***新婚編***最終話 筒井筒のお約束をもう一度、再び ***

『なんて素敵にジャパネスク~二次小説*新婚編』





このお話には「吉野君」が出てきます。
原作とは違う形で登場しますので、原作のイメージを壊したくない方はお読みになるのをお控え下さい。





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***新婚編***最終話 筒井筒のお約束をもう一度、再び ***








前日までの雨も上がり、気持ちの良い青空が広がっている。

そろそろ外出の準備をするために女房を呼ぼうかしら・・・と思っていると

「姫さま、そろそろご準備を整えませんと」

タイミングよく小萩がやってきた。

「うん、そうね」

さっと立ち上がると

「お召し物はどれになさいます?せっかくの少将さまとのお出掛けですから、新年用に新調されたお衣裳になさいますか?」

小萩がいそいそと聞いてきた。

どうやら小萩は、少し前、あたしが元気がなかったのは、高彬と喧嘩でもしてたんじゃないかと心配していたみたいで、それでこんな風に連れ立って出掛けることを<仲直りの証拠>と思って、喜んでいてくれてるみたいだった。

小萩の読みは当たってるような気もするし、ちょっと違うかなぁ・・と言う気もする。

喧嘩とは違う、何て言うか、大げさに言えば<夫婦で危機を乗り越えた>みたいな気があたしにはあって、更に言えば<今のあたしたちは一味違うのよ>なんて気がするんだけど、でも、案外、他の人から見たら、あの夜の諍いはただの<夫婦喧嘩>ってことになるのかも知れないなぁ・・、なんて思ったり。

まぁ、いいんだけど。

夫婦なんて、回りからは窺い知れないドラマチックなものを包有してるものなのかも知れないしね。

夫婦の数だけドラマがあって、それがそのまま夫婦の歴史になる───

なぁんてね。

それはそうと──

お衣裳かぁ・・

小萩は今日の外出の本当の目的を知らないからねぇ。

少し考えて

「ううん。いつものでいいわ。あれは新年用に取っておくわ」

あたしはきっぱりと言った。

あの萌黄色のお衣裳は、新年、高彬を迎える時のために取っておこう。

小萩に手伝ってもらいながら外出の準備も済ませ、後は高彬が来るのを待つだけね・・・、なんて思っていたら、すぐに東門辺りがざわめき始めた。

何人かの人の話すような声が聞こえ、どうやら高彬が到着したみたいだった。

すぐに車宿りに向かう。

午前の仕事を終えた高彬が三条邸に寄り、そのままあたしが同乗して出掛けることが決まっていたのだ。

巻き上げられた簾をくぐり、車に入って行くと高彬が座っていて、目が合いにっこりと笑い合う。

「雨が上がって良かったね」

「そうね。雨だと髪がもったりと重たくなって大変なのよ」

そんなことを話しながら向かいに座ると

「姫さま。いってらっしゃいませ。少将さま、姫さまをよろしくお願いいたします」

そう言う小萩の言葉と同時に簾が下がり、すぐに牛車は動き出した。



******



京の外れ、長岡を目指して牛車は進み、そこで吉野君を見送ることになっていた。

どれくらい揺られていたか、開けた物見窓から外を見ていた高彬が

「もういらっしゃってるようだね」

と言い、覗いてみると、確かに前方の道端に牛車が停まっているのがわかり、近づいて行くに連れ立派な檳榔毛車が見えてきた。

轅(ながえ)と鴟尾(とびのお)が日差しを受けてきらきらと輝き、良くお手入れされた車に違いなかった。

牛車のスピードが徐々に緩み、やがて程よい距離のところで停まり

「行っておいで」

「うん、行ってくるわ」

軽く会話を交わして、薄手の被衣をふんわりとかぶる。

さっき高彬が「政文」と呼んでいた従者の手を借りながら榻に足を下ろし、あたしは檳榔毛車目指して歩き出す。

ぬかるみに足を取られないように気を付けて歩きながら、あたしの心は驚くほどに静かだった。

檳榔毛車の回りには何人かの家人らしき者が控えていて、あたしが近づくと待ちわびていたように頭を下げてくる。

やがて後簾が巻き上がり、吉野君が姿を現した。

極上の絹の直衣に身を包み、ゆったりと座っている様は、どこからどう見ても上流貴族で、そこにあたしの知っている童の面影は探し出せなかった。

それでも、あの夜、月のお使者かと見紛うほどの美しさは健在で、そう言えば、吉野君は綺麗な顔をした童だったよなぁ・・なんてぼんやりと思い出す。

「入りますか?」

車の中に入るか、と聞かれたのだと分かり、あたしは頭を振った。

「ここでいいわ」

「・・・あの車は右大臣家の・・・」

向こうに停まる牛車を目を細めて見ていた吉野君は呟き、そう言えば、高彬も遠目に車を見ただけで吉野君だと分かったし、やっぱり二人は同じ宮廷人同士だったのねぇ、なんてしみじみと思ってしまう。

「なるほど。右近少将が見張り役で同行してきているのですか。これはうかつなことは出来ないですね」

どこまでが本気でどこからが冗談か判らないような言い方で吉野君は小さく笑い、あたしは頭を振った。

「見張ってなんかないわ」

実際、さっきまで開いていた物見窓はぴったりと閉められており、例え窓が開いていたとしても高彬が見ているとは思えなかった。

「あの人のことだから、きっと今頃、うたた寝でもしてるはずよ」

吉野君に目を戻し

「あたしが頼んだの、一緒に来てって。見送りに行ったらいいって言ったのも高彬よ。今日の段取りも全部、高彬が付けてくれたの」

「・・・・・」

しげしげとあたしの顔を見ていた吉野君は

「やはり右近少将はあなたを幸せにする方のようだ。今のあなたは随分と幸せそうに見える」

優しさと哀しさの合わさったような笑みを浮かべ、その表情は、一瞬だけど童の頃の吉野君を彷彿とさせるものがあった。

ほんの少しの懐かしさを感じながらも、あたしはまたしても頭を振った。

何だかさっきから、頭ばかり振っている気がする。

吉野君は思い違いをしてるわ。

あたしが幸せにみえるのは───

「高彬・・・、右近少将はね、あたしが幸せにしたいと思う人なの。あたしが幸せに見えるのは、きっとそういう人がそばにいるからよ」

もちろん、高彬はあたしを幸せにしてくれる人であることに違いないけど、でも、あたしだって高彬を幸せにしたいもの。

幸せにしたいと思う人がいる時、人は、女は、幸せを感じるものなのよ。

静かにあたしを見ていた吉野君は、あるかなきかの笑みを浮かべたように見えた。

「吉野では色々ありがとう。吉野君のお蔭で毎日楽しかったわ。・・・元気でね、吉野君」

伝えたかった言葉を口にすると

「私もですよ、瑠璃姫」

吉野君は頷き

「どの地に赴くのかとは、・・・・聞いては下さらないのですか?」

「うん。聞かないわ」

ほんの少し混じるお誘いの匂いも、そこはかとなく漂う哀愁も、全部吹き払うようにきっぱりと言うと、吉野君は初めて声を出して笑った。

「瑠璃姫らしいお答えだ」

そうして

「京を離れる私に、付いて行きたいと言う酔狂な女人がおりましてね。向こうで子でも成したら、母上も退屈しないでしょう」

「そうね」

あたしは大きく頷いた。

「きっと、どこにいてもあなたの噂は耳に入ってくることでしょうね」

「変な噂じゃないことを祈るわ」

肩をすくめ

「じゃあね、吉野君。あたし、もう行くわ。あ、・・・帥の宮のこと、忠告してくれてありがとう。気を付けるわ」

最後にそう言って歩き出そうとするあたしに向かい

「見送りに来てもらったのに、私があなたを見送る気分です。いつだってあなたは私をそういう気分にさせる」

吉野君はほんの少し身を乗り出して言い、あたしは何て返事をしようか一瞬考えて

「道中、気を付けてね」

一言そう言って、今度こそは本当に歩き出した。

後ろから吉野君の視線を感じないではなかったけれど、あたしはぬかるみに足を取られないように、そのことばかりが気に掛かり、何だか自分の心の在り様が、おかしくもあり嬉しくもあった。

吉野君のことは大丈夫。

きちんと伝えたいことは伝えたし、心に一点の悔いもないわ。

またしても従者の手を借りて車に乗り込むと、高彬は腕を組みウトウトとまどろんでいて、あたしは自分で言ったこととは言え、本当に高彬がうたた寝をしていたことがおかしくてならなかった。

「あ、瑠璃さん・・・」

あたしの気配に目を覚ました高彬は

「おかえり」

少し身体の位置をずらして、あたしの座る場所を作ってくれた。

いったんは前に座りかけてから、思い直して隣に座り、そっと指先を高彬の手に滑り込ませる。

何を話したのか、とは高彬は聞いてこなかった。

せっかくの好天だからと簾を巻き上げたまま牛車は動き出し、もう出発したのか、吉野君の車も見えなくなっていた。

少しかがむと空が良く見えて、昨日までの雨で空気も洗われたのか、いつもよりも透き通っているように見える。

ぽかりぽかりと白い雲が浮かび、そういえば、昔、吉野君と並んで雲を見ていたことを思い出す。

あたしは雲が何でも食べ物に見えてしまい、吉野君に笑われていたっけ。

懐かしいわ。

思い出すたび、微笑んでしまうような思い出で・・・

だけど───

だけど、あたしは、高彬の隣で見る、今のこの京の空が好き。

「雲が食べ物に見えてきて、なんだかお腹がすいてきちゃったわ」

そう言うと、高彬は喉の奥で笑い

「この、食いしん坊め」

あたしの額をちょんと指で突っついた。

あたしたちは笑い合う。

ぬかるんだ地面には、牛車の轍が残っており、それはまるであたしと高彬がこれまでに作って来た一本の線のようにも見えた。

頼りないけど、途切れることなく続いて来た線、これからも続いて行く線───

遥か遠くまで見える線は、やがて空の境目と混ざり合い、そのまま青い空にまで続いているかと思われた。






<終>


新婚編、これにて完結です。
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***新婚編***第三十七話 夫婦の心得 ***

『なんて素敵にジャパネスク~二次小説*新婚編』





このお話には「吉野君」が出てきます。
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***新婚編***第三十七話 夫婦の心得 ***








夜が更けても、あたしたちは眠ることなく衾に包まっておしゃべりを続けた。

童の頃のことで覚えていること、楽しかったこと、怖かったこと、元服した時の気持ち、裳着を迎えた気落ち・・・・、そんな他愛のないことをとりとめもなく言い合った。

連日の宿直で疲れているはずの高彬の体調を心配する気持ちももちろんあったけど、でも、それよりも今は高彬とこうして話していたい。

前に聞いた話もあれば、初めて聞くような話もあって、何だか<高彬新発見!>と言う感じで面白かった。

それは高彬も同じみたいで、しきりに感心したり大げさに驚いて見せたりするので、あたしたちはその都度、声を潜めて笑い合ったりした。

ふと高彬が黙り込み、どうしたのかしらと思っていたら

「急に仕事、抜けてきてしまったけど、大丈夫だったかな・・・」

夫婦の心配事が消えた途端、仕事のことが急に気になりだしたらしく、それはいかにも高彬らしかった。

「今日は重行と宿直の当番だったんだけど、何も言わずに来ちゃったから・・」

「・・・・」

少し迷ってから、あたしは立ち上がると単を羽織って文箱に近づいた。

いいわよね。

『高彬に隠し事はしたくない』って言ってたし。

もう一度、衾に潜り込んで高彬に文を手渡すと、怪訝そうな顔でそれを開いた高彬は、見る見る奇妙な顔になっていった。

「あいつ・・・」

低く呻いたかと思うと

「また借りを作ってしまった・・・。あいつの借りは高く付くんだ」

お文をそのまま顔に乗せ黙り込んでいる。

「いい友だちじゃない」

「・・・・」

高彬からの返事はなく、ひぃふぅみぃ・・と三つ数えてから、そっとお文を外すと、高彬の目尻に光るものが見えたけど、それには触れずにおくことにする。

文を折りたたんでいると、どうやらその間に高彬は涙を拭ったみたいで、次に顔を見た時にはもういつもの高彬の顔だった。

「あいつは・・、すごい奴なんだ。仕事も出来るし、懐も深い。なんて言うか人望があるんだよ。同期で少将同士と言う事もあって、勝手にライバルみたいに言う奴らもいるけど、ぼくは重行には敵わないところがあるって言うか・・・」

「類は友を呼ぶ、よ」

「え」

「いい友だちがいるって言うのは、あんたがいい人だからよ。自信持っていいわ。あたしの見たところ、重行少将も高彬のこと<すごい奴>とか思ってそうよ」

「・・・・」

「高彬の不興を買う事、本気で心配してたもの。あたしと話したら、あんたにどやされるって」

あの衝立越しでの会話を思い出し笑いながら言うと、高彬は気まずさからなのかムッとした顔をしている。

その顔が面白くて

「ねぇねぇ、高彬。そんなにあたしが他の殿方と話すの、イヤなの?」

からかうように顔を覗き込んでやると、更にムゥッとした顔になったので、あたしは笑ってしまった。

あー、可愛いなぁ、高彬って。

あたしを好きなことを、隠しようもないくらいにこんな風に手放しで見せてくれて、いい友だちもいて、仕事も出来て優しくて、そのくせ肝心なところで臆病で・・・

高彬、あんたは本当にいい男よ。

臆病なとこがあるって、痛みを知ってるってことだもの。

「あたし・・・、これからは何でも高彬に話すわ。あたしが話すことで、高彬の心配事が減るのなら、何だって話すわ。だって隠すようなことなんてないもの」

しみじみ言うと、高彬は少しだけ目を見開いて、そうして

「うん。ぼくも」

と頷いた。

「じゃあ、瑠璃さん。夫婦としての心得を決めよう」

「えー、何よそれ」

高彬はあたしを引き寄せると、手を取り、指を広げて見せた。

「まずは・・・何だろう・・・」

張り切ってる割には言葉に詰まっているので、代わりに

「嘘は付かない、は?」

言ってあげると

「うん、そうだね。まずは嘘は付かない、だ」

そう言ってあたしの親指を曲げる。

「次は・・・」

「楽しいことがあったら報告する」

「うん」

人差し指を曲げる。

「嬉しいことがあった時も話す」

「そうね」

次いで中指も。

「悲しいことも話す」

「うん」

薬指。

「辛いことはすぐに相談する」

「これは一番大事ね」

小指。

5本の指が全部折られて、高彬はそれを手の平で包み込んだ。

「ぼくたち夫婦の心得だ」

「うん」

指切りするみたいに、握った手を振る。

しばらく振った後

「でも・・・、何でもかんでも話せばいいってもんじゃないよな・・・」

高彬が呟くので、思わず吹き出してしまった。

「うん、そうよね。あたしもそう思う」

「例えば、だ。瑠璃さんが団喜を食べ過ぎたとして、それを正直に<5個食べた>とかは話してくれなくてもいい気がする」

「ひどいわ。5個も食べないわよ」

頬を膨らませると

「でも、4個くらいはあるだろ」

「それは、まぁ・・・」

もごもごと言うと、高彬は吹きだしている。

悔しいから

「まぁ、あたしもね、例えば、よ。あんたが女官や女房を見て<綺麗な人だなぁ>とか思ったことは、わざわざ話してくれなくてもいい気がするわ」

イジワルく言ってやると

「いや、そんなこと思ったことは一度も・・・」

しどろもどろになるので

「うそおっしゃい。後宮の女官や、招かれた先の女房を見て、綺麗だな、くらいは思ったことあるはずよ」

ぴしゃりと言ってやると

「ま、まぁ、1回くらいは・・・」

「1回だけ?」

「い、いや、2回、・・・3回・・・、5回くらいはあったかな」

「ほら、見なさい」

怒った振りをしてみせると

「でも、綺麗だな、と思っても、別にそう思うだけで」

なんて必死に弁解するのもおかしく、あたしは笑わずにはいられなかった。

高彬も笑いだし、ひとしきり二人で笑った後、高彬はあたしの髪を撫ぜながら

「・・5日後、左大弁どのの見送りに行ってあげたらいいよ、瑠璃さん」

静かな口調で言われ、あたしは高彬の顔を見返した。

「きっと左大弁どのもお喜びになるだろう」

「・・・・・」

高彬の顔はどこまでも穏やかで優しくて

「・・うん」

あたしはコクンと頷いた。






<続く>


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***新婚編***第三十六話 二人の思い ***

『なんて素敵にジャパネスク~二次小説*新婚編』





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***新婚編***第三十六話 二人の思い ***








また一段、夕闇が濃くなり、夜がすぐそこまで迫ってきている。

高彬の静かな口調に言いようのない不安を覚え

「ねぇ、高彬。あたしを見て。これからも、来てくれるんでしょう?ちゃんと三条邸に通ってきてくれるんでしょう?」

ぼんやりと一点を見ていた高彬に向かい言うと、ハッとしたように顔を向けた。

驚いたようなその顔に、またしても不安が募ってきてしまう。

このまま、高彬と終わってしまうなんて、それだけは絶対にいや!

「ねぇ、高彬。あたしたち大丈夫よね。こうしてお互いの誤解も解けて、また、いつも通りよね。ね?」

縋るように腕を掴んで見上げると、穏やかに微笑む高彬の顔があった。

「・・・三条邸に来なくなるなんて、そんなことは・・・ないよ。瑠璃さん」

その言葉に全身で安堵の溜息を付きながら、だけど、嫌な動悸はなかなか収まってくれず

「今日はこのまま泊まっていけるんでしょう?もう随分と陽が落ちたわ」

早口で言うと、高彬は庭に目を移し、そうして今初めてこの暗さに気付いたみたいな表情になった。

「・・うん。そうだね。仕事の方は何とか・・・なるかな」

独り言のように呟き、もう一度、庭に目をやった。



******



久しぶりの高彬の泊まりに、見るからに嬉しそうな顔をする小萩は、テキパキと女房たちに指示を出し寝所を整えさせると

「明日の朝、格子をあげに参ります。それではお夜りあそばしませ」

手を付き丁寧に口上を述べ下がっていった。

お火入れのされた灯台の小さな明かりがチロチロと揺れ、几帳を回り込んで寝所に向かおうとしたあたしは、勾欄に手をかけ庭を見ている高彬に気が付き

「何か見えるの?」

袿を肩から羽織り簀子縁に出た。

隣に並んで庭を見ても、月明かりに照らされたいつもの庭があるだけだった。

「・・・まだ、寝ないの?」

「もう少し夜風に当たって行くから、瑠璃さんは先に休んでて」

「・・・うん」

一人、夜具にもぐり込み左端に寄る。

二人で休む時、いつも高彬が右側だから。

天井に映る灯台の明かりの揺らめきを見て、風の音を聞いて、数回寝返りを打っても、それでも高彬はやってこなかった。

「・・・・」

少し収まったはずの不安がまたしても押し寄せて来て、胸がドキドキしてくる。

もしかしたら、高彬は───

上体を起こし、目を瞑って奥の歯を噛みしめた。

そう言えば、高彬は今日は一度だって、あたしに触れてはいない・・・

「三条邸には変わらず来る」と言ってくれた時も、いつもだったら髪や頬に触れてくれる人なのに、ただ頷いただけだった。

「・・・・・」

寂しさがひたひたと胸に満ちてくる。

あたしは、それほどまでに高彬に嫌われてしまったの・・・?

泣きそうになるのをぐっとこらえ、袿をもう一度羽織り、部屋に戻って見ると、高彬はさっきと同じ場所から庭を見ていた。

「高彬・・・」

小さな呼びかけが届くはずもなく、ぼんやりと後姿を見ていると、あたしの気配に気付いたのか、振り返った高彬が

「瑠璃さん・・」

部屋に入ってきた。

「・・・まだ、寝ないの?」

「・・・・」

「あたしの隣は・・・いや?」

「・・・・」

何も言わない高彬に向かい、一歩一歩と近づいていく。

すぐ近くまできて立ち止まり、恐る恐る身を寄せる。

胸に頬を当て、そっと背中に手を回してみても、高彬はあたしを抱きしめ返してはくれなかった。

「・・・・」

高彬の身体から離れると、あたしはその場に立ち尽くした。

絶望感が胸に広がって行く。

こんなところで泣くのは卑怯だ。

涙で引き留めるなんて、ずるいやり方だ───

そう思うのに、涙がポロリとこぼれ、慌ててごしごしと目をこする。

「高彬・・・。あたしね、ずっと昔は吉野君が好きだったの。でも、今は高彬が好きよ。それで、あたしずっと考えてたの。童の頃の<好き>と、今の<好き>はどう違うんだろうって」

ずっとずっと判らなかった。

もし、あのまま吉野君と一緒に大きくなってたら、あたしは高彬ではなく、吉野君と結婚していたのかしらって・・・。

「それがこの間、吉野君に抱き寄せられ接吻されそうになって、解ったの。・・・大人になってからの<好き>は、その人と接吻したいかどうかってことなんだって」

「・・・・・」

高彬がじっとあたしを見ている。

「あたし、吉野君とは接吻したくなかったの・・・。抱きしめられて顔が近づいてきた時、反射的に顔を背けてた。身体が逃げてたの。それで・・・、それであたしが・・・」

高彬の視線の強さに耐えられず、俯いた。

「あたしが抱きしめて接吻して欲しいのは、高彬だけなの・・」

俯いたら、また涙がこぼれそうになり、それをぐっと堪えてから、あたしは自分を鼓舞するように小さく息を吸った。

だめかも知れないけど。

すごく傷つくかも知れないけど。

でも───

このまま高彬を失うのはいや。

「高彬・・・、あたしを抱いて・・・」

あるだけの勇気をかき集めて言ったのに、情けないくらいに小さな声しか出なかった。

自分の手で袿を肩から落とし、腰紐を解き、単を肩から滑り落として───

一糸まとわぬ姿で高彬の前に立つ。

高彬がどんな顔をしてるのかは判らなかった。

恥ずかしさと心配で俯いたまま、どれくらいの時間がたったのか、ふいに高彬が動いて、あたしの肩に単を着せ掛けてきた。

次いで袿も───

「・・・・」

だめなんだ・・・

もう高彬はあたしを抱きしめてはくれないんだ・・・

さっきとは比べ物にならないほどの絶望感がやってきて、俯いたまま泣き崩れたい欲求を堪えていたら、次の瞬間、あたしは高彬に抱きしめられていた。

「・・瑠璃さん」

あたしの両肩に手を置きながら、あたしを見つめる高彬の目は真っ赤だった。

「ぼくなんかで、いいんだろうか・・・」

「・・・・」

「ぼくなんかが、また瑠璃さんを抱きしめても・・・いいんだろうか・・・」

高彬の目から涙がこぼれ、頬を伝う。

「ぼくは瑠璃さんに酷いことをした。謝って済むようなことじゃないほどのことを・・・」

「高彬・・・」

「心配だったら、すぐに瑠璃さんに聞けば良かったんだ。聞けなかったのはぼくが意気地なしだからだ。瑠璃さんの口から、決定的なことを言われるのが怖くて聞けなかった。それを、すべて瑠璃さんのせいにして、挙句にあんな暴力を振るって・・・」

「・・・・」

「本当だったら離縁して瑠璃さんを自由にしてあげるべきなのかも知れないけど、でも、それも思い切れなくて、こんな風に中途半端で・・・。自分が情けないよ・・」

「高彬」

たまらず、涙で声を詰まらせる高彬の頬を両手で包んだ。

大人になったのに、背なんかあたしよりずっと高いくせに、それでも涙を流す高彬は、童の頃のままみたいに可愛かった。

「離縁なんてこと、勝手に一人で決めないでよ。二人の問題なんだから・・・」

あたしの頬にも涙が伝う。

「瑠璃さん・・・。ぼくを許してくれるの?あんな酷いことしたのに」

「あたしたち夫婦じゃない。あんなの大したことじゃないわ。あたしだってずいぶんと酷いことを言ったもの」

「瑠璃さん・・」

「馬鹿ね、そんなに泣いて」

笑おうとしたのに上手くいかなくて、泣き笑いみたいな顔になった。

無言で見つめ合い、次の瞬間、ひしと抱き合っていた。

強く強く、想いの分だけ、強く抱きしめ合う。

やがて静かに身体を離した時、高彬はもう泣いていなくて、そうしてそっとあたしの顔を覗き込んできた。

「ぼくに脱がさせて・・・」

しゃらりと音を立て袿が床に落ち、単も肩から滑り落ちて行く。

折りからの月明かりがあたしの身体を白く照らし───

「瑠璃さん・・・、綺麗だよ」

貪るような接吻をし合う。

柔らかな唇を吸い、滑らかに舌を絡め合い、もうどこからが自分のものでどこからが高彬のものなのか分からないほどだった。

やがて夜具の上で裸で抱き合い、高彬の愛撫を受けながら、あたしは初めて───

初めて自分から行動を起こした。

身体を動かし下に下がり、そっと口に含む。

「瑠璃さん」

驚いたような慌てたような声を上げ、制止しようとする高彬に小さく頭を振って見せた。

高彬の全てが愛おしい。

伝える方法があるのなら、全ての手段を使ってこの気持ちを伝えたかった。

せつなげな高彬の息遣いが聞こえ

「瑠璃さん。もう、だめだ・・、限界だ・・・」

高彬が慣れ親しんだいつもの男の動作で身体を沈めてきた。

「高彬・・・!」

「瑠璃さん」

二人同時に上り詰める。

月明かりの綺麗な聖なる夜───

裸で抱き合ったまま、何度も接吻をし、何度も「好き」を言い合いっこしてあたしたちは過ごしたのだった。







<第三十七話に続く>

クリスマスまでには絶対に仲直りさせてあげたいと思っていました。
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***新婚編***第三十五話 高彬の思い ***

『なんて素敵にジャパネスク~二次小説*新婚編』





このお話には「吉野君」が出てきます。
原作とは違う形で登場しますので、原作のイメージを壊したくない方はお読みになるのをお控え下さい。





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***新婚編***第三十五話 高彬の思い ***








やがて女房の先導を受け、やってきた高彬の姿にあたしは言葉を失ってしまった。

重行少将が心配のあまり、あたしに文を書いてきたのも分かるくらいの憔悴ぶりだったのだ。

顔色も悪く、頬の辺りが以前より細くなっているように見える。

「高彬・・・、大丈夫なの・・・」

まるで病人のような面立ちに思わず近寄り手を伸ばすと、高彬は控えめな仕草であたしの手を制しながら、用意されていた円座に静かに腰を下ろす。

伸ばしかけていた手の行き場を失い、しばらく立ちすくんでいたあたしは、少し迷って、それでも高彬の前にゆっくりと座った。

いざ、高彬を目の前にすると、一体、何から話していいのか判らなくて、それに何よりも高彬の憔悴ぶりがショックで、しばらくはただ黙っていた。

一段と濃くなった夕闇が室内に入り込み、そろそろお火入れをしなくちゃいけない時分だったけど、もちろんそんなことを頼むために女房を呼ぶ気にはなれない。

顔を上げ、高彬の顔を見る。

伏し目がちな高彬の顔に、夕闇が微妙な陰影を作っている。

あの嵐の夜にあった立ち上る怒りは高彬からは感じられず、夕闇が織りなす陰影のせいなのか、むしろ寂寥感のようなものが漂っていた。

後悔や懺悔、自己嫌悪、高彬の様子からはそんなものが伝わってくる。

あれほどのことをして高彬が無傷でいられるわけがないとは思っていたけれど、でも高彬が受けた傷はあたしが思っているよりも、もっと深いのかも知れなかった。

「・・・・」

あたしのせいだ・・・・

そっと手首をさする。

今なら判るわ。

手首を掴まれた強さは、決して怒りの強さと比例してたわけなんかじゃない。

あたしを思ってくれる気持ちと比例してたのよ・・・

「ねぇ、高彬・・」

たまらず話しかけると

「今日・・・、左大弁どのから声を掛けられた」

あたしが何かを言うより先に、高彬が話し出した。

「・・・・・」

「左大弁どのは京を去られるそうだ。ご高齢になられた母君とお二人、鄙の地でお過ごしになられるとのことだった」

あたしの目を真っ直ぐに見ながら、静かな口調で言う。

「どこにお住いになるのか伺ったんだけど、教えては下さらなかった。五日後には京を立たれるとのことで・・・・」

いったん言葉を切ると目を伏せ、それが辛そうな顔に見えたけど、でもすぐに顔を上げると

「瑠璃さんに教えなきゃと思って。多分、瑠璃さんの耳に入れられるのは、ぼくだけだから」

穏やかに言い、あたしと目が合うと、ほんの少し笑って見せた。

「・・・じゃあ、ぼくはこれで・・」

「待って」

立ち上がろうとする高彬に慌てて声を掛けた。

声を掛けただけじゃ不安で、腕もつかむ。

「・・・それを伝えに来たの・・?あたしに教えなきゃと思って?」

高彬は小さく頷き、近くで見る高彬は、もっと憔悴しているように見えた。

「・・・」

あたしが吉野君を好きだと思い、この情報を知らせなきゃ、と思っているんだ・・・

「・・・・馬鹿ね」

呟き声のような声が漏れ

「あんたは何にもわかっちゃいないのよ・・・」

言いながら、涙が滲み声が震えた。

そんな満身創痍の身体で、恋敵の消息をわざわざあたしに伝えにくるなんて、本当にあんたはどこまであたしに優しいの・・

でも、その優しさは見当違いなのよ、高彬。

それをきちんと解らせなきゃ。

吉野君は、あんたの恋敵でもなんでもないの。

「あたしね、高彬。あんたが左大弁の名を出すまで、今の今まで思い出しもしなかったわ」

「・・・・」

「本当よ。この一週間考えるのは・・・・高彬のことだけだった」

あたしは鼻をすすり、手の平で頬を拭った。

「せっかく伝えに来てくれたのに悪いけど。あたしは高彬が来てくれたことが嬉しいの・・・」

きちんと高彬の前に座りなおすと、ひとつ大きく息を吸い

「高彬」

泣いてる場合じゃないわ。

ちゃんと伝えなきゃ。

誤解を解いて身の潔白を証明しようとかそんなんじゃなくて、ちゃんと伝えて、高彬の気持ちを少しでも楽にしてあげなきゃ。

「文をもらってたこと、黙ってて、嘘ついてごめんなさい。でもね、騙そうと思ってたわけじゃないの。死んだとばかり思ってた吉野君からの文で驚いたって言うのもあるし、本当に吉野君からのものかもわからないし、まずは確かめようって思ったの。何もわざわざ高彬を心配させるようなこと言う必要もないって思って」

高彬の目を見ながら必死に言うと、高彬もちゃんと見返してくれている。

だけど、どこまで心に届いているか不安だった。

「それにね、あの後宮に泊まった日、あの時、話そうと思ってたの。でも、高彬、急に仕事が入っちゃったから話す時間がなくて・・・」

「・・・うん」

すごく控えめだったけど、高彬が首肯してくれたことが嬉しくて、あたしは力を得たようにさらに話を続けた。

「あの時、吉野君はあたしに伝えたいことがあって来たの。帥の宮があたしを狙ってるから気を付けなさいって」

「帥の宮が・・」

ハっとしたように高彬が顔を上げ

「そうよ。女御さまもね、あたしを後宮に呼んだのは、そのことを言いたかったんですって。高彬も、もしかしたらそんな噂を耳にしたことがあったんじゃないの?」

言いながら、何となくピンと来るものがあった。

高彬があたしに「文をもらったことがあるのか」なんて聞いてきたのは、案外、帥の宮のことが頭にあったからなんじゃないかしら?

案の定、高彬はしぶしぶながらも

「確かに、その通りだよ、瑠璃さん」

と頷き、あたしは(やっぱり)と言う思いで頷き返した。

高彬には吉野君のこと以外にも、もやもやとする思いがあったのかも知れないわ。

あたしみたいに、直情的な行動を取るような人じゃないから、そういう小さな心配事を一人で胸に抱え込んでいたのね。

あたしたち、夫婦なんだし何でも話して、その都度<答え合わせ>をして行けば良かったんだ。

そうすれば、あんな風に大きく諍うこともなく───

「・・・吉野君に抱き寄せられたのは本当よ。接吻もされそうになったわ」

きっぱり言うと、瞬きもせずに高彬があたしを見て、あたしも真っ直ぐに見返した。

やましいことなんて何もないもの。

「吉野君があたしを好きでそんなことをしたのか、それともただのおふざけなのか、あたしには判らない。だってあたしは吉野君じゃないもの。でもね、高彬、あたしはちっとも嬉しくなかったの。抱き寄せられた瞬間、嫌だ、って思ったの」

そうよ、大切なのはあたしの気持ちなのよ。

吉野君から文をもらって心がざわめいていたのは、吉野君の真意が掴めなかったからなんだわ。

吉野君が何を考え、どう行動に出るのか───

それが判らなくて、あたしは動揺していたんだ。

あたしが考えなきゃいけなかったのは吉野君の気持ちじゃない。

自分の気持ちだったのよ。

そうすれば自ずと答えは出ていたはずで・・・

「ちょうどその時に高彬が入ってきたの。だから、高彬にはあたしと吉野君が抱き合ってるように見えたのかも知れないけど・・・」

言葉を切ったのは、高彬が何か言いたそうな顔をしていたからだった。

「瑠璃さん。・・・前にぼくが、女官に紅を付けられた時があったのを、覚えてるかい?」

「覚えてるわ」

相談したいことがあると女官に言われ、それで女房部屋で二人きりになった高彬は、直衣に紅を付けられたのよ。

それを後から知ったあたしは、浮気だと怒って───

「あの時、ぼくがとっさに思ったことは、これは瑠璃さんの耳には入れられない、ってことだったんだ。騙そうなんて気持ちじゃなく、もし知ったら心配させるだけだからってね」

静かな口調で話し出す。

「だから、瑠璃さんの気持ち、判るよ。ぼくも同じ気持ちだったからね」

「・・・・」

あたしの思いを伝えて、高彬も心情を吐露してくれて、それですべてが解決に向かっているはずなのに───

なのに、言いようのない不安がこみあげてくる。

「自分だって同じように瑠璃さんに嘘を付いたことがあるのに、それなのに一方的に瑠璃さんを責めて、・・・・本当に申し訳ないと思っている」

「そんな・・」

相変わらず高彬からは寂寥感が漂っていて、まさか、誤解を解いて、お互いに謝り合って、でも、それで終わりになっちゃうとか、そんなことが・・・

高彬は目を伏せ、どこか一点を見ている。

その表情からは、何の感情も読み取れなくて・・・・

不安と嫌な予感ばかりが胸に広がって、あたしはぎゅっと脇息を掴んだ。






<第三十六話に続く>

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***新婚編***第三十四話 瑠璃の思い ***

『なんて素敵にジャパネスク~二次小説*新婚編』





このお話には「吉野君」が出てきます。
原作とは違う形で登場しますので、原作のイメージを壊したくない方はお読みになるのをお控え下さい。





         ***********************************************





***新婚編***第三十四話 瑠璃の思い ***








「姉さん、左近少将と知り合いなの?」

手元の文の差出人名を見ていると、のんびりとした口調で融が聞いてきた。

「え。う、うん・・、まぁ、知り合いって程ではないけど・・。ほら、高彬の同僚だから、ちょっとはね」

「ふぅん」

適当にごまかすと、ありがたいことに融はそれ以上は追及してこなかった。

融のぼんやりした性格は、こういう時、本当に助かるわ。

「・・・最近、宮中で高彬と会った?」

変に思われないようにさりげなく聞くと

「それがさぁ、会えてないんだよね。いつもだったら、高彬の方からちょこちょこぼくのところに顔出してくれるんだけど、ここんとこ来てくれなくてさ。近衛府なんて部外者は入りずらいし、まぁ、いつも忙しいとこだから、高彬も仕事に追われてるのかもね。・・・・じゃあね、姉さん。早く楽な格好に着替えたいや」

最後は独り言のように言って部屋を出て行きかけた融は、ふと思い出したように立ち止まり

「そういえばさ、姉さん。ちょっと聞いてもいい?」

「なぁに」

「女の人って、結婚祝いに何をあげたら喜ぶと思う?」

「・・・結婚祝い?」

早く重行少将からの文を読みたくて適当に返事をしていたあたしは、結婚祝いと聞いて顔を上げた。

「誰か結婚したの?」

「うん。前にぼく付きだった女房なんだけどね。女房って言うか、乳母の子だから乳兄弟って言うのかな。姉さんは吉野に行ってたから知らないと思うけど、夏って言うんだ」

「・・・・」

「童の頃は高彬と三人で良く遊んでたんだけど、少し前に結婚したんだよ。だから何かお祝いの品でも贈ってあげようかなぁ、と思ってさ」

「・・・・」



******



上の空で思い付く品を並べ立てると、融は満足そうに頷きながら部屋を出て行き、あたしはぼんやりとその後姿を見送った。

色々あってすっかり忘れていたけれど、<夏>と言ったら春頃の宴で、高彬が琵琶の演奏をしてやった女房で、そうしてあたしはひどく妬きもちを焼いて高彬を困らせて───

「・・・・」

ふいに動悸がしてきて、あたしは単の上から片手で胸を押さえた。

あの時の気持ちは今でも覚えている。

胸がつかえてるみたいに苦しくて、高彬の顔を見たらもっともっと苦しくなってきて、まるで本当に具合が悪くなったみたいに泣きそうで・・・

それで、あたしはその時初めて「妬きもち」と言う気持ちを知って・・・

「・・・・」

───高彬も、そんな気持ち、・・・だったの?

どんどん激しくなる動悸を抑えるため、小さく息を繰り返しながら、あたしは必死に頭を巡らせた。

あの時、御簾越しに話す高彬と夏を見ただけで、あたしは苦しくなって、それで席を立ってしまったんだっけ。

後を追ってやってきた高彬に、すぐに誤解は解いてもらったけど・・・

その場ですっきり誤解が解けたあたしと違って、高彬はどうだったんだろう・・?

あたしは吉野君を「初恋の君」と呼んで憚らなかったし、それに事あるごとに吉野君の名を引き合いに出したりしていた。

それも

『高彬と吉野君とじゃ、そもそもの人間のデキが違うのよ』

とか、そんな風に高彬をけなす言い方ばかりしてた。

その童が大人になってふいに現れて、そうして、あたしと連絡を取り合っていると思ったら───

高彬の心のざわつきは、あたしの妬きもちどころの話じゃなかったのかも知れない。

何だか気持ちが急いてきて、すっくと立ち上がった時、手の中にある文のことを思い出した。

重行少将からのお文。

慌てて開くと


『姫さん、突然の文で驚かれたと思いますが、仕事中なんで要件のみ手短に書きます。

高彬の様子が変だ。傍目にも分かるほど憔悴している。

実は俺には心当たりがあります。いつだったか姫さんが後宮に泊まった日、つまり俺が姫さんの部屋で宿直した日です。

高彬に隠し事はしたくないから、どやされるのを覚悟で姫さんと衝立越しに話したことを、翌日の宿直の詰め所であいつに話しました。

どんな話をしたのかと笑いながら聞かれ、俺が童の頃、左大弁の話し相手として吉野に連れて行かれた時の話をしたら、急に顔色を変え、そのまま部屋を飛び出して行ってしまった。

あいつがおかしくなったのはそれからです。

何かあったのか、と聞いても何も言ってくれない。

まるで自分を痛めつけるかのように、連日の宿直を入れ、憔悴した姿で仕事に打ち込んでいるあいつのことが心配でなりません。』


本当に忙しい最中に書いたと見え、かなり乱れた文字で書き殴られていて、それがかえって重行少将の緊迫感を伝えてくるようだった。

あたしは何度も何度も読み返し、確信した。

どうしてだか、文の存在を知っていた高彬は、きっと宮中に吉野君がいると疑っていたんだわ。

ううん、有能な人だから、ひょっとしたら左大弁なんじゃないか、くらいの見当はつけていたのかも知れない。

高彬、言っていたもの。

「宮中はぼくの仕事場なんだから、どこからでも情報は入るんだ」って。

だけど、確定できなくて、それが重行少将からの話で、左大弁が吉野君だと確信して、そうして駆け付けてみたら、あたしは吉野君と抱き合っていて───

あたしは無理矢理、抱き寄せられただけだけど、でも、高彬にはそんなこと判らないもの。

あの瞬間だけを見たら、あたしと吉野君が通じていたと思っても不思議はないわ・・・・

もう一度、文に目を通す。

「憔悴している」と言う言葉が胸を突いた。

信頼してる同僚の重行少将にも、親友の融にも話さず、きっと実家で弱みを見せるわけにはいかないから勘ぐられないように宿直を入れ、それでも日々の仕事は待ってくれず、歯を食いしばって仕事をしてる高彬の姿が目に浮かんだ。

茫然と自室で過ごして小萩に心配を掛けてただけのあたしなんかとは比べ物にならないほど、高彬は過酷なところで毎日を過ごしてるんだわ・・

明らかに憔悴していると判るほどの姿で。

「高彬・・・」

声にした途端、涙が滲んだ。

高彬はいつだって優しかった。

あたしが結婚の約束を忘れてた時も、崖から落ちて大怪我を負った時も、いつもいつも優しかった。

記憶がなくなったままでも、それでも変わらず「結婚しよう」って言ってくれて。

あたしは、高彬に優しくしてもらうことに慣れ過ぎて、それを当たり前のように思っていたのかも知れない。

高彬が思ってることとか、考えてることとか気にも留めてなくて・・・・

心の中を調べて、ちゃんと見てあげてなかったのは、あたしの方だったんだ・・・!

高彬に会いたい。

会わなきゃ───

あたしは落ち着きなくウロウロと部屋の中を歩き回った。

あたしから会いに行くわけにはいかないし、今からでも文を書いて、それから・・・

ふと、東門がざわめいた気がして祈るような気持ちで耳を澄ませていると、パタパタと言う足音が近づいてきて、あたしの部屋の前で止まった。

「姫さま。たった今、右近少将さまがおいでになりました」

女房が手を付き、丁寧に口上を述べた。






<第三十五話に続く>


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