拍手お礼SS<15>

*** 拍手お礼SSの寄せ集めです ***





「静かなおしゃべり」




サワサワと言う音がする───

葉擦れの音かと思って目を覚ましたら、雨の音だった。

しっとりと葉を濡らしていくような細かい雨が降っている。

あたしは脇息からゆっくりと身体を起こした。

つれづれに庭を眺めているうち、ウトウトしてしまったようだった。

「姫さま、じきに少将さまがお見えになりますわ。そろそろご用意されませんと」

夕刻のお火入れの準備をするために部屋にやってきた小萩に言われあたしは素直に頷いた。

「やっぱり降り出しちゃったわね」

今日は朝からどんよりとした曇り空で、きっと梅雨の走りなんだろうと思う。

もうじき五月。

ついこの間、桜の季節だったはずなのに、もう五月だなんてびっくりよ。

年々、時間の流れが速くなって行く気がするのは気のせいかしら・・・?

童の頃は、もっともっとゆっくりと毎日が過ぎていったような気がするのだけど。

やがてやってきた高彬は雨の匂いを纏っていた。

「大丈夫?濡れなかった?」

五月が近いとは言え、雨が降ればまだまだひんやりと肌寒く風邪でもひいたら大変だと聞いてみると、高彬は

「大丈夫だよ」

と頭を振り、そうして静かに雨を眺めている。

並んで座り、同じように雨を眺めつつ高彬の掌にそっと指を滑りこませるときゅっと指先を掴まれた。

五月と言えば、忌み月───

逢えない一月がやってくる・・・・。

とうに判っていることなのに、高彬はそのことに触れない。

言ったらそれが本当のことになるかと恐れているかのように触れない。

三条邸に来ても、関係のない話ばかりをしていく。

だから、あたしも触れない。

いっそ忌み月なんて嘘になってしまえば良いのに、と思っている。

目が覚めたら呪術が解けたみたいに、世の中のしきたりとか決まりが変わっていたら良いのに、と思っている。

あたしたちは黙ったまま、指先だけで静かなおしゃべりをする。

細やかな雨が、葉を揺らし、濡らしていく・・・




<終>






「瑠璃×高彬<弁護士編>」




勢い良くドアを開けたあたしは「ソレ」が目に飛び込んできた途端、盛大にため息を付いた。

「ソレ」って言うのは、パーティションの向こうからニョッキリと見えている脚なんだけどさ。

覗き込むと、案の定、3人掛けソファに身体を横たえ気持ち良さそうに眠る高彬がいた。

スーツの上を脱いでネクタイを緩めている。

ドスンとカバンを置くと給湯室に直行し、ちょうど目に入ったヤカンとスプーンを手に取ると、高彬の耳元で思いっきり打ち鳴らしてやった。

高彬は一瞬うるさそうに顔をしかめたものの、すぐに状況を把握したようで

「・・・おはよう」

と身体を起こしてきた。

まだ寝足りないのか目をこすっている。

「おはよう、じゃないわよ。また泊まり込んだの?」

「うん・・・、急ぎの案件があってね。・・・・あのさ、瑠璃さん」

「何よ」

「出来ればもう少し優しく起こしてもらえると嬉しいんだけどな。眠り姫をキスで起こすような感じでさ」

「バカバカしい」

そっぽを向き、ふと思い付いて窓を開けると5月の爽やかな風が流れ込んできた。

オフィスビルの5階にある、この弁護士事務所に高彬がやってきたのは2年前のことだった。

ものすごい有能な凄腕弁護士がいると言うことで所長がヘッドハンティングしてきたのだ。

来てみれば、噂通りの有能振りで、今じゃ高彬目当ての依頼人が後を絶たず、この事務所は高彬が支えていると言っても過言ではないほどなのだ。

そうして・・・・、実はあたしの恋人だったりする。

どう言うわけだが高彬があたしに猛アプローチをしてきて、年下なんか眼中になかったはずなんだけど、1年たった頃には、あたしは高彬にしっかり「落されて」いた。

「コーヒーでも飲みに行く?まだ時間あるし」

「行かない」

備え付けの鏡の前でネクタイを締め直しながら高彬が言い、あたしは振り返りもせずに即座に却下した。

「瑠璃さん?」

「何よ」

「もしかして・・・怒ってる?」

「別に」

「ぼくが昨日、連絡もせずに泊まりこんだから?」

「まさか!冗談でしょ。どうして高彬が帰ってこないくらいであたしが怒らなきゃいけないのよ。お陰さまで昨日は久しぶりに広々とのんびり寝られたわ」

実はあたしたちは一緒に住んでいて、と言うか、正確には高彬には高彬のマンションがあるんだけど、いつの頃からかあたしのマンションに寝泊まりすることが多くなった。

昔風に言うなら「通い婚」って感じかしらね。

まぁ、結婚してるわけじゃないんだけど。

あたしの横顔を窺う高彬の視線を感じながら、手早くデスクの上のパソコンを起動させる。

別にね、怒ってるわけじゃないのよ。

ただ───

昨日は『2人が付き合ってちょうど1年目』の日だったのよ。

だから、高彬が来るかと思ってただけで・・・・

まぁ、朴念仁の高彬にそんなこと期待してたあたしが馬鹿なんだけどさ。

「瑠璃さん」

「何」

画面が切り変わり見慣れた壁紙が現れ、まずはメールをチェックしながら顔を上げずに返事をする。

「今日、付き合って欲しいところがあるんだけど。買いたいものがあるんだ」

「何を」

「婚約指輪」

「・・・・」

マウスをスクロールする手が止まり、思わず高彬の顔を見てしまった。

「いつまでも中途半端なままじゃだめだろ」

「・・・・」

「指輪買って渡そうかとも思ったんだけど、どんなのがいいか判らないし、『センスが悪い』って付き返されるのも嫌だしさ。だったら最初から瑠璃さんに選んでもらおうかと思って」

「・・・・」

「今日、プロポーズしようって決めてたんだ。付き合って一年目だろ、今日で」

「ウソ!昨日よ、一年目は。だから、てっきり高彬が来ると思って・・・」

思わず正直に言ってしまい、慌てて言葉を飲み込んでみたものの後の祭りだった。

「それで怒ってたのか・・・。間違いなく今日だよ。瑠璃さんは忘れっぽいからなぁ」

高彬が呟き、あたしはと言うと恥ずかしさと気まずさで、むぅと黙り込んでしまった。

「で、どうなの?瑠璃さん。指輪、一緒に買いに行ってくれるの?」

顔を覗きこまれ───

コクンと頷くと同時に、ドアの向こうで人の話し声が聞こえてきた。

どうやら他の所員たちが出勤してくるみたいで、ドアノブが回る瞬間、すばやく高彬にキスをされ、あたしたちは何事もなかったかのようにその場を離れたのだった。




<Fin>






社会人編<51>の没原稿、瑠璃目線バージョンです。





キスがどんどん深くなっていき、と思ったら両頬に置かれていた高彬の手がするりと肩にかかった。

その手がそのまま腕に下り、ともすれば指先が食い込んで痛いほどの力で掴んでくる。

痛い、と思うより先に、昨夜のオフィスで見た、袖を捲りあげた高彬の腕が浮かんできた。

程よく筋肉の付いた男らしい腕・・・・

その途端、いつだったか抱きしめられた時にも感じた<男の匂い>のようなものが鼻孔をくすぐり、あたしはきつく目を閉じた。

「あのぅ・・・」

ほんの少しキスが弱まった瞬間、唇を離して言うと、(なに?)と言った感じで顔を覗き込まれてしまった。

「シャワー、浴びてきても・・・いい?」

「シャワー・・・」

思ってもみない提案だったのか、それともオトコとして盛り上がってるところに水を差されて心外だったのか、高彬は感情のこもらないような声で呟く。

あたしはコクコクと頷くと、高彬の返事を待たずに慌てて洗面所に駆け込んだ。

ドアを閉め、ふぅーっと大きく息を吐いた。

びっくりした・・・

高彬、あんなキス、するんだ。










『高彬・初夜編』の没原稿です。

「高彬が両親に瑠璃との結婚の話をするシーン」です。






翌朝、ぼくは意を決して寝殿に向かった。

先導の女房に続き部屋に入って行くと、父上母上がどこか緊張した面持ちで座っていた。

昨夜のうちに女房を介して「折り言って話しがある」と伝えてあり、そんなことは初めてのことだったから、それなりの心づもりがあるのかも知れない。

用意されていた円座に腰を下ろし、ちらりと横目で守弥が控えていることを確認する。

同席するように言っておいたのだ。

ぼくは息を小さく吐くと切り出した。

「父上、母上。ぼくは大納言家の瑠璃姫と結婚したいと考えています。お許しいただけますか」

一気に言うと、父上は「ほお」と小さく呟き、母上は大きく目を開いたかと思ったら、継いで見る見ると顔をゆがめた。

父上が何か言うよりも早く

「そんな、結婚だなんて・・・。高彬さん、許しませんよ」

語気も荒く身を乗り出して言った。

「高彬さんはまだ15ではありませんか」

「母上。なにも今すぐと言うわけではありませんよ」



*******

「翌朝」と言うのはこの出来事の翌日のことのようです。

当初はこのシーンをどこかに入れるつもりでしたが、ばっさりとカットしました。







更新出来ずにすみませんでした。明日は社会人編の更新が出来ると思います。

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<読者さま選>

『尼寺で 女になるのは 困ります』
(桂の尼君、心の一句)

*********

「特選ジャパネスク名(迷)言集」募集中です!
これは、と思う言葉がありましたら、どしどしお寄せ下さいませ。
「読者さま選」と言う形でご紹介させていただきます。
小説ジャパネスク限定と言う事でお願いいたします。
また、私の一言コメント(突っ込み)を付けてのご紹介となりますので、ご了承ください。

*********

(←お礼画像&SS付きです)

拍手お礼SS<14>

*** 拍手お礼SSの寄せ集めです ***





『その匂い』



姉上からの呼び出しで後宮へと向う。

取り次ぎを頼み廂で待期していると、やがて御簾の向こうで人のうごめく気配があった。

「まぁ、高彬。良く来てくれましたね」

紛うことなき姉上の声で、幾分、笑いを含んでいるように聞こえるのはぼくの気のせいではないだろう。

「姉上が大至急にどうしても来て欲しいとおっしゃるのでね、取るものもとりあえずこうして伺った次第です」

「あなたと来たら滅多に顔を出さないのですもの。たまには顔を見せにくるのも姉孝行ですよ。ねぇ、おまえたちもそう思うでしょう」

姉上は傍らに控えるお付きの女官らに相槌を求め、御簾の中で笑いさざめく声が上がった。

その途端、嗅ぎ慣れた匂いが鼻を付き、ぼくは御簾の向こうを注視してしまった。

───瑠璃さんの匂いと似ている。

いくら香りが個人のものだとは言え、そこはやはり限りのある香りを混ぜ合わせるのだから、どうしても似た香りになってしまう時もあるのだ。

良く良く嗅げば瑠璃さんの匂いじゃないと判るのだけれど、

でも、一瞬はハッとするほど似ていて・・・・

密着し、むせかえるほどに立ち上る瑠璃さんの匂い。

掻き分けた髪から、うなじから、胸元から、ほんの少しの汗と混ざったその匂い・・・

触れた時の瑠璃さんの肌の手触り・・・

「・・・高彬。どうしたのです、ぼぉっとして」

姉上の声で我に返り、慌てて居住まいを正す。

瑠璃さんは、記憶の中だけで、ぼくをこんなにも翻弄する。

捉えられているのは心なのか、嗅覚なのか、触感なのか、はたまたその全部なのか・・・

どうやらぼくの五感は、瑠璃さんにだけ敏感に反応するらしい。

「何でもありません、姉上。少しばかり気にかかる仕事がありまして」

適当にごまかし、気付かれないようにため息を付く。

──瑠璃さんに会いたい。会って抱きたい。

その匂いに包まれたい・・・







<イタズラ>


*******


「高彬ー、ごめん、ちょっと手伝ってもらえる?」

クローゼットのある寝室からリビングに向かい声を張り上げると、すぐに高彬が現れた。

「これ。自分じゃ上げられないのよ」

背中を向け、髪を束ねて上に持ち上げる。

さっきから、最後の10センチ、どうしてもファスナーが上がらなくて苦戦しているのだ。

「はい、出来たよ」

高彬の手によってファスナーはすんなり上がり、お礼を言って髪を下ろすと

「ファスナー下ろす時も手伝うから、ぼくを呼んで」

後ろから言われ振り返ると、高彬は意味ありげに眉を上げ笑っている。

「おあいにくさま。下ろすのは簡単なのよ。一人で出来るわ」

軽く睨んで

「さ、もう出掛けましょ。遅れたら大変」

部屋を出る。

今日は共通の友人の結婚式に二人して呼ばれているのだ。

高彬はフォーマルスーツ、あたしは身体にフィットした黒のミニドレスを着ている。

やっぱりあたしも女ねぇ・・・、おしゃれをすると気分が上がるわ。


***



お式も披露宴も素敵で、帰りのクルマの中、あたしは何だか夢見心地だった。

「幸せそうだったわね」

「うん」

そんな話をしながら玄関を開け、とりあえず楽な格好に着替えようとそのまま寝室に入る。

クローゼットの前でドレスを脱ごうとファスナーに手をかけたあたしは、そこで固まってしまった。

「・・・・・」

どう頑張ってもファスナーが下りなくて───

無理な格好で自分の背中を鏡で見たあたしは、盛大なタメ息をついてしまった。

リビングに入って行くと、高彬はコーヒーをドリップしてる最中で、あたしの顔を見ると、おやおやと言うように眉を上げてみせた。

「あれ、瑠璃さん。まだ着替えてなかったの?」

「着替えたかったんだけどね、誰かさんがファスナーにイタズラしたせいで下りないのよ」

そう。

上のフックが折られていてファスナーが下りないのた。

全くこんな子どもじみたイタズラをして───

睨んでやったのに

「だから、ぼくを呼んでって言ったじゃないか」

悪びれるどころか開き直っている。

「下ろしてあげるからおいで」

手招きされ、不本意ながらも近づいて行くと

「後ろを向いて髪を上げて」

笑いを含んだ、どこかからかうような口調で高彬は言った。

悔しいけど言われた通りにするしかなくてくるりと回ったのだけど。

その瞬間、ちらりと見えた高彬の顔は絶対に笑ってたわ!

ファスナー下ろせなくして喜んでるなんてまるで子どもみたい・・

───なんて思っていたあたしはつくづく甘かった。

フックを折るなんて可愛いものなんだと、そう思わずにはいられないような様々なオトナの「イタズラ」をされて───

もうもう、絶対に高彬の前でミニドレスなんて着ないわ!

と、あたしは強く心に誓ったのだった。







~「高彬のいない日」別バージョン~



シンとしたお堂の中、耳を澄ませばかすかに人の声がする。

熱心に読経する声のようにも聞こえるし、抑えた声でおしゃべりをする声にも聞こえる。

───はぁ・・・

あたしは何度目かもわからない寝返りを打った。

壁から入り込んでくる月明かりがほんのりと堂内を浮かび上がらせており、あたしは隣で横になっている小萩の顔をそっと覗き込んだ。

どうやら眠りは深そうで、規則正しい寝息が聞こえてくる。

起こさないようそっと立ち上がり袿を羽織る。

如意輪観音さまに一礼すると、足音を忍ばせて外に出た。



*******



夜の石山寺の境内は、ところどころに焚かれたかがり火と、折りからの月明かりが相まって明るかった。

足元を気にすることなく歩けるのをいいことに、境内をそぞろ歩く。

歩きながらも考えるのは高彬のことだった。

高彬にろくな相談もせずに決行した石山詣でだったけど、あたしが出立した後、高彬はふいに一週間の休暇をもらったそうなのである。

昨日、その話を藤宮さま付きの女房から聞き、それ以来、どうにも高彬のことが気になって仕方がないのだ。

今頃、どうしてるのかしら・・?

判ってたら、石山詣でになんか来なかったのになぁ・・・

京に帰るまではまだ五日もある。

何か京に急ぎ帰れるような事でも起きてくれないかしら?

父さまが風邪で寝込んで気弱になってあたしを呼び寄せるとか、母上が夢であたしが帰京しなければならないお告げを受けるとかさ。

もしくは融が・・・

と、そこまで考えたところで、あたしはハッと顔を上げた。

馬の蹄の音が聞こえた───ような気がする。

あたしはぼんやり歩くうちに寺門近くまで来ていたようで、どうやら蹄の音はこちらに向かってくるようだった。

「・・・・」

まさか、ね。

そんな、まさかね。

一瞬、浮かんだ都合の良い考えを首を振って払いつつ、それでもあたしは音のする方向を凝視してしまう。

確かな蹄の音と、ゆらゆらと揺れる松明が見えてきたと思ったら、そこからは早かった。

あっと言う間に馬が門の前で止まる。

馬上の人は慣れた仕草で馬から下り、持っていた松明が顔を照らし出し───

驚きすぎて、一瞬、息を飲んでしまった。

「───高彬!」

そう。

そこには、高彬が立っていたのだ。

怪訝そうな顔で近づいてきた高彬は、あたしの姿を認めた途端

「る、瑠璃さん?!」

と、驚愕の表情を浮かべた。

すぐには言葉が出てこないのか、目を見開いたまま呆然と立ち尽くしている。

だけどそれはあたしも同じことで、しばらくの間、あたしたちは「信じられないものを見た」と言う顔で、瞬きもせずにお互いを見てしまった。

「い、生霊じゃないよね・・?」

最初に口を開いたのは高彬だった。

「そういう、あんたこそ・・・」

呆然と言い返すと、松明を置いた高彬がゆっくりと近づいてきて、両手であたしの手を握る。

「やっぱり、瑠璃さんだ・・・」

生身のあたしの手に触れたことでようやく本物と確信できたのか、高彬はほっとしたような声で言った。

「どうしてここに・・・」

声が重なり、二人して黙り込むと、またしても最初に口を開いたのは高彬だった。

「一週間の休暇をもらったんだ。それで・・・、どうしても瑠璃さんに会いたくなってさ。会えるとは思ってなかったけど、せめて近くにでも行ってみようと思って・・・」

恥ずかしそうにぼそぼそと言う。

「こんなのみっともないって思ったんだけど・・・」

「ううん。嬉しい」

あたしは勢いこんで言った。

「あたしもよ。あんたが休みだって聞いて、早く帰りたくてしょうがなかったの。横になっても眠れなくて、それで、こうして抜け出して・・・」

目線が絡まり、微笑みあう。

「湖まで行こうか」

少しの距離だったけど、馬に乗せてもらう。

思っていたよりも馬上は高くて、「わぁ・・」と言う言葉が漏れてしまった。

月明かりの中、ポクポクと言う蹄の音を響かせて馬は湖を目指し、湖畔に出たところであたしたちは並んで石の段に腰掛けた。

目の前には夜の湖が広がっており、風もなく鏡面のように静かな湖面に近江の月が映り込んでいる。

そっと指を絡められた。

「・・・綺麗ね」

「うん」

何の物音もしない夜更けの湖。

「会いたかった」

「うん」

ぽつりぽつりと会話を交わす。

「まさか、本当に会えるとは思わなかった」

「うん」

リン、とどこかで虫が鳴く。

「観音さまのお導きかしら」

「うん」

寺は石山、仏は如意輪───

静かな湖の宵。

月だけがあたしたちを見ていた。




<終>










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「京(みやこ)の中心で、愛をさけぶ」煌姫です。


(←お礼画像&SS付きです)

拍手お礼SS<13>

*** 拍手お礼SSの寄せ集めです ***





***ふたりの時間 ***




「ねぇ、ちょっと、高彬。暑いんだけど」

「そう?ぼくは涼しいけど」

「もう少し離れてくれない?」

「なんだよ、瑠璃さん。冬はあったかい、あったかいってくっついてくるくせに。夏になったら途端に邪険にするなんてひどいな」

「冬には温石が欲しくなる、夏には削り氷が食べたくなる。それと同じよ」

「ぼくは瑠璃さんにとって、温石や削り氷程度のものなのか・・」

「ものなのか、って、そんな大げさな」

「・・・・・」

「・・・高彬?」

「・・・・・」

「ねぇ、まさか本気で怒ってるの?冗談に決まってるじゃない。ねえってば、こっち向いてよ」

「・・・・・」

「あんた・・・!まさか、泣いてるの?や、やだ。もうっ、ウソに決まってるじゃない。高彬ってば!ねぇ。謝るから。あたしが悪かったわ。こっち向いてよ。・・・・・・・きゃっ!」

「あはは、瑠璃さん。引っ掛かったね」

「ずるいわ。騙すなんて」

「瑠璃さんがぼくを邪険にするから、その仕返しだよ」

「邪険になんかしてないわよ。暑かったから少し離れて欲しいなぁ、と思っただけよ」

「いっそもっと暑いことしたらいいかもね」

「は?」

「汗をかいたら逆にさっぱりする」

「・・・え?・・・えぇ?ちょ、ちょっと、高彬」

「・・・・・」

「高彬ってば!あたしは今、暑くてとてもそんな気分には・・・」

「ちょっと黙ってて」

「だから、そんな気分じゃ・・」

「すぐになるから」

「何、勝手なこと・・」

「しっ」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・・・・」

「・・どう?」

「・・・・・」

「なっただろ?」

「・・・・・」









*** <現代編>Pretty Little Baby! ***





「またね!」

「お休み~」

「また明日~」

バイバイと手を振り合い、店の前で皆と別れる。

一人になったところで慌てて腕時計を見ると、時計の針はとうに12時を回っている。

苦りきった高彬の顔が浮かび、あたしは駅に向かい慌てて走り出した。

高彬、怒ってるだろうなぁ・・・

別に高彬があたしの友だち付き合いに口出しをするとかそういうことではないんだけど、だけどタイミングが悪かった。

今週に入って3日続けて帰りが遅いのよ・・・

何でだか友だちからの「食事しない?」の誘いが重なっちゃってさ。

それでも一昨日、昨日は何とか12時前には家に帰れてたんだけど、今日は午前様だものねぇ。

苦りきった高彬の顔がチラつきつつ、地下鉄の階段を一気に駆け下り改札を走り抜ける。

「次が終電ですよ!」

駅員に声を掛けられ、急いでホームに出ると、ちょうど電車が止まっていて発車ベルが鳴り響いていた。

慌てて乗り込もうとすると、なんと目の前でドアが閉じてしまったではないの!

───もうっ!

「こら──!止まりなさ───い!」

腹立ち紛れに大声で叫んでみても電車が止まるはずもなく、あたしはとぼとぼと階段を上り地上に出た。

仕方ない、タクシーで帰るしかないわね。

高彬には電車で帰って来たとウソをついて・・・

タクシーを拾おうと道路端に立って車の往来を見ていると、ふいに一台の車が近づいてきて止まった。

「高彬!」

見覚えのある車だなと思ったのも通りで、何てことはない運転席には高彬が座っている。

すぐに助手席のドアが内側から開いた。

「どうして、ここが・・・」

「名関が連絡くれたんだよ。きっと終電出た後だろうから迎えに行ってやれって」

「亜実が」

「いいから早く乗って。・・・ところで瑠璃さん、まさかと思うけど、タクシーを止めようとしてたわけじゃないよね?」

「・・・・・」

うーん、やっぱり、ばれてたのね。

高彬はあたしが夜遅くに一人でタクシーに乗ることをひどく嫌がる。

危ないだろうって。

『危なくなんかないわよ』『嫌、危ないだろ』で散々揉めて、根負けしてあたしが折れたってわけなんだけど。

ほんと、高彬って心配性よ。

過保護って言うかさ。

「瑠璃さん、いい加減、携帯持ってよ。連絡もなしに家で待つぼくの身にもなってくれよ」

「でも、ほら亜実が」

「いつまでも名関が中継所って言うのはおかしいだろ」

「それは、まぁ」

「電話くれれば迎えに行くことも出来るんだし」

「うん、まぁね。・・・でももしかして間違えて他の人に電話しちゃったりしてね。あはは」

「・・・・・」

丸っきりの冗談で言ったのに、笑うどころかジロリと睨まれて首をすくめる。

ま、三日連続で帰宅が遅くなった後に言う冗談じゃなかったのかも知れないけど。

それにしてもねぇ、あたしたちはもう名実ともに夫婦なんだし、もう少し信用してもらえないものかしら。

あたしってそんなに素行不良かしらね。

思いつくことと言ったら、時々、代田くんが家に電話してくるくらいなんだけど。

『元気?』とかそんな程度の話で、高彬が不機嫌になるから、あたしとしてはもう電話してきて欲しくないんだけどなぁ。

「眠かったら寝てていいよ」

あたしが黙り込んでいるのを何と思ったのか高彬が言い、そう言われて見ると何となく眠くなってきてしまった。

皆と飲んだカクテルのせいかも知れない。

「・・うん」

素直に頷きシートに更に身を沈め目を閉じると、高彬の手が伸びてあたしの片手を握ってきた。

お互いの指が落ち着く場所に握り直すと、一瞬、キュっと強く握られる。

「・・・・・」

あー、やっぱり落ち着くなぁ。

どんなに過保護で口うるさくても、あたしはやっぱり高彬がいい。

「迎えに来てもらいたいのは・・・高彬だけよ」

目を閉じたまま呟くと、またしても繋いだ手をキュっと強く握られたのだった。



***Fin ***


<現代編をご存知ない方のためのミニコーナー>

名関亜実→煌姫
代田くん→鷹男

瑠璃と高彬は現役大学生であり、かつ夫婦。
同じ高校の同級生だった二人は、
色々あった末に「名実ともに」夫婦となりました。







特別編「ジャパネスク・ブライダル」のおまけの話です。





「何だか、結婚した日のこと思い出すよね」

唇を離すと照れくさそうに高彬は笑った。

「うん」

頭につけたベールが恥ずかしい・・・

高彬は小首を傾げてじっとあたしを見ている。

そんなに見ないでよ。

ますます恥ずかしくなるじゃないの・・・

高彬の伸ばした手が、あたしの頬に触れた。

「寝所に・・行こうか?」

小さな声で聞かれ、コクンと頷く。

立ち上がると長いベールがあたしの身体を覆い、気が付いたらベールごと高彬に抱きしめられていた。

「ぼくだけの花嫁・・」

呟くように高彬が言い、嬉しくてあたしは言葉を失ってしまう。

返事の代わりに高彬をぎゅっと抱きしめる。

───その命ある限り真心を尽くすことを誓いますか?

神父さまの柔らかい声が聞こえた気がした。




~Fin~





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拍手お礼SS<12>

*** 拍手お礼SSの寄せ集めです ***





「瑠璃×高彬<教師編1>」





子どもたちの笑いさざめく声が、廊下にまで聞こえてきている。

教室のドアを勢いよく開けると、「わー!」とか「きゃー!」とかの叫び声が上げながら、子どもたちが慌てて自分の席に戻っていった。

「おはよう。今は朝読書の時間だろ。皆、ちゃんと本を読んでたか?」

出来るだけ厳しい顔でクラス中を見回しながら言うと

「はーい、読んでました~」

と、何とも朗らかな声が返って来た。

「ちっとも読んでなかっただろう。廊下にまで皆の声が聞こえてたぞ」

メッと怖い顔を作るも、皆、ニヤニヤと笑い、中には目配せし合ってる子もいたりで、誰ひとりとして反省してる様子はない。

───まったく。

ギャングエイジとは良く言ったもんだよ。

このクラスは3年から受け持っているけど、まぁ、その元気なことといったらない。

男子はお調子者が揃っていて賑やかだし、女子は大人びていると言うのか、ませてると言うのか・・・

いくら時代が違うとは言え、やはり注意すべきところは注意しなければならないだろう。

ふいに教師としての使命感が沸いてきて

「いいか、みんな。良く聞けよ。勉強は誰のためにするのかと言うと・・・」

と言いかけたところで、ガラッとドアが開く音がした。

「あ、瑠璃先生だ!」

目敏く見つけた男子児童が大声を上げ、皆が一斉に振り返る。

そこには、産休に入った代わりの先生として、1か月前から2組の担任をしている藤原瑠璃先生が立っていた。

───なぜだかドキリとする。

「・・・高橋君、来てない?」

ぼくの顔を見て言い、首を横に振ると、そのままドアをピシャリと閉め戻っていった。

文字通りあっと言う間の出来事で、すぐに中断していた説教に戻ろうとしたところで

「やだ、藤原先生、顔赤~い」

一番前に座るリーダー格の女子が声を上げ、皆がドッと笑った。

「藤原先生~、瑠璃先生のことが好きなんでしょう~?」

「瑠璃先生に話しかけられると、いっつも顔が赤くなってるもんね~」

「告っちゃえよ~」

「俺ら、応援するよ~」

子どもたちが口々にはやし立ててくる。

「何言ってるんだ。授業始めるぞ。1時間目は国語だ」

威厳を保とうと言ってみたものの、子どもたちは相変わらずニヤニヤとしている。

結局、その日は一日中、子どもたちの含み笑いに晒され続け、学校の門をくぐった時にはぐったりと疲れていた。

「藤原先生!」

後ろから声を掛けられて振り向くと、藤原───瑠璃先生が走り寄ってきた。

「駅までご一緒してもいい?クラス担任になったの初めてで、色々、教えて欲しいこともあるし」

駅までの道を肩を並べて歩きながら、クラスのこと、勉強の教え方、子どもとの接し方、保護者への対応の仕方など、聞かれるままにあれこれ話した。

真剣な表情で熱心に聞きいる横顔にドキドキしてしまう。

ぼくはやはり子どもたちが言うように、好きなのだろうか?

瑠璃先生、いや───瑠璃さんのことが。

翌朝、教室に入って行くと、昨日とは打って変わって子どもたちは静かに着席していた。

珍しいこともあるもんだな、と首を捻りつつ、ふと黒板に目をやると───

そこには赤いチョークで昔懐かしい相合傘が書かれており、その下には「藤原先生・瑠璃先生」の名前が並んでいる。

ご丁寧にイラストまであり、男女の後姿と「駅まで初デート!」の文字が添えられていた。

「昨日、塾の帰りに見ました~」

「良かったね!先生」

「案外、お似合いに見えたよ」

「もう結婚しちゃえ!」

「おまえらなぁ・・・」

口を開いたところで、ガラリと後ろのドアが開いた。

「高橋君、来て・・」

言いかけて黒板に気付いた瑠璃さんは、そのまま目をまん丸く見開きフリーズしてしまった。

「あ、いや、これは、こいつらが勝手に・・・」

急いで黒板消しで消そうにも、慌ててしまって上手く消せない。

瑠璃さんの驚いた顔、はやし立てる子どもたちの声、朝の授業の始まりを告げるチャイムの音───

相合傘を必死に消しながらも、ぼくの胸はやけにざわめいて仕方ないのだった。





~Fin~






「瑠璃×高彬<教師編3>**放課後**





月に一度、子どもたちの身体測定がある。

成長期とは良く言ったもので、一か月で2センチ伸びる男子がいるかと思えば、2キロ近くも増えて大騒ぎする女子がいたりする。

放課後、子どもたちが下校し静まり返った廊下を保健室へと向かう。

健康カードを受け取りに行くためだ。

ノックをして入ってみたものの養護教諭はおらず、もしかしたら机の上にでも健康カードがあるかと探していると、ふとカーテンの向こうで何かの気配がした。

カーテンの向こうには、具合が悪くなった子どもが横になるためのベットがあるのだが、そこから寝返りを打つような、そんな音が聞こえたのだ。

おかしいな、この時間、子どもが寝てるってことはないはずなんだけど・・

そっとカーテンを開けると───

瑠璃さんが寝ていた。

「・・・・・」

どうしてここに瑠璃さんが?

そういや、さっきから職員室で姿を見かけないな、とは思っていたんだけど。

瑠璃さんはスヤスヤと気持ちよさそうに眠っており、気が付いたらぼくは顔を近づけるようにして瑠璃さんの寝顔を眺めてしまっていた。

閉じた目を縁取る睫毛、柔らかそうな頬、形の良い唇・・・・

可愛いな。

思えば、ここまでまじまじと瑠璃さんの顔を見たのは初めてだった。

まぁ、ここまで顔を近づけるのは、恋人同士か歯科医くらいなものだろう。

───パチリ。

と、まるでそんな音でもしそうな感じで、唐突に瑠璃さんが目を開いた。

「・・・うわっ」

「きゃっ」

奇しくも二人の声が重なり

「いや、違うんだ・・」

「お願い、勘違いしないで。さぼってたわけじゃないの!」

弁解しかけるぼくの言葉をさえぎって、瑠璃さんは大慌てで言った。

「その・・・、寝心地を・・、ベッドの寝心地を確かめようと思ったの。子どもたちが寝るに相応しいベッドかなぁ・・なんて思って。はは・・は」

「寝心地・・」

「そう、それでちょっと横になってみたら、気付いたら寝ていて・・・」

上目づかいに瑠璃さんが言い、そのあまりの気まずそうな表情にぼくは吹きだしてしまった。

「お願い、学年主任には言わないで」

「言わないよ」

笑いながら言うと瑠璃さんはホッとしたように胸に手を当て、そうして

「良かったら藤原先生も寝てみない?なかなかの寝心地よ」

ベッドから抜け出して、ぼくに勧めてきた。

「いや、遠慮しとくよ」

瑠璃さんの温もりが残るベッドに横になると言うのは十分に魅力的な提案だったけど、放課後の保健室に2人きりでその状況になるのはあまりに危険だった。

いや、もちろんぼくだけの危険だけど。

ぼくが断ったのを気を悪くした風もなく、瑠璃さんは笑って頷いた。

「ねぇ、瑠璃先生。黙っておく代わりと言ったらなんだけどさ」

保健室から出て行こうと引き戸に手をかけた瑠璃さんに後ろから声を掛ける。

「今度・・・、一緒に食事なんてどうかな」

瑠璃さんは振り向き、数秒ぼくの顔を見た後に

「いいわよ」

にっこりと笑った。




~Fin~


(「教師編2」としてプールの授業の話があったのですが、間違えて削除してしまったようです。思い出しながら、もう一度、書いて見ます)





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吉野君 「剃りました(合掌)」
高 彬 「あ、いや、瑠璃さんに聞いたんだけど・・」


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*******


草木も眠る丑三つ時・・・

などとおどろおどろしく書くほどのことでもございませんが、 夜半、わたくしはふと目を覚ましました。

目を覚ました理由はすぐに判りました。

叩きつけるような雨が降っているのです。

雨だけではございません。

閃光が走ったと思った次の瞬間、雷鳴が響き渡りました。

まっさきに頭に浮かんだのは姫さまのことでした。

幼い頃から姫さまは雷が大の苦手で、 遠くの空でゴロゴロと鳴りだすだけで顔面蒼白となり、 部屋の隅で縮こまるのです。

そんな姫さまを見ては、 姫さまにも怖いものがあったのか、やはり姫さまも人の子か・・・、とどこかホッとする気持ちになったものでした。

この雷でさぞや怖がっているに違いない・・・ と引き戸に手を掛け、ふと思い直しました。

今夜は少将さまがお越しなのでございます。

それならばわたくしの出る幕などないだろうと思い、また身体を横たえると、 閃光と共にバリバリバリっと大きな音が鳴り、 次いで何か大きなものが倒れたような地響きがしました。

よもや庭の大木にでも落雷したのでしょうか?

気のせいか東の対屋の方から聞こえたようにも思え、わたくしは耳を澄ませました。

ですが、聞こえて来るのは雨音ばかり──

まさか、と言う思いと、ひょっとして、と言う思いが交差し、わたくしはとりあえず様子を見に行くことに致しました。

叩きつける大粒の雨が渡殿に跳ね返り、わたくしの髪を濡らします。

何とか姫さまの部屋に辿り着き

「姫さま。小萩でございます。大儀ございませんか」

とお声をお掛けしたのですが、この雨音で聞こえないのか、 中からは何の言葉もありません。

中に入って行くのも気が引けて、かと言って姫さまのご様子も気になるしでウロウロしておりますと、またしても閃光が走りました。

閃光は格子越しに室内にも入り込み、 一瞬、昼間のような明るさで部屋を照らし出しました。

「・・・・・」

わたくしの目に飛び込んできたのは、 姫さまを抱きしめる少将さまのお姿でした。

いえ、どちらかと言うと、 姫さまが少将さまにしがみついていた、と言う方が正解かも知れません。

一瞬のこととて詳細は判らなかったのですが、やはりこの雷に姫さまは恐れおののいておられるようでございます。

ありていに申しますと「雷、ヤダ」と言ったところでございましょうか。

閃光がなければ、また真っ暗闇でございます。

まぁ、少将さまがご一緒ならば大丈夫だろう・・・ と戻りかけたところで、ふと姫さまのお声が聞こえた気がして わたくしは足を止めました。

格子に近づき耳を澄ませてみますと・・・

「高彬、歌。歌を歌って」

威張っているようにも、 懇願するようにも取れる姫さまの声が聞こえます。

次いでぼそぼそと少将さまのものらしいお声が聞こえたかと思ったら

「今様なんかじゃなくてもいいの、何でもいいから。 早く歌って。早く」

まるで脅迫しているかのように姫さまが言い、しばらくは雨音だけが響き、 次に聞こえたのはまたしても姫さまの声でした。

「途切れちゃ、だめ。ずっと歌ってて」

お2人のやりとりから察するに、 雨音でわたくしには聞こえないとは言え、どうやら少将さまは歌をお歌いになられているようでございます。

閃光が走り、またしても室内が一瞬だけ見えました。

少将さまの胸に姫さまは顔をうずめ、その姫さまの背中には少将さまの手が優しく置かれ───

「・・・・・」

ほんにまぁ、何てお優しい少将さまなのでございましょうか。

おそらくは請われるがままに歌を歌ってあげているのでございましょう。

わたくしはそっとその場を立ち去りました。

翌朝───

夜半の雨が嘘のように晴れ渡り、 朝から強い日差しが照り付けております。

お部屋に伺いますと、 晴れやかなお顔をされた姫さまが何事かを少将さまに熱心にお話されている最中でした。

ムキになって話される姫さまに、 何事だろう・・・と首を捻っておりますと

「あ、小萩。いいところに来たわ。聞いて」

姫さまはわたくしに向き直りました。

「昨夜、物の怪が出たのよ!」

「物の怪・・?」

「瑠璃さんが見たって言い張るんだよ」

「夜中に雷が鳴ったでしょ?どれ、雷でも見てやろうじゃないの、と思って起き出したらね、ピカッと光った瞬間、そこにぼぉっと突っ立ってる人影があったのよ。あれは絶対に物の怪よ」

「・・・・・」

「慌てて高彬を起こしたんだけど・・」

「ぼくは見てないんだ」

「・・・・」

やれやれ、と、わたくしは肩をすくめました。

お2人して涼しい顔で嘘をお付きになって。

雷が怖いばかりに少将さまに抱き付き、そうして歌を歌って差し上げていたのは、 一体どこのどなたさまでしょう。

「絶対に物の怪よ」

───いいえ、それはわたくしです。

本来なら、正直にそうお伝えするのが女房としての務めなのではございましょうが、 忠義心よりもバカバカしい気持ちが勝ってしまい

「そうだったのかも知れませんね」

と、投げやりにわたくしはお答えしたのではありました。








<意地っ張り>


*******


「行ってきます」

「いってらっしゃい」

目を合わさないままの見送りを受け、玄関を出る。

歩きながら何度もため息が出てしまい、職場に着いた時には、もう何度、ため息をついたかわからないほどだった。

───きっかけは些細なことだったんだ。

それがいつの間にかお互いムキになり、そうして一言も口を利かないまま、広いベッドの端と端、背中を向けて一晩を過ごしてしまった。

朝、いつものようにお弁当が出来ていたのは瑠璃さんの「意地」なのか、はたまた妻の自覚なのか・・・

昼時になり、皆と食べる気にもなれなくて一人で最上階の食堂のカウンターに向かう。

窓ガラス越しに広がるビル群を見ながら何の気なしに弁当の蓋を開けたぼくはぎょっとして、慌てて蓋を閉めてしまった。

何だか今、信じられないものを見たような気がする・・・

見間違いだろうか・・・?

恐る恐る、もう一度、蓋を開けると、やっぱり見間違いなんかじゃなかった。

白いご飯の上に細く切った海苔で「バカ」と書かれている。

しばらく眺めて、ふと、2段目が気になった。

まさかと思うけど・・・

2段目を開けると、そのまさかのまさかでやっぱり海苔で文字が書かれている。

でも、何て書いてあるのか読めなくてしばらく見ているうちに天地が逆になっていることに気が付いた。

逆にしてみると・・・

「ア」・・「タ」・・「シ」・・「ノ」・・

アタシノ・・?

一段目の「バカ」よりは完成度は落ちているけれどそれでも間違いなく「アタシノ」と読める。

バカアタシノ、バカアタシノ・・・

アタシノ、・・・バカ・・・

あたしのバカ・・?

「・・・・・」

とっさに電話をしかけ、やっぱり帰ってからにしようと思い直す。


***


早めに仕事を切り上げて家路を急ぐ。

最寄り駅から最短でのルートを選んで歩いていると、向こうから歩いてくる人影があり良く見るとそれは瑠璃さんだった。

瑠璃さんもぼくに気付いたのか立ち止まった。

「ただいま」

瑠璃さんの前まで行き、そう笑い掛けると瑠璃さんは曖昧に頷いた。

「お弁当、食べたよ」

「・・・・」

「もしかして、ぼくを迎えに来てくれた?」

「べ、別に・・、ちょっと散歩しようかと思って・・」

「こんな陽も暮れてから?」

「・・・・」

「今年一番の冷え込みだって言うのに?」

「・・・・」

「帰ろうか」

手を差し出すと、瑠璃さんは黙って握り返してきた。


「ごめんね」が言えない意地っ張りなぼくの妻はこんな風に不器用な謝り方をする。



~Fin~







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「ときどき」どころか、「いつも」私はそう思ってるんですが…


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