***<原作シリーズ>~My dear ジャパネスク~4***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は一話完結です。
原作の「その後」を書いていますのでネタバレ要素を多く含みます。
原作未読の方はご注意ください。
          
          





***<原作シリーズ> ~My dear ジャパネスク ~ ***








睦月の春まだ浅い昼下り───

「姉さん、ちょっといい?」

これと言ってやることもなく、つれづれに庭を眺めているところに、足音が聞こえてきたと思ったら、融が部屋に入って来た。

「おまえ、今日は参内してたんじゃ・・・」

「うん、早くに仕事が終わったんだよ」

断りもなくあたしの前に座り、ふと見ると、薄っすらと顔が赤い。

「あんた、顔赤いわよ。熱でもあるんじゃ・・」

「頭に来るよなぁ、高彬のやつ」

あたしの言葉を無視して融は唐突にしゃべりだした。

「高彬?何よ、高彬がどうかしたの」

「うん」

融は鼻息も荒く頷くと

「姉さんさ、前に<血の道>で倒れたこと、あったよね」

いつもののらりくらりとした話し方からは想像できないくらい、ズバリと聞いてきた。

「・・・・」

融の勢いに面食らいながらも

(血の道・・・)

とあたしは頭をフル回転させた。

ただならぬ様子の融、血の道のこと、そして高彬・・・・

何となく閃くことはあったんだけど

「なぜそんなことを聞くの」

一応、聞いてみると、案の定、融は

「高彬とそのことで喧嘩になったんだよ。ほら、ぼく、前に夜中にお医師を呼びに行かされたじゃないか。父上、母上が姉さんの懐妊祈願で邸を留守にした時だよ」

「・・・・・」

「誰もいないって言うんで、ぼくが行かされてさ、その時、姉さん、お医師に<血の道>って診断されたよね?」

「うん、まぁ・・」

歯切れ悪く頷くと

「それをさ、高彬のやつ『瑠璃さんは<血の道>と医師に見立てられたことなんかない。夫であるぼくが言うんだから間違いない。おまえの思い違いだ』なんて言ってさ。悔しいから『懐妊祈願の最中だよ。ぼくがお医師を呼びに行ったんだから間違いない』って言ってやったら、黙り込んでさ。そのままどっか行っちゃったけど、ザマーミロだよ」

融は一気に捲し立てた。

「・・・・・」

「そういや、姉さん。あれ以来、身体は大丈夫なの?まぁ、姉さんのことだから平気だと思うけど」

「大丈夫よ」

そう言うと融は安心したように頷き

「じゃあね、姉さん」

来た時同様に足音を立てながら帰って行き、融の気配がすっかりなくなったのを確認して、あたしは大きく息を吐いた。



******


あの事件から1年、ううん、年が明けたからもう2年になる。

高彬が仕事復帰を果たし、鷹男と承香殿女御さまのところに皇子さまがお産まれになり、そうして鷹男はあの事件の真相を知り───

あんな悲しい事件はまるでなかったかのように、もう誰もそれを話題にすることもなくなって、いつもの日常が戻ってきたわけなんだけど、それでも、あたしの中にはたった一つ、忘れられない出来事があった。

あの夜の帥の宮の振る舞い、接吻や腹部を思い切り殴られたこと、それはどうしても頭の中から消えることはなかった。

恨みとか、そんなんじゃない。

もちろん、思い出せば悔しさやら生々しい痛みとかあるけれど、何よりもあたしの心に堪えているのは<高彬に言っていないことがある>と言う事だった。

結局、あの辺りに起こったことは、煌姫や守弥の面子を立てるためもあって、全てを高彬に話したわけじゃないし、何よりも大火傷を負い生死の境を彷徨った高彬にゆっくりと詳細を話す時間も余裕もなかった。

火傷が治れば治ったで仕事に忙殺されてたし、そうこうしてるうち、何もわざわざ話すようなことじゃないし、このままあたし一人の胸に収めてしまえばいいわけだし、まぁ、いっか、なんて思うようになった。

元々、勢い込んで「話そう」と思ってたことでもなかったし。

それでも、やっぱり何かの拍子に───

例えば、高彬から接吻を受けた時とか、寝所で甘い睦言を囁かれた時とかに、ふいに思い出すことがあった。

あたしたちも夫婦だし、そりゃあ少しは歯の浮くようなセリフを言い合う事もあるわけで、接吻をした後に

「瑠璃さんだけだよ」

なんて言われれば、あたしだって

「あたしもよ」

なんて答えるわけで、そんな時、チクっとするって言うか、さ。

あの接吻は、もう事故みたいなもんで、接吻とすら呼べないような単なる接触だとは思ってはいるんだけど、だけど、どこか一点、心が晴れないと言うか、何だか高彬を騙してるような、変な後ろめたさがあるのも事実だった。

融の言葉を聞いて、高彬のことだからきっと何かを言ってくるわ。

あたしはひとつ、大きく息を吸い、ぐっとお腹に力を入れた。

睦月の陽射しはまだ弱々しく、あっと言う間に京は暮色に包まれるだろう。

そうしてとっぷりと陽も暮れた頃、きっと高彬はやってくる。



*******



思っていた通り、すっかりと陽も暮れた頃、東門の辺りがざわつき、ほどなくして女房に先導された高彬が現れた。

強ばるでもなく、気負うでもなく、普段通りの顔で、何となくあたしはほっとした。

「おかえりなさい」

「うん」

あたしの前に座り、そっとお互いの指先を絡め合う。

いつの頃からか出来た、あたしたちの習慣だった。

女房らを下がらせると、部屋の中には風が通るばかりとなり、春浅いとは言え、その風はどこか温気をはらんでいる。

「融から・・・」

「うん」

それだけ言って、あたしたちは頷きあった。

「あの・・」

「その・・」

奇しくも声が重なり、目が合って二人して小さく笑う。

「高彬からどうぞ。あたしに聞きたいことがあるんでしょう?」

そう言うと、すっと高彬が背筋を伸ばした。

釣られてあたしも伸ばす。

「あの頃のこと、良かったら話してくれないか。多分、まだぼくには知らないことがある」

穏やかな、一本筋の通ったような口調で言い、まっすぐにあたしを見た。

「・・・いいわ」

頷き、ふっと小さく息を吐く。

全てを話すわ、高彬に。

あの頃は、接吻されたなんてことが知れたら離縁されてしまうと思って話せなかったけど、今なら話せる。

2年間の夫婦生活の絆は伊達じゃないと、そう思えるもの。

あたしはゆっくりと話し出した。

帥の宮をおびき出すために三条邸を空にしたこと、予想通り帥の宮がやってきたこと、そこで受けた狼藉、その後の顛末───

あたしが話してる間中、高彬は一言も発せず、ただ黙ってあたしの言葉を聞いていた。

やがてすべてを話し終えると、高彬は長い息を吐き出した。

「まず・・・」

そう言って少し空を仰ぐと

「全て信じるよ。他ならぬ瑠璃さんの話だからね」

あたしに頷いてみせた。

その後は、長いこと黙り込んでいて、あまりにそれが長いので心配になってきて

「怒った・・?」

恐る恐る聞くと、高彬は困ったように頭を振った。

「怒ってるわけではないよ。怒るには・・・、時間が経ち過ぎている。ただ、何と言うか・・・・」

「・・・・・」

「やっぱりショックではあるし・・」

「うん・・・」

「すぐに言って欲しかった気もするけど、もしあの時、聞かされていたら、ぼくは帥の宮どのを殺してしまっていたかも知れないし・・・」

と何とも物騒なことを言い、だけど、あたしは笑う気にはなれなかった。

「だから、やっぱり今、聞かされて良かったような気もしてる」

「うん・・」

「瑠璃さんが嘘を言ってるとは思わないけど、でも、ひとつだけ確認させてくれないか」

「なぁに。いいわよ」

「本当にそれ以上のことはされなかったんだろうね」

心底、心配そうな声で聞かれ、あたしは大きく頷いた。

「それは大丈夫よ」

「・・・・」

それでも高彬の心配そうな顔は解消されず、少し考えてあたしは口を開いた。

「高彬。あの日、帥の宮がやってきた一番の目的は、鷹男の文遣いなんかじゃないの」

「・・・・」

「もし、あたしのお腹に御ややがいたら、その御ややを殺すつもりで来たのよ」

この話を始めてから、初めて高彬の顔が歪んだ。

「だから、万が一にも、あたしのお腹に御ややが宿るような行為をしなかった。出来なかったのよ。でももし、帥の宮の目的が違ってたら、あたしはもしかしたらあの場で・・・」

言った途端、ブルッと身体が震えた。

想像しただけで、足元から震えが這い上がってくる。

───嫌だ、本当に考えるだけでおぞましい・・・

知らなかったこととは言え、あたしは本当に危ない橋を渡ってたんだ・・・

高彬以外の人に、あんなことをされるなんて───

しかも、愛情も何もない、ただあたしを傷つけることが目的で。

収まっていたはずの怒りやら悔しさがまたも再燃しかけると、高彬の指先があたしの手を絡め取った。

「瑠璃さんより、怒っているのはぼくだよ」

ハッと顔を上げると、まっすぐにあたしを見つめる高彬の目があった。

「瑠璃さんの怖さも悔しさも、全部、ぼくのものだ。ぼくも受け止める。ぼくたちは夫婦なんだからね。ずっと一人で・・・辛かったろう・・・、可哀想に」

そう言って抱きしめられた時

(あぁ、そうだ。あの帥の宮の狼藉で、あたしは散々悔しがったり怒ったりしたけれど、でも、何よりもあたしはすごく傷付いて辛かったんだ・・・)

そんな自分の気持ちに初めて気が付いて、あたしは高彬の腕の中で静かに涙を流した。

高彬の腕の中は暖かく、涙も苦い思い出もすべて消し去ってくれるようだった。

あたしの髪を撫ぜていた高彬は

「こんなことなら・・・、あの時、もう二、三発、帥の宮を殴っておけば良かったな・・」

しみじみと呟き、その言い方があまりに心がこもっているので思わず顔を上げると、優しい目をした高彬の顔があった。

高彬は両手であたしの頬の涙を拭うと、少しずつ顔が近づいてきて───

そうしてあたしたちは───

触れた瞬間、回りの景色をみな黄金色に変えると言われる、蓬莱山の頂きにある幻の湖にも似た、愛情溢るる極上の接吻を交わし合ったのだった。






<終>

ふいにこちらのお話が浮かんでしまい<オマージュ>をお休みしてしまいました。
昨日は「しばらくオマージュ続きます」と書いたのにすみません。
次回は<オマージュ>を更新予定です。

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***<原作シリーズ>~My dear ジャパネスク~3***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




注)このお話は一話完結です。
原作の「その後」を書いていますのでネタバレ要素を多く含みます。
原作未読の方はご注意ください。
          
          





***<原作シリーズ> ~My dear ジャパネスク ~3 ***








パタパタと言う足音と衣擦れの音に顔を上げると、案の定、渡殿を歩いてくる瑠璃さんの姿が目に飛び込んできた。

「・・・・・」

思わずタメ息が漏れてしまい、そうして、ため息なんかついている自分に、もうひとつタメ息をつく。

「高彬」

ぴょこん、と几帳から瑠璃さんが顔を出す。

「えへへ、・・・また来ちゃった。どう?体調は変わりない?」

ぼくの返事も待たずに几帳を回り込み、そうして隣にちょこんと座る。

「・・・・」

変わりない?も何も、さっき瑠璃さんがこの部屋を出て行ってから、小半刻も経っていないのだ。

ぼくの体調はおろか、陽の位置だって変わってはいない。

「あのさ、瑠璃さん」

若干の照れくささを漂わせながらもニコニコと笑う瑠璃さんに、ぼくは持っていた筆を下ろして向き直った。

「さっきも言ったと思うけど、ぼくはもう大丈夫だよ。体調も悪くない。いや、悪くないと言うより、むしろ良好だ」

「うん」

うん、と言いつつ、瑠璃さんはそのまま座り込んでいる。

そうして、ずりずりとにじり寄ってくると

「こうしててもいい?」

と言いながら、ぼくにそっともたれ掛かって来た。

もたれ掛かると言っても、全体重を乗せてきてるわけじゃないし、たとえそうされたとしても、小柄な瑠璃さんの身体くらい何てことないのだけど、だけど、ぼくはある驚きを禁じ得ないのだ。

瑠璃さんは、あまりこういう事をする人ではなかった、ように思う。

こういう事、と言うのは、今みたいに甘えてくることだ。

全くなかったわけじゃないけど、でも、その数は極端に少なかった。

少なかったのだけど───

ぼくのタメ息の原因は、実にもう、瑠璃さんのこの<甘え振り>なのだ。

まさか、瑠璃さんに甘えられて、タメ息をつく時がくるなんて思ってもみなかった。

瑠璃さんは、ぼくが火傷を負ったことを自分のせいだと思いこんでいるみたいで、更にはぼくが生死の境を彷徨ったことがえらく堪えてるみたいで、こうして危機的状況を脱した今でも、ぼくのそばを離れようとしないのだ。

離れようとしないのみならず、まるで、触れていないとぼくが消えてしまうとでも思っているかのようにぼくに触れたがる。

「・・・・・」

肩に瑠璃さんの温もりを感じながら、気付かれないようにまたしてもタメ息をつく。

そりゃあ、触れてもらえるのは嬉しい。

寝付く時も、目覚めた時も、瑠璃さんの顔がじっとぼくの顔を覗き込んでる・・・、なんて言うのは悪い気がしない。

「高彬、高彬」と何くれとなく世話を焼かれるのは、夫冥利に尽きるというものだ。

だけど正直に言うと、少しばかり、イヤ、かなり恥ずかしいのだ。

昏睡状態から目覚めてすぐの頃はそんなこと思わなかったけど、こうしてほぼ体力も戻りつつある今はきっぱりはっきりと恥ずかしい。

理由は判っている。

ぼくが鴛鴦殿にいるから、ぼく付きの従者も女房も、皆、こぞってここに来ており、要は見慣れた面子に囲まれて過ごしているからなのだ。

瑠璃さんにして見たら、大江以外はほぼ初対面だし、それにぼくの非常事態と言う事で、もしかしたら何かの「タガ」が外れてしまい、普段の瑠璃さんだったら感じる恥ずかしさを感じないでいるのかも知れない。

だけど、ぼくにしてみたら丸ごと右大臣邸のぼくの部屋が移動してきたようなこの状況下での「新婚モード」と言うのか「若夫婦モード」と言うのは、何とも気恥ずかしさを感じてしまうのだ。

居心地の悪さ、と言ってもいいかも知れない。

女房たちが横目で見て目配せし合ってるような、はたまた従者らが陰でぼくのことを笑っているような・・・

まぁ、考えすぎかもしれないけど。

だけど、一応、ぼくだって女房や従者らの前では威厳を保っていたいじゃないか。

大火傷を負って、皆に心配を掛けた身としてはなおさらだ。

そう思い、それなりの威厳を醸し出そうと気を使っているそばから、瑠璃さんに

「高彬、自分で食べられる?」

「高彬、喉、乾かない?」

「ねぇ、高彬」

「高彬ったら」

と、まるでぼくの大安売りのように、ぼくの名を連呼されるだなんて、まったくもってサマにならない。

どうも最近、女房たちの目に言うに言われぬからかいの色が浮かんでるような気がするんだようなぁ・・

何となくだけど、女房部屋では大江辺りが先頭になって

『ねぇ、見た?さっきの高彬さま。あんなに鼻の下、伸ばしちゃって・・』

とか

『高彬さまったら瑠璃姫さまに骨抜きなのねぇ。あんな高彬さま、初めて見ちゃった。この間なんか、瑠璃姫さまに水菓子を食べさせてもらってたのよ。「あーん」なんて言われて。ふふふ』

なんて話をしてるんじゃないか、と言う気がして、どうにも落ち着かないのだ。

まぁ、これも考えすぎかも知れないけど。

それにしても、部屋にいる間中、ずっと手を繋ぎたがると言うのはどう言う心理なのだろうか・・・

今も気が付いたら、しっかり瑠璃さんに手を握られていて

「ねぇ、瑠璃さん。たまには藤宮さまのところに遊びに行ったら・・・」

「ね、高彬。おやつ食べない?田嶋がね、珍しい水菓子があるって言ってたわ」

ぼくの提案なんかてんで無視して瑠璃さんは言い、そうして「ね」とぼくの顔を覗き込んできた。

「ぼくは今は・・・いいかな。瑠璃さん、一人でお食べよ。あぁ、ほら、何なら煌姫にでも声を掛けてさ」

さりげなく退席を促すと、瑠璃さんは不満げにむぅと黙り込み、更にじり、と近づいてきた。

「高彬と食べたい」

正面から言われ、うっと言葉に詰まっていると、またしても足音が聞こえ、すばやく確認すると大江がこちらにやってくるところだった。

「瑠璃さん、お願いだから、少し離れて、ね?」

こんなとこ見られたら、またしてもぼくの威厳が遠のいてしまう。

瑠璃さんの手を半ば強引に外し居住まいを正したところで、ちょうど大江が部屋に入ってきた。

瑠璃さんと目が合ったのか、大江はにっこりと笑い、そうしてぼくにも笑い掛けてくるのが、わけもなく怖い。

また何かを見られたのだろうか・・・

「高彬さま。お文でございますわ」

「うむ」

せめて返事だけでもと、目一杯、威厳を醸し出しつつ受け取ると、文は別当どのからで、内容は報告書の催促だった。

大江が下がってから、瑠璃さんに切り出す。

「ごめん、瑠璃さん。いい加減、報告書を仕上げなければならなくなったよ。別当どのからの催促だ」

「うん・・・」

しょんぼりと頷いた瑠璃さんは、しばらくもじもじとした後

「絶対に邪魔しないから、ここにいても・・・いい?」

と小さい声で聞いてきた。

「・・・・・」

ぼくは、またしてもため息をついた。

だけど、今のため息は少し違っている。

さっき外した瑠璃さんの手を取った。

「そんな言い方は瑠璃さんらしくないな」

「・・・・・」

瑠璃さんの丸い目がぼくを見ている。

火傷からこっち、瑠璃さんには二つの大きな変化があった。

ひとつはひどく甘えてくるようになったこと、もうひとつは今みたいに、やけにぼくに気を遣うようになったことだ。

ぼくが感じる居心地の悪さは、何も瑠璃さんに甘えられることだけが原因なのではなく、気を遣われることも含めての「いつもの瑠璃さんらしくない」ような気がしてしまうからなのだ。

常ならぬ瑠璃さんの甘えも気遣いも、それはそのまま、瑠璃さんの自責の念や罪悪感から来ているのだと思う。

瑠璃さんのせいじゃない、と何度言っても、瑠璃さんはそう思えないでいるのだ。

「ねぇ、瑠璃さん」

瑠璃さんの頬に手を添える。

「そんなしおらしいのは瑠璃さんらしくないよ。ぼくはこうして元気なんだし、瑠璃さんもいつも通りでいいんだよ」

何度も言ったことを、ここでも繰り返す。

瑠璃さんはそれには返事をせずぼくの手を取り袖を捲ると、何も言わずにそっと火傷の後をさすり、そうして静かに涙ぐんでいる。

「瑠璃さん・・・」

「・・・あたしね、高彬」

涙でいっぱいの目を上げてぼくを見て

「あたし・・・、高彬が死ぬかも知れないって時に気付いたの。あたしには高彬が一番大事な人なんだって。あたし、自分が死ぬかも知れないって思ったことはあっても、高彬が死ぬなんてこと考えたこともなかった。だから、死なないでいてくれて、本当に嬉しい・・・」

涙で声を詰まらせている。

「・・・うん」

頷くと、瑠璃さんも頷き返し、そのはずみで涙が零れ落ちた。

「だけど、いつかは・・・・」

そう言うと、瑠璃さんは辛そうに唇を噛み、目を伏せ静かに涙を流している。

すっかり感傷的になっている瑠璃さんは、どうやらいつか訪れるであろうその瞬間までもを想像してしまっているらしかった。

「瑠璃さん」

瑠璃さんの頬の涙を拭ってやりながら、ぼくは笑い掛けた。

「ぼくも瑠璃さんも、こうして生きてる。そうしてぼくたちはまだ若い。そうなるまでに、まだ時間はたっぷりとあるよ」

「・・・」

「ぼくは瑠璃さんを置いて死んだりしない。約束する。だから瑠璃さんも、そんな顔はやめて、いつもの瑠璃さんに戻ってよ」

「いつもの、あたし・・・」

「そう。几帳を蹴飛ばすとか、わがまま言うとかさ」

「・・・わがまま、・・・言っていいの?」

「あんまり強烈なのは困るけどね、まぁ、少しのわがままなら」

少し考えこんでいた瑠璃さんは

「じゃあ、ぎゅうってして」

真面目な顔で言ってきた。

「いいよ」

瑠璃さんが苦しくない程度にぎゅっと抱きしめてやる。

しばらく静かにしていた瑠璃さんは、そっと涙を拭うと身体を離し、そうして立ち上がって簀子縁に座りなおした。

さっきの言葉通り、報告書を書く邪魔をしないつもりらしい。

庭に目をやる瑠璃さんを確認してから、文机に向かって筆を取る。

さて、何と書いたものか・・・

身も蓋もない言い方をしてしまうと、これは嘘の報告書なのだ。

真実なんて書けないから、取り繕ったことしか書けない。

宮廷はまだパニックの余韻を引きづっていて、推測憶測入り乱れた噂が飛び交っていると聞くし、そのためか今上の御気色はすぐれないままだと言う。

少しでも今上のお救いになる報告書を早いとこ書きあげて、事件のケリをつけなければならない。

ひとつの嘘を書けば、それに信憑性を持たせるための嘘を更に重ねなければならず、細心の注意が必要となる。

目を閉じ、頭の中であれこれ捏造した話の整合性を辿っていくのだけど、必ずどこかで破綻してしまい、さて、どうしたものか・・・と目を開けると、瑠璃さんの後ろ姿が目に入った。

瑠璃さんは地面に向かい手を伸ばしており、どうやら瑠璃さんの目線の先には雀が数羽いるらしく、米粒でもあるのかチュンチュンと鳴きながらついばんでいる。

雀の気を惹くためなのか、良く聞くと瑠璃さんは「チッ、チッ」と舌を鳴らしており、一羽の雀が顔を上げ瑠璃さんの方を見たと思った次の瞬間、風でも吹いたのか、数羽の雀が一斉に飛び立ってしまった。

(あーあ・・・)

そんなため息のような呟きを漏らしながら、瑠璃さんは飛んでいった雀を見送り、ぼくはその横顔をぼんやりと眺めた。

幼い時から、瑠璃さんの横顔は何度も見てきた。

階に座って泣いていた横顔、結婚なんかしたくないと怒っていた横顔、吉野の地で佇んでいた横顔。

そうして、横たわるぼくの枕元で涙を流していた横顔・・・

もう一度、瑠璃さんの横顔を見る。

見慣れたはずの横顔がほんの少し違って見えるのは、もしかしたら、瑠璃さんが少し痩せてしまったからだろうか。

「・・・・・」

いいや、違う。

ぼくは心の中でゆっくりと頭を振った。

五年前とも、三年前とも、一年前とも違う瑠璃さんがここにいる。

変わらないようで、人は変わって行く。

今の瑠璃さんは、きっと今だけの瑠璃さんで、また数年後には今とはどこか違ったぼくたちが向かい合っているに違いないのだ。

だけど、ぼくはどの瑠璃さんも変わらず好きで・・・

そっと文机を押しやる。

報告書は後だ。

ぼくが一番、大事なのは───

「瑠璃さん」

呼びかけると、ハッとしたように瑠璃さんが振り返った。

「おいで」

言いながら両手を広げると、はじかれたように瑠璃さんは立ち上がり、そうしてぼくの胸に飛び込んできたのだった。







<終>



瑞月です。

いつもご訪問いただきありがとうございます。

こちらのお話は

『(その後の鴛鴦殿では)瑠璃はずっと高彬の近くにひっついていたかったでしょうからね。ぜひ瑞月さん、その後のも、ラブ甘でお願いしたいです。(^^) 逆に高彬が「いやもう瑠璃さん、お願いだから、少し離れて、ね?」なんてお願いするくらいベタベタの瑠璃さんで。どうですか?笑』

と言うコメントから妄想が広がって出来たお話です。

『瑠璃さん、お願いだから、少し離れて、ね?』

もそのまま使わせていただきました。(ベリーさん、快諾していただきありがとうございました)

もうちょっと二人がいちゃいちゃする話にしても良かったかな?と言う気がしないのでもないですが、人の目のあるところでいちゃいちゃする高彬と言うのはちょっと違うかなぁ・・と思いましてこんな感じになりました。

「人の目のあるところでいちゃいちゃしない」は、裏返せば「人の目がないところでならいちゃいちゃする」と言う事ですので、この後は高彬も二人っきりの時にはタガが外れたようにいちゃいちゃするんだろうなぁと思われます。

高彬のいちゃいちゃってどんな感じなんだろう・・・

その辺りのことは、私の妄想警報が発令したら、また書いて見たいと思います。

お読みいただきありがとうございました。


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***<原作シリーズ>~My dear ジャパネスク~2***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




        注)このお話は一話完結です。
          原作の「その後」を書いていますのでネタバレ要素を多く含みます。
          原作未読の方はご注意ください。
          
          





***<原作シリーズ> ~My dear ジャパネスク ~ ***








年が明けてからこっちなかなか暖かくならず、いつになく寒さが長引いた京も、三月に入った途端まるで今までの分を取り戻すかのように一気に季節が進んだようだった。

部屋に流れ込む風は暖かく、時折り桜の花びらがひらひらと空を舞っているのが見える。

庭のそこかしこから鶯の鳴き声が聞こえ、枝から枝に飛び移るたび鶯が立てるカサコソと言う葉擦れの音が聞こえてくる。

「春ねぇ・・・」

針を持つ手を止めて、あたしはぼんやりと庭を眺めた。

「姫さま、キリの良いところまで針をお進め下さいませ。どこまで縫ったかわからなくなってしまいますわよ」

小萩に促され手元に目を戻してみたものの、どうにも針を進める気になれず、あたしは脇息ごと押しやると思い切り伸びをした。

やっぱり慣れないことをすると疲れるわ。気のせいか目がチカチカする。

昨年いっぱい鴛鴦殿で静養していた高彬は、新年からは京の白梅院に戻りゆるゆると出仕するようになってきている。

時々、思い出したように熱を出すこともあるけれど、最近ではほぼ前と変わらないほどに仕事に復帰出来ているのだ。

あたしとしてはもっと静養していて欲しいんだけど、やっぱり高彬は高彬と言うか、今でもお役目大事な人のままで、それは思わず苦笑してしまうような、じわじわと嬉しいような、何とも不思議な心地なのよ。

やっぱり人間ってそんなに簡単に変わるものじゃないのね・・・

とか言いつつ、実はあたしは裁縫デビューなるものを果たしてしまったのだ。

思えば、あたしの人生、裳着を迎える前は庭を走り回るのに忙しく、裳着を迎えてからは父さまからの結婚攻勢をかわすのに忙しく、結婚したらしたで、今度はあれこれと事件続きでさ。

裁縫なんてしてる時間がなかったって言うのが正直なところなのよ。

でも、去年の恐ろしい事件のあと、あたしはつくづくと平凡が一番だと思ったし、もちろん事件や事故は向こうからやってくることもあるだろうけど、まぁ、自分で避けられるものは避けよう・・・なんて思ってしまった。

それに、やっぱり、高彬をあんな目に合わせてしまって、心の底から高彬の良き妻になりたい、なんて思ったしさ。

そんなこんなで小萩の手ほどきを受けながら慣れない裁縫なんかしてるわけなんだけど、高彬は「期待しないで待ってるよ」なんておどけて言いながらもどこか嬉しそうにしてるし、やってみると、これが案外面白かったりもする。

いつかは闕腋袍でも縫い上げてあげられるといいんだけど・・・

などとこもごも思っていると

「瑠璃姫さまに申し上げます。北の方さまがこちらにご機嫌伺いに参りたいとのことでございます」

いつからいたのか女房が孫廂に手をついており口上を述べた。

「母上が?・・・小萩、お前、何か聞いてる?」

隣にいる小萩に聞いてみても

「さぁ、特には何も・・」

と首をひねっている。

母上のご機嫌伺いねぇ。何かしら?

機嫌を伺われるような覚えはないんだけどな。

「いいわ。あたしから伺うわ。母上にそうお伝えして」

いい加減、裁縫には飽きてたところだもの。

春爛漫の中、散歩気分で渡殿を歩きがてら母上をお訪ねするのも悪くないわ。

そう告げると、女房は一礼し衣擦れの音も鮮やかに退出していった。



*****************************************




「まぁまぁ、瑠璃さま。瑠璃さまから足をお運び下さるなんて。何やら申し訳ない気がしますわ」

「ずっと部屋にいるのがもったいないような天気ですもの」

「えぇ、えぇ。そうでございますわね。ようやく京にも春の訪れがあり、ほんに嬉しいこと。あまりに寒さが長引くので気を揉んでおりましたのよ、少将さまのお身体にも障るんじゃないかと」

「えぇ、お陰さまで最近はずいぶんと調子が良いみたいですわ。その節は本当に色々とご心配をお掛けしちゃって・・・」

満面の笑みで出迎える母上を前に、あたしはぺこんと頭を下げた。

後から融に聞いたんだけど、高彬が大火傷を負った時、その知らせを聞いた母上は驚きのあまり失神してしまわれたらしく、目が覚めるやいなや、今度は集められる限りの僧侶をかき集めて加持祈祷をさせ、母上自らもずっと神仏に祈り続けていたそうなんである。

あまりに根を詰めるものだから父さまや融が止めに入っても

「瑠璃さまを未亡人にするわけには参りませんっ」

と人相が変わったような顔で言い放ち、決して止めなかったらしくてさ。

それを聞いたらあたしも神妙な気持ちになっちゃって、今まで母上のこと適当にあしらったりして悪かったなー、なんて思っちゃった。

これまで母上があたしにアドバイスすることは、どうせ高彬の母君への対抗心だろうなんて思ってたんだけど、そういうわけばかりでもないのかも知れないなぁ、なんてね。

今までだって別に母上のことが嫌いだったわけじゃないけど、でもやっぱり<なさぬ仲>だから、どっか線をひいてたって言うか。

だからこれからはあたしからも歩み寄ろうかな、なんて気持ちも出てきたりしているの。

「母上。それで、そのぅ・・・あたしに何かお話でも・・?」

歩み寄りたい気持ちにウソはないんだけど、母上の話となると、ついつい警戒してしまう。

また例のアノ言葉でも飛び出すんじゃないかしら・・・。

恐る恐る切りだすと、母上は「ふぅ」と肩で息を付き扇をはらりと広げて見せた。

そうして

「ねぇ、瑠璃さま。融さんと・・・最近、何か話されまして?」

「融と?いえ、別に。何ですの、母上。融が何か仕事で問題でも?」

仕事でとんでもないヘマでもやらかしたのかと思い(あの子ならやらかしそうだもの!)身を乗り出すと

「いいえ、仕事の問題などではないのですが、ただ・・・」

「ただ?」

ふぅ・・と母上はまたしても盛大にタメ息をつかれ

「瑠璃さまは・・・融さんに寄せられた悠姫との縁談のお話はご存じでいらして?」

「悠姫・・・」

どこかで聞いたことがあるわね・・・悠姫・・・悠姫・・・

「あ!確か・・・参議、藤原成親(なりちか)どののところの・・」

そうよ、思い出したわ。

父さまが「婿入り」を勝手に内諾してしまった姫の名よ。

「えぇ、そうなのですわ。あの時は融さんの家出やら何やらでうやむやになってしまったのですが、実は成親どのはまだ諦めきれないようで、殿に再三のお申し出があるのです。それが、融さんは『悠姫とは結婚したくありません』の一点張りで・・・。かと言ってこれと言ったお相手がいらっしゃる様子もなく、いつになく頑なな融さんのご様子に殿もほとほと困り果てているのですわ」

「・・・・・・・」

「瑠璃さまは、融さんから何かその辺りのこと、聞いてはいなくて?」

「・・・・・・・」

ううむ、とあたしは内心で頭を抱えてしまった。

聞いてはいないけど、あの子が結婚をしぶる理由は判る。

だって、あの子は今、由良姫に片思い中なんだもの。(前の時は、藤宮さまに片思い中だったってところが、あの子の節操のないところだわよ)

あたしの沈黙を何と勘違いしたのか

「何かの折りにでも結構ですので、瑠璃さまからそれとなく融さんに聞いてみて下さらないかしら?」

小首を傾げた母上に言われ、一呼吸おいて、あたしはコクリと頷いた。



****************************




部屋に戻ると、すぐさま宮中にいる高彬に『鴛鴦殿にいる由良姫を訪ねてもいいか』と言う趣旨の文を書いた。

融に聞くのなんか時間の無駄、答えは判り切っているもの。

そうなれば次に聞く相手は、ずばり、由良姫よ。

それに、実はあたしはふいに由良姫のことが気になってきてしまったのだ。

しばらく会っていないけど、由良姫は元気かしら?

───ほどなくして高彬から文が届いた。

『行ってもいいけど、くれぐれも外には出ないこと。ただ由良と話をするだけに留めること。扇、懐紙も忘れずに。夜にはぼくも行きます』

とのことで、短い文によくこれだけのことを盛り込んだと感心してしまう。

小半刻後、あたしは車中の人となっていた。



******************************



車が止まり簾が巻き上げられると、相好を崩した鴛鴦殿の老執事、田嶋の顔があった。

「瑠璃姫さま。お待ち申し上げておりました。ささ、どうぞこちらへ」

今年に入り、右大臣家でどんな話がなされたのかは知らないけれど、ここ鴛鴦殿は高彬が正式に相続し、名実ともに高彬のものとなった。

気のせいか田嶋もやりやすそうで、高彬の看病で詰めていた時以来、あたしともずいぶんと気心が知れた間柄となり「瑠璃姫さま、瑠璃姫さま」と慕ってくれているのである。

由良姫は鴛鴦殿で今も過ごしており、当然のように煌姫もいる。

高彬の母君としては、由良姫に白梅院に戻って欲しいようなのだけど、娘が髪をばっさりと切ったことがえらくショックだったのと同時に、どこか由良姫に対して腫れものに触るような扱いを見せていて、強く言えないでいるのだと言う。

東の対屋に通されたあたしは、頃合いを見計らって由良姫の部屋を訪ねた。

今日のところは煌姫には遠慮してもらおう。

久しぶりだし由良姫と2人で話がしたかった。

「入るわね、由良姫」

「瑠璃姉さま」

あたしが来ることをとうに聞いていたのか、由良姫は驚きもせずにっこりと笑った。

由良姫の膝には猫が丸くなっており

「その猫が茶実?」

座りながら聞くと、由良姫はコクンと頷き、茶実を抱き上げ頬ずりなんかしている。

肩を過ぎたばかりの短い髪が、童顔の由良姫を更に幼く見せ、まるで童女のように見える。

猫と戯れる由良姫を見ながら、あたしはさりげなく様子を探ってしまった。

由良姫は、この無邪気な姿からは想像も出来ないほど、心に傷を負ったのだ。

あの事件の裏で、人知れず傷付いた由良姫───

誰にも、本人にさえも知られることのないまま、葬り去られた由良姫の初恋。

初恋の人が抱えていた恐ろしい秘密、犯した罪、失われた命・・・・

事件で泣くのは何も当事者だけじゃない。

むしろ、大っぴらに泣けるだけ当事者はまだマシなのかも知れないわ。

事件の裏で、誰にも気にとめられないまま、ひっそりと深く傷付き、人目を忍んで泣くことしか出来なかった由良姫───

「・・・瑠璃姉さま。お元気そうで何よりですわ」

茶実を抱いたまま由良姫が笑い、笑うと尚のこと目元が高彬に似ていて、思わず微笑を誘われてしまう。

「由良姫も・・・元気?」

我ながらひねりも何もない聞き方だと思ったけど、由良姫は素直に「はい」と頷いた。

「煌姫さまにいつも元気付けていただいているお陰ですわ」

「煌姫に、ね」

どんな風に元気付けてるのか気になるところだけど、煌姫も性格には色々と問題はあるけど悪い人じゃないから、まぁ、安心だわ。

しばしの沈黙が流れ、茶実がミャアと鳴くと、まるでそれが合図だったかのように

「お兄さまが良くなられて、本当に良かった・・・。お兄さまにもしものことがあったら、わたくし・・・」

由良姫の言葉が途切れ、あたしは言葉もなく頷いた。

しばらく茶実の背を撫ぜていた由良姫は、ふと顔をあげ

「お兄さまが参内を始めたのに、いつまでもふさぎ込んでいては駄目だって煌姫さまに叱られてしまったんです。だからわたくし、お兄さまのためにも早く髪を伸ばして元気になろうって・・・」

「そうね。高彬もそれを望んでいるはずよ」

「はい」

由良姫は形の良い唇をキュッと引き締めたかと思うと、あたしと目が合いにっこりと笑った。

由良姫がずいぶんと元気になったみたいで良かったわ。

そうなると、気になってくるのが───

融が頻繁に由良姫に文を送ってるってことは、高彬からの情報で知っているけれど、その後、何か進展でもあったのかしら?

気にはなっていたんだけど、正直、高彬の身体のことが一番の気掛かりだったし、それに由良姫が抱えてる事情も判ってたから、まだその時期じゃないと言うか、2人の関係が動き出す時にはいずれは動くだろう・・・くらいの気持ちだったのだ。

だけど、融に縁談の話が再浮上しているとなると事情が違ってくる。

恋愛には逃しちゃいけないタイミングってあるのよ、きっと。

「えーとね、由良姫」

コホンとひとつ咳払いをして、言葉を選びながら切りだした。

馬鹿な姉と笑ってくれてもいいわ。

だけど、やっぱり融には幸せになってもらいたいのよ・・・。

「融から・・・文とか届いて・・ない?」

「・・・・」

驚いたように目を開き、ほんのりと頬が赤くなったかと思うと、由良姫はコクンと頷いた。

「はい、頂いています。それで・・・お兄さまに相談して、何度かお返事もお出ししました」

恥ずかしそうに身を縮こませなから言う由良姫は本当に可愛らしくて、そこに感動しながらも、あたしは

(高彬、そんな助言をしてくれてたんだ)

なんて、そっちにも感動してしまった。

高彬、そんなこと一言も言ってなかったもの。

由良姫から返事をもらってれば、そりゃあ融も燃えるわよね。縁談を頑なに拒むはずだわ。

それに、由良姫のこの様子からしても───

あたしは再度、小さく咳払いをして膝を進めた。

結局は当人同士の問題と言ってしまえばそれまでだけど、そうして、いつだったか高彬にも、そういうことには立ち入らない方がいいと言われたけど、でも、小さな後押しってあってもいいんじゃないかと思う。

おせっかいってほどじゃなく、ほんの少しの後押し。

それで恋が上手くいくなら素敵じゃない?

「実はね、由良姫」

「はい、瑠璃姉さま」

「融に・・・・縁談の話が持ち上がっているのよ」

「・・・・・・」

「ほら、あの子もいい年でしょ。父さまが心配しちゃってね。本人は断り続けてるみたいだけど・・・」

ちらりと由良姫を窺うと、瞬きもせずに息を詰めているようだった。

「だから、もし・・・少しでも・・・その、融のことを・・・」

さすがにその先の言葉に詰まると

「・・・はい」

小さいけれど、それでも思いがけないほどのはっきりとした声で由良姫が言い、思案気に目を瞬かせている。

音もなく由良姫の膝から飛び降りた茶実は、そのまま庭に下り、あたしは視線で茶実を追った。

西の庭は、今は見るべき花もなく淋しげだった。

───そういえば、この部屋は。

吉野から帰京したあたしが通された部屋だわ。

小萩が熱で倒れたり、融の家出があったり、そうして夏がいて・・・。

「・・・・・」

いつの間にか、茶実の姿は見えなくなっている。

由良姫に声を掛けられるまで、あたしはぼんやりと庭を眺め続けていた。




***********************************




「由良とは話が出来たかい?」

高彬は戌の刻を過ぎたあたりにやってきた。

女房が掲げ持ってきた白湯を飲む姿は、どこがどうとは言えないけれど、以前にはなかった貫禄みたいなものが出て来たような気がする。

この邸の主と知っているからなのか、はたまた妻の欲目なのか、またはその両方だからなのかも知れないけど。

「由良姫が元気そうで安心したわ」

「うん、由良は会うたびに元気になっていくよ。あの、とんでもなく元気な煌姫のお陰かな」

「ふふふ」

邸内にいる煌姫に配慮して、目交ぜして小声で笑い合う。

「ところで瑠璃さん。ちゃんと扇は持ってきた?」

「えぇ、もちろん、この通り。貴族の姫のたしなみよね」

ふふん、と鼻で笑い、はらりと大げさなしぐさで広げて見せると、高彬も大げさに頷いて見せ、またしても2人で笑ってしまう。

部屋からはやわやわとほのかに霞む月が見えた。

月が良く見えるところに場所替えした高彬は、ややあって白湯を飲み干すと、器をことりと床に置いた。

「ねぇ、高彬」

月を眺める高彬に話しかける。

「・・・うん」

月に目を奪われたままの、上の空での返事だったけど、あたしは構わず静かに切りだした。

「前に───」

春の夜風が室内に流れ込み、几帳を揺らす。

「前に、夏に・・・好きだって言われたんでしょ?」

「・・・・・」

ゆっくりと高彬が振り返った。

さっき───。

由良姫の部屋で、唐突に、ひらめきにも似た感覚で、判ったことがあった。

あの時、夏は高彬に自分の思いを伝えたに違いない、って。

その考えは、あまりにもしっくりと来て、今まで気付かなかったのが本当に不思議なくらいだった。

あれほどの激しさを秘めた夏が、何も告げずに去っていくというのは考えづらいし、おそらく夏ならば、どこまでも控えめに、でも鮮やかに軽やかに「好き」と言ってのけそうな気がするもの。

───夏が誰を好きだったか知ってる?

そう聞いたあたしに、高彬は『時々、わかることがあった』って答えたのだけど、そもそも高彬が夏の気持ちに気付いていたって言うのがおかしいのよ。

気付くわけないわよ、筋金入りの朴念仁の高彬が。

気付いたんじゃなく、夏に告白されてたんだと考えれば納得が行く。

それに、あたしが『夏と融が通じている』と言った時の、あの驚きよう、否定の仕方。

あれだって、夏は自分を好きだと知っているからこその否定だったのよ。

更には、あたしが「邸の女房に手を出したら、それを言いふらせる?」と言った時の、みっともないくらいの狼狽ぶり。

あれは夏に告白されたばかりで、あまりにタイムリーな例えだったに違いないわ。

夏は高彬に告白していた───

そう考えたら、全ての辻褄が合うのよ。

あの時は京に戻ってきたばかりだったし、これから初夜を迎えるって緊迫の時だったから、あたしもいつもの勘が働かなかったのかも知れない。

「ねぇ、高彬」

あたしは改まった口調で高彬に向き合った。

「一回しか聞かないから、本当のことを教えて」

高彬の肩越しに朧月が見える。

あたしは高彬の目を真正面から見つめた。

「夏とは・・・・何もなかったんでしょ?」

ほんの少し高彬の目が大きくなり、やがて一度、ゆっくりと瞬きをすると

「うん」

迷いのない答えが返ってきた。高彬の目は穏やかだった。

「・・・うん。わかったわ。もう聞かない。ありがとう」

全身の力が抜けるのを感じながら、あたしはゆっくりと頷いた。

この話はこれでおしまい。

うじうじ考えるのは好きじゃない。

もしかしたら、高彬も少しは嬉しかったり、男として食指が動いたことがあったのかも知れないけど、それを想像してあれこれ詮索したってしょうがないもの。

それに、あの時に高彬が本当のこと──夏に好きだと言われたこと──を言わなかったのは、あたしや夏への気遣いがあったからに違いないのよ。

何もなかった、と言う高彬の言葉を信じるわ。

高彬の隣に座り直し朧月を見上げると、高彬が足を組み変える気配があり、やがて

「瑠璃さん」

どこか改まった声が聞こえた。

「なぁに」

「その・・・ついでと言ってはなんだけど。ぼくも聞いていいかな」

「・・・・・」

「瑠璃さんも、その・・・」

「──何もなかったわよ、あたしも」

「え。ぼくはまだ何も・・・・」

目をシロクロさせている。

何が「え」よ。

高彬が言いそうなことなんて判るわよ。

「あんたに顔向け出来ないようなことは何もないわよ、あたしは。これまでも、これからも」

「・・・うん」

「この質問はこれきりにしてよね。同じこと、また聞いてきたら怒るわよ」

つん、と言ってやると、高彬は一瞬、ぽかんとし、やがて吹き出した。

「ひどいな」なんて言いながら笑っている。

笑い続ける高彬を無視し、そっと身体を預けてみると、するりと肩に手が回された。

まだ喉の奥で、くっくと笑っている。

何がそんなにおかしいんだか。白湯飲んで酔っ払っちゃったのかしら。

春の夜、朧月───

鳥が枝から飛び立ったのか、ピッと言う鳴き声と葉擦れの音が聞こえた。





<終>

(←お礼画像&SS付きです)

***<原作シリーズ>~My dear ジャパネスク~1***

『なんて素敵にジャパネスク〜二次小説』




        注)このお話は一話完結です。
          原作の「その後」を書いていますのでネタバレ要素を多く含みます。
          原作未読の方はご注意ください。
          
          





***<原作シリーズ> ~My dear ジャパネスク ~ ***








「まぁ、姫さま!この小萩を温泉(いでゆ)にお連れ下さるだなんて・・・!しかも話に聞くばかりの、遠く出雲の<神の湯>と称される温泉(いでゆ)だなんて!」

「前に約束したでしょ。お前を温泉(いでゆ)に連れてってあげるって。それっきりになっていたから、ずっと気になっていたのよ。どうせ行くなら滅多に行けないところの方がいいんじゃないか、なんて高彬も言うしさ」

興奮しすぎて前のめりになっている小萩を前に、あたしは脇息に寄りかかりながら鷹揚に笑ってみせた。

「ええ、ええ、出雲はおろか温泉だって、わたくしども下々の者から見れば、一生行けないような憧れの地ですわ。そこにお連れいただけるなんて夢のようですわ・・・!」

両手を胸の前で合わせ、身悶えせんばかりだった小萩が、ふと声を落とす。

「あのぅ、ですが姫さま。北の方さまはこのこと、何とおっしゃっておりますの?あまり良いお顔をなさっていないのでは・・」

辺りを窺うような表情で言い

「大丈夫。母上の了承なら取り付けてあるわ」

頷いてやると、小萩はホッとしたように笑い、またも夢見心地な表情に戻った。

───全然、大丈夫ではなかったんだけどね・・・

小萩に気付かれないよう息を吐く。

実にもう、母上への説得と言うか直談判には骨を折ったのだ。

実際、旅ともなれば牛車を何台かは使うわけだし、そうなれば牛飼い童やら車副いやらの男手もいるし、女房の頭数も揃えなきゃいけないし、更には宿の手配やら、行く先々の国司への根回しやら、到底あたしだけじゃ無理なことも多い。

いくらあたしが結婚したとはいえ、この三条邸の女主は母上なわけで、さすがに出雲にこっそりと抜け出して行くなんてことも出来ないし、母上の了承を得ることはこれはもう絶対条件なのだ。

意を決して母上に話を付けに行った時のことを思い出すと、今でも疲労感が襲ってくるくらいよ。

「──出雲国の温泉?」

一通りの時候の挨拶を済ませたところで切り出すと、案の定、母上は怪訝そうに眉を寄せた。

そうして、やれこれからの季節、宴が増えるから女房手が必要だとか、京から遠く離れた出雲国ともなれば道中どんな悪党がいないとも限らず、そんなところに総領姫であるあたしをやるわけには行かない・・・などと指を折って上げ始め、母上の言葉が切れたところで、あたしは

「あのぅ・・」

とおもむろに切り出した。

母上の反論なんて、むろん想定済みよ。

こんな時のためにとっておきの切り札を用意してあるんだから。

あるんだけど・・・・。

「何ですの、瑠璃さま」

母上に促され、あたしは、えい、ままよ、と口を開いた。

「実は出雲には、何でも、そのぅ・・・・子宝にご利益があると言う古くからの神さまがいらっしゃるのですって。それで、あのぅ・・温泉に行きがてら、高彬と一緒に参拝でもしようかな・・・なんて・・・」

顔から火が出る思いと言うのはこういうことを言うんだとしみじみ思ったわね。

前に母上が懐妊祈願に異様な盛り上がりを示したことを考えれば、出雲行きを承諾させるのは、この手しかないと踏んだわけなんだけど。

案の定、子宝の言葉が出た途端、母上は「あら」と言うように目を見開らき、持っていた扇をはらりと開き口元を隠しながらにんまりと笑った。

「まぁまぁ、そういうことでしたの、瑠璃さま。少将さまと子宝祈願ねぇ・・」

嗚呼・・・、何もそこだけそんなに強調しなくても・・・

でも、小萩の温泉慰労旅行が掛かってるんだから、しっかりしなきゃ。

あたしはぐっとお腹に力を入れた。

ここは三条、あたしは瑠璃、負けてたまるか、てなもんよ。

「えぇ、そうなのですわ、母上。ほら、あたしたちも結婚して一年になりますでしょ。だから・・・」

「ええ、ええ、判っておりますわ、瑠璃さま。前回の懐妊祈願は叶いませんでしたけど、それもこれもお殿さまのご祈念が今ひとつ足らなかったせいだと、わたくしは思っておりますのよ。まだ早い、などと申されてね。でも、もう瑠璃さまもご結婚されて一年ですもの。早いと言うことはありませんわ。それにやはり、ご夫婦うち揃ってのご祈願に勝るものはございませんわ。昼は少将さまと出雲の神さまに参拝され、夜は夜でたっぷりと・・・・・ねぇ」

「・・・・・・」

扇越しに意味ありげな視線を送られ、何度も唾を飲み込む。

た、たっぷりとって・・・・そんなロコツな・・・。

そりゃあね、最初に子宝の話を持ち出したのはあたしよ。

それだって前のあたしにしてみたら考えられないことで、あぁ、こんな風にあたしも中年女になって行くのね、なんてチラと思ったりもしたけれど、だけど真正中年女の迫力にはもうひれ伏すしかないって感じだわよ・・。

でも、例のアレが出なかっただけでも良しとしなきゃ。

母上の承諾を取り付けたことだし、長居は無用と立ち上がりかけると

「瑠璃さま、この母が手抜かりなく旅の準備をさせていただきますわ。どうか、瑠璃さまも、少将さまと心置きなくお睦みあそばしていらしてね。タネを蒔かなければ花は咲きませんもの。ほほほほ。おほほほ!」

「・・・・・」

高らかな笑い声が室内に響き渡り、あたしはがっくりと肩を落としてしまった。

やっぱり言ったわね、アレ、を。

うーむ、何度聞いてもすごい言葉だわ。何なのかしら、この破壊力。

しかもタネって・・・。

───恐れ入りました。

心の中で薄縁に頭をこすりつけんばかりに平伏し、あたしは這うようにして自室に戻ったというわけなんだけどさ。

そういうわけで決まった温泉旅行。

頃は中秋、秋晴れの青空が広がる吉き日、吉き刻───

あたしたち一行は、出雲の国にある、古代の神さま<少彦名命>が発見されたと言われている神の湯に向かったのだった。




*******************************************************




「高彬。見て見てー!」

目の前に大海原が広がったとたん、あたしは駆け出していた。

いくらあたしが行動的と言っても、さすがに海を見るのは初めてで、それは高彬も同じだったようで、2人してしばらくは呆けたように眺めてしまった。

群青色にはろばろと広がる海原、空の色と交わる辺りの光る線、寄せては返す波打ち際、鼻先をくすぐる潮の香り・・・

初めて見る海に、胸がいっぱいになってしまう。

「出雲っていいところなのねぇ」

しみじみと呟くと、隣で高彬が頷く気配があり、どちらからともなく手を繋いで歩き出し、我慢出来なくなって草履を脱ぐと足先を波に浸す。

「・・・くすぐったい。・・・ねぇ、高彬もやってみたら?気持ちいいわよ」

誘うとすぐに高彬も草履を脱ぎ、足を波に浸しだした。

「気持ちいいでしょ?」

「うん」

打ち寄せる波は、都度、さらさらと足元の砂をさらって行き、それが面白くて、2人して少しずつ深いほうに歩いて行ってしまう。

波はやがて足先から足首へ、そうしてふくらはぎへ───

「今日はうるさいこと言わないのね」

普段、うるさいことばかり言う高彬をからかってやると

「うん、さすがにね・・」

何て顔を上げずに言い、すっかり足元の波に夢中になっているらしかった。

ふふふ、こういう無心な姿を見ると、童の頃を思い出して心が和むなぁ。

視線に釣られて、高彬の足元を見ると、まくった裾から高彬の足が見える。

ふくらはぎに残る、引き攣れたような火傷の痕。

あたしの視線に気付いた高彬が顔を上げ、目が合ってにっこりと笑い合う。

いつの頃からか、あたしは高彬の火傷の痕を見ても泣かなくなっていた。

少し前までは、見るたびに涙ぐんだり落ち込んだりして、かえって高彬に心配かけたりしてたんだけど。

あの辛い事件の後───

止まってしまったかのように見えた時間が、少しずつ進み始めている。

承香殿女御さまが皇子さまをお生みになったことが大きなきっかけではあったけど、でも、やっぱり鷹男が真実を知ったからなんじゃないかと、あたしは思っている。

ある日、内裏から戻ってきた高彬の顔がひどく青ざめていた時があって、何かあったな、とあたしはピンときた。

「───今日、お伝え申し上げたよ」

誰に、とか、何を、とか一切言わなかったけど、あたしは黙って頷いた。

何のことかすぐに判ったから。

鷹男の受けた衝撃を思うと心が痛んだけど、だけど、これは鷹男が引き受けなきゃいけない痛みで、誰も代わってあげることは出来なくて、あたしたちはその夜、言葉少なに過ごした。

翌日、帰ってきた高彬は、前日とは違いどこか明るい顔をしていて、ヤキモキして待っていたあたしは、まずは安堵したものだった。

高彬がこんな顔してるってことは、鷹男からきっといい方向の話があったはずなのだから。

聞けば案の定、鷹男から散り散りになっている帥の宮の縁者を探し出して仕事をあてがって欲しいと言うこと、鳥辺山に投げうったままの帥の宮の身代わりとなった亡骸を弔って欲しいと言うことを命じられたという。

その後の高彬の激務には身体を壊すんじゃないかとヒヤヒヤしたけれど、だけどいつもみたいに、鷹男に向かって

「人の夫をこき使って!」

なんて軽口をたたく気持ちにはならなかった。

それよりも、真実を知った鷹男がそういう気持ちになってくれたことが嬉しくて、そうして、愚痴ひとつこぼさずに黙々と一人で大変な任務をこなす高彬がただただありがたくて、本当に頭が下がる思いだった。

高彬の帰りが遅い日、あたしは一人、鳥辺山に向かって手を合わせたり、亡くなった大弐を思ってちょっと泣いたりした。

高彬の提出したウソの報告書も鷹男が良いように取り計らってくれたみたいで、特別のお咎めはなく、だからこうして高彬は右近少将のままでいるわけなんだけど───

「瑠璃さん、出雲も候補だね」

ふいに声を掛けられて振り向くと、高彬が笑いながらあたしを見ていた。

「そうね。しかもかなり有力なね」

笑い返しながら言い、2人で頷き合う。

前にあたしが言った「鷹男に憎まれたら2人でお寺に暮らそうね」と言う言葉を高彬はずっと覚えていて、こんな風に時々は候補地をあげるのが、あたしたちの中では楽しい話題になっているのだ。

今までに挙がったのが、伊勢、近江、丹後、加賀───

もちろん行ったことのない地ばかりだけど、あたしは時々、京ではなくてどこかの地で高彬と2人で暮らす自分を想像して楽しんだりしている。

そうして判ったことは、あたしは高彬がいれば本当にどこでもいいと思ってるってことだった。

どんな地だって高彬がいてくれて、2人で優しくし合ったり、時々は喧嘩したり仲直りしながら、2人一緒に歳を取って行けたら、もう、それだけで、人生は何て素敵なんだろう、何て素敵な人生だったんだろうって、最後に思える気がするから。

あの事件があって、あたしも少しだけ変わった気がする。

何かちょっとだけ色んなことが判ってきたって言うか、自分の未熟さが見えてきたって言うか。

若い時って自分を万能に思いがちで、だけど歳取って色んな経験積むと、かえって未熟さに気付くものなんだって最近つくづく思う。

もしかしたら、未熟さや自分に足りないものに気付いた時、その時こそが少し成長出来たってことなのかも知れない。

まぁ、気付いたからってすぐに性格まで変わるわけではないんだけど。

変わったと言えば御ややのこともそうで、母上に言った子宝祈願って言うのは、あながち旅に行くための口実ってわけでもなくて、ほんの少しは本気も入っていたりする。

そろそろいいかなぁ、とか、いたら可愛いだろうなぁ・・・とか。

高彬も同じ気持ちでいるみたいだし・・・・

チラッと高彬を見ると(なに?)なんて感じの顔で見られてしまった。

「ううん、何でもないわ」

頭を振ると、高彬は小さく頷いて、波の音に誘われたのか遠く水平線の方に目をやった。

少し傾きかけた秋の陽射しに、空と海の境目のあたりがぼぅとそこだけ発光しているように見えた。

海風が高彬の首にかかるほつれ毛を揺らしている。




**********************************************




足までとは言え、長いこと波にさらされていてずいぶんと身体が冷えていたのか、夜になり入ったお湯の温かさは格別だった。

「小萩たちは?」

「早苗や他の女房仲間と、向うのお湯に入っているわ」

先に浸かっている高彬の隣に座りながら、あたしはお湯の中で身体を伸ばした。

「あー、気持ちいい・・・」

長旅の疲れも、冷えた身体も、全部、お湯に溶け出していくみたい。

中天にぽっかりと浮かんだ丸い月の光がキラキラとお湯に映りこみ、その様は<神の湯>と称されるのも納得してしまうほどの神々しさだった。

月の光の中に漂っているような錯覚にとらわれてしまう。

静かな秋の夜、風にそよぐ葉擦れの音と、虫の音だけが聞こえてくる。

高彬があたしの肩にそっとお湯を掛けてくれて、あたしもお礼に掛けてあげた。

しばらく掛け合いっこをしていたら

「瑠璃さんは、明日、やっぱり参拝に行くの?その・・・ご利益があると言う神さまに」

急に手を止めて高彬が聞いてきた。

「そのつもりよ」

「そうか・・・」

「気が進まないなら高彬は別に行かなくてもいいわよ。母上にああ言った手前、あたしは一応、行っとかないとね。帰ったら色々聞かれるだろうし」

「いや、別に気が進まないとか、そういうのではないよ。ただ・・・」

月明かりの下、高彬の顔がうっすらと赤くなったのがわかった。

「ただ?」

「・・・霊験あらたかな神さまへの参拝もいいけど、その、有言実行と言うか、実力行使と言うか・・・つまり・・・そういうのもいいかな、とか思って」

「・・・・・」

「誰の目も気にせずに2人で部屋で過ごすなんてこと、京じゃ滅多に出来ないだろ?だから・・・たまには・・さ」

恥ずかしいのか、お湯にのぼせたのか、見ると耳までうっすらと赤くなっている。

高彬の言うとおり、基本的に高彬が三条邸に来るのは仕事が終わった後だし、仮に休みの日にうちで過ごしたとしても、女房たちの出入りも色々あるわけだから、確かに終日2人きりなんて、滅多に、ううん、絶対に京ではあることじゃないんだけど・・・。

一日中、誰にも邪魔されずに部屋で高彬と一緒かぁ。

目を閉じて想像してみる。

お衣裳に着替えもせず、行儀悪くごろごろしたり、思いついてお湯に浸かったり、たくさんおしゃべりして眠くなったらお昼寝して、そうしてそうして・・・・・

・・・そうよねぇ、参拝は小萩たちだけにお願いして、母上には適当に言っておけば良いのだし。

霊験あらたかな神さまへの参拝か、高彬言うところの有言実行か。

うーむ、考える価値あるなぁ・・・

ちらりと横を向くと、高彬がじっとあたしの顔を見ている。

心の中まで見透かされた気がして、あたしはコホンとひとつ咳払いをした。

「えーと、そうね。あ、明日の朝までには考えておくわよ」

そういうと

「じゃあ、考えておくと言う約束のしるしに・・・」

高彬が意味ありげな口調で言い、その言い方にあたしはピンときてしまった。

「記念の品をくれるって言うんでしょ。はい、いいわよ」

手を差し出すと、高彬は小さく笑い、ぐいと手をつかんで引き寄せたかと思うと、そのまま接吻をされてしまった。

「・・・・・!」

あまりの長さに押し返そうにもびくとも動かない。

「・・もうっ。約束のしるしにしては長いのよ!」

ようやく解放されて文句を言うと、高彬は声をあげて笑い、少しして真顔に戻ると

「・・・そろそろ部屋に戻ろうか」

果たして、今の接吻でオトコ心に火がついたのか、そっと耳打ちをしてきた。

「・・・・・」

どこかお伺いをたてるような、それでいて威厳をどうにか保ちたいと努めているような声音───。

高彬はこういう時、必ずこんな言い方をする癖があって、そうしてどうやら本人はそれに気付いていないようで、あたしはそんな高彬を(可愛いなぁ)なんて思ってしまうのだ。

あぁ、だけど。

(可愛い)なんてほだされて、このまま部屋に戻ったりしたら、寝所で高彬のペースに合わされて大変な目にあうのはわかりきってるんだから!

ここは心を強く持って、断らなければ───

なんて思ってたくせに、高彬に

「ね」

なんて顔を覗きこまれて、気付いたらあたしはコクン、と頷いていたのだった。







<終>


瑞月です。

いつもご訪問いただきありがとうございます。

前回の記事にはたくさんの方からの励ましや応援のお言葉、拍手をいただき、本当にありがとうございました。

これからも今まで通りコツコツと書いていきたいと思っていますので、どうぞよろしくお願いします。

今回の話は、原作のその後の2人をイメージして書いてみました。

大きな括りとしては<原作シリーズ>に入るのですが、今までの話(「悲恋炎上、そして」「うるわしの夜に」など)よりも更に想像の部分が大きいので、<原作~Mydearシリーズ>と言う新しいカテゴリを作ることにしました。

「その後」ばかりを書いていると、あっと言う間に2人が歳を取ってしまうので、時間を行きつ戻りつしながら、原作で書かれていない部分などを想像しながら書いて行きたいと考えています。

それぞれにタイトルは付けずに、ちょっと味気ないのですが「Mydearジャパネスク~1、2、3・・・」と連番をふっていくことにしました。
(何かいいタイトルが浮かんだら付けるかも知れません)

でも、続き物ではなく基本的には1話読み切りです。

「短編シリーズ」と何が違うかと言えば、帝を「鷹男」として登場させることです。

拙作、初夜編では瑠璃と帝は、後宮で一回会っただけの関係なので、今まで帝を「鷹男」として書いたことはありませんでした。

<原作~Mydearシリーズ>の中では原作設定そのままに、瑠璃にちょっと色目を使った鷹男のこと、崖から滑り落ちた過去を持つ守弥のことなども書いてみたいと思っています。

それでは、新カテゴリ<Mydearシリーズ>ともども、これからもよろしくお願いいたします。


(←お礼画像&SS付きです)
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