遺言?お祖母さまは遺言を残す間もなくお亡くなりになったんだよ」

「そうなの?」

「今日だって、二の姫にご遺品を届けると言う名目でお訪ねしたんだけど、それだって嘘っぱちさ。文だけじゃどうしたって限界があるし、でも、服喪中でおいそれと外出もままならない。それで、何とかもっともらしい口実を考えたんだよ」

肩をすくめると

「んまぁ・・」

瑠璃さんの口から、感心とも感嘆とも取れる盛大なため息が漏れた。

本当に、ぼくがどれだけ瑠璃さんのため、瑠璃さんとの結婚のために心を砕いているのか、瑠璃さんにも判ってもらいたいものだよ。

「ぼくの苦労も少しはわかってほしいね」

ついついぼやきが口を付いて出る。

「そんなにまでして思い込まれる姫君は、さぞ素晴らしい方なんでしょうね、なんて言われて、何とか言い繕っていたのに、生霊さながらに邸内に現れて大騒ぎするなんて、ぼくの立場がないじゃないか」

そう言うと、瑠璃さんはぷっと吹きだした。

「ほんと、あの時のあんたの間抜け面ったらなかったわね。あははは」

「・・・・・」

何が、あはは、だよ。

じろりと睨んでやると、瑠璃さんは口をつぐみ、だけど、ぼくは本気で怒ったりは出来ないのだった。

それどころか「あはは」と聞いて、妙に安心した気持ちになっていた。

やっぱり「おほほ」より「あはは」だよな、なんて思っている。

ほんと、ぼくは瑠璃さんに甘い。

甘いと言うか、弱い。

「ぼくも意地になって、歌が上手くなるまでは瑠璃さんに文を書かないつもりでいたから、瑠璃さんも色々、不安だったのかも知れないけど・・」

喧嘩別れのままになっていたわけだしな。

「でも、ともかく喪が明けるまではおとなしくしていておくれよ。毎回、生霊さながらにあちこち出没されたんじゃ、おちおち歌も習ってられないよ」

第一、こんな夜に女の身で出歩くなんて危なっかしくて仕方がない。

いくらお忍びが得意な瑠璃さんでも、夜の京なんて危険すぎる・・・

そう思い、メッと怖い顔を作って見せると

「うん・・・」

瑠璃さんは肩を落とし俯いた。

視線を落としたそのままの恰好で車に揺られている瑠璃さんを、ぼくはじっと見つめた。

瑠璃さんの顔は恥ずかしそうでもあり、どこか穏やかそうでもある。

あんなに大騒ぎした気まずさもあるのだろうし、もしかしたら真相がわかって安心したところもあるのかも知れない。

「・・・・・」

瑠璃さんが現れて小刀を抜いた時は、それこそ腰を抜かすほど驚いたけど、でも、考えて見たら全てぼくのためなんだよな。

どうして瑠璃さんが宮邸にぼくがいると知ったかは解らないけど、とにもかくにも瑠璃さんはやって来た。

ぼくと二の姫の仲を疑って。

ぼくがふたまたを掛けていると思って。

「・・・・」

それって・・・

ふいに車のスピードが落ち、どうやら大納言邸に近づいたようだった。

物見窓を開け外を確認した瑠璃さんは

「あ、着いたみたい・・・」

なんて呟いている。

「大納言さまにばれないように、ちゃんと邸内に入れるかい?」

───怖いから、高彬も一緒に来て。

そんな言葉を期待していたのに、果たして

「大丈夫よ。いつもやってるもの」

返ってきた言葉は、何とも勇ましいものだった。

「それより、時々、こうやって夜のドライブしましょうよ。とても楽しかったわ」

瑠璃さんは屈託なく笑い、ぼくも釣られて笑い返しながら

───ほんと、ぼくは瑠璃さんに弱いよな。

なんて思っている。

弱いけど・・・・

だけど、それだけじゃないぞ。

そっと唇を合わせて離れると、まん丸い目でぼくを見上げる瑠璃さんの顔があった。

「・・・・・」

何が起きたのか判らないのか、瞬きもせずにぼくを見ている。

あの夜───

こうすれば良かったんだ。

ぼくは、好きと言う気持ちすら伝えず、手も握らず、なのに結婚することばかりを優先して・・・

そりゃあ、瑠璃さんじゃなくたって怒るよな。

「・・・ねぇねぇ、高彬」

こもごも思っていたら、甘えるような瑠璃さんの声がした。

「歌の勉強してたんでしょ?ここでひとつ、後朝の歌みたいなの、作ってよ」

「え、ここで?!」

思ってもみなかった提案にギョッとしつつ

「うん」

期待に満ち溢れた瑠璃さんの目に、断る言葉を失くす。

思案することしばし──


── 筒井筒 契りのかなふ今日なれば 逢い見し後は 絶えて惜しまん ──


そう口ずさみ、恐る恐る瑠璃さんの顔を見ると、瑠璃さんは目を閉じ、その眉間に皴を寄せている。

「・・・高彬、あんた、これからも二の姫にいろいろ教えていただいた方がいいわ」

目を開けた瑠璃さんは重々しく言い

「あたしの理想の後朝の歌には程遠いわよ。あたしの気に入る歌が出来るまで『契りのかなふ今日』は来ないんだからね」

続けて言われ、ぼくはがっくりと肩を落とした。

これだから、瑠璃さんにまだ歌を贈りたくなかったんだよ・・・

時期尚早とはこのことだ。

「会えないうちに歌才を磨いて、瑠璃さんを<あっ>と驚かせたかったんだけどなぁ・・・」

「反対に、あたしに<あっ>と驚かされちゃったってわけね」

「自分で言うなよ」

むくれて見せると、瑠璃さんは声を上げて笑い、ぼくも釣られて笑った。

「あの日、色々、言っちゃって、・・ごめんね」

ひとしきり笑った後、瑠璃さんは恥ずかしそうに目を逸らしながら呟いた。

「ううん。ぼくの方こそ、・・・ごめん」

「うん」

「うん」

えへへ、なんて照れくさそうに瑠璃さんは肩をすくめると

「えーと、もう帰るわ・・」

「・・・」

立ち上がろうとする瑠璃さんの手を取り、引き寄せる。

初めての接吻は、一度じゃなきゃダメなんてことは、ないよな・・・

軽く唇に触れ、目を合わせた後、もう一度、今度は少しだけ長めの接吻をして───

そうしてぼくは瑠璃さんをぎゅっと抱きしめたのだった。






<終>


また他のシーンを高彬目線で書くこともあるかも知れませんが、いったんはオマージュはこれで終わりにします。
お付き合いいただきありがとうございました。

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<原作オマージュ>15~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は原作のあるシーンを高彬目線で書いていますのでネタバレとなっています。
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***<原作オマージュ>15~原作一巻より***








素早く振り返ると、侵入者は思った通りやはり盗賊で、小刀を手に突っ立っている。

蘇芳色の袿を羽織っているところを見ると、どうやら女盗賊のようで、女・・とうぞ・・く・・、と・・う・・

え・・・

え?

えぇぇ?!

「───る・・る・・・瑠璃さんっ?!」

ぼくは目を見開いた。

いや、何かの間違いだろう・・・、瑠璃さんである筈がない。

瑠璃さんそっくりの盗賊か、はたまた盗賊そっくりの瑠璃さんか・・・・

キっと睨み付けられ、目が合い───

観念する。

・・・この目は・・瑠璃さんだ・・。

「瑠璃さん・・・、どうして、ここに・・・こんな・・・」

何をどう聞いたらいいかも判らず、まとまらない頭でそれでも声を絞り出すと

「高彬、あんたの正体見たり、よ!」

女盗賊、もとい瑠璃さんは高らかに声を張り上げ

「よくもふたまたかけてくれたわね。生霊になって、子々孫々、あんたにとっついてやるわよっ!」

そう言うなり、小刀を鞘から引き抜いた。

何か思うより先に身体が動き、ぼくは瑠璃さんの腕を掴むと小刀を取りあげた。

わぁわぁと何事かを喚く瑠璃さんを力ずくで組み敷くと、瑠璃さんは自由にならない悔しさからなのか、今度は

「わぁぁ」

と泣きだした。

その泣き方たるや、とてものこと深窓の姫君とは思えない豪快さで、いやはや、変わり者だとは承知していたけど、よもやこんな突拍子もないことをするとは・・・

まだ何をするか判らない瑠璃さんの手首を掴んだまま

「瑠璃さん・・・二の姫君に失礼だと思わないの?」

御簾の中の二の姫の思惑が気になり、伏したままの瑠璃さんの耳元に向かい小声で言うと

「何を気取ってるのよっ!あたしを裏切っておいてよくもそんな口がきけたわね!」

キッと瑠璃さんが顔を上げ、噛みつかんばかりの勢いで言い募ってきた。

涙で顔はぐちゃぐちゃである。

「裏切る?」

「だいたいあんたは・・・」

「しっ!」

遠くから足音が聞こえた気がして、瑠璃さんの口をふさぐ。

「あたしには、文ひとつ、寄越さずに・・・」

口を塞がれても、それでももごもご言い続ける瑠璃さんを無視して、ぼくは耳に全神経を集中させた。

「・・・・」

確かに足音が近づいてくる!

「今の騒ぎで、女房がこちらに来るらしい。どうしよう・・・!」

独りごちると

「こちらに。御簾の中にどうぞ」

ふいに二の姫の声が聞こえた。

ほんの一瞬、瑠璃さんを二の姫に合わせることに対するためらいの気持ちが浮かんだけど、考えてる時間もなければ、他に方法もなかった。

無礼を承知で片手で御簾を持ち上げ、片手で瑠璃さんを御簾の中に放り込む。

「痛っ」

と言う声が聞こえた気がするけど、瑠璃さん、ぼくは胃が痛いよ!

瑠璃さんから取りあげた小刀を鞘に納め、すばやく袖にしまい込んだところで

「姫さま、何やら物音がしましたが、何かございましたか」

格子越しに女房の声がした。

格子からだと中が透けて見えるし、もしここに瑠璃さんの姿があったら・・と思うと冷汗が出る。

「ねずみが出たので叫び声をあげてしまったのです。もう大丈夫よ、お退がり」

二の姫の言葉で、女房は部屋に入ることなくそのまま下がって行き、ぼくは大息をついた。

助かった・・・

間一髪、セーフだ。

ぼくだってそもそもお忍びで来てるのに、そこに持って来ての盗賊騒動にでもなったら、衛門佐であるぼくがそれを看過するわけには行かず、まったくもって目も当てられない事態となる。

一体、瑠璃さんはどうしてぼくが宮邸にいることを突き止めたものか・・・

いや、まずはここから瑠璃さんを帰すのが先だ。

瑠璃さんのことだ、またいつ興奮して、襖を蹴飛ばし几帳をなぎ倒すか判らない。

「瑠璃さん、早く出ておいで」

御簾の中に声を掛けてみたものの、ぼくの声が聞こえていないのか、それどころか何だか話が弾んでいるような気配すらある。

「瑠璃さん、一刻も早くお邸から出るんだ」

焦れ焦れして言うと、ホホ、と言う笑い声が聞こえた。

この上品な声は、もちろん瑠璃さんのものじゃない。

「いいじゃありませんの、高彬さま」

上品な声は続いた。

「せっかくのお勉強の成果を、ここで見ていただいたら?」

「・・・」

さては、二の姫・・・・

さっきとは違う冷汗が流れてくる。

聞こえない振りをしてそっぽを向きつつ

(あぁ、そうか)

とひとつのことに思い当たった。

瑠璃さんとの顛末を聞いた二の姫は、ぼくじゃなく、きっと瑠璃さんに同情をしたんだ。

気のきいた歌を贈ってもらえない瑠璃さんに、同じ女性として同情した二の姫は、だからこそ歌の指導を快諾してくれたんだろう。

御簾の中の、何とも親密なムードからもそれが窺える。

いやはや・・・



*******



「ふいに胃にサシコミがきた」

と言う、半分は本当、半分は嘘の理由で宮邸からの辞退を告げると、やれお医師を呼ぶかだの、薬湯をお持ちするかだのと大騒ぎになった。

その隙に瑠璃さんを庭から逃がすと、ぼくは何食わぬ顔をして車寄せに向かい車に乗り込んだ。

宮邸から少し離れた大路の辻で、三条邸の牛車に乗っていた瑠璃さんと合流する。

瑠璃さんを乗せるとき、兼助がじっとぼくを見ていることに気が付き、声を潜め

「誰にも言うなよ」

念のため、釘を刺す。

供人は、牛飼い童を除けば兼助だけなのが幸いだった。

これが政文でも同行していたら、口の軽い政文のこと、すぐに女房たちの耳にでも入っていたかも知れない。

服喪中のことだし、褒められたことじゃないからな・・・

簾を下げ振り向くと瑠璃さんが座っており、狭い車内でぼくたちは向き合った。






<続>

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<原作オマージュ>14~原作一巻より 

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




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***<原作オマージュ>14~原作一巻より***








文机の前で、ぼくは(うーむ)と首を捻った。

二の姫に歌の指導をお願いしてから一か月とちょっと、ほぼ毎日のようにぼくは歌を作り送っているのだけど、上達したのかどうか、今一つ判らないでいる。

文を介しての添削じゃ、どうしたって限界があるのだ。

やはり、これは直にお伺いさせていただくしかないか・・・

服喪中で褒められたことじゃないし、気は進まないんだけど、背に腹は代えられない。

扇を鳴らすとすぐに鈍色の装束を身に着けた女房が現れ

「兼助を呼んでくれないか」

命じると、頭を下げ、音もなく退出して行った。



*********



やがて現れた兼助に

「今夜、お忍びでちょっと出掛ようかと思う。あまり目立たない牛車を準備してくれないか」

そう告げると、兼助はハッとしたように顔を上げた。

「お忍びと言いますと・・。若君」

「うん。兵部卿家だ」

「・・・・・」

二の姫への文は、全て兼助に頼んでいる。

喪中に文を出すことは普通は控えなければならないことだし、ましてや相手が姫君である。

守弥に知られれば口やかましいことを言うに決まっているし、政文に頼むには、どうにも政文の口の軽さが気にかかる。

もの静かで万事控えめな兼助が打ってつけのように思われ、こと、二の姫とのやり取りに関しては、ぼくと兼助だけの秘密となっているのだ。

もちろん兼助だって、まさかぼくが二の姫に歌の指導を仰いでいるとは思っていない。

歌の指導のことを口外すれば、いずれどこからともなく広がって、やがては瑠璃さんの耳に入ってしまう可能性もあるわけで、それはどうしても避けたい。

喪が明けてから、瑠璃さんを(あっ)と驚かせたいのだ。

敵を欺くにはまず味方から、じゃないけど、ぼくはこの計画を二の姫以外には誰にも話していないのだった。

「お祖母さまが二の姫にと、ご遺品を残されていてね、蓋に天ノ川を模した螺鈿細工の文箱なんだ。明日は七夕だし、その前に二の姫にお渡ししておこうと思ってさ」

前々から考えていた口実を口にすると

「・・・承知いたしました。ご用意いたします」

兼助は深々と頭を下げ、車の手配をすべく、部屋から出て行った。



*******



車が兵部卿家に門をくぐった途端、後悔の気持ちが湧いてくる。

客人の車は多いし、人の出入りの数やお邸中を包む喧噪からして、どうやら今日は宮様が宴でも開催されておられるようなのだ。

そうと判っていればご遠慮申し上げたのに・・・と思いつつ、でも、逆にお忍びで来るには、こういう日の方が紛れていいのかもな、とも思い直す。

忍びやかに来訪を告げると、これまた忍びやかな先導を受け、お忍びはどこまでも忍びやかなのである。

女房の案内で部屋の真ん中に設えられている席に腰を下ろした。

目の前には御簾が掛かっており、まだ中には誰もいないようだった。

寝殿の方から管弦の音が聞こえ、その音がちょうど途切れた頃に、しずしずと言う衣擦れの音がして二の姫が入室してきた。

「こたびの急のご訪問、申し訳もございません。祖母から仰せつかった文箱がございまして・・・」

まずは型通りのご挨拶を、と口を開くと(おほほ・・・)と言う忍び笑いが御簾の中から聞こえた。

瑠璃さんの「あはは」とも「えへへ」とも違う、何とも上品そうな笑い声である。

「高彬さま。ご安心なさって。女房は皆、下がらせておりますわ」

初めて聞く二の姫の声は、柔らかい中にも利発さを感じさせる伸びやかな声で、さすが才媛と呼ばれるだけのことはある。

「この間のお歌で、何かわからないことがございましたの?」

歌の指導の件をズバリと聞いてきた。

「はい。やはり文での添削ですと、どうしても理解出来ないことがありまして」

「まぁ、添削だなどと。そんな大層なものではありませんわ。お恥ずかしゅうございます」

「いえいえ、私も朝堂でたくさんの詩歌に触れておりますが、二の姫のような素晴らしい歌才の持ち主は見たことがありません。お年を召した方は技巧に走られ心を打つものがなく、かと言って若い者の歌はまだまだ荒削りで。もちろん、私などはその最たるもので、こうして恥を忍んで歌の指導をお願いしているわけですが・・・」

一気に言うと、少しの沈黙が流れ

「意中の姫さまとは、何かご連絡を取りましたの?」

笑いを含んだ声で二の姫が聞いてきた。

「いえ、まだ、あれっきりです」

答えながら、首筋がかぁっと熱くなる。

歌の指導をお願いする代わり、二の姫には瑠璃さんとの顛末を話してあるのだ。

いや、聞きだされた、と言うべきか。

いくら才媛であろうが、本朝三美人であろうが、やはり人の恋路には興味があられるらしく、案外、楽しそうに根掘り葉掘りと聞かれてしまった。

さすがに後朝の歌のことで揉めて初夜が流れたとは言わなかったけど、「恋人が気難しくて・・」とかなんとかそんな感じのことを言ったら、すっかり同情して応援してくれているのである。

「こんなにも高彬さまに思い込まれる瑠璃姫さまと言うお方は、さぞ素晴らしい姫君さまなのでしょうね」

「いえ、そんな・・・」

枕箱を投げられ、あわや命中しそうだったことを思い出して言葉を濁すと、ぼくの言葉を謙遜と受け取ったのか、二の姫は

「ふふ・・」

と意味ありげに笑った。

「でも、こんな風に直接伺うのは、文とは比べ物になりませんよ。これからもご迷惑でなければ、たびたび来させていただいてご指導を仰ぎたいですね」

「まぁ。わたくしはお文をいただくのが楽しみでなりませんのに、たびたび来られては楽しみがなくなってしまいますわ」

「意地悪だなぁ、あなたは。そんな風に言われるとからかわれてるみたいですよ。下手くそな歌ばかりなのに」

「あら、わたくし、誉めておりますのよ。これだけまめまめしく文をお書きになる殿方は都中に2人とおりませんわ」

「・・・・・」

お世辞だとは判っていても、誉められれば悪い気がしなくて、何だかこれなら瑠璃さんとの仲もうまくいくのではないか・・・と良い気分でいたところに

(シュッ)

と襖障子の開く音がして

───曲者闖入か?!

反射的に腰刀に手をやると、ぼくは素早く振り返った。







<続>


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